
藍川 さき(あいかわ さき)
ケダモノ彼氏(ケダモノかれし)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★☆(5点)
お母さんの再婚で、高校入学と同時に生まれ故郷に戻ってきた主人公・ひまり。クラスには、昔ひまりをいじめていた男子・大賀見が!! 暗い気持ちで家に帰ると、家にも何故か大賀見がいて!? もしかして、お母さんの再婚相手って、大賀見のお父さん!? 大嫌いなアイツと同クラ&同居…。波乱の予感しかしません!!
簡潔完結感想文
- 親同士の再婚でヒロインを男性恐怖症にした いじめっ子との同居生活が始まる!
- 『1巻』でヒロインは彼を好きにならない。描かれるのは男ヒロインの恋心(笑)
- 男ヒロインは漁夫の利恋愛に失敗し、応援しても失敗するドジっ子 悪役令嬢。
ヒロインの ひまりちゃん は何もしないぞ★ の 1巻。
通常の少女漫画とは違い『1巻』でヒロインがヒーローを好きになるまでを描くのではなく、ヒーローが昔から好きだったヒロインに想いが際限なく募っていく様子を描いているのが面白かった。少女漫画読者は、報われなさすぎる恋を応援したくなるのだが、絶望を抱えるのはヒーローの方であった(笑)
私の中で本書のヒロインは驚くほど好感度が低く、彼女の恋が どうなろうと知ったことではなかった。
本書で むしろ ちゃんとヒロインしているのはヒーロー・大賀見(おおがみ)の方である。容姿に恵まれ成績も優秀、女性にも不自由しない大賀見が、どうしても本命の相手だけに不器用になってしまう、という応援したくなるドジっ子っぷりを発揮している。
ヒロインの ひまり は4年ぶりに生まれ育った町に戻ってきたことによって初恋の相手・佐伯(さえき)との再会を喜んでいる。作品としては その様子に主眼が置かれているが、考えてみれば その「ハツコイアゲイン」の状況は大賀見も同じ。ひまり との再会に どれだけ彼が心を躍らせたか。しかも大賀見にもサプライズとなるのは2人の男女は親同士の再婚によって同居生活が始まる。憧れの ひまりちゃんとの同居生活に大賀見の興奮は冷めやらないだろう。


どう考えても、人への評価を簡単に変える頭の悪いヒロイン様よりも大賀見の方が一途で健気。彼はまさに「男ヒロイン」と呼ぶのに相応しい。タイトルにある「ケダモノ」は2010年代前半から作品に俺様ヒーローの到来を望む読者への「俺様俺様詐欺」である。どちらかというと「ツンデレ俺氏」ぐらいの粘着質かつオタクっぽい表現の方が大賀見には合っている。
また大賀見を悪役令嬢として見做す読み方で2010年代後半からの流行を追えるのではないか。好きな子に意地悪をするのがバカモノ大賀見の愛情表現なのだけど、大賀見の意地悪は ひまり のヒロイン力に悉く負け、失敗する。
大賀見は、佐伯に彼女がいることを黙って失恋に終わることを期待するが、佐伯は彼女と別れる寸前で ひまり の恋愛成就フラグが立ってしまう。大賀見は それでも彼女が大好きだから今度は静観し、ひまり の悲しみの種を取り除こうとするのに、今度は ひまり は佐伯の彼女の存在を知ってショックを受ける。しかも その余波で大賀見が事実を黙って ひまり を からかおうとしていたと誤解され大賀見は ひまり に嫌われてしまう。
ただ大賀見の、母親の浮気による両親の離婚という過去のトラウマを知ると、実は女性不信ぎみの大賀見が ひまり を信用できるのは彼女が佐伯に一途だからである。変わらない恋心を持つ絶対の存在だと妄信できる材料があるから大賀見は ひまり に一層の関心を寄せる。じゃあ ひまり が佐伯から自分に乗り換えることは不安の始まりじゃないか、とも思うけど。その辺の大賀見の微妙な心境は描かれていない。
漁夫の利を狙ったり、心を入れ替えて応援しようとしても結局、悪役令嬢ポジションに収まるのが大賀見なのである。ひまり も佐伯の事情に振り回されて浮かれたり沈んだり忙しいが、それは大賀見も同じなのである。


