なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第04巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
紗菜と英知の住むアパートの新隣人は、ギリシア人とのハーフで性格以外は極上(!?)の1年生・池内由樹。英知に惚れたらしく、何かと紗菜につっかかるが…。一方、考古学者を夢見る英知が紗菜の故郷・岡山で出会ったものは…!?
簡潔完結感想文
- 同性を好きになった男性が心を許すのは異性を感じさせない自然体の女性。
- 2週間の共同生活で距離を縮めたいのに部外者ヒロインが やっぱり邪魔をする。
- もう2人が両想いにならない理由は無いのに動かず、虚無への入り口に到達。
すぐに好きという女性は軽んじられ、好きと言わないヒロインが大切にされる 4巻。
1人の男性を巡るライバルの男性・由樹(ゆき)の存在によってヒロイン・紗菜(すずな)は英知(えいち)への好意を明確にしていく。紗菜にとって初恋ではないし、まして好きという勇気を持ったことで深見(ふかみ)に失恋した経験がある。既に紗菜は その感情や告白の意味を知っているのだから、英知に気持ちを伝えても良いのに、ここから ずっと それに至らない。英知が深見への想いを忘れていないなどの障害があるのなら、恋愛が成就しないのも分かるが、本書には既に障害はない。だから ここから両想いまでの長い長い時間は虚無と言うべきものとなる。
作品への熱中度が下がると、段々と紗菜の態度の わざとらしさが目に余るようになる。異性として意識し始めた英知の部屋に無防備に上がり込むとか、彼を見つけて抱きつくとか、自然体を装ってはいるが なかなかの肉食行動にも見える。
そしてハーフでモデルという本書最強の設定を持つ由樹にも唯一 対等に物が言える女性として紗菜は存在する。真剣な想いで由樹に告白する女性はいるが、彼は冷淡に女性たちを突き放す。そんな彼が恋愛関係ではなくとも まともに話すのは紗菜だけ。こうして読者は自分の分身である紗菜が、英知と由樹という2人の男性の中で特別であることに承認欲求を満たされていくのだろう。
『2巻』で一応は深見に告白した紗菜だったが、結局 彼女は白泉社特有の鈍感天然ヒロインへと変化していっている気がする。自分からは積極的に告白をせず、男性からの優しくされる世界が続く。そんな両手に花 状態を維持するためだけに恋愛に決着がつかないのか、と疑ってしまう。珍しい大学生主人公なのに、描かれているのは中学生の恋愛みたいなのが本書のガッカリポイントではないか。
例えば陽奈子(ひなこ)の8歳年上の男性講師・保刈(ほかり)との交際で、紗菜の恋愛では描けない元カノ問題とか浮気、性行為など生々しい関係を描いたら作品に幅が出たが、読者も作者も望まない展開だからか、結局 何組かいるカップルの交際は全部 平和一色になっていく。作者も自分の作品は両想いになったら、全部 同じになってしまうと理解しているから、紗菜の恋を成就させないのかもしれない。
作者の作風により恋愛は均質化され、出版社の作風によって恋愛成就は最後に回される。紗菜が本当に奥ゆかしければ応援する気にもなるが、告白しないで一緒にいるという狡猾な選択をしているように見えるのが、ここからの展開の難点である。
由樹は恋をしている英知には柔らかい態度を取るが、紗菜には辛辣で、2人の間には口喧嘩が絶えない(とても大学生とは思えない)。ただし これは、深見が英知に行ったのと同様、由樹は紗菜の前では「一番 素の顔してる」ということなのではないか。そして それが今後の3人の関係の未来に大きく関係してくるだろう。
