《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

年単位で片想いしている奥手なキャラが動くのは、高熱や過労で平常心を失った時。

ビーナスは片想い 10 (花とゆめコミックス)
なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ビーナスは片想い(ビーナスはかたおもい)
第10巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

いまや自他ともに認めるラブ×2カップルの英知と紗菜★ だが紗菜に惹かれている由樹の気持ちは複雑…。そんな由樹に片想いの洵。そんな4人で遊園地に行く事になり――!? 新展開!めろきゅんスクエアラブの行方は!?

簡潔完結感想文

  • 誕生回も家でキスして終了。恋愛は鈍感なのに性欲の匂いには敏感なヒロイン。
  • 鈍感ヒロインの自己満足ダブルデート。片想いが主役なので、今はヒロインも脇役。
  • 当て馬の長すぎる片想いの終わりは両想いの前触れ。大学生活も作品も最後の1年に。

全に主役が交代している 10巻。

題名に「片想い」とあるように、本書が応援するのは全ての片想いをしている人たちである。そうなると晴れてカップルになったヒロイン・紗菜(すずな)と英知(えいち)は作品的には お役御免である。
一応、主役として毎回 顔を出してはいるが、この時期のメインは明らかに紗菜を長年 想い続ける由樹(ゆき)と、彼を想い続ける洵(まこと)の2人である。彼らの片想いに決着をつけて、内輪カップルが全成立した作者の描く幸せな世界となるのだろう。

気になるのは作中の登場人物たちの勇気の無さである。なぜ揃いも揃って こんなにも奥手なのか。それが作品のためだということは分かる。勇気を出して好きな人にアプローチをした深見(ふかみ)や陽奈子(ひなこ)の脇役転落の速さを見るにつけ、本書において告白するメリットが見当たらない。
紗菜と英知が長らく意味のない両片想いをしていたのも、彼らを作品のメインに据えるためだし、遠慮する性格に全く見えない由樹が紗菜への想いを ここまで伝えなかったのも、ヒロインにとって=読者にとって満たされる状況である三角関係を1話でも長く継続させるためなのだろう。特に紗菜が苦しむことなく無自覚に素敵な男性に好意を持たれ、それに囲まれた生活をするためにも由樹は動いてはならなかった。

しかし そうした停滞により、作品からリズムが失われた。連載時(2000年前後)は漫画が娯楽として大きなウエイトを占めていた時代、また漫画家という職業人も少なかったから出来た手法であって、これを2020年代にやったも支持されないだろう。

由樹に関して言えば当初は英知に恋をしていたはずが、それが紗菜にスライドする理由や時期が いまいち理解できない。英知には寝込みにキスをするような人だったのに、紗菜には全く手を出さなかあったのも性格が安定していない。おそらく これは作者の世界観の保持のためなのだろう。どうも作者は優しすぎるので、登場人物は極力 傷つかないようにするし、失恋後も その人と友達関係を維持でなくてはならない、という強い信念を持っているらしい。だから由樹が紗菜に無理矢理キスをすることは出来ず、妥協案としての『9巻』の事故チュー止まりなのだろう。紗菜への過保護が強すぎて、彼女の人生を平凡にし、そして彼女を一人前に出来ていないような気がする。もはや毒親寸前である。

自分の限界を超えるような時(過労や親の事故)、傍にいてくれる人を愛おしく思う。

今回、由樹 そして 新しいキャラだが登場前から ずっと由樹を想っている洵(まこと)が自分の想いや願いを伝えるのが、彼らの体調に異常がある時というのも情けない。洵は その前の平時から由樹への好意を口にしているが、由樹は秘していたことを伝えるのが体調不良による心の隙とも考えられる。紗菜・英知といい、どうして決めるべき時に明確な言葉を使ってくれないのか、本書には気持ちのいい場面が少ない。

また、由樹の気持ちを知った紗菜が、由樹から逃亡するのはいいとして、その後に英知の胸の中で泣いているのも気になった。自分の恋愛問題を男に甘えているように見えてしまっている。部屋で一人、自分と由樹との歴史を回想し、そして反省してくれた方が良かった。ここまでの3年間、10代から20代へと変化し、人生経験を積んできた紗菜の成長や強さを感じられない作品である。長編作品として、もっと1人の女性の変化を丹念に描くことは出来なかったのだろうか。ずっと幼稚なままである。そして将来への考えも もう少し前から用意できなかったのか。贅沢に連載を重ねているのだから、大人への階段を一つずつ上るようなエピソードが欲しいところである。


3月末の英知の誕生日のために紗菜はバイトをする。バイト先は洵が働く彼女の おば のケーキ屋さん。その店に由樹が来店することで洵は彼と縁が出来て、近々 由樹の誕生日であることも知る。この回は紗菜だけでなく、2組の誕生日回といったところか。

