くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
あやかし緋扇(あやかしひせん)
第07巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
ツンデレ主人公・唐沢未来(からさわみく)と天然系メガネ男子・神山陵(かみやまりょう)は前世でも結ばれていた恋人同士。陵は様々な霊から緋扇の力を使って未来を護ります。肝試し大会の会場の旧校舎の床を踏み外し、暗闇に捕らわれてしまった未来。暗闇の中で出会ったのは敵?味方? そして未来を陵達は救うことができるの!? 物語の核心に迫る第7巻!!
簡潔完結感想文
前世と現世を行き来する 7巻。
いつもより前世の成分が多い『7巻』。現在パートが好きな人からすれば、前世パートの多さに物足りない部分もあるだろうが、前世だから描ける部分も多くあることを見逃してはいけない。
特にヒーローが呪い殺され、ヒロインは狂乱の中で自他を巻き込んで破滅していく、というバッドエンドが描けるのも前世だからこそ。前世パートは過去では果たせなかった完全なハッピーエンドを迎えるための不幸の演出でもある。
そしてヒロインとヒーローの特殊な関係性なども前世だから描けることである。特に明確に男女に肉体関係があることを描けるのは前世パートならでは。現世で描くにしても最後の最後、ハッピーエンドの その先でしか描けない内容だ。でも前世では それが描ける。決して同じ人ではないけれど、共通する部分の多い男女に、現世では(まだ)果たせない体験をしてもらい、読者の読みたい場面を疑似的に用意する。また その結果である妊娠や出産、子育ても現在 高校生である現世の人々には描けない内容だろう。高校生と言う縛りがなく、母であり大人の女性となった姿を描く。
そして現世では叶うかもしれないが、前世で叶わなかったのは2人が正式な夫婦になれない点である。貴族と遊女という関係で、生活力は全て貴族に寄りかかっている。その儚く危うい関係性は前世ならではだろう。
間違った読み方かもしれないが、私には未来(みく)の前世・未桜(みおう)は枕営業で成り上がるホステスや芸能人・歌手のように見えた。パトロンに囲われることで豪邸に住むことが許される。だが決して正式な夫婦にはなれないのが この2人。少女漫画だから割愛したのかもしれないが、もしかしたら陵(りょう)の前世・嶺羽(りょうは)には他に正式な妻がいても おかしくない。形式的な妻を放置して、芸能に生きる女性との二重生活を楽しんでいるのかもしれない。
美桜を現代の歌手として例えると、パトロンのお陰でゴリ推しの宣伝力を手にし、金と立場に物を言わせて大きな会場での公演が可能になる。そして評判が評判を呼び、未桜の社会的地位は頂点を極める。嶺羽としても自分が発掘し、囲った女性が有名になることはパトロンの自尊心が満たされるものだろう。
だが嶺羽の急死によって美桜は その立場を追われる。遺産相続など豪邸に住む権利は美桜にはない。嶺羽との子供を妊娠していることが、彼女が芸能活動の継続を ますます困難にする。
自然と母子2人での暮らしは慎ましいものとなる。その一因は引退と同時に歌手活動を封印したからだった。歌えないカナリアに世間は冷たい。
そこに新しいパトロン・時雨(しぐれ)が登場する。彼は前のパトロンの血縁であり、そして未桜に歌手活動も肉体関係を強要しない。ただ見ているだけで「目の保養」になるというオヤジなセンスで、その視線が気持ち悪い気もするが…。
子供が ひもじい思いを我慢していることを知った美桜は豪邸暮らしに戻る。子供は言い訳で彼女自身も贅沢三昧が忘れられなかったのかもしれない、と考えるのは意地悪か。
だが時雨は未桜の歌手活動の復帰を狙っていた。彼女が歌わざるを得ない状況を作り出し、大々的に復帰公演をさせる。時雨は金の卵を手元に置き、彼女の興行を取り仕切ることで名声と資産を順調に増していく。経営者としては嶺羽よりも優秀かもしれない。
だが この復帰公演、そして嶺羽の死が時雨の奸計であることを知り、両者の関係は破綻する。憎しみに囚われた未桜の心は、本来は癒しの力を持つ歌の能力を変化させ、全てを破滅させる歌を歌うのだった…。
バッドエンドであり、ヒロインが闇堕ちする展開も現世では描けない内容だろう。また時代的に女性が1人で生きていくことが困難で、男に寄り掛かる生き方なのも、現在との対比となっている。嶺羽が病弱で美桜と並び立てなかったが、現在の未来は陵と同じ立場で共通の敵と戦い、自分の運命を自分で切り拓いている。
