綾瀬 羽美（あやせ うみ）
理想的ボーイフレンド（りそうてきぼーいふれんど）
第04巻評価：★★★☆（7点）
総合評価：★★★☆（7点）
楓くんからの突然のキスに驚く結沙（もちろんファースト）。我に返った楓くんの意味深なひと言にピリつくふたりだけど…？ さらに、楓くんとは正反対の“オレ様”な男子も登場で、なにやら波乱の予感です――。
簡潔完結感想文
- 忘れてくれと言われた忘れられない初めてのキスが、2人にとって初めての喧嘩となる。
- 物語の途中から芸能人が乱入する「りぼん」式展開。作者が捻出した当て馬のアイデア。
- 自分に自信満々な人は自分に興味ない人が特別に見える。結沙が見出した男女の共通点。
キスに始まり、キスに終わる、世界はキスで出来ている 4巻。
この『4巻』から当て馬が登場する。その当て馬は同じ年のイケメン芸能人・高坂 絢人（こうさか あやと）で、ヒロイン・結沙（ゆさ）は少し話しただけで彼の お気に入りになり、彼は その日から仕事の合間を縫っては結沙に会いに来るという夢展開となる。
最初は物語の途中から現れる芸能人キャラが、低年齢向け雑誌の「りぼん」のような展開だと唖然としたが、このキャラは作者が色々と当て馬の設定を考えたからこそ生まれたものだと分かる。
ヒロインの結沙は、本来はドＳ・俺様キャラが好きな女性。だが彼女はクラスメイトの春田との交流で、自分の理想とはかけ離れた性格をしている彼に惹かれていく。紆余曲折があって想いが通じ合い、春田は結沙にとって新しい「理想的ボーイフレンド」となった。
2人の交際後に登場する当て馬に持ってくるのに相応しいのは、当然 ドＳ・俺様キャラである。ただし本書では もう それを担当するキャラが存在する。それが『1巻』1話の時点で結沙が好きだった学校の先輩である。
その人にフラれる形になったとはいえ結沙は もう その人への失恋を乗り越えており、略奪されるような形になった友人・奈々未（ななみ）とも何の遺恨がないことは『3巻』のクリスマス回で証明されている。
この先輩がいることで、通常の俺様キャラは登場させられない。それは単なる二番煎じで同じことの繰り返しだ。
ということで結沙が1話の時点で好きだった もう1人の人物を登場させる。ただし その人は作中作の漫画の俺様キャラなので、それを どうにか3次元化したのが、そのキャラを実写映画で演じる芸能人・高坂なのである。
結沙の好きな人を どうにか2次元から3次元化するためには芸能人（役者）という お仕事が必要だったのである。
高坂自身は俺様というよりもナルシストで、微妙に理想とは違うのだが、上から目線での発言は結沙に萌えを生む。しかも高坂は、1話で登場した学校の先輩とは違い、結沙のことが好きになるキャラとして設定されている。
それに対し実は同性ライバルに対して嫉妬深い春田が どう対応し、どう自分の良さをアピールするのか という点が この男2女1の三角関係の面白さである。今回の巻末では ある意味で開幕のゴングが鳴り響く。春田は殴りかかっても簡単に負けるのが目に見えており、知性以外のステータスは相手の方が格上。これは結沙のモテモテ物語ではなく、春田の防衛戦なのである。
さて この高坂は、たった1日で結沙のことを気にいる。芸能人が登場するだけでなく、平凡なヒロインに惹かれるというのも夢のような展開だが、そこにも作者の計算が しっかりある点に好感を持った。
そのヒントとなるのが、結沙が直感で見抜く高坂と、クラスメイトの美少女で元ライバル、現 友人の八重（やえ）との共通点だ。最初は自分の容姿に絶対的な自信を持っているという表層的な面を似ていると評したのかと思ったが、彼らが似ているのは自分が惹かれる人の特徴なのではないか。
