山田 南平(やまだ なんぺい)
紅茶王子(こうちゃおうじ)
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
修学旅行でアッサムへの想いに気づいた奈子…。平静を装っても意識してしまい何だか落ち着かない。そんな中、突然アメリカから美佳の妹・唯がやってきた!唯の同居で行き場をなくしたアッサムは、奈子の家に居候することに。一つ屋根の下、奈子はますます落ち着かなくて…!? 解説/渋谷茂 2007年5月刊。
簡潔完結感想文
- 仕事で悩む彼を励まし 恋を自覚し修学旅行編 終了。怜一に2回お土産 渡してない?
- 美佳の家は定員3人。セイロンが出て行けば妹が入居する。そして放浪のアッサム。
- 心残りがないように予め決めた別れを選ぶ そめこ。成績の向上も自分を律したから。
想定外の来訪者から、想定内の別れへと続く 文庫版9巻(TSP.102~113)。
主人公・奈子(たいこ)と紅茶王子・アールグレイ以外の主従関係は それぞれ奈子たちでは描けない関係性を担っていると思う。その一つが、元生徒会長とオレンジペコーで、彼らを通して本書で最初の別れと突然の別れが描かれた。そして今回、現時点で一番最後の召喚の そめこ とホンムータンのペアにも別れが迫っている。彼女たちは2番目の別れであり、主人が帰る日と その時に叶える願いごとを決める円満な別れの象徴として描かれるようだ。
元生徒会長の決断の中の涙を見せなかった別れは、最初から自律した強さを持っていた彼女らしかったが、今回 そめこ は いつかは来る別れに対して真剣に対峙したことで強くなったことが分かる。元生徒会長が変わらない強さならば、そめこ は変わったことで強さを手に入れた。
別れを発表する直前のテストで そめこ が追試科目が一つもなかったのは、それが彼女の別れる前の目標だったからだろう。いつまでもダメな主人ではなく(ホンムータンの力を借りたとはいえ)遊ぶばかりではなく、自律した自分がいることを彼に見せるための勉強と結果だったのだろう。そめこ が願う3つ目の願いごとの期間は非常に短いものだが、その前から きちんと準備を整え、そして彼女の中で考えた、居心地が良すぎてしまう前の適切な長さが1週間弱という区切りだったのではないか。それは まるで夫婦の終活のようである。きちんと身辺整理をして、2人でいた時間に未練が無いように、そして1人でも生きていけることを見せて、そめこ は別れに臨む。『ドラえもん』好きの私としては、のび太くんがドラえもんに未来の世界に安心して帰ってもらうためにジャイアンと決闘をしたシーンを連想した。
あまり悪くは言いたくないが、それに対して奈子のダメっぷりは悲しい。そめこ の誕生日の準備があったというエクスキューズがあるとはいえ追試ばかりだし、アールグレイと別れることを恐れるだけで、彼への願い、そして別れを遠ざけるばかりである。それでいて彼に人を送り迎えさせたり、アールグレイを便利に使っている。魔法に頼らないなら顎で使っていいのか、というダブルスタンダードのようなワガママな生き方に見えてしまう。そめこ、そして今回は美佳(はるか)も精神的な成長が見られたからこそ、いつまでも同じ場所にいる奈子が悪目立ちしていたように思う。
恋に鈍感なようでいてガッツリ肉食な部分も感じた。例えば修学旅行中の夜、アッサムを見つけると1人だけで飛び出す。同行しようとする そめこ に片付けがあるでしょ、と親身になる振りをして彼女を振り払っているように見えるのは私の目が汚いからか。この場面で彼女は ようやくアッサムへの恋心を自覚する。だからと言って動かないのが白泉社作品。ただし本書は動いたところで不毛なことが分かっているから動けないというのも実情で、恋心を自覚してからの方が切ない。
