《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

相手はイケメン俳優だから、顔はヤバいよ ボディやんな ボディ。なので 肩を蹴る。

理想的ボーイフレンド 5 (マーガレットコミックスDIGITAL)
綾瀬 羽美(あやせ うみ)
理想的ボーイフレンド(りそうてきぼーいふれんど)
第05巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

大好きなキミが、隣にいてくれること。 オレ様なイケメン俳優・絢人の登場で楓くんはめずらしくヤキモチ…? そんな中、絢人に突然キスされたのを楓くんに見られてしまい大ショックの結沙。結沙を大切に思う楓くんだけど、絢人の気持ちはさらに加速して…!?

簡潔完結感想文

  • 俺様ヒーローが しがちな承諾のないキスは性暴力であるという被害者の訴え。
  • 同じ人に恋をした、初めて恋に悩む者同士の連帯が生まれ、告白が許可される。
  • 誰と両想いになるか、どう告白に対処するかも全てはタイミングが重要である。

女漫画読者が好きな設定が無残に散っていく 5巻。

『4巻』から登場した高坂 絢人(こうさか あやと)は2つの顔を持っている。1つはナルシシストの俺様ヒーローという一面。そして もう1つはイケメン俳優という芸能人枠である。こんなに設定盛り盛りの当て馬も珍しいだろう。

この2つの設定は どちらも少女漫画では定番の設定である。そんな読者人気の高い設定を背負った高坂が、割と平凡なヒーロー・春田(はるた)に破れるのが本書の特筆すべき展開だろう。ステータスやキャラ設定ではない少女漫画の面白さが描かれており、見ようによっては それらの否定のように思える。
特に俺様ヒーローへのアンチテーゼは強く感じる。高坂がヒロイン・結沙(ゆさ)にキスをする『4巻』ラストは まるで俺様がヒーローの作品の1話のような展開なのだが、本書においては それは性暴力と認定され、登場人物の誰も その行為を肯定していない。強引なキスはヒロインの尊厳を汚すものとして描かれるが、かといって結沙が これ以降、二次元の俺様ヒーローや その言動に幻滅するかと言えば そうではないのだが…。三つ子の魂百まで ということか。

ただし多くの俺様ヒーロー同様に、高坂は凡人化する。正ヒーローでない当て馬の高坂は特に あっという間に改心しているように見える。こうして ただの純粋な好意を持つイケメン俳優になった高坂だが、それでも結沙は彼に少しも なびかない。

失恋を覚悟したら潔く身を引く。それが結沙・八重、そして高坂と続く本書の伝統である。

こで大事なのが出会いの順番である。本書や作者が誠実だと感じたのは、結沙がもし春田より前に高坂に出会っていたら彼を好きになったかという問いに対して、結沙が「わかんない」と答えるシーンだった。春田との交際の純度を高めるのなら、春田しかいない、絶対に好きにならないと全否定しても良い場面だが、結沙は自分の恋愛遍歴を、好きになった人たちの記憶や自分の好きなタイプを否定しないのが良かった。

それでも春田を選んだのは、彼が辛い時に常に隣にいてくれたからで、そして自分たちの問題や高坂問題に対しても常に誠実であったからだろう。おそらく同じ年の中で最高峰の高坂に出会っても、まさかの告白されても結沙の中で それは揺るがなかった。

失恋続きだった結沙が、初めて2人の男性の中から どちらを選ぶか という選択肢を提示されても彼女は迷わない。そして これまでの恋愛と失恋と同じように、結沙は高坂から好きと言ってもらった幸運と記憶を忘れない。どの想いも大事にしながら、春田の隣にいる というのが結沙の答えである。


の場面では もう1つ大事な順番があると思った。それが結沙の高坂との面会場所の到着のタイミングである。この場面、本来なら結沙が高坂に「お断り」の言葉を ぶつけなければならないはずだった。だが先に春田と高坂が出会って、彼らが会話を始める。結沙は その会話を途中から立ち聞きすることになり、春田にとっての結沙の特別性を彼が語ってくれる言葉を聞いて、その後で自分も同じだということを表明し、それを高坂の告白の返事にしている。高坂は2人が それぞれに互いを想う気持ちに接して敗北を痛感することになる。

そして初めから分かっていたが、2人の間に入る余地がないと高坂が理解することで、結沙が直接 言葉の「凶器」を振り回さなくても よくなっている。高坂に向き合う勇気と責任を結沙が持ちつつ、それでも彼女が受けるダメージが最小限になっているのが作者の優しさに感じられた。本書の中で常に柔らかい空気が流れているのは、こういう作者の空気の調整が働いているからだろう。