ずっとモテてきた八重は自分に色目を使わない春田が特別に見えて、彼に惹かれていった。それと同じことが結沙にも起こる。春田という「理想的ボーイフレンド」を見つけたばかりの結沙は、高坂の優れた容姿に関心はするが、そこに重きを置かない。結沙が高坂に唯一 興味があるのは、その後ろにいる漫画キャラの演じ手という部分だけだろう。そこも高坂にとっては屈辱的な部分ではあるが、結沙の徹底した無関心が高坂にとっては大事。作中のモブたちは高坂を見ただけで頬が上気し、甲高い声で話し出すが、結沙は高坂を同じ年の男性としてしか扱っていない。これが高坂が結沙を特別視する理由だろう。要するに高坂の気持ちの動きは八重で説明できるのだ。
こういう部分で夢物語にも説得力を持たせているから本書は地に足がついているように見える。そして こういうことを やってのける作家さんが私は好きだ。イケメン芸能人 降臨、という派手な展開だが、その中には地道な論理がある。
甘酒で酔った春田にキスをされた結沙。彼女の心の傷は、それよりも酔いの醒めた春田が それを忘れてくれと言われたことだった。新学期になり2人は顔を合わせることになるのだが…。
春田の言い分に納得できない部分があり、結沙は彼と距離を取る。その相談をしようとした奈々未が欠席だと判明。そんな時、八重が かつて一緒に行動していたクラスメイトと仲違いをしていることを知る。それをチャンスとばかりに結沙は八重と仲良くなりたいという気持ちを表明する。そんな八重との会話中、春田が登校してきて、2人の間に距離があることを八重に見抜かれてしまう。
八重が不幸話なら聞きたいというので、今回の件の相談相手は八重になる。だがキスをした事実を隠すから内容は雲を掴むようになり、八重の反感を買う。それでも八重は2人の仲を間接的に取り持ってくれた。恋愛初心者の春田に女性の扱い方、彼女と他の女性の区別の仕方を指南して華麗に立ち去る。八重の格好良さが際立つ場面で、少女漫画では物語から追放されがちな女性ライバルながら、最初から正々堂々としていた八重はカムバックとなる。
そんな八重の姿を見て、結沙は逃げ回るのを止めた。そして結沙は改めて春田と向き合い直す。
春田は、少女漫画で女性にとってのファーストキスがどれだけ大事なのか学んだ自分が、結沙のキスの思い出を汚してしまったことに対して謝罪をする。自分の暴走の自己嫌悪が彼の半生の根幹にあった。
それを理解した上で結沙は、場所がどこでも、春田とキスした思い出を春田自身に否定された悲しみを訴える。そして春田も決して あの日のキスを忘れないように お願いをする。
こうして2人の すれ違いは解消。春田は自分のしでかした事の大きさから別れを告げられるのではと戦々恐々としていたようだ。勿論、それを告げられても春田は結沙をあきらめない。今度は自分からアタックすることを考えていた。お互いのコミュニケーション不全の改善を約束して2人は また関係性を発展させる。
キスというハッピーなイベントで仲が悪くなるという意外な展開も面白いし、この2人の絆を強固にするイベントがあるから次の大波も乗り越えていけるのだろう。
こうして再び平和に2人で学校に登校するようになる。ただ春田は これからしばらく一緒にいられない日があるかも、と予告する。詳細は言わないが、浮気ではないことだけは明らかにする。少女漫画で、恋人にも内緒で始めることとと言ったらアレぐらいしか浮かばないけど。
今回の騒動で仲が深まったのは春田だけでなく、八重との仲も深くなる。奈々未も それを承諾したようだ。キャラ的には被っている部分もあるような2人で、ここは仲良くなるか心配だ。
しばらく春田が結沙の一緒にいれないので、結沙は実家の手伝いをする。
そこに来店するのは、結沙が愛読している少女漫画の実写化映画でヒーロー役を務める高坂絢人だった。結沙たちと同じ年だという高坂は春田とは真逆の自信過剰のナルシストキャラ。だが結沙は高坂自体に興味はなく、漫画の中の俺様ヒーローが好きなだけで、彼を見ても大した感動が湧かない。