…と、ここまで別視点での作品の楽しみ方を披露してきたが、とはいえ主人公は ひまり である。そして だからこそ本書は最高にイラつく。
特に中盤の ひまり は1巻の中で一言二言しか喋っていないのではないか、と錯覚するぐらい彼女は意志を持たず、周囲に振り回されるだけのヒロインで あり続ける。彼女が意見を言う前に周囲の人間が、もう分かった とばかりに次の行動に移る様子は もはやコント的であった。頭の回転の鈍い、優柔不断なヒロインは黙っていることで状況を悪化させ、そして だからこそヒロインで あり続ける。
『1巻』では ひまり は大賀見の評価を二転三転させて忙しい。大賀見が悪い部分もあるけれど ひまり がキーキー叫んでいるだけのようにも見える。男性恐怖症という割に接近するのが早いし、心を許したと思ったら自分の都合でリセット。これが ひまり の基本姿勢で彼女は自分に都合の悪いことが起こると逃亡するという実に少女漫画ヒロインらしい行動を取り続ける。大賀見は小学生並みだと思うけれど、ひまり もまた同類。
そうすると あっという間に連載が終わってしまうから問題に真正面から向き合う、ということが少なすぎる作品だ。そのウロチョロしている感じが読んでいて疲れた。過密スケジュールの月2回発行の「マーガレット」での連載だから仕方ない部分もあるけれど、内容が薄すぎる。エッセンスだけ取り出せば5巻(または それ以下)で終わる内容を全13巻にしている印象が後半にかけ増していく。連載が好評で延長しても追加できている要素は当て馬の増員ぐらいで、主人公たちに背景が加えられる訳ではなかった。だからヒロインに勇気を与えず逃亡させることで連載を引き延ばしているだけ。その割に最終盤は駆け足で進み、全体の構成が歪である。他に時間をかけて描くべきことがあるだろう、と思わざるを得ない。
連載開始の2012年は俺様ヒーローが熱望されていた時期であるが、この時代の俺様ヒーローの先行例である水波風南さん『今日、恋をはじめます』や八田鮎子さん『オオカミ少女と黒王子』のジェネリック作品という印象が否めない。『黒王子』に関しては本書は大賀見という名前のヒーローなのにタイトルにオオカミを入れられなかったのは同時期の類似作品を想起させてしまうからだろう。また前者は髪が重めのヒーローの外見が似ていると感じた。あまり賢そうに見えない直情型のヒーローが賢く、ヒロインが逆、というのも古(いにしえ)の少女漫画設定である。
物語も予想外なことは何も起こらず、同居モノと俺様ヒーローモノのテンプレ展開の連続が最後まで続く。ただし月2回の連載にも関わらず画力は、月1連載の別冊マーガレット作品かと勘違いするほど安定しているのが凄い。最後まで崩れることなく綺麗だった。明らかに話のクオリティより作画にカロリーを割いた作品だ。絵を取るか話を取るか、マーガレットでの連載は難しい。
高校進学とともに母親の再婚相手と新居での生活を始めることになった桐谷 ひまり(きりたに ひまり)15歳。新居の場所は4年ぶりとなる生まれ故郷。そして ひまり は再婚に合わせて女子中学校から共学高校の進学を果たした。
中学進学時に ひまり が女子校を選んだのは男性に苦手意識があったから。特に小学校の時にイジめられた大賀見 圭太(おおがみ けいた)は ひまり にトラウマを与えた人物。小学校の間に ひまり は引っ越し、その地の女子中に進学した。ひまり が地元に戻る唯一の楽しみは、小学校の時に好きだった佐伯 涼(さえき りょう)に再会できるかもしれないこと。
高校で引っ越す前の小学校時代の友達や、憧れの佐伯と再会して喜ぶ ひまり だったが、それに加えて大賀見とも再会することになる。しかも彼は4年前のトラウマを再現するような意地悪をしてくる精神年齢が成長しないオロカモノであった。そんな大賀見の横暴から ひまり を庇ってくれるのが佐伯。いよいよ小学校時代の再現となり、ハツコイリトライの準備が整う(大賀見側も(笑))