ケメン俳優の敗北という意外な展開の中で、もう1つ意外だったのは、高坂に突然キスをされ涙を流す結沙を見ても、春田が高坂に怒りをぶつけない部分だった。このキスは『3巻』ラストでの、大好きな春田からのキスとは違う「俺様」の強引なキスである(性暴力)。

そんな強烈な場面でも春田は高坂に構わずに逃亡した結沙を追う。これは新鮮な反応だった。一般的に こういう場合は「俺の彼女に何すんだ!」と女性の所有権問題が発生する所だが、春田は結沙のメンタルを第一に心配している。そこが良かった。春田の場合、人を殴るという選択肢、または怒りの感情が欠落しているからなのかもしれないが。

高坂への怒りを表明するのは残された八重(やえ)と谷(たに)。八重は谷に殴ることを命じるが、彼は拒否。これは谷のビビりもあるだろうが、おそらく顔なんて殴ったら、高坂の撮影に影響が出て、どんな理由があろうとも暴力を振るった者に損害賠償請求モノの判決が出るからかもしれない。全員 殴らない という消極的な行動が、実はピンチを救っていたのかもしれない(八重は肩を蹴っているが…)。高坂が滞りなく撮影を進め、さっさと退場してもらうためにも、ここで手を出すのは ご法度だったと考えられる。

高坂は八重に ちゃんと好きになった人が いないでしょう、と言われ自分の考えが自己中心的か自問を始めた。似た者同士の2人だから、相手の気持ちが手に取るように分かり、そして共鳴して言葉が胸に響いたのだろうか。

ちなみに八重が この件に関わっていることで八重と高坂のフラグが立ったように思われるが、それは八重の口から否定される。そして八重の高坂への同族嫌悪を見て、無意識レベルで安堵するのが谷だった。フラグは こっちか。自分の事は鈍感な結沙だけど、谷の気持ちは すぐに気づいたらしい。

イケメン俳優に暴力を振るえるのは、彼と同じ匂いと立ち位置の八重だけなのかもしれない。

沙と春田の間に気まずい空気が流れる。放課後に話し合いの場を持とうとする春田だったが、結沙は逃げようとする。うーん、結沙は序盤以外は割とヒロインの特技・逃亡を使うなぁ…。

これは結沙が自分が隙を見せたから高坂にキスされたと考え、彼氏の前でキスされたことで春田に別れを告げられると戦々恐々としていたからでもあった。これは春田の酔いに任せたキスをした時の怖れと同種のものだろう。無理矢理キスされた/した という関係が2人の間に再度 壁を作っている。その根底にあるのは相手に嫌われたかもしれないという恐怖である。

春田も高坂に油断していた自分を責めるが、ここで結沙からキスは頬であることが発表される。それでも結沙にとっては奪われたキスで、すなわち性暴力であった。そして それは自分が汚れたように思え、そのネガティブな感情が春田との交際に対して悲観的になる。性暴力の負の連鎖であろう。高坂のキスが頬なのは、彼を完全な悪者にしたくないという作者の優しさからか。

結沙は高坂からの好意に全く気付いていない。だから彼の動機が分からずに混乱している。だが鈍感ヒロイン以外には 高坂の気持ちは明白。
こういう時、結沙が少しでも罪悪感を覚えないように優しく包み込めるのは春田の人間力だろう。独占欲や嫉妬心の強さが良い方向に出ている。春田は高坂をボロクソに言うことで結沙(と自分)の溜飲を下げることも出来ただろうが、人を悪く言わずに自分の愛を強調して、その光の強さで、結沙の罪悪感やネガティブを消滅させる、その手法が春田らしく、そして本書らしい。女性ライバルの八重も含めて、誰も悪者にしない優しい世界が ここにはある。


田は結沙抜きで高坂に接触する。この時も彼を殴ったりしないが せめてもの抵抗として、彼の唇から結沙の感触を消そうと その唇を拭う。そこで春田は彼にしては珍しく強い口調で高坂を非難する。そして もう二度と結沙に近づけないことを宣言する。
ただ それは春田にとって自身の無さの表れでもある。フィジカル的に強く、ナチュラルに上から目線であるのは本来 結沙が望む男性の理想像。そして春田が絶対に到達しない姿だからである。

これまで自他を比べることのなかった春田が それをしている。恋をして気が付いた部分だろう。だが高坂もまた一種の「初恋」をしていることを知り、春田は その成仏のためなら彼の接近を許可した。

この男同士の密約は、結沙には内緒で、春田は放課後にしている何かに加えて結沙への秘密となる。だが結沙は この件を通して春田の愛を感じられたため、そこは不安に思わない。仲直りのたびに幸福のピークは訪れるみたいだ。


田は もちろん高坂と結沙の最接近を快く思ってはいない。トラウマレベルで結沙を傷つけた高坂に会う事は、結沙の心に傷を生むかもしれないから。だが接近の禁止と自分の監視を条件に高坂の告白を許した。

