藤間 麗(とうま れい)
黎明のアルカナ(れいめいのアルカナ)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
王家の娘・ナカバは、顔も見たことのない敵国の王子・シーザの元へ、たった1人の従者・ロキを連れ、人質として嫁ぐことに。王子シーザは、華麗な外見とは裏腹に、強引でわがままな性格。しかも、愛人までいる始末。「お前は俺(おれ)の所有物だ」形だけの婚姻となるはずが、ナカバの「ある力」のせいで、従者とも引き離され、無理矢理に…?ロマンスファンタジー第1巻!!
簡潔完結感想文
- 敵国へのスケープゴートだったヒロインは その性格と資質で自分の人生を切り拓いていく。
- 政略結婚後も続く 彼らを慕う異性問題。でも初夜を拒むなんて、貴女は何しに来たの?
- 登場人物たちが全員 短慮に見え、言動が軽い。これまでの10数年の人生が感じられない。
作者のファンタジー作家としての黎明となる 1巻。
政略結婚で長年いがみ合う隣国に輿入れしたヒロイン・ナカバの数奇な運命を描いた作品。物語は敵国同士の和平のための結婚披露から始まり、その後にナカバの人生、そして結婚相手となるシーザの背景が判明していく。しかし『1巻』の段階では まだそれは一部しか明かされず、ナカバに目覚めつつある能力も含めて最後まで隠された「真実」が用意されている。
時空を超え、過去・未来・真実を視る幽遠の力『刻(とき)のアルカナ』がナカバの能力だということは1話から ほのめかされている。この能力のお陰で、物語の中盤は、ナカバが視た未来を回避できるのかという短中期的な問題が目前に迫り、読者に緊張感を与え続ける。それは作品のスピード感にも繋がり、私は全13巻を全力疾走で駆け抜けた。
100ページにも及ぶ第1話も結婚披露から始まり、愛なき結婚を描きながら、2つの国家の成立の歴史を描く。髪色(肌色ではない)や人種(人間と亜人(半獣半人の者の蔑称))による差別など設定の説明だけにならないように、ナカバと その従者で亜人のロキがシーザに向けて刃を向けるシーンを挿み、物語に動きを出している。特に最初のロキの激昂をナカバが諫めるシーンはナカバのヒロインとしての立ち位置を示す印象的なシーンになっている。
またナカバが無意識に『刻のアルカナ』を発動させることによって、ナカバの知らない過去も1話に盛り込めている。これによってナカバの人生に悲劇性という奥行きが出て、読者は彼女を応援したくなる。
その1話から後、すぐに俺様ヒーローのシーザの態度が軟化しているのが見て取れる。彼の性格の悪さは虚勢の一種でもあるようで、本当の彼は割とお人好しで そこまで憎むべき人ではないことが分かっていく。
現代劇でも俺様ヒーローは気の強い女性を好み、そしてヒーローは徐々に性格が丸くなって個性をなくすが、シーザは早くもキャラ変が始まっている。俺様というよりもツンデレのような可愛げが見え隠れして、そのギャップから どうしても彼に好感を持ってしまう人も多いだろう。
そして従者・ロキという存在があるために婚姻後ながら三角関係にも読めるのも少女漫画読者を掴んで離さない設定だろう。ラストのキスシーンは三角関係モノの真骨頂である。少女漫画のヒロインで「刻のアルカナ」という特殊能力を持ち、そしてシーザとロキ、2人の男性に寄り添われているナカバは少女漫画ヒロインの中でも一番 憧れる立ち位置だろう。おそらく物語には不遇で不幸なナカバによる真実の愛の獲得と、そして下克上が待っている。恋愛的決着に加えて、ナカバの人生が どうなるのかという2つの要素が物語の求心力となる。
ただし画力・内容に深みを感じられなかったという残念な点もある。作者は本書から圧倒的な人気を得たようだが、ファンタジー作品を描くには絵の力が弱いと思った。本書は『1巻』から かなりの頻度で剣や刃物が登場するのだが、それを振るう者に力強さが全く感じられなかった。人を殺す時と軽傷で終わる時の絵に差異が感じられず、読者に「斬られた!」と息を飲ませるような力がない。だから作中に非業の死があっても「死んだんだ」という軽い印象しか残さない。それは画力と共に演出力も弱いからだと思われる。大事な場面でも描き込みや演出が施されておらずページが白かったりするのが散見された。背景においても同様で、ファンタジー作品は その世界観を知るために背景が重要なはずなのに、そこに力が入っていないことが明らかで、この世界への没入感は低かった。
内容に関してはヒロインのためだけに用意された世界と設定、という気持ちが最後まで拭えなかった。本書は国家間の問題を扱った作品のはずなのに、作品から国家という巨大な組織を少しも感じられなかったのが残念である。国王や王族は私怨でしか動いておらず、誰一人 国家や国民のことを思っていない。そして それはヒロインも同じであったのが残念だ。理想のために自分を犠牲にするという大きな志しを誰も持っていないから、物語が矮小化される。
例えば第1話で政略結婚でシーザの嫁になったナカバだが、彼女は国のために、束の間であろうとも和平と争いのない世界のために その身を捧げたりしない。少女漫画的には気持ちの伴わない性行為を回避したのだろうが、そのためだけに敵国の王子に刃を向けるのは無礼な行為でしかない(そもそも刃物を持ってるという不自然さもある)。彼女が自分の命と国民の命を天秤にかけ、自分を重要視しているように見えてしまった。
その前のナカバの従者・ロキのシーザに対する無礼も、国の代表として ここにいるという意識が全く働いていないように見える。俺様ヒーローに見えるシーザが例外的に単純だったから国同士の衝突を回避できたものの、彼らの立場を わきまえない行動によって敵国に攻め入る口実を与えているだけなのには失望するばかりである。ロキに関しては彼なりの思惑が働いていることが再読すれば分かるのだが、それでも非常識なのは変わらない。怒りの沸点が低すぎて最善の選択なのかは微妙に思える。
「差し出された山羊(やぎ)」と自分を定義している割に、自分を国家よりも大切にしているナカバの覚悟の薄弱さには首を傾げるばかりだった。不遇な10数年を過ごしてきたであろうナカバだが、彼女のメンタルは現代の10代と大差がないように見える。これから成長していくのかもしれないが、それにしても国の代表としての心構えが無さすぎる。それは彼女を操っているように見えるロキに関しても同じ。シーザの父である敵国の国王に対してのアクション(ドレスの件)が あまりにも早すぎる。誰もが私怨を隠さないから、国同士の争いというよりも、ちょっとした お金持ちの財産争いレベルで、スケールが小さくなっている。狭い世界の男女や親族の愛憎劇なしには国を語れないのかな、と少女漫画の限界を見る。国家のダイナミックな転換という面では『ONE PIECE』の「××編(どの国でもいい)」を読んでいた方が深い内容が得られる、と思ってしまった。
そして最後のロキとナカバのキスは再読すると よく分からなくなる。初読はロキが自制を破って本能のままに動いたように見えるが、再読時のロキ視点から考えると それを願うのは不自然なように思うのだ。彼なりの深謀遠慮があったのかもしれないが、実際にキスを意味は見いだせない。