自分の容姿や肩書を目当てで近づいてくる女性に由樹は冷たい。それを紗菜は「敵から身を守ろうと前進トゲトゲにしてるハリネズミ」と評する。これは恵まれた容姿を持って生まれた者の苦しみでもあるだろうし、ミーハーな いわゆるモブの女性と紗菜との違いを表しているのだろう。やはり紗菜は由樹を前にしても異性への欲望や欲求を感じさせないのが、英知・由樹という似た指向を持つ2人にハマるのだろう。
紗菜が英知に対して動かないのは、今の三角関係の矢印の変化待ちという点が大きいと思われる。
クリスマスから8歳年上の講師・保刈と交際を始めた陽奈子。似た感性があるから年の差を感じさせない交際となる。
だが いいとこの お嬢さんである陽奈子に父親経由で お見合い話が持ってこられる。その件と日時を保刈に話すと彼は呆気なく承諾して退散してしまう。止められなかったことを残念に思う陽奈子だが、お見合い会場となったホテルのラウンジ(?)で保刈が お見合いを見届けていることを知り嬉しく思う。そして お見合いが終わった瞬間に保刈のもとへ駆け寄り、2人は気持ちが一つであることを確認する。
陽奈子には肉体関係をしっかり描くなど紗菜では出来ないことをして欲しいのだが、健全な お付き合い描写が続く。
そういえば本書は映画の題名とか芸能人の名前とか当時のものを そのまま使っている。以前も書いたが、だからこそリアルタイム読者は「今」起きている恋愛を体感できるのだろう。けれど時間が経過すると当時 最新だったものから作品が古くなっていく感じがする。
夏休み、考古学を専攻している英知は発掘実習に参加する。学科が同じ由樹も1年生の募集を見て参加。実際は英知との2週間の共同生活が目当てらしい。
発掘現場は紗菜の実家のある岡山県。紗菜も帰省し近いのか遠いのか分からない県内にいるはずの英知を考えていると、前から由樹が歩いてくる。そうして彼に同行することで紗菜は発掘作業をする英知を見ることが出来た。どうやら発掘現場の すぐ裏が紗菜の家らしい。それを知った英知は走って その辺りを捜索する。2人を動かす原動力となった感情は何なのか。それは彼ら以外全員が知っている。
それから紗菜は時間を見つけては発掘現場に向かう。由樹視点で考えると、紗菜は自分の恋愛成就を阻止してくる意地悪なライバルに見えるだろう。しかも紗菜は英知への想いに無自覚だからタチが悪い。
夏休み明けも由樹の英知へのアプローチは続き、それを紗菜が邪魔するような構図となる。
由樹はギリシア人とのハーフであることを子供の頃にからかわれて、あまり人が好きではなくなった様子。自分から「好き」というような恋をしたことがなく、自分を表現してこなかった。英知に懐いても、深見と英知の長年の交流には負ける。そして以前は自分を求めてくれていたバレーボールの世界も自分なしで好成績を あげている。
そんな自分の中途半端さに迷う由樹だったが、英知は そんな自分を肯定してくれる。由樹にとって、英知も紗菜も自分の素に触れてくれる人間なのだろう。このパターン、前も読んだ気がしてならない。紗菜・英知・由樹 それぞれが、相手を ちょっとずつ好きになるエピソードなんだろうけど、重複が多い。
季節は移ろい、紗菜にとって2回目の学園祭のシーズンがやってくる。
紗菜は英知と お笑いライブを一緒に見る約束をする。ちなみに目当ては「雨下がり決死隊」である。上述の通り実名で出てくる芸能人だが、20年以上も経過すると第一線で活躍している人は あまりいない。厳しい世界だなぁ。
女装コンテストは今年は由樹が出場し、紗菜のサークルは2年連続で優勝を勝ち取る。
2日目に お笑いライブの約束をしていた紗菜だったが、大学内で迷子を見つける。目の色から その子が由樹の妹だと分かり、紗菜は彼女を背負って由樹を捜し出す。ようやく由樹を発見した時には お笑いライブは終わっており見られなかった。紗菜が来るまで英知は会場外で待っていてくれた。英知は怒りもせず、その後に紗菜が親切をしたことを知り、また彼女に惹かれていく。
由樹というライバルがいるから退屈こそしないが、紗菜と英知がどうして動かないのかは やっぱり謎である。