前世パートがあるからこそ現在が重層的になり、敵との対峙がドラマチックになっているのは間違いない。
陵は すぐそばにいたはずの未来が行方不明になり自分に怒りを覚える。両想いになったばかりなのに、大切な人を守れなかった陵の無念さは いかばかりか。…でも、毎回こんな展開で さすがに飽きる。
そのマンネリ感を打破するのが、仲間の中にいる裏切り者探しである。閉じ込められた未来の前に姿を現したのは聖(ひじり)。だが彼は自分の結界を破った龍(りゅう)から未来を守るためだと、龍が裏切り者であることを示唆する。だが未来は陵と聖の発言には矛盾があることを見抜き、聖を疑う。未来は こういう直感能力に優れてますよね。
未来が自分を疑ったことを知った聖は、彼女に前世の記憶全てを見せる。
旧校舎にいる陵たちは聖が施した例を その場所に閉じ込める「裏結界」を破壊する。これは高度な禁忌の術。それを聖がしたということは、彼が黒幕の術者で裏切り者であることを意味していた。聖が未来を閉じ込めた先に向かうのはリスクが伴うが、陵と龍は それを厭わない。親友となった さくら も同意し、3人は異空間へと足を踏み入れる。男性たちは愛情、女性は友情が原動力となる。
異空間で聖と対峙した3人だが、聖は戦わず撤退する。彼の目的は未来に前世の記憶を見させ、そして いつか彼女に眠る未桜の力を得るための準備だけだった。ここで聖が戦わないのは黒幕が まだ目覚めておらず、彼には時間が必要だから。ちょっかいを出しては撤退するのは、アニメや特撮の敵幹部そのものである。
ここで術者・聖と黒幕の目的は「天下を取る」ことだと判明する。単純明快な理由だが、聖が「今の腐り切った世の中には支配が必要」と言う根拠が不明だ。作中において世の中が腐り切っているという描写は見当たらず、大言壮語というか、自分の不機嫌を世の中のせいにする荒れる中学生のようである。聖の言葉なので嘘かもしれず、黒幕が登場したら真の理由が明かされるかもしれないが、ちょっと がっかりな内容である。
前世の記憶の中ではあるが、美桜と嶺羽には肉体関係があることが はっきりと描かれる。主役の2人と同じ姿なので、これは前世の記憶だけではなく近い将来の彼ら とも読める。または未来たちが作中で結ばれる描写がないのなら、代打での実行役なのかもしれない。
美桜と嶺羽は身分違いの恋であり、貴人に愛されることで未桜のような遊女は その方の側にいられる。不確かな関係性だからこそ、共に時間を大切にし、未桜は自己研鑽にも励んだ。上述の通り、嶺羽には正妻がいても不思議ではないが、正妻がいての不倫状態になると嶺羽が不誠実に見えるし、読者にとっても それがノイズになるからだろう。
だが これまでに明らかになっている通り、祇夕(ぎゆう)によって嶺羽に呪いがかけられ、彼は たった1日で命を落とす。彼が最期に望んだのは未桜の白拍子の舞いだった。突然の死ながら彼は満たされた気持ちで旅立ったことが分かる。
ここまでは嶺羽の記憶を持つ陵も知っていること。重複部分もあるが祇夕編などでは駆け足でしか紹介できなかった2人の関係を詳細に描く良い機会となった。読者も未桜・嶺羽の2人に愛着を持ったことだろう。
嶺羽亡き後に美桜は妊娠が発覚。だが妻ではない美桜は屋敷にはいられず、出産した娘の美羽(みう)と2人 慎ましい生活を送るばかりであった。だが一世を風靡した白拍子の未桜には復帰のオファーが絶えない。だが未桜の舞いは嶺羽だけのものと断固拒否。
踊らなくても目の保養になるから囲わせろ、というパトロンが嶺羽の異母兄弟の時雨であった。
だが屋敷での暮らしで美羽に危険が迫る。怪我をした美羽のために治療の舞いをしようとする美桜に時雨はストップをかける。舞うなら舞台で、と望まぬ復帰公演となった。美羽のためと屋敷に入ったが、その美羽が人質となり美桜は何度も舞台に立つ。
そんな不安な暮らしの中、美桜は時雨こそが嶺羽を殺した黒幕だと知る。全ては時雨が美桜を手に入れるための計画であった。なんだかモテない男がどうにか理想の女性を手に入れるための長い長い戦いのように見える。
その時雨への憎しみで舞った未桜は、屋敷に大惨事を巻き起こす…。やっぱり男の地位を利用し贅沢をしようと金に目が眩んだ女性が、因果応報で苦しめられる、という話にも読める。
過去回想が長すぎたためか、ここで一旦 前世編は中断。陵は未来の気分転換にデートを申し込む。