またアッサムが美佳の家に居られない事情が出来た時も、自分の家に誘い込むのも肉食のような気がした。しかもアッサムが他の女性と一つ屋根の下に居て欲しくないというのが動機である。既にアールグレイという異性が同居しているとはいえ、恋する男性を家に上げて寝泊まりさせようというのは少々 はしたなく思えた。
また これまでなら こういう場合、美佳が不機嫌になるのが定石だった。そのぐらい男性間の恋の鞘当ては神経質だった。それなのに もう美佳は参戦の意思がないかのように、この問題をスルーしているのも気になる所である。今回のセイロンの描写といい、明らかな行為を匂わせつつ、その想いを伝えることなく自然消滅していく当て馬未満の男性の処理が ちょっと雑だ。特に美佳は あんだけ不機嫌な描写を繰り返して、ネタをこすりまくってた割に特別なキッカケもなく、矛を収めていく感じが これまでのギスギス感が無駄だったのかと徒労を感じるところである。
あと絵としては、この頃が一番 荒れている気がする(飽くまでも作者の中では、なので他の作家さんと比べ物にならないが(特に白泉社系))。今回が初登場の唯(ゆい)ちゃん なんて省エネ作画ばかりで質素な顔になってしまっているのが可哀想だ。
もしかして これも女王・奈子様の御意向が働いているのだろうか。ネタバレになるが唯は しようと思えば美佳と恋ができる関係性である。それは すなわち奈子が美佳を取り逃す危機でもある。だから あまり唯を女性として可愛く見せないことで、奈子の敵ではないということを読者に知らしめたかったのだろうかと思ってしまう。
紅茶王子のダージリンは久木 怜一(ひさぎ れいいち)という人間に なりかわった。その際に本物の怜一の悲しい記憶を遺品から読み取る。弟の怜一が ひっそりと死んでいたことを悲しむ奈子の父親は、その自分の悲しみと過失を癒すためにもダージリンを弟にすり替えたと言える。もしかしたら奈子や妻・一族を騙したことや、死者を生者として よみがえらせた罪が交通事故死という報いとなったのかもしれない、というのは考えすぎか…。
現在のシンガポールはアッサムは母親の出生の地である。だからなのか彼は この土地に郷愁を覚える。
そしてアッサムは自分の仕事に疑問を持ち始めていた。紅茶王子として どんなに人間に寄り添っても別れの前後に人は泣く。その顔が見たくて仕事をしている訳ではないのに、泣かせてしまう矛盾。そこに仕事の意味を見い出せない。
だけど その話を聞いた奈子は その ささやかな時間が人生の支えになることがあると反論する。紅茶や お菓子、飲酒など人生に必要ないけど求めるもの。そして奈子自身も父の死の喪失から紅茶を飲む時間と一緒に居る人たちによって助けられた。一息いれることで人は立ち直れるし、歩き出せる。紅茶王子の仕事は まさにそういうことだと奈子はアッサムに誇りを取り戻させる。
アッサムが他の紅茶王子と違い、ここまで悩んでしまうのは彼が半分人間だからだろう。紅茶王子の中でも人間に対する距離感が違うのは、アッサムが彼らと違うからなのである。彼はマイノリティであることに悩んでいた。彼が自分の出生の秘密を知ったら、二重にマイノリティであることに悩みを深くするのだろうか、それとも腑に落ちる部分があるのだろうか。
この頃の奈子とアッサムは互いに腹を割って話すことが多くなって、そしてスキンシップが徐々に増えている。いよいよ距離が近くなってきた。
そして修学旅行が終わる。奈子が お土産を渡して回る際に、これまでの登場人物が同窓会のように登場する。そこに温室の修繕のために元生徒会長とヒゲゴリラが学校に現れ、久々の再会となる。元生徒会長の表情が暗くなくて安心した。しかし奈子は いくつ お土産を買ったのか。何だかんだと奈子も金遣いが荒い気がする。
それにしても怜一には帰国直後と後日の2回 お土産を渡しているような気がするけど、どうしてなんだ??