誕生日には女性たちにプレゼントを渡す。紗菜と英知は部屋で お祝いをするが、クリスマス回に続き、キスをして終わり。交際が9月からなのでクリスマス回での性行為は やや性急だったかもしれないが、今回は もういいんじゃないかと思う。そもそも両片想いが長く、交際も一つのケジメに過ぎないのだし。
英知としてはグッと迫りたいところなのだろうが、作中に悪意が無いように、一方的な性欲も悪いものだということなのか。この後、いよいよ英知の性欲が顔を出し始めるのだが、紗菜は これまでのスキンシップとは違うことを察して逃げてしまう。幼稚園児の紗菜の成長を待つしかないのか。


年度は新キャラ投入の絶好の機会だが、今回 登場するのは幼稚園児。英知の いとこ の海人(かいと)が登場する。紗菜が年の離れた由樹の妹に懐かれたり、海人が登場するのは、今後の展開の布石であろう。

幼稚園児・海人は英知の部屋にも現れる。英知の家は大学から徒歩3分。海人の通う付属幼稚園からも ほど近いのだろうが、彼が英知の家を知っているのは謎である。
どうやら海人は家出をしてきたらしい。最近、妹が生まれたばかりで家族内での自分の地位が変化し、出産のため実家に帰省している母には寂しさを、妹には敵対心を持っているらしい。紗菜は幼稚園児並みの精神年齢だから同じ目線で仲良くなりかけるが、海人が自分の寂しさを認めたくなく彼女を拒絶。そして失踪してしまう。

海人を発見するのは紗菜。作中で紗菜は傷ついた男たち(英知・由樹)を癒してきた。今回も並んで座った海人を自分の方に引き寄せ、男たちに涙を流させる。少女漫画におけるヒロインの役割は男の弱さを包み込む聖母(マドンナ)であると再認識させられた。

控えめなサイズではあるが その胸は、男たちの悲しみを除去し、自分への好意を引き出す。

4年生になって周囲は就職活動を始めているが、紗菜は何も考えていない。陽奈子はギリシア語の翻訳の仕事を将来的に見据え、英知は考古学で大学院へと進むことが明らかになる。

英知の隣に立ち続けるためにも職業を持ちたい紗菜。彼女は昔の夢・保育士を現実的に考える。今回の海人との交流や、どんな子供に懐かれる実例は そのためにあったのだろう。

洵の おば からバイトのお礼にバイト代以外に遊園地のチケットを貰った紗菜は、洵と由樹を誘ってダブルデートを提案する。無自覚ヒロインだから出来る所業だが、男性たちは落ち着かないだろう。

紗菜の主導で色々なアトラクションを回るが、お化け屋敷だけは洵が嫌いなことを由樹が知っており、彼女に配慮する。それを覚えていてくれたことと優しさが洵は嬉しい。
ボートで2人きりになった時、由樹は洵に自分に好きな人がいることや、一生ふりむかない不毛な恋になるかもしれないことを伝える。ただ洵は それでも諦めない。

日が暮れて英知は由樹たち2人を置いて先に帰る。気を利かせた というより、早く この1日を終わらせたかったのかもしれない(笑) 最後に由樹と洵は観覧車に乗る。由樹は寝てしまうが、洵は その寝顔をいつまでも見ていた。

そういえば由樹はモデルの芸名を誠(まこと)としている。これは父親が由樹に名付けなかった名前の候補なのだが、洵の名がマコトなのは、由樹の家で大事にされる将来を暗示しているのだろう。


はバレーボール部の試合が近づき、試合に勝ったら由樹にデートをしてもらえないかと願い出る。由樹に断られてしまうが、洵が大胆になったのは高熱が原因だった。遊園地で池に落ちたのが良くなかったのだろう。本書で熱を出したのは4人目か? 熱を出してないのは早々に脇役に追いやられて出番のない深見と陽奈子ぐらいなものだろう。

熱で朦朧としながらも試合に出場する洵だったが、さすがに精彩を欠く。だが遅れて到着した由樹の応援で彼女は本来の力を取り戻す。試合後に昏倒した洵が目を覚ますと隣には由樹がいた。そして彼はデートの約束を受ける。

デート当日は雨。洵は雑誌のインタビューで由樹が海に行きたいと答えていたのを見て、近隣の海をデート場所に望んだ。そこで由樹から自分が拒絶されておらず少しは受け入れられていることを希望とする。


樹はモデル人気が高まり、仕事が過密になり、移動も多く、その過労から倒れてしまう。熱はないので風邪回ではないが、彼の不調を発見した紗菜が見守る看病回の始まりである。

自室で紗菜がいる状況に由樹は思わず彼女を後ろから抱きしめる。そして彼女に初めて好意を滲ませた言葉を言う。

初めて由樹の自分への想いに気がつく紗菜だったが彼女の気持ちは少しも揺るがず、部屋から出ていった。逃げ出した紗菜は英知とぶつかり、彼の胸の中で由樹を受け入れられない罪悪感を涙に変換する。うーん、ここは自室で独りで泣くではダメだったのか。なんか違う男の問題なのに彼氏に縋(すが)っている感じが好きじゃない。全体的に作者と私のフィーリングやタイミングが噛み合わない。悪い作品では決してないが、細かい技巧、心情描写がある訳でもなく褒める箇所もあまりないように思う。