藤間 麗(とうま れい)
黎明のアルカナ(れいめいのアルカナ)
第08巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
ベルクートの王子として、処刑される覚悟で帰国を決意したシーザ!政略結婚で無理矢理自分の元へと嫁がされてきたナカバを巻き込みたくないシーザは、ナカバを突き放す。けれど、冷たくされればされるほどシーザへの思いが募るナカバ。そんなナカバを一番近くで見つめているロキは…!?
簡潔完結感想文
- クライマックスではないけど主役2人の遠距離恋愛危機。自立のための夫婦別居。
- シーザが母国に帰る危険性がどれほどか実感できないからナカバに共感しにくい。
- 現在・過去・未来におけるプライバシー侵害機能のある「刻(とき)のアルカナ」。
悲劇を描く自己陶酔に気持ち悪くなる 8巻。
作者は悲劇が描きたいんだろうなぁ と強く感じた『8巻』。
今回 出てきた関係で言えば、シーザの両親の国王夫婦の悲劇。国王の最初の子は身分の低い女性との間に生まれた、母親と同じ金髪の第一王子・カイン。やがてカインの母親が死去し、その後に この国での王侯貴族の証である黒髪の両親からシーザが生まれる。これによってシーザの母親は正妃の座を手に入れるが、カインの存在は目の上のたんこぶ。だからシーザにはカインに負けないよう吹き込み続けた。そしてカインの死亡後、シーザが後継者となるが彼にはカイン殺害の容疑が かけられていた。しかも王妃は何事にも無関心・無気力に見える国王に、母親の教育のせいで異母兄弟たちの仲が悪くなり、今回の悲劇を招いたと間接的に責められてしまう。国王の心の中には いつも最初の妻である金髪の女性がおり、シーザの母親は その身分、その子供、その愛情をもってしても国王に認められはしなかった。
想っていても遠い存在、それは本書の中の関係性において何度も繰り返されるパターンである。カインと その婚約者・ルイスの関係性も同じである。カイン → ルイス → シーザ という三角関係がありながらも、ルイスはカインに抱かれ、婚約者となる。そしてカインの死去後、ルイスは初めて自分がカインの不器用さも愛していたことに気づく。
また本書後半で過去が見せるロキとナカバの関係も同じ。ロキはナカバのために我慢し、時には手を汚して生きてきたことが明かされる。繰り返されるテーマに作者は こういう物語に価値を置いていることが分かる。
だが その繰り返しが少々鬱陶しく思える。繰り返しの感想になるが、個人の感情しか描けていないため、国家間の関係や歴史の転換点といった大きなテーマが描けていない。
そして この『8巻』は後半の1/3がロキの過去で占められて話が全く前に進まない。そして それはロキって こんなに可哀想な人なんです、それを知ってしまったナカバも苦しんでるんです という不幸自慢にしかならない。中盤の夫婦別居に関してのナカバの葛藤も読者に上手く伝わっておらず、悲劇のヒロインごっこに見えた。
不安や不幸にページを割くばかりで話が未来に進んでいかないのが歯痒い。ただでさえ寄り道としか思えない他国の内政問題の解決なのだから、サクサクっと進めて欲しいのに そうはならない。前回のアルカナで視たレミリア刺殺危機も3巻ぐらい消費していたが、今回も そのぐらいかかるのだろうか…。人物の後ろに背景は描かれていないし、内容も薄いしで、読み応えのない巻となっている。
そして かねてから「木偶の坊」疑惑があったシーザ王子ですが、今回 ナカバと別居を選択し、自分に出来ることをしようと旅立つ。このシーザの心の動きは自然と理解できるものだった。なんせ ここ最近の物語に必要がなかったから。戦闘力でも知性でもパーティーの他のメンバーの方が上であり、自分の無力・無能さを感じていたようだ。
この別居も一種の不幸の演出だろうし、そして両想いになってしまったシーザよりも、なることはないロキを物語が選んだ結果とも言えるだろう。
