くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
あやかし緋扇(あやかしひせん)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
その緋扇、無敵!勝ち気で運動神経バツグンの未来は16年間生きてきて、驚いたことやびびったことなど、一度もなかった…。男に守られるなんてありっこない…そう思っていたのに…。急に霊におそわれるようになってしまった未来。勝ち気でも運動神経がよくても、どうにもならない…。
そんな時、未来を「お護もりします」と現れたのは、クラスメートで天然、おとぼけ男子の神山陵だった!
陵が赤い扇を取り出した瞬間、「除霊」が行われる!!!!未来と陵の恋の運命が今、動き始める…。くまがい杏子がおくる超スペクタルラブロマン!スタートです。
簡潔完結感想文
時代と得意分野がマッチして作者が伸び伸びと舞う 1巻。
連載直後から人気が出るのも分かる納得の1話だった。1話は日常から非日常への移行の描写が素晴らしい。霊を召喚する身近な儀式「こっくりさん」から始まり、それによってヒロイン・唐沢 未来(からさわ みく)が自覚する超常現象が起こる。そこに現れるのがひ弱で「のび太くん」っぽい神山 陵(かみやま りょう)。そこから強い人が弱く、弱い人が強いという逆転が起こり、ラストの扇という道具を使って能力を操る場面は読者に強い印象を残す。強引なキスどころか恋愛要素も ほとんどない、掲載誌「Sho-Comi」にしては異色の始まりだろう。そこから物語は強い推進力を維持したまま前進し続ける。
本書が更に優れているのが、1度は完結した内容なのに、無理なく、飽くまで その延長線上で連載を継続している点だろう。少年誌のバトル漫画の多くの作品では最初の目的を果たした後に、次の強大な敵・組織を用意して話を一旦リセットするところだろう。だが本書は1つ目の事件に黒幕を用意することで、飽くまで未来と陵が当事者の話が続き、物語の奥行きを作っている。もしかしたら ここが一番 作者の才能が開花した部分かもしれない。こんなにも達者なストーリーテラーになるとは。
更に未来と陵を巡る縁を少し変更するだけで状況が何度も変わっていくのが面白かった。これにより常に意外な真相を用意し続け、緊張感と没入感を失わずに物語は進んでいく。登場人物を いたずらに増やすのではなく、少しずつ視点を変え、疑惑を生んでいく展開は目が離せない。全体的な統一感が保たれることで、ヒロインと共に大きな事件に立ち向かっているという実感が湧く。
おそらく連載中盤で100万部を突破した本書は、編集部側からは更なる長期連載を望まれたであろう。それでも全12巻で収め、不足も蛇足もない綺麗な状態で終わることを優先した作者の強さを見た気がした。当時、連載漫画家としての評判も貯金も崖っぷちであった作者なら尚更だ。それでも その道を選ばなかった作者が私は好きになった。私が連想する あの漫画や あの漫画のように長編化して評判を落とさなかったことが作者を一発屋で終わらせなかったのかもしれない。
そして本書を読んでいると確かに扇が欲しくなる。本書のモデルとなった扇や、ヒロインが使うことになる扇が売れるのも よく分かる。扇ならオタクグッズに見えないし実用性もある。本作品はコミックの売上だけじゃなく、派生する商品の売上も相当あるのではないか。関連書籍・グッズの多さに小学館が目の色を変えているのが伝わってくる…。
1話には強引なキスも告白もないが、陵というヒーローに魅了されるには十分である。そして1話は未来(みく)を守る騎士(ナイト)が、兄から陵へとバトンタッチした大きな節目でもある。生来 与えられていた兄弟という絆で守られていた未来が、自分を慕う他者によって守られる。1話から未来が霊が見えるようになったが、それは彼女に恋愛という新たな世界への扉を開かせることになる。
そして負けん気の強い未来は、守られるだけのヒロインではいないのも本書の特徴だろう。これも21世紀らしい女性の活躍だ。陵だけでなく未来の人気も高かったのではないか。
ヒーローの陵は、等身 低めで背が高くない。この少年っぽさ は同じ「Sho-Comi」の池山田 剛作品のヒーローを連想させる。若い人が多い「Sho-Comi」読者には すぐ隣にいるヒーローに感じられるのだろう。
