《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

幻覚仲間と体験談を語り合うことで中毒から抜け出したヒロインは現実を見据える。

黎明のアルカナ(11) (フラワーコミックス)
藤間 麗(とうま れい)
黎明のアルカナ(れいめいのアルカナ)
第11巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

自国の王位に就くためにアデルとの結婚を選んだナカバ。シーザもルイスと結婚して二人は離ればなれになる。そんな折り、ナカバはアルカナの力でウルマの山で雪崩が起きることを予知し人民を避難させる。そこで禁忌の子が置き去りにされているのを知ってナカバは助けに向かうが、雪崩に飲まれてしまう。すんでの所でロキに助けられたナカバ。しかし、その際にロキが刻のアルカナを持つ禁忌の子であるという衝撃の事実を知る…。

簡潔完結感想文

  • 王の前で刃物を振り回せば大体の要求は通る本書。脅迫か暴力かの二択なの?
  • あの人を巡る2つの衝撃の事実の内、1つは驚くが、1つは論理に疑問が残る。
  • シーザの国の動向など一切 描かれない。複数の視点で語れないのは重大な欠点。

の人は今、あの新兵器は今、あの国は今、の 11巻。

伏線とか複線が特定の人以外には機能していないのが本書の大きな欠点だろう。ヒロイン視点で描かれる恋愛漫画なら それでいいが、作者が本書で挑もうとしているのは隣国同士が争う国家間のスケールを必要としたドラマである。

以前から書いている通り、どうにも作者はナカバとロキ、いや『11巻』で明らかになった事実から言えばロキを中心に物語を作っている。彼に関しての伏線は以前から張られており、今回 それを回収した形になっている。ロキに関する事実は確かに驚いた(後述する疑問も残るが)。本書ではロキにばかり力が入ってしまって、その他の描写が疎かになっている。これは初めてファンタジー作品を描く作者の力量不足だろう。これ以降も作者はファンタジー作品に定評があるみたいだが、このレベルで熱心な一部ファンからだけ絶賛されているようなことが なければいいのだが…。

ナカバの身の安全を最優先に、王族にも一歩も引かないロキが身を引いたのはなぜかという謎。

お粗末になっている描写の一つがシーザの描写と彼の国の放置である。そもそもシーザの国が国同士のパワーバランスを崩壊させる新兵器の開発に成功したことから、当時 夫婦だったナカバとシーザは その兵器の試用である亜人の村の虐殺を防ごうとした。新兵器は実戦配備されるまでにあって、その大量生産の前に彼らはナカバの国への新兵器の導入を試みたり、シーザはナカバと別離を選んでまで国内で地盤を固めようとしている。

…のだが シーザの国の描写、彼の頑張りは一切ないまま。驚異の新兵器の存在を示したのなら、シーザの国での実情を挿むべきである。新兵器量産を現実的なカウントダウンにして、武力による世界の改変の危機を煽れれば物語に緊張感が増しただろう。だが作者は不器用なのか、ナカバのアルカナによる短中期的な未来の予知と、その危機しか物語に導入しない。これによって当初の旅の目的が放置された状態になっている。何か目的のありそうなシーザの父である国王なんて全然 登場しないではないか。

それだけでなく多くなった登場人物も1巻につき1回 登場すれば良い方である。母と再会したリトの場面など描くべきシーンが描かれていないのも気になる。母国を追われたアーキルも何を目的に生きているのかが分からないで、ただナカバの国にいるだけである。これでは各人の才能や特殊能力を使うような協力する場面は絶対に見られないだろう。RPG的な手法を使っているのに、出来上がったパーティーが解散状態で面白くない。

『11巻』ラストでのナカバの国での大きな動きも唐突だ。こうすることを考えているなら、ナカバが この国に帰って来た時から祖父である国王に年齢を感じさせる描写を伏線として挿めばいいのに、そういう未来を見据えた行動をしないのが本書である。ナカバの行動も、結局 暴力に訴えて実権を握っている。ナカバが2つの未来から最善を選んだのは確かだが、それよりも平和に そして したたかに最高位を狙うような描写が見たかった。序盤から王や王族の前で刃物を振るう場面が多すぎる作品でスマートに見えない。
この辺は作者がナカバ(とロキ)が したたかに動くような場面を考えられないから、言うことを聞かせる暴力に走っているように見えてしまう。

これまでの3つの国で、シーザの国ではカインは殺害され、アーキムの国でも温厚な王子が暗殺、そしてナカバの国でも脅迫による王位継承権の簒奪(さんだつ)である。刃物を使ってしか何かを成せない人たちと世界なのだろうか…。次世代の王たちの決定が こんなでは、未来永劫 平和な未来など見えてこない。


カバがアルカナで視た、雪崩に巻き込まれる村には禁忌の子供がいた。それは人間と亜人との間に生まれた子。村は避難によって その子の存在が明るみに出ないように その子を放置した。

ナカバはアルカナで その存在を知り、救出に向かう自分の決断にロキを巻き込んではいけないと彼の安全を優先したが、救出途中でナカバは雪崩に巻き込まれてしまう。雪の中でナカバは死を覚悟し、最後にシーザの姿を視るためにアルカナを使う。

しかし彼女は雪中から救出される。それを行ったのはロキ。ロキがナカバの命令を聞き、彼女の側を離れたのは、彼がナカバも禁忌の子も救うために、自分は安全な場所に いなければならなかったからだった。それがロキがアルカナで視た、2人を助けるための最善策だったから。
こうしてロキもまたナカバと同じ「刻(とき)のアルカナ」の保持者であることが明かされる!