作者の中で ロキ >シーザ なのではないか という疑惑は ますます膨らむばかり。これも要するに幸せになれないことを描きたいという作者の意向なのだろう。
シーザは自分だけが なすべきこととして母国への帰還を考える。兄の死によって王位継承者となった自分の役目を果たすために動く。彼は自分が無気力に生きていたから このような事態を招いたと考え始めていた。母国で どんな扱いを受けることになっても自分にしか出来ないことをしようとするシーザ。
ただしシーザの国は男系継承みたいだし、シーザ以外の王子の描写は ないから、カイン殺害の容疑が どうであれ、彼の身分や安全は保障されるのではないかと思ってしまう。シーザの帰還に伴う危険性の描写が全くないから、ナカバの過剰な心配と釣り合いが取れないように思う。
ナカバも同行を願うが、それぞれに やるべきことがあると諫められてしまう。こうして2人は遠距離恋愛(?)・別居状態が決定的となる。
ナカバは不安と心配の余り アルカナを使ってシーザの未来を視ようとしても視られない。ナカバが視たい光景があると思われる扉は存在するのだが、そこには鍵がかかっていて、ナカバは未来を視ることが出来ないのだ。ロキにアルカナ連発の危険性を教えられて以降、ナカバはアルカナに依存していっているように思う。身体の方が もたないのではないか。
不安から彼を追い、彼の顔を見つめてしまうナカバ。そして出来るだけ彼のそばにいたくて夜、彼の寝室に入る。だがシーザは背を向けて眠ろうとし、ナカバは彼の背中に縋る。
ナカバの想いはシーアへの愛に溢れ、そしてシーザもナカバに自由を与えてやりたいから彼女を遠ざける。それもまた愛情表現だろう。それが お互いが悲しみを増やさないようにする最善の方法だと思ったのだろう。ここでのシーザは自分の死後のナカバの生き方を考えている。母国への帰還は死出の門出なのだろう。
だがナカバはシーザの妻であろうとする。そんなナカバの強い意志を感じて、シーザは今度は互いに向き合って眠る。こうして ようやく初夜を迎えそうな雰囲気になるが、まるで初めての行為のようにシーザが緊張する。その上、盗賊団の出現で中断される…。
夫婦になって かなりの月日が経ち、両想いにもなっているのに「するする詐欺」が横行している。これも悲劇の演出の一つなのかなぁ。
今回の盗賊団の出現はアルカナで把握できなかったので彼らの思うがままの結果に終わり、それがアーキルが推す兄王子の立場を悪くしてしまう。
そんな中、シーザは出発する。出航まで10日あるのに出発し、そしてナカバは遅れて出発し、出航の日に見送るという。この時間差に何か意味があるのだろうか。ギリギリまで こちらに居れない理由が分からない。
こうしてシーザの決断から すぐに別居が始まる。ナカバはシーザの見送りをするためにも、アーキルの期待に応えるためにも盗賊団捕縛のヒントを得ようと焦るが上手くいかない。
そんな中、ナカバたちの存在を怪しく思う第一王子に捕まって尋問を受ける。その際の乱闘で落ちたガラスの破片を自分に突き刺し、ナカバはアルカナを発動させる。
だが思った光景は見られず、自分が母国で幽閉状態だった時の過去の光景が広がる。
そこでロキが自己犠牲の上でナカバを守っていたことを知る。それにしてもロキが手を汚した一件が、どうやって処理されたのか気になる。髪が黒いことから彼女は王侯貴族で、その1人が王城から行方不明になったら大問題だろう。事後処理を ちゃんとしたからといって全てがなかった訳にはならないだろう。起こった事件に対して、その後の影響が全く描かれていないのが気になる。どうも全体的に細かいバランスが悪い。
こうしてナカバは またも人のプライバシーを覗き見てしまう。今のところアルカナは万能の力などではなく、本来は知り得ない その人の不幸や暗い感情を語る手段でしかない。