西形 まい(にしかた まい)
ヴィーナス綺想曲(ヴィーナスカプリチオ)
第02巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
宇海(たかみ)と白(あきら)は、同じピアノ教室に通う幼なじみ。白が宇海に告白したことで、2人の関係は変わりつつあった。そんな時、白の元ピアノの家庭教師である忍が現れたが、白の反応は!? 白の過去を知る忍の挑発で2人はピアノのコンクールに出場!!
簡潔完結感想文
- 容貌も才能もトップのヒーローの劣等感。だが劣等感もトラウマも君が消してくれる。
- ヒーローのトラウマは後付け可能なので、どんどんと不幸を背負いこむことになる。
- 優勝じゃなくても もう気にしないが、君が隣にい続ける限りオレは ずっとNo.1。
ヒロインは誰より優れた耳を持っている、の 2巻。
巻末に載っている雑誌の掲載号からすると、『2巻』収録の6話は、3か月の短期連載×2という感じなんだろうか。準備期間が長いから ここまで高いクオリティの画面になっているのだろうか。お話は どちらも優れたピアノの弾き手であるヒーロー・白(アキラ)が、周囲の雑音を気にすることなく、自分の音を見つけるまでを描く。その後の結果は関係なく、自分が どうすれば一番 良い音を奏でられるか、というアキラの悩みと解決が2回連続で描かれる。その鍵となるのがヒロイン・宇海(タカミ)のアキラのピアノの音色を聞き分ける能力。アキラが自分への焦燥感や結果を期待される呪いに負けそうな時、タカミが彼のピアノからメンタル面の不調を的確に指摘する。いつもは助けられているタカミだが、ここ一番はヒロインが強い。これは少女漫画の伝統であろう。
アキラにとってのライバル登場や、本書初のコンクール出場などイベントは たくさん用意されているが、上記の通り2回の短期連載で描いている本質は同じ。2人なら最強というシンプルな答えを2回連続みせられ、読者は再放送のデジャヴを覚えるばかりであった。
2人が支え合って生きていく様子は伝わるが、肝心の恋愛関係はノータッチ。両想いまでを先延ばしにするのが白泉社の戦法ではあるものの、本書の場合、両想いを遮る要素が何もない。アキラは ずっとタカミのことが好きなのは明白だし、タカミもアキラからの好意を しっかりと受け取っている(『1巻』)。それなのに彼らの関係性は変化しない。タカミはアキラに甘えたまま気づかないふりをして日々を過ごす。白泉社だから仕方ないが、好きと言われた相手に変わらずに接するのは飼い殺しである。
彼らには恋愛を始めてはいけない理由もない。白泉社のお約束であるヒーロー側のトラウマを着々と用意し始めているのを感じるが、それと恋愛解禁がリンクしていない。短期連載だから仕方ないが、曖昧な関係性が継続するだけであって、決定的なことは起きない(起こさない)。
どうせならアキラの告白をタカミの勘違いにするぐらいの大雑把なリセット機能を発動した方が良かったかもしれない。このままではタカミが非常にデリカシーのない女性になってしまう。両片想いでもないし、アキラから投じられたボールが行方不明になっているのが非常に引っ掛かる。
恋愛描写が排除され、物語も動かなくなった中で拡張し続けるのは、アキラの才能とトラウマ、そしてタカミの姫ポジションである。
アキラは中学3年生にして自分の年齢の倍は生きているであろう かつての自分のピアノの家庭教師と肩を並べるところまで才能を伸ばしている。だがアキラはメンタル面では多少、弱いところが見られ、彼は事故死した母親の呪いに縛られている所が見え隠れする。それでも傍にタカミがいると それだけで彼は復調し、無敵になる。白泉社のヒーローは必ず その世界のトップ(生徒会長や御曹司、はたまた皇帝まで)。ヒーローに負けという言葉がないから、アキラのピアノの才能は とどまることを知らない。しかも『2巻』で彼は世界トップクラスのピアニストの息子という後付け設定まで加わった。血統まで申し分なく、彼は今後も飛躍するだろう。そういう部分が読者に受けるのは分かるが、私としては2人に普通の恋愛をして欲しかった。
そんなアキラの才能のインフレの一方、タカミの方にはイケメンが集まる。元々5兄妹の末っ子長女で、兄が4人いる設定ではあったものの、全員美形の4兄弟が初めて顔出しをする。上から順にインテリ・スポーツマン・クール・ヤンチャの4人兄弟だろうか。どうもクールな三男はアキラとキャラも外見も被っている気がしてならない。
肝心の恋愛を進めない代わりに、親族・新キャラなどを総動員して、物語を横に広げるのは白泉社の常套手段。好きな世界観の時は良いが、いまいち乗れない作品だと地獄のような退屈が待っている。
タカミの兄妹に加え、ピアノ講師として現れる織田(おだ)も大人のイケメン。アキラも含めると6人の美形に囲まれて、その中でタカミは紅一点。いよいよ乙女ゲームのような設定である。