また陵は敬語を崩さず、低姿勢のヒーローというのも珍しいだろう。強引さはないけれど、しっかりと未来を想っている誠実がある。この辺り、過激な展開ばかりを狙って読者の興味を引きつけた「Sho-Comi」の1990年代後半からの10年間の潮目が変わったように思う。
陵と同じようなキャラとも言えなくもない、作者の過去作『放課後オレンジ』(2007年)の翼(よく)は中学2年生ながら中盤から小学館主義に従い、性欲を爆発させていた。そんなキャラの変更や、性的なシーンを入れようとする雑誌の思想が嫌いだったが、作者がヒット作に巡り合わず悩み抜いた3~4年の間に、雑誌の路線、社会の風潮も変わったようだ。そして非エロでも ちゃんと売れる実績が、更に小学館の姿勢を改めるに違いない。
2011年から始まった本書の連載では、時代と作風、ヒーロー像とベストマッチを生んだように見える。そういう意味では陵は時代の寵児と言えるかも。その時代に合った愛されるキャラを作るのも少女漫画家の仕事なのかもしれない。
『放課後オレンジ』の浅はかな感じが苦手で敬遠していたが、本書では作者のイメージが好転した。義務感ではなく、素直に次回作を読みたいと思えたのは大きな収穫である。
1話で未来の世界は文字通り一変する。彼女は昨日まで見えなかったものが見えるようになった。
そんな心霊初心者の未来を教育・指導するのが陵の役割。この日から陵は毎日、騎士として未来と一緒に登校することになる。朝のお迎えが苦じゃないどころか、ようやく未来に合法的に近づける理由が出来て嬉々としているように見える。溺愛の中に狂気が潜んでいるのが陵の怖い所。ストーカーの本質を隠すための幼い見た目なのかもしれない。
そんな陵を未来は きっぱりと拒絶する。これは陵個人への拒絶ではなく、助けられる人生を彼女は望んでいないからだろう。そして亡くなった兄の名前を出す陵に不信感を持つが、陵も きっぱりと未来は お兄さんに助けられる事実を知らなければならない、と告げる。
陵に指定された翌日の待ち合わせ時刻に少しの遅刻して現れる未来には逡巡が見える。そんな何事にも逃げずに立ち向かう その姿を陵は慈しんでいるように見える。
陵は、未来が兄の棺に入れたはずの ぬいぐるみを取り出し、彼女を驚愕させる。それを依り代に未来を守る兄の霊を呼び出すという。除霊だけでなく降霊の際も扇を遣う。
そうして10年ぶりに兄と会話をする未来。その兄は陵が言っていた通り、妹を護っていたこと、そして力が弱っているから今後は陵に護ってもらうように助言をする。
この場面、冷静に考えれば心霊詐欺の手口にも見える。霊を ある程度 操れる陵なら、どこかの霊に未来の兄の振りをしてもらうことも可能だろう。
だが作者は ちゃんと強情な未来も信用する道筋を用意している。それが陵の疲弊だ。この降霊の後、陵は倒れる。それを見た未来は陵が全身全霊を掛けて 未来のために動いていることを痛感する。そして その陵の原動力が未来に対する無限の愛情であることを彼女は知る。純粋だからこそ嘘のない感情を知り、未来は陵のことを信じようとする。この辺りは胸キュンや性的描写をノルマのようにしていた頃の作者とは見違える部分である。ちゃんとキャラクタが信念を持って動いている。
そして本来、未来の信念は護られるのではなく、自力で なんとかしようとすることである。こういう受動態では済まない動くヒロインだから未来は少々性格や言動がキツくても読者から応援されるのだろう。まぁ そんな単独行動が危険を呼び、陵に傷を生むのだけど…。
翌朝、未来は早起きをして、まだ陵が迎えに来ない時間に登校しようとする。だが陵は それを見越したかのように既に未来のマンション前で待っていた。そうして自分の抵抗が無駄に思えた未来は、陵の負担を減らすため、定刻通りに動くことを約束する。
2人での登校は学校の噂になるが、未来の現状を知らせないために陵は自分が未来に守られていると男性にとって屈辱的な嘘を さらりと言ってのける。その陵の器の大きさに未来は敗北感を覚える。この辺は2人の相性が良くないところだろう。陵が自分を投げ出すように優しければ優しいほど、未来は自分の存在が陵のためにならないと自己嫌悪しそうだ。