彼の体調が思わしくないように見え、結沙は母に言いつけられ布団を用意する。かなりの高熱の高坂だが自分のせいで撮影を止める訳にはいかないとプロ意識を見せる。高坂も ただの暴君にしない所に作者の愛を感じる。
高坂を看病する中で2人は会話を弾ませる。その中で結沙が高坂に見せた写真で、自分の容姿や価値が友達たちに劣っていると言われても平然としているところが、これまで高坂が見てきた女性とは違う部分なのだろう。これは いわゆる俺様キャラの男性ヒーローが「お前 変わってるな」＝好きになる過程と同じだろう。結沙が俺様キャラと恋に落ちるなら こんなルートを進むのだろう。
反対に結沙は自分の好みのタイプに入っている高坂に少しもトキメかないことで、自分の春田への絶対的な愛情を感じていた。もしキスの後の すれ違い中に高坂と会ったら危なかったかもしれない。
そんな1日限りの邂逅だったはずの2人だが、映画の撮影が彼らの家の近所で行われることもあり、三角関係の継続は簡単に予想される。
雨で予定が撮影が中止になったのか、ある日、高坂は結沙の学校前で彼女を待ち伏せする。だが その日、結沙は春田の傘に入って相合傘で帰るという重要な予定があった。
そこで春田の同伴で3人で喫茶店に入る。春田もまたマイペース人間なので芸能人である高坂に過剰に反応しない。高坂が芸能人というのは当て馬に必要な設定だけで、彼らの中では飽くまでも同じ年の男性として扱われている。
似ている八重理論を適用すれば、八重にとって女友達とは自分に交際中 or 好きな男性を取られないように警戒するものだった。だが高坂を前にしても結沙や春田は自然体で警戒心を見せない。それが高坂には謎なのだろう。まして春田の容姿は芸能人の自分ほど優れたものではない。
だが実は同性への警戒心が強い春田は、高坂の存在が気になっていた。それは芸能人だからとか見た目の問題ではなく、彼が結沙に安心感を抱いていることをいち早く察知したからである。
そうして結沙への執着心を見せる春田だったが、そのお陰で結沙の異常にいち早く気づく。高熱の高坂の看病をしたからか、今度は結沙に発熱の兆候が出ていたのだ。自分に責任の一端のある高坂はタクシーが つかまらないため、自分の着ていた服で結沙のスカートを保護した後、彼女を お姫様抱っこする。春田は自分が その役目を担おうとするが、体力的な問題で傘と荷物持ちに徹する。こうして結沙は2人の王子様に護られながら家路につく。
高熱で無防備になった結沙の笑顔は、一層 高坂の心に結沙の存在を残るものとした。そして春田は間接的に男として負けている部分を見せつけられることとなった。
結沙の風邪回が始まる。両親は自営業ということもあり、看病は春田の役目となる。
春田は高坂というライバルの存在もあって いつもより積極的。キスで風邪が移るのなら それが手っ取り早いとキスをしようとするが、結沙に拒まれ敗北する。この2人が取っ組み合いの喧嘩をしたら、結沙が勝ってしまうかもしれない…（笑）
後日、高坂は結沙の心配をして学校周辺を探索。そこで出会ったのがマラソンの授業中の八重（と谷（たに））。この出会いは恋愛フラグにも思えるが、ここでは似た者同士の2人が いがみ合うだけ。そして高坂が八重の尊厳を傷つけるような発言をした際には谷が助け舟を出す。
そこへ高坂の存在を認めた春田が全力で駆け寄る。そして高坂からの借り（喫茶店代や結沙に巻いた服のクリーニングと郵送）を全部 返して彼との関係を清算しようとする動きを見せる。
しかし そこに結沙が現れ、話がややこしくなる。そしてキスシーンの話から、実際に高坂が結沙にキスをする。これは高坂が仕事中・演技中に結沙の顔が浮かんでしまうから、キスをして彼女への感情に名前をつけようとしたのだった。俺様とは女性に気遣いが出来ない性暴力を行う人のことを言う…。
『3巻』のラストもキスで終わったが、『4巻』のラストでは違う男性からのキスとなった。どちらも結沙の心に傷を負わせるのが悲しいところである。