助された禁忌の子はナカバが預かる。閉鎖された村ではなく、新しい土地で彼女が これまで通り、村人たちによる暗黙の了解のもとで暮らせる保証がないからだろう。それでも その子を一番に思う人間とは面会できるように、ナカバは取り計らう。アルカナによる予知に加え、王女の寛大なる処置はナカバの名声となる。

その村からの帰路、馬車の中でナカバはアルカナを発動させる。そこにはロキが待っていた。どうやら「刻のアルカナ」が見せる現在・未来・過去への扉が並ぶ場所は この能力者の共有スペースらしい。以前、ナカバが この場所で見た狼(『9巻』)は、狼の獣人であるロキの仮の姿なのだろう(仕組みは謎だが)。


キがアルカナ能力を獲得したのは子供のナカバを連れて王城で暮らすようになって数年後だという。
そして彼が「刻のアルカナ」を持っている事実からロキに関する2つに事実が発覚する。

1つはロキもまた村にいた禁忌の子と同じように人間と亜人の間に生まれた子であること。これに関しては いまいち論理が分からない。「刻のアルカナ」を持っているのは古くから血を色濃く守ってきたナカバが生まれた辺境の村の一族だけ という話は『3巻』でアーキルから語られる。だが人間でも亜人でも特別な力の総称としてのアルカナは発動している。アルカナは人種を選ばないということだ。だからロキが亜人である可能性もないとは思うのだが、どうやら作者の中では その村の一族=人間という認識なのだろう。「刻のアルカナ」を持つのは人間だけなのに、それが発動している亜人のロキは、その村の人間と亜人との間の禁忌の子であるという論理なのだということで私は納得した。これは大変 分かりにくい。

そして2つ目の事実は、ロキの能力の目覚めがナカバより遥かに前であるならば、ロキはナカバや この世界に起こることを承知で行動していたという ことである。そして彼もまた、ナカバと同じように、救いきれない未来を視る無力感と失望、今はもうない過去を視る空虚さを感じていた。この気持ちの共有があるから、ナカバはアルカナ依存から脱したように見える。


れ離れになり、しかも別の伴侶と生きることを選択した元夫婦の2人に再会の機会が訪れる。

それがシーザの国の商業都市で開かれる見本市。シーザもナカバも相手に会える可能性に賭けて参加する。ナカバはアルカナを使えばシーザに会えるかどうか分かるが、希望が失望に変わるリスクを考え、その光景は見ないことにした。アルカナ依存が終わった実例だろう。

ナカバは優れた聴力を発揮するアルカナを持つ、雪崩から助けた禁忌の子・ルルを見本市に連れていく。そこではシーザには会えなかったが、その夜 ルルに導かれて行った場所で生のシーザを久しぶりに見る。
だがシーザの横には現在の妻であるルイスが、そしてナカバを追ってアデルが現れ、2組の夫婦の邂逅になった。相手の姿を見たくて参加したイベントだが、一番 見たくない配偶者の姿を互いに見てしまった。この残酷な現実を際立たせるためにも、今回はアルカナで未来を視なかったのだろう。


んな中、ナカバの祖父の国王が倒れる。病から持ち直すことはないという見立てで、ナカバには この国の実権を握る好機となる。それにしても王位継承者であるアデルには両親が いないのだろうか。世界設定を細やかにするためにも こういう部分の説明が欲しい。大きなコマの多用といい、全体的に雑に見える。

冷たい目をするようになったナカバ。シーザと再会しても互いに その手は少し汚れているだろう。

国王の崩御後は国を牛耳るのに邪魔なのは残るはアデルだけ。絶好の機会だが、ナカバはアデルが自分に心を寄せていることに気づく。そして自分がアデルを裏切れないという直感も得る。権力闘争を生き抜くにはナカバは優しすぎるのだ。
この時のアデルの描写が良い。元々 なんだかんだでナカバのことを心底 嫌っていた訳ではないのだろう。そして今、祖父の死を間近にし、その先にある自分の国王即位という大役の不安から、ナカバに優しく接する。彼の心の動きがナカバへの甘えとなって出ている描写は分かりやすい。そしてアデルの行動がセンチメンタルからくる言動なのは分かるが、その人の中に善なる部分を見つけてしまうとナカバは その人に冷酷になれない。

もしナカバがアデルを裏切れないのなら、ロキはナカバの代わりにアデルを討とうとする。それがナカバが完全に実権を握るためにロキが出来ること。これまでも手を汚してきたからなら容易だろう。実際、ナカバはアルカナで その場面を見る。ナカバの選択肢のポイントは、アデルの生死の選択である。


こでナカバはロキが手を汚さずに、自分で行動する。見舞いのためとアデルと一緒に祖父の部屋を訪れ、アデルに刃物を突き付けることで、王位継承権をアデルから簒奪する計画を立てる。

王位を認めればアデルを助け、認めなければアデルを殺して王になる、というのがナカバの選んだ未来。アデルにとっては完全に予想外の裏切りで、彼を絶望に導く現実になってしまうが、ナカバはロキの手を汚さず、アデルの命も失わないために この道を選んだ。誰も死なせないように、誰の手も血で染まらないようにするための必要な冷酷さである。

そうして現国王の遺言となる直筆の書面を受け取り、王位継承権を得たナカバは、この国を、社会を変える端緒を開く。