だが自分の声が誰かを癒すだけでなく殺すことも知った未来は、その気になれないので一度は断る。そんな彼女の背中を押すのは さくら。未来の家に訪問し、身なりを整えさせ、陵とのデートに送り出す。ちなみに陵も未来の家を訪れ、未来の母に挨拶している。そして未来も母に陵を心から信頼できる好きな人と紹介する。意地を張らず素直になった未来が可愛い。ここに龍がいたら秒で闇堕ちしていただろう(笑)
こうして始まるデート回。行き先は さくら が決めてくれておりプール。初デートでの肌の露出に戸惑う2人だが金銭的な問題で他に行くところもない。さくら が用意した水着を着て、お互いの姿に照れる。イチャラブしていると、足を滑らせた未来が緋扇を折ってしまう。
しかも運悪く、プール内に悪霊が現れる。この大ピンチに未来は陵に謝罪と何でも言うことを聞くと言ってしまう。そして自分が舞うことで霊を排除しようとするが、自分の舞いの負の力を知ってしまった今の未来は抵抗がある。
足が竦む未来に陵は術を使って緋扇を修復し、能力で人々を救う。こうして陵が自分の心理的負担を減らしていることが分かった未来。いつだって彼は全力で自分を守ってくれる。例え自分が傷ついても。そんな彼に未来は能力を使う。これで未来は少しは舞いへの抵抗感が減ったのではないだろうか。
聖が黒幕の一味だと分かっていても、未来は学校で彼と顔を合わせ続けなければならない。教室で2人きりになる生徒と教師。これは仕組まれたものではなく、単に未来がテストの結果が悪かったための追試であった。
当日、男性たちは廊下で待機して、さくら は対面校舎から見張ることで警備体制は万全。だが雨で さくら は機能しなくなる。
そんな中、ポツポツと話し始める教室内の2人。聖が未来に近づいたのは未桜の力のためだった。聖は未来の兄・青治(せいじ)と親友関係だと思っていたが、どうやら青治は前世で因縁のある聖に近づいたのは彼の記憶を封印するためだったらしい。そして青治の死亡後、その術が解け、聖は前世のことを思い出した。唯一の親友であったはずの青治が自分に近づいた理由を知り、そして前世で彼と敵対していたことを知って聖は大きな心の傷を負ったことが分かる。妹を優先するあまり、人の心に頓着しなかった青治が悪い気もする。
そんな身の上話をしながら、聖は教室に施した術を発動する。廊下にいる男性たちには2人の声が届かない状態になって、いよいよ剣呑な会話が始まる。
時雨と、聖の前世は未桜の詩声(うたごえ)に殺された。だが時雨は死の前に美桜を惨殺し、彼女の娘・美羽は母の死を目の前で見てしまう。娘を守るために屋敷に入ったが、その屋敷で惨劇が起きた。
聖は前世での恨みもあるし、現世での この兄妹に対する恨みも持っている。だから未来に覆い被さり、彼女の肉体を狙う。そんなピンチに駆けつけるのが異変を察知した男性たち。
だが聖と戦いを始めるということは彼の命を奪うことを意味する。手加減が出来るほど技量の違いはない。膠着状態の中、聖は陵たちへの攻撃態勢に入った術を解き、来月の京都への修学旅行までに覚悟を決めるように促す。
どうやら決戦後は京都となりそうである。
そんな深刻な展開になりそうな修旅の前に 学園ラブコメが始まる。どうやら ここ最近、陵にモテ期が到来しているようだ。しかも未来に秘密にするような用事で一緒に帰れないと告げ、ますます未来の心中は穏やかでなくなる。これは浮気疑惑回だろうか。
陵との関係が不安で、自己肯定感まで低くなる未来だったが、そんな彼女を励ますのは もう一人の男性・龍。頭ポンして未来を励ます。そんな龍は未来を励ますために、どうやら彼(と さくら)は知っている陵が放課後に向かう秘密の場所に未来を連れていく。
そこは道場で、陵は麟夜(りんや)戦の修行をしていた春休みから柔道と空手の練習を積んでいたという。だが学校内では柔道が強くても、本当に強い人たちには まだまだ負ける。その姿を見られたくなくて陵は秘密にしていた。そんな彼の「男の子」の部分に未来は柔らかく微笑む。心配事が解消されての胸キュンである。もしかしたら学校の女子生徒たちが陵を見直しているのは、彼が武道を習い、肉体的に逞しく、そして精神的に「雄」であるところを隠しきれなくなったのを本能で察知しているからかもしれない。その内、陵は童顔なのにムッキムキになったりするのだろうか。見たいような見たくないような…。
また陵が修行するのは聖の命を奪わないで戦えるようにするためであった。誤解が解けて以前よりも距離が近くなった2人。未来からの嫉妬を感じて陵も満足そうである。
こうして修学旅行まで再び自分の力を磨く4人。だが未来と陵の仲睦まじさに心を濁らせるものが1人いるようで…。