修学旅行から帰ると、登場人物の関係者が学校に登場する。
1人はセイロンの母親。彼女はアッサムの父親・ゴパルダーラの話を聞き、セイロンと人間の接触を少なくするために新しい家と生活費を用意する。これはセイロンが亡き父親の仕事を引き継ぐことと関係しているらしい。この意味はセイロン自身も知らないようだ。そしてセイロンには婚約者が用意されるという。親世代の目論見にとことん左右されるのがセイロンらしい。
もう1人は美佳の妹。だが どうやら訳ありの妹らしい。美佳も家庭の事情があるという点ではヒーローの資格があると言っていい。だけど当て馬未満の扱いで終わるのが美佳の不憫な所である。この回では美佳は全方位にツッコミを入れて、彼の喉が心配なほどである(笑) 要領も良いし、本来は お坊ちゃんなのに貧乏くじを引きがちだから、そういうポジションなんだろう。
美佳の妹・唯は親が再婚同士の連れ子で、美佳とは血は繋がっていないことが後に判明する。美佳に初めて妹がいることが明かされたのは随分と前である『2巻』か、下手すりゃ『1巻』だったような。そういえば美佳の両親が帰国する話も随分 前に出ていたような気がするが、結局 実現していない。
美佳が家族と色々あって独り暮らししているのも随分 前から匂わされていたこと。ここで再度 話を持ち出すのは、彼らがこの高校にいる内に、唯を この学校に入れるという目標があるからなのだろう。
この妹・唯は美佳にエアメールを出したし、美佳の兄も先に連絡を入れていた。だが手紙は美佳の手元に渡らず部屋の中で行方不明になり、電話の調子が悪く留守番電話の内容は分からなかった。この『9巻』では音信不通が、2つの突然の人の襲来を招く。
なので美佳にとっては青天の霹靂の妹の登場だった。だが考えてみれば美佳は妹が来ると知ったら なんだかんだ理由をつけて避けそうな気がする。なので唯にとっては美佳が手紙を読まなかったことは幸運かもしれない。じゃないと まともに会えなかっただろう。
妹の唯は13歳の中学生。試験を通りアメリカの学校から日本の この学校に編入する。向こうのカリキュラムに合わせてか今回は体験的な仮入学だが秋からは正式に通う。そして彼女は今回は2週間ほど美佳の家に居候するという。美佳の義母からすれば血の繋がらない男女の同居なんて心配ではないのか。別の少女漫画作品だったら ここが彼らの1話目である。
唯は そこでアッサムと対面し、いつぞやのようにアッサムは王子なのに家なき子になる。この唯の居候騒動が巻き起こっている時にセイロンが美佳の家に帰宅し、荷物をまとめ始める。入れ違いのように彼は この家を出ていくためだ。一気に男性が2人出ていって、禁断の関係の『L♥DK』生活の始まりだ! 美佳が唯エンドになっても驚きはしまい。少女漫画において男女の同居は恋愛の始まりである。
住む家を失ったアッサムは部室にでも泊まろうとするが、奈子は生理的に嫌だと阻止。そこで話の流れから奈子がアッサムを家に呼ぶことになる。部室じゃなくてウチに来なさいよッ!という奈子の誘導ではないかと疑ってしまう。
ちなみに母親は(おそらく仕事で)1週間外出している という便利設定。奈子は1週間後からはアッサムの姿を消して小さい姿で生活させるつもり。アールグレイとは同じ部屋で寝ているが、アッサムと一緒の部屋は抵抗感があるらしい。その割に その野獣と一緒に暮らそうとするんだから無自覚で鈍感な人である。
ここでセイロンの母親が紅茶の国に帰り、セイロンの婚約者が誰なのかが判明する。それがオレンジペコーだった。彼女は人間界から戻った後も学校の制服を脱がず、仕事も休んで ふさいでいる という。やはり生徒会長との別れはペコーにとっても大きな出来事だったことが分かる。この事実に生徒会長は胸が痛む一方で、自分の別れ方に後悔があったから それが解消されるのではないか。伝える手段がないのが残念だ。
唯は帰国子女クラスで体験入学するが、彼らの特権的な意識と価値観が合わない。
まず この話は異文化との価値観の擦り合わせである。地球という国での暮らし方だろう。その次は本当に世界の違う、全く背景の重ならない国同士の問題になるのか。感情論オンリーの奈子が どう それを乗り越えるのか、見るのが怖いなぁ…。
だが唯は言い過ぎた。それを頬を叩いて改めさせるのが兄の美佳だった。
こういうのを『8巻』の奈子の予算委員会での出しゃばりでも やって欲しいものだと思ってしまった。勿論、彼らの暴走は同じ種類じゃないし、美佳にとっては遠慮があっても唯は身内で、奈子は恋の相手なのは分かるが、奈子は怒られることなくて、唯は怒られるという点に贔屓を感じる。
唯が そこまで怒ったのは、環境の違いで理解し合えないという理論に反論したかったから。それは縁あって兄妹になった自分たちと重なったから。元が違う場所で育った自分たちは永遠に家族になれないと言われたようで腹が立ったのだ。
