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少女漫画と小説の感想ブログです

恋愛の分量を増やすと、それぞれの欲望が雑味になり調和が取れないので、描写は淡白に。

ハッスルで行こう 1 (白泉社文庫)
なかじ有紀(なかじ ゆき)
ハッスルで行こう(ハッスルでいこう)
第01巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

コックを目指す海里は18歳。憧れていたイタリアンレストラン「ピッコロ」の見習いとして、コック修行開始☆ 作中の料理が実際に作れるレシピも出てくる美味しいグルメコメディ!!

簡潔完結感想文

  • 調理師専門学校漫画と お仕事漫画、一度に二度 美味しい構成。お腹が空くこと間違いなし。
  • 男性3人、女性3人による3つの三角関係。だが誰も嫌な気分にならないように悪意は消去。
  • 作者の脳内設定が作品に全部 投影されていない気がする。所々 分かりにくい描写あり。

ことなく あだち充さん と同じ空気を感じる 1巻。

その理由の1つは、調理師専門学校とバイトの両立に加え研鑽を重ねる主人公・久保 海里(くぼ かいり)は相当 努力しているはずなのだが、それを表に出さない所だろう。彼の手には傷、火傷の痕、タコがあることで彼の努力は垣間見られるが、その努力を自慢のようには語らないし、作品も苦労譚として描かない。この過程は誰かに幸せを与えられる人が、誰しも通ってきた道なのだろう。落ち込んでもすぐ立ち直り、いつでも笑顔でいる彼らだからこそ、食の喜びを伝えられるられるのだろう。

あだち充さん との もう1つの共通点だと思うのは、どの作品も基本的に同じ顔に見える所である。ネタとして あだち充漫画のヒロイン当て の画像を見たことがあるが、なかじ作品のヒーロー・ヒロインを当てるのも相当 難しいような気がする。しかも主役級だけじゃなく、脇役とも顔が似ているから判別が難しい。本書にはメインの登場人物として男女各3人、計6人が登場するのだが、男女それぞれの顔は相当 似ている。この文庫版『1巻』には男性陣3人が並んでいるが、輪郭、鼻は全て共通である。目も誤差のように思え、髪型・髪色で判別するしかなかった。この3人が兄弟の漫画だと言われたら素直に信じるだろう。


者は2022年が画業40周年らしく、そのインタビューによると「誰も傷つけない作品でありたい」だそうだ。確かに本書を読んで、その通りだと思った。読者もキャラも傷つかないようにするための繊細な気配りがある。

特に恋愛面では その意向が強く見える。本書は男女6人による3つの三角関係が成立しており、その構図だけ見るとドロドロの内輪揉めが待ち受けているように思える。だが その関係性を優しくほぐすために、作者は恋愛の速度を超スローペースに設定している。こうすることで本書では自分の気持ちを誰かに押しつける人がいないし、他人の問題に介入したりしなくなる。例え自分の恋愛に障害や問題があっても、それが解消・排除されるまで気長に待つことが出来る。

恋愛をメインにして読んでいるような私のような人間からしてみれば、恋愛の味付けは淡白に思えるだろう。だが、それも作者の信念に基づくものだと知って納得がいった。登場人物たちが自分の気持ちを叶えるために誰かを故意に傷つけたり、困らせたりしないことで、本書にはストレスがない。そういう健全な精神状態でいられるからこそ、美味しい料理の描写を心から楽しめる。その意味では作者の作風と料理漫画は絶妙な組み合わせと言える。涙で料理が しょっぱくなったりしない。


のように本書は良書である。ただ何かが少しずつ欠けている感触もあった。

気になったのは全体像が見えてこないこと。本書は主人公・海里が通う調理師専門学校とバイト先のイタリア料理のトラットリア・ピッコロとの場面が半々なのだが、どちらも描写が半端な気がしてならない。
1話の時点で、物語の主人公として海里が新天地に踏み出すのはピッコロ。なので専門学校の方は学生生活が始まっていて、学校は既に そこにある。私の知識不足かもしれないが調理師学校は1年で終わることも知らなかったので、いきなり2学期になったら就活したり進路に悩んだりするのが唐突に思えた。もうちょっと専門学校や学生たちが進む道の俯瞰した説明が欲しかったところ。