そんな男たちの密約を何も知らないまま、結沙は自宅を訪れた高坂と再会する。当初、結沙は高坂の気持ちを理解しないので会話が噛み合わなかったが、高坂は真正面から結沙が好きだと気持ちを伝える。
その青天の霹靂に結沙は混乱し、自分と高坂の立場の違いを初めて持ち出すが、高坂は芸能人である自分ではなくて ただの男としての評価を下して欲しいと願う。春田との密約では告白をして退場予定だったが、高坂は結沙からの返事を求める。約束の違う高坂の行動に春田は石を投げて抗議。そこで結沙に春田が隠れていることが分かってしまう。

だが春田の介入で結沙には猶予が与えられる。そして返事を用意できたら春田経由で高坂を呼び出すことになった。


沙は あまりの急展開に何も考えられない。だが春田は結沙が少しでも高坂の告白に対して揺らいでいることが心配でならない。

ここにきて初めて結沙は高坂の存在を友人・奈々未(ななみ)に相談しようとする。だが奈々未は結沙の相談がバレンタインデーのチョコに関するものだと早合点する。高坂問題で気を取られていたが、世間は そういうシーズンなのだ。

チョコ問題は脇に置き、八重も含めて3人で恋愛相談をする。結沙が悩んでいるのは返事であるとか、どちらを選ぶかではない。お断りすることは決まっているが、断るというハードルの高さが問題なのだ。ここで結沙が言う「凶器でも持って会いに行く」という比喩は とても分かりやすい彼女の心境だ。

この件は、これまで直接・間接的に失恋を重ねてきた結沙が初めて断る側に回る。そして それが好きになってもらった側が背負わなきゃいけないもので、真剣に想いを伝えてくれた人に対して、自分の都合で逃げたりしてはいけないことを学ぶ。


レンタインを前に、春田が放課後 何をしているのかが語られる。それが学童クラブでのバイトであった。少女漫画で恋人に秘密にすること第1位は、プレゼントのための資金を貯めるバイトなので、バイトだろうとは思っていたが、学童クラブとは予想外だった。当初は ここでバイト代を稼ぐのが目的だったが、春田は体力をつけたいという願望も生まれ始めた。そういう視点で自分を鍛え上げたいと思うのも、恋をした副産物だろう。

そんなバイト帰りの春田と結沙が偶然 出会い、春田は疲労回復のため結沙に抱き着く。そんな彼に対して初めて結沙は高坂の返事を保留にしていることが春田を不安にさせているのではないか、と想像する。
確かに そういう面もあるのだが、大きな愛を持つ春田は、結沙に後悔のない選択をして欲しいと願っている。偶然が重なって交際することになった2人だが、本来は高坂が芸能人であってもなくても結沙のタイプは高坂のような人である。
だから ここで迷うことは結沙にとって悪いことではないと考えている。それに今は結沙が高坂を選んでも、春田は もう一度 自分を見てもらえるよう頑張る覚悟がある。よくあるヒーローのミスで、自分が身を引くことが彼女の幸せなんだと別れを選ぶ、なんてことは ないので安心できる。


沙にとって、高坂への告白の返事は、なぜ自分は春田でなくてはだめなのか、という答えを出すことに繋がった。

高坂の返事をするのはバレンタインデー当日。高坂との待ち合わせ場所に向かう結沙だったが、そこでは春田と高坂が先に話をしていた。そして結沙に気づく高坂だったが、彼女に黙っているようにジェスチャーを送り、春田との話を優先する。

それは高坂が春田から結沙への愛のメッセージを引き出すための目論見だった。そこで春田が語ったのは結沙に出会えたことで変わっていく自分と成長を願う自分、そして自分の幸せは結沙の隣にあることだった。そう語る春田の後ろで結沙は感涙する。そして結沙もまた なぜ春田でなくてはいけないか ということを語り出す。彼女にとても今 隣にいて幸せだと思うのは春田だけなのだ。それを絶対的な価値観で語るのではなく、多くの可能性の中から春田を選んだという視点と、だからこそ彼を大事にするという決意が良い。

こうして高坂は芸能界という自分が輝ける場所へと戻っていく。結沙にとって自分が主導する選択肢が差し出されることで起きる騒動を描いた高坂編であった。強引なキス(頬)以外は、高坂もまた優しい人間であるのが良かった。仕事へのプロ意識も持っているし、努力の末の自信もある。そして最後に自分が傷つくのが分かっていても、迷惑を掛けた2人に改めて互いの大切さを語らせる/聞かせたのは彼の人間的な成長を感じた。

そして このバレンタインデーが「友人の恋」編を動かすことになるのだが…。