幼すぎた唯は すんなり家に馴染み、一番上の兄は割り切れた。だが(以前どこかで そんな描写があったが)親の離婚すら受け入れられないままの美佳は、その後の再婚に順応できるはずがない。美佳が家を出た(アメリカ行きに同行しなかった)事情もその辺にあるだろう。
そして こういう風に お茶を飲みながら そんな身の上話をする それも お茶を飲む ひと時の意味であろう。
この後、家に帰った唯が兄に しっかり兄妹だと認めさせる言質を取っているのが頼もしい。この言葉が聞けただけで この兄妹は大丈夫だろう。そして唯も秋からは この学校の特別クラスで違いを理解しながら歩み寄ることになるはずだ。
奈子の家で、美佳との暮らしも3年が経過したアッサムは美佳は唯に血の繋がりがあっても無くても唯に対する態度に変化はなかったのではないか、という見解を述べる。確かに その通りである。深入りすることなく、でも見守っている。そんな大きな視点で人を見るのが美佳だと思う。そして この見解を述べるのがアッサムだというのが後々に効いてくる所だ。
食後、アッサムと健太は寝てしまい、それを見ていた奈子も眠気に誘われる。そこに帰宅するのが予定外に早く帰ってきた母だった(アールグレイは唯を美佳の家に送り届けて不在)。美佳の家の電話といい、今回といい文明の利器が役に立たないからハプニングが起きる。
起きたアッサムは この事態に説明を求める母親に頭を下げ、家を辞する。玄関先でアールグレイと会ったのは奈子の危機一髪だっただろう。褐色の王子が帰ったと思ったら別の金髪の王子が帰宅する。母は娘の男関係の乱れ方を本気で心配するだろう。しかも美形ばかり(笑)
そして奈子はアッサムとの関係を正直に話す。母は家族を守る同志として奈子に かくしごとは許すが嘘はやめて と話す。
奈子が正直にアッサムへの気持ちを話そうとする直前、姿を消したアールグレイが帰ってくるが話が宙ぶらりんになってしまうので、奈子は正直に自分がアッサムに好意を寄せていることを母、そしてアールグレイに表明する。
良くも悪くも放任していて奈子に 子育てを押しつける所がなくはない母親だったが、こういう時の態度に凛々しさと知性を感じる。こうやって人として信頼してくれることは子供にとって むず痒くも嬉しいことだろう。
ちなみに奈子の家を出て行ったアッサムは美佳の家に戻る。小さくなるわけにいかないのでアッサムがロフト的に こしらえたベッド、美佳と唯の兄妹が その下で寝る。これは昨日までなら出来なかった2人が兄妹として認め合ったからこそ出来る歩み寄った眠り方と言えよう。
そして唯は また帰っていく。戻るのは秋。その頃、お茶会同好会はどうなっているのか、変化の時期を迎える。
その変化の一つが そめこ である。奈子と違って そめこ は今回テストでの追試が無かった。ホンムータンの協力があったが、それ以前に そめこ が勉強をしようとしたからである。
そして奈子は放置していた問題が もう一つある。少し前にアールグレイにはアッサムへの好意を間接的に伝えたが、それについて2人きりで話していない。何となく彼の方は奈子とアッサムの これ以上の接近を阻止している雰囲気はあるが、その真意は分からない。
奈子が追試になった一因は そめこ に隠れて誕生日パーティーを企画していたから。その準備に追われて そめこ と一緒に居ない時間を費やしていた。ちなみに そめこ は そのことに気づいているけど気づいていないフリをしている。それも友情である。そして そめこ はホンムータンへの最後の願いについても動き出す。誕生日にホンムータンに最後の願いをすることを考えているようだ。
その話を聞いた翌日、奈子は そめこ と(アールグレイと)願いごとについて話す。そして そめこ は自分もホンムータンも心残りなく別れられるよう願いごとの微調整をし、最後の願いに臨む。
その願いごとが、ホンムータンに「カレシ」になってもらうことだった。誕生日が終わるまでの1週間弱の間、ホンムータンにカレシのフリをしてもらうこと。それが そめこ の願い。デートや家に送ってもらったり、おとなしめのレンアイをするのが そめこ の理想。これまでホンムータンを見えていなかった人(両親など)にも堂々と彼を紹介して、これまでは出来なかったことをする。それが これまでとの違い。
硬直しているホンムータンを立て直すためにアッサムやセイロンは彼の教育に乗り出す。そめこ の呼称は姫ではなく名前の雪子にするのが そめこ の願い。ちなみにセイロンが不機嫌なのは やっぱり そめこ への恋情が原因だろう。この感情は成仏できなかったのが残念。まぁホンムータンに勝てる気がしないし、セイロンには別の役目があったし、色々と渋滞していて描き切れなかったのだろう。
そめこ は自分の彼氏を多くの人に知ってもらおうと、美佳に頼んで新聞部での拡散を要請する。自演である。ちょっとした情報を流せば勝手に誤解するのが人というものらしい。こうして ちょっと着火しただけで大きな煙が立った。そして そめこ の理想を詰め込んだ「カレシ」が誕生し、お披露目となる…。