また、お仕事漫画の部分を担うピッコロでも説明が不足しているように思えた。これも私の中ではパティシエならパティシエの仕事しかやらないという思い込みがあったからだが、1人の料理人が何もかも作っている様子に違和感を持ってしまった。これはピッコロでの仕事のやり方や、料理人の仕事の幅の広さを紹介する場面が欲しかった。また若者たちの群像劇にするためなのか、メインシェフであるはずのピッコロのマスター(40歳中盤~)が一切 料理をする様子がないのも違和感がある。忙しい時間帯に男性4人が協力しあって縦横無尽に調理場を動き回るなどの戦いの場面が欲しかった。
そして若き社員である夏己(なつき)や篤郎(とくろう)もメイン級に扱うのなら、彼らの1日の仕事やスケジュールなどもあった方が良かったかも。全員が 余りにも飄々とし過ぎていて、仕事として大変な部分が欠落しているように思えた。

少しずつ作者の脳内設定が、上手く読者に届いていない部分を感じる。


述の通り、恋愛描写が淡白な本書。しかし主人公の海里は中学時代から恋人がいるような人間で決して奥手とか純情という訳ではなさそう。今の彼が恋愛に積極的にならないのは恋愛の前に、人間として料理人として一人前になるという目標があるからだろう。

ただ海里は人を幸せにしたいという博愛精神は強い気がする。海里がコックを志望したのも その思いを適えられる職業だと思ったから。
海里は専門学校の今期の生徒じゃ筋がいいという。学校内でも人気者で、彼に恋をする生徒もいるぐらい性格も容姿も備わっている。

見た目や性格だけじゃなく、彼、いや料理人を志す人には向上心がある。だが その道を極めようとすると お金がいくらあっても足りない世界らしい。国内外で活躍する人を呼ぶ特別講義は聴講費がかかるし、自分の舌の経験値を高めるためにも お店を巡らなければならない。だから常に金欠で、バイトをする必要がある。

そんな彼が学校の掲示板で見つけたのが、海里が目をつけていたトラットリア・ピッコロのコック見習い募集の要項だった。


1話では それぞれの人の気持ちのいい性格が描かれている。中でも海里は実力もあるし、バイトの面接の前に身銭を切って真剣に学ぼうという真面目さがある。そんな海里に声を掛けたのは藤倉 玲奈(ふじくら れな)で、後に彼女はピッコロのマスターの娘だということが判明する。

また海里は捨てられた猫は放っておけない優しい性格でもある。その猫を介して出会うのが茅野 彩(かやの あかり)だった。彼女は海里と同じようなことを考える似た者同士。そんな彩に海里は見とれる。

彩との印象的な出会い。だが彩からすれば大事なのは この前の場面であることが後に判明。

22歳で男女6人の偶像劇の最年長で、パティシエとしても名高い篤郎は甲斐甲斐しくバイトの面接の知らせをFAXで送ってくれる親切な人。若干20歳でマスターの右腕の夏己は不愛想に見えて人をよく見ている(1話では そこまで活躍してないが)。

女子大生でバイトの千帆(ちほ)に加えて、最後に現れるのがピッコロでウェイトレスのバイトを始める彩となる。こうして狭い職場で男女6人による3つの三角関係が幕を開けるのだが、99%は楽しい お仕事漫画である。


コック見習いでバイトに入った海里だが最初はホールを担当。これは店の仕事の大きな流れを把握するためであった。

良い人揃いのピッコロスタッフだが、玲奈に恋する篤郎だけは、玲奈が海里を贔屓にするから、海里に当たりが強い。といっても基本的に優しい上に、パティシエ志望の海里からすると同じパティシエで腕のある篤郎は憧れの存在。これによって篤郎に悪感情を持たないようにブレーキが掛けられている。

また、彩は本来はコック志望だったが、海里が先に連絡を入れ、掲示板の募集要項も彼が破って持って行ってしまったため、ホール担当として採用されてしまう。海里という存在のせいで志望とは違う働き方になってしまったが、これからの頑張りで厨房に入れるかもしれないという心持ちで彩は前向きである。海里の恋の相手ながらライバルという高め合う立ち位置にいる。バイトの決断では海里が行動力があって、捨て猫は彩の動きが早かった、そういう割り切り方をしているので彩に遺恨がないのが読んでいて気持ちいい。

ちなみにバイトの大学生・千帆は彩とは高校の同級生らしい。有能な人が多いピッコロで、千帆だけは料理初心者で向上しないという立ち位置である。6人の中では千帆は ちょっと地味な存在。夏己との関係も『1巻』だけでは分からない部分が多く、話が見えてこない。