この敗北感が未来を陵から禁止されている単独行動に駆り立てる。あっという間に未来は悪い霊に騙され、命の危険に晒される。それを助けるのは当然、陵。彼は自分の命の危険を顧みず、未来をどうにか助ける選択をする。こうして未来は陵への最後の不信感を取り除く。誠実な言葉と態度があるから短期間でも未来の心を動かせる。
陵を認めることは未来が自分の虚勢を認めることでもあった。屋上からプールに落ちるという大立ち回りをした2人に学校にいた生徒たちは興味津々。再び交際の噂が立つが、登校時とは違い、未来は それを事実として受け入れる。そして自分への好意を100%で表現する陵に対し、未来は自分が女の子であることを実感するのだった。
早々に恋愛フラグが立った時に登場するのが、この学校の化学教師の聖(ひじり)。どうやら彼も霊が見え、そして試験管に入った謎の液体で除霊をする能力を見せる。本書において唯一 謎として残るのは聖の能力だろうか。もしかしたら公式ファンブックなど設定を読んだら分かるのかもしれないが、あの液体は何なのか、どう作るのかは本編だけでは不明のまま。試験管を投げると いちいち割れたガラスを掃除するのが大変そうである。直接、念を込めて霊に触るとかの方が効率が良さそうだが、陵は扇、聖は試験管と道具を使うのが本書の縛りなのだろうか。
聖は昔から未来を知っている。どうやら兄の友達だったようだ。聖は いきなり未来に陵からの乗り換えを提案するが、未来は それを拒否。2人の男の中から陵を選ぶ。これで誰がヒーローなのかが確定した。聖は軽い当て馬である。
だが聖は、未来の兄が死んだのは陵のせいだと告げ、陵は その償いで未来を護っていることを否定しない。
こうして未来の陵への信頼感は霧散する。怒りのあまり陵から離れ、1人で下校する未来。だが彼女が怒っていたのは陵が真実を隠していたことではない。怒っているのは陵が自分を守るのが贖罪であって、100%の好意ではないということ。自分が陵に心から好かれていることは未来にとって満たされた状況だったのだ。そうして未来は彼から好かれたいという自分の恋心に気づく。
日中に兄の死が話題に出たことで、未来は兄が死んだ日のことを その夜の夢に見る。兄は未来が霊に捕らえられ車に轢かれそうになったところを身を挺して妹を守った。そこに陵が介入する余地はないと未来は、聖から聞いた情報との矛盾を感じる。
そんな夢にうなされ起きた深夜、未来の部屋に霊が現れる。2時間ほど金縛りに耐えた未来は、朝日によって霊が消えて ようやく解放される。急いで家から出る未来だが、まだ陵との待ち合わせ時間より大分 早い。そこで頼るのが、連絡先を入手していた聖。未来は恐怖と混乱で到着した聖を兄と呼んで その胸で泣く。
学校に到着した未来は、自分が陵を裏切るように他の男の力を頼ったことを気に病む。だが陵は未来の予想に反して事実を淡々と受け入れる。未来は陵にやきもちを焼いて欲しかったのか。
金縛りに長時間あって体力を削られたのか、登校後すぐに未来は高熱を出す。それを察知した陵は未来を お姫さま抱っこで保健室に運ぶ。小さく非力に見える陵だが未来を軽々と持ち上げる。恋を自覚した未来が女の子のように、陵も最初から ちゃんと男の子なのだ。
保健室で2人は話し合う。陵が兄の死に関わっていることを言わなかったのは、最短で未来を護れるようにしたから。都合の悪いことを隠し、どうやったら強情な未来から信頼を勝ち得るかを計算したのだろう。一途だけど計算高くも見える。ミステリなら陵が真犯人でも おかしくはない。
未来の部屋に霊がいることを知った陵は、除霊に向かう。今回は聖がサポートに回る。聖が未来のクラス副担任として未来の母親と話している間に、陵が未来の部屋に潜入する。これは未来が母親から陵との関係を探られないためか。適当な理由をつけてクラスメイトとして用事がある、と母親に紹介しても いいような気がするが、その後の胸キュン展開のために、陵の存在を隠す必要性があるのだろう。
こうして陵は未来の部屋で扇を広げる…。当時1・2巻は同時発売だったらしい。1巻だけ買った人も、その多くが2巻に手を伸ばしたんだろうなぁ。気になる所で終わっている。
「君の知らない君の話 ~あやかし緋扇プロローグ~」…
11年前、5歳の頃に出会っていた未来と陵の初対面の話から、未来が気づかないまま2人の男性に護られているという高校生活を描く。未来がケンカが強いのは本人の実力もあるが、ピンチを兄が護っていてくれたからなのか。未来は それを知ったら悔しがりそうだけど。