新居に帰宅して ひまり は母の再婚相手の連れ子で、義弟となる一人息子に初めて会う。過去の顔合わせにも参加せず写真も確認しないままの同居となるのは、ご都合主義だけど仕方がない。ひまり は男性との暮らしに緊張するが義父に好印象を持っているため、その息子への恐怖心を持っていなかった。しかし そこに現れたのは大賀見だった。ショックを受ける ひまり に大賀見は彼女の荷物から佐伯へ出せなかった手紙を見つけ、またもトラウマを再発させようとする。
けれど ひまり は、実父の死後 一人で自分を育ててくれた母親の幸福のために大賀見との暮らしを我慢する。その引き下がれない気持ちがあるから、ひまり は初めて大賀見に意見を言う。俺様ヒーローの好みは自分に意見を言ってくる存在。しかも大賀見は小学校時代から ひまり のことが好き。でも好きな子に意地悪をしてしまう小学生男子のメンタルのまま成長しなかった大賀見は、成長した身体を使い ひまり を押し倒し、彼女を威圧する。強引に迫る行動こそ俺様ヒーローの本領発揮である。
ひまり は家族内の空気を優先するため、二重人格で良い子を演じる大賀見の正体をバラす訳にはいかない。これ以降も ひまり は母親の幸福を願うことを最優先にするのだけど、この ひまり と母親の厚い関係を もっと詳細に描いて欲しかった。何のエピソードもなく ひまり が頑固に「家族や家庭」を守ろうとするけれど、読者の想像力には限界があり、もっと手掛かりが欲しい。母が未亡人として頑張っている姿を見た ひまり、のような お涙頂戴エピソードがあれば読者も ひまり の心情が理解できたのではないか。
初日に押し倒されたことで大賀見への警戒心を強めた ひまり は彼に半径1m以内の接近を禁止する。だが新居から高校に通学する際になって初めてラッシュを経験し、男性に苦手意識のある ひまり は満員電車に躊躇する(連載開始の2012年は まだ女性専用車両が普及し切っていないのか。2025年に読むと少々変な展開に見える)。そんな ひまり を見かねた大賀見が声を掛けるが、ひまり は男性恐怖症にさせたのは大賀見だと彼を非難する。その事情を知った大賀見は ひまり の手を引き、ドアに壁ドンする形で男性たちの圧迫から彼女を守る。連載1回につき1回の身体的接近は少女漫画のノルマです。
初日には気づかなかったが大賀見は有名人。一緒に登校するだけで注目され牽制される。ヒーローのモテを演出することで読者に大賀見を価値ある男だと認定して欲しいのだろう。
ひまり は一緒に登校したことを佐伯から仲良しだと思われ、朝の感謝は どこへやら再度 大賀見との距離を取る(自分勝手な人間でしかない)。その学校での態度は家庭内で大賀見に注意される。ひまり は ここで佐伯の名前を出して彼が好きで彼の格好良さを礼賛する。てっきり その言動に大賀見が機嫌を損ねるかと思ったが、彼は ひまり と佐伯の仲を協力するという。ただし これは大賀見が佐伯に彼女がいることを知っていての行動。ひまり が失恋すれば自分に振り向くと考えて、親切な振りして漁夫の利を淡々と狙っている。ヒロインの失恋による おこぼれに与ろうとするヒーローが かつて存在しただろうか。
大賀見の号令で佐伯を含めた同級生たちが集まる。そこには過去に ひまり を からかった同級生の男子もいて ひまり は委縮。大賀見は ひまりに いよいよ限界が来たら助けるつもりだったのだろうが、ひまり は その美貌を褒められる。どうやら ひまり は作中で可愛い部類に入るらしい。
その後、大賀見は ひまり が佐伯と一緒に行動できるように手を回し、彼女に幸せを味わわせる。しかし ひまり の笑顔に反比例して大賀見は機嫌が悪くなる。そして ひまり を狙う男性陣に好きな人がいる情報を流し やんわりと牽制する。しかも佐伯から彼女との関係が上手くいっていないことを聞かされ、ひまり が失恋しないかもしれないことに焦る。意地悪な俺様ヒーローのはずが「てんで性悪キューピッド」である。ケダモノ感 どこ???