どうやら夏己に憧れを抱いている彩は、夏己と千帆の恋愛関係を知っている。それは2人をそういう視点で観察しているからである。客から贈られた花を夏己が彩に横流ししただけで赤面するぐらいである(夏己が その花を一番最初に渡そうと考えたのが その日 休みだった千帆なのが切ない)。彩が夏己に惹かれたのもまた海里と同じく猫が理由だった。ゴルビーと名付けられた この猫はキューピッドなのかもしれない。そういえば1話で海里が見惚れた彩のゴルビーへのキスは、彩が夏己と間接キスをするための行為だったのか。ここも切ないなぁ。
現時点で、恋の悩みが一番深いのは自分の好きな人に好きな人がいることが分かっている彩と篤郎だろうか。

ちなみに海里は彩の恋に気づかない。恋愛に積極的に動かないかわりに、周囲の把握もしないという状況か。仕事と違って恋に意欲的ではないらしい。

淡い恋愛描写だから切ない場面が引き立つ。海里も篤郎も3枚目っぽいので、夏己が2枚目枠か。

房豆知識や調理人にも苦手な食材があるなどの小ネタを挿みつつ、海里を通して料理人の仕事への姿勢を描く。
コック見習いとして入っても、何一つ直接的な調理に関われないことに海里は焦っていた。だが、それは海里が自分が「やれる」ということを周囲に見せていないから。自分を売り込まない限り、仕事は回ってこない。料理人の厳しい一面が垣間見られる。だが海里は自分から前へ進み、不断の努力をしていることが眩しい。

基本的に1年で学校は終わるので、彩は2学期になって就活を視野に入れ、海里はピッコロでの社員を狙っているらしい。彩は学校内での成績は優秀で、彼女は女性には狭き門のホテルを希望する。だが彩は半分、ピッコロのマスターに自分が必要とされて引き留めてもらうことを願っていた。しかしマスターは彩の背中を後押しする。
この時、マスターはホテルとトラットリアは違うと考えているみたいだが、その違いをもっと描いてほしい。どういう方向性の違いがあるのか、とか、彼は彩をピッコロでどう使おうとしているのか、なども。

海里は2人の会話を聞き、彩が離れていくことにショックを受けるが、入社試験当日に会場に駆けつけ、彼女の応援をする。
彩は入社試験に落ち、そのままピッコロにも戻らない。それは自分が そこで必要とされていないと思っているから。だが戻ってくるキッカケを作ってくれたのは海里だった。マスターがちゃんと彩の仕事っぷりを見てくれていることを教えることで彼女に居場所があることを知らせる。しかし何の確約も展望もないままに未来に進まなくてはならない調理師の卵たちは大変である。マスターにしてみればバイトであっても人を雇うということが、ある程度 自分が雇うということを意識しているのだろうか。それとも そこまで面倒を見る義理はないのか。この辺の関連性も謎。

自分のやりたい仕事があるのなら、自分から望まなければならない。自分を売り込め!

11月に入りクリスマスシーズンが視野に入る。

この頃には海里は先輩である篤郎からデザートの試作を提案されるまでになった。海里は努力を重ねるが、上手くいく時、いかない時と波がある。それでもクリスマスを前に、一番 美味しかったケーキをクリスマスのデザートにすると任される。学生でありながら、プロとしての第一歩を踏み出している。一寸先も闇で不安も多いが、自分の力と明るい未来が直結している世界でもあるのか。


が明け、2月には調理作品祭、別名、卒業料理展が待っている。若き調理人たちの1年の集大成というべき催しである。
また、どうやら1年目が終わり、調理師免許を取得すると上級調理専門科への道が開けるらしい。この時点でピッコロのバイトの専門学生3人の未来は未定。

バイトに出勤し、2日に1度のケーキの試作も欠かさず、それでいて卒業制作ともいえる作品も1人で完成させた海里。そのバイタリティは篤郎も認めるが、順位を決める審査では芳しい成績ではなかった。

金賞は彩。玲奈も優秀賞に輝く。これは2人にも才能があるのか、それとも多忙によって海里の作品が本来の実力が出せてないのかが分からない所。また、全ては料理であることは間違いないのだが、イタリアンでバイトする彩が中華を作ったり、玲奈がケーキを作ったりと、よく分からない所で才能を開花しているのが いまいちしっくりこない。もう少し少年漫画のように誰が何の能力に特化しているのか分かりやすくあって欲しいと思うのは少年漫画の読み過ぎか。

料理をメインに扱う少女漫画としては、舞台は専門学校ではなく高校の調理科になるが小村あゆみ さん『ミックスベジタブル』がありますね。