このキューピッド行動は ひまり の大賀見への評価を上げる。もしかしたら大賀見は ちゃんと家族になろうとしてくれている、と ひまり は彼への態度を軟化させ、自分も彼に近づく努力を始める。大賀見本人に嫌な思い出があっても今の2人は義姉弟。だから家族として接する。
その両親が新婚旅行に行ったため3日間2人きりでの生活が始まる。ひまり は佐伯に映画に誘われて浮かれていたが、大賀見は それが面白くない。大賀見とギクシャクして出掛ける ひまり だったが、彼の体調が悪いことが気にかかる。だから佐伯と一緒に居ても気にしてしまい、遂には孤独な大賀見を心配して、途中でデートを切り上げる。2人の男性の内、どちらかを選ぶ最初の事例で、この時点で結末は決まっていると言える。しかし この時、両親が新婚旅行に行っていなければ ひまり は帰るという選択肢を取らなかっただろう。だから ここが運命のイタズラと言える。
帰宅すると大賀見はグッタリしていた。人に頼ることを知らない大賀見を甘えさせてあげようと ひまり は甲斐甲斐しく世話をする。ヒーローの窮地を救うのがヒロインの聖女行動である。そして大賀見は熱のせいもあり ひまり に甘え、手を繋ぎながら眠る(起きても手を繋いだままって2人とも微動だにしなかったという証拠で不自然。漫画あるある だ)。ひまり が言うことを聞いてくれたことに大賀見の好意は一層 強くなる。ずっと大賀見がキュンキュンし続ける作品だなぁ…(苦笑)
大賀見の誕生回。大賀見は ひまり に祝ってもらおうと、周囲の人がセッティングする誕生日会に招待するが ひまり は不参加を表明し格好がつかない。大賀見が家に帰ると自宅は真っ暗で、それが彼に孤独な誕生日という過去のトラウマを想起させる。
こうして落ち込ませてから上昇するのが胸キュン装置で、部屋に入ると ひまり がサプライズパーティーを用意していた。ひまり は少々 勉強が苦手な設定だが、母子2人暮らしのため料理は一通りできる。サイズは何号なのか という大きなケーキも手作りなのだろうか(直径に加えて高さも異常)。
こうして またも男ヒロインはキュンキュンして2人は家族として距離を縮める。大賀見は その お礼として ひまり に勉強を教える。その効果で中間テストは平均点以上の点数を取れた。大賀見の誕生日のトラウマを払拭したことで ひまり は正ヒロインになれたと言える。


大賀見は ひまり を好きになり過ぎて、彼女の悲しむ顔を見たくなくなる。だから佐伯と彼女の接近場面から ひまり の視界を奪ってあげる。恋をしたらどんどん自分が変になっちゃうよー、という大賀見ヒロインである。
しかし大賀見の計画に反して、ひまり は女子生徒たちの噂で佐伯に彼女がいることを知ってしまう。しかも その事実を大賀見が隠蔽していたことを知り、大賀見が言う協力が彼の余興であるかのように感じられる。彼に信頼を覚えていただけに失望も大きい。逆 胸キュン展開となり、ひまり は大賀見を嫌いになった。
そんな ひまり に大賀見は、彼女が飽くまでも自分を家族としてしか見ていないことに苛立ち、自分は そうは思っていない=1人の異性として見ている、と伝えるのだが、ひまり には その好意は伝わらず、仲良しごっこをしない という意思表示に思える。
こうして ひまり の大賀見への男性恐怖症は再発し、2人の関係は初日のようにリセットされる。
大賀見は ひまり に謝罪をしようと接触を試みるが、ひまり は考えるより先に身体が反応してしまい大賀見を拒否してしまう。その現状に飽き飽きした大賀見は横並びの2人の自室を利用してベランダから ひまり の部屋に入る(鍵を掛けようか☆)。大賀見が見たのは机で眠る ひまり の姿。大賀見は お姫様抱っこをしてベッドに運びながら眠る ひまり に素直な言葉を並べる。「好き」という言葉を使わず「嫌いなわけじゃない」というのは最後まで素直になれない大賀見の性格と作品の都合があるのだろう。
この本音を起きていた ひまり は聞く。ひまり の大賀見への評価は またも揺れ動く。