ガサツなタカミだが、アキラだけは彼女を しっかり女性として見ているというのが1話から続く幕の下ろし方だったが、もはやタカミを紅一点にすることで作品全体で彼女の希少性を高め、男性陣から大事にされる姫ポジションの座に就かせる。タカミがそれを望んでいる訳ではないが、無自覚にイケメンに囲まれてしまうのが白泉社ヒロインの宿命なのである。
また、年齢も学校も違う2人を一緒に登場させるためか『2巻』からはピアノ教室が舞台になることが多くなる。店長やスタッフが出てくると、いよいよマツモトトモさん『キス』を連想させる。どうしても先行作品の影がちらつくのが本書最大の欠点だと思う。
急にタカミがカフェでバイトすると言い出し、彼女が心配なアキラも一緒にシフトに入る。中学3年生がアルバイトですか。ほぉ…。
バイトが始まるとタカミはミスばかり。それをフォローするのはアキラ。欠員のためタカミが毎日シフトを組まれた週のラスト、金曜日に酔客がタカミに絡む。店長が対応に出ようとするが、タカミは自分でも処理できると前へ出る。だが酔客はタカミをナンパしてピンチ。そこへ登場するのは当然アキラ。
彼の活躍と周囲の客によって酔客は退散を余儀なくされる。ラストにアキラがタカミを女性として扱う終わり方は既に見飽きた感がある。悪者を出すのもパターンと化しているが、今回はタカミの状況判断も悪かった。それを男性陣にフォローされて守られる。こういう展開は読者は嬉しいが、タカミは望んでいない立ち位置なのではないか。
これ以降、彼らがバイトを続けている様子はなく、1話限りのネタとして消費される(後半でバイト代の話は出たが)。
2人のピアノ講師が男性に代わる。それが織田 忍(おだ しのぶ)。織田はアキラが小学校低学年の頃、ピアノの家庭教師をしていたという。
かつて織田は小学生のアキラのピアノを否定したことがある。そのせいかアキラは織田のレッスンを嫌う。織田の知るアキラが機械のようにピアノを弾く頃というのはアキラがタカミに出会う前の話であろう。容姿も才能も他者を寄せ付けない彼を変化させたのは鈍感ヒロイン、という白泉社的な構図が完成する。
そしてピアノの才能がある男性に対し、アキラがピアノバトルをするのは今後の お約束となる。どのキャラとも才能は互角。イケメンに優劣をつけないためか、明らかな勝敗はつけないようにしている。ただしアキラはタカミを想ってピアノを弾くことで その能力を引き出す。
織田は一見すると当て馬のようだが ただのセクハラ野郎。彼がタカミにスキンシップするたびにアキラが不機嫌になり、人間らしい一面を見せる。
アキラにとって織田は年長者であり、タカミより背が高いという点で羨望の対象でもある。彼といると様々な面における自分の小ささを意識してしまうようだ。
タカミは そんなアキラの焦燥をピアノの音の中から見出す。タカミはアキラほどの才能がなくても、アキラの音を察知する能力は彼よりも高いかもしれない。それが今後の人生の2人の歩き方になるような予感がする。
タカミからの言葉で10年後の自分という視点を持つようになったアキラは もう焦ったりしない。そして これまで通りでもアキラはタカミのピンチを救うだけの力はある。そんな気持ちの余裕が織田への態度の余裕に繋がっていく。
後半は3回目の短期連載に突入し、今回は2人が挑むコンクールの話となる。織田は変わらずにタカミの講師として存在する。少女漫画では女性キャラが追放されがちで、男性キャラは何かと大事にされる。
タカミは織田からコンクールの出場を勧められる。織田はタカミの才能をちゃんと見てくれてはいるようだが、彼の本願はアキラを数年ぶりにコンクールに引っ張り出すことだと思われる。
今回もアキラの過去が明らかになり、彼の母親が息子にコンクールの優勝を義務としていることが分かる。2位じゃダメなんです。アキラの母親は いわゆる毒親で、彼女の事故死はアキラに何をもたらしたのか。そしてアキラはなぜ今もなお苦しい呪いのようなピアノを弾いているのか。この辺はクライマックスで明らかになるのだろうか。
それにしてもタカミが記憶喪失のような状態で、何かのキーワードが契機となり彼女が新たな過去を思い出し、発掘されて それが(後付けの)暗い過去になっていくなぁ。
更に織田によってアキラの父親が世界的なピアニストであることも判明する。白泉社作品のヒロインは容貌も才能もトップ オブ トップの男性を一本釣りするが、外国人の父親の容貌と才能を受け継いだアキラは その世界のトップになる可能性を秘めている。
頑なにコンクール出場を拒むアキラだったが、織田にタカミの名前を出され、そして このままでは彼女に置いていかれると発破をかけられて出場を決意する。
そして予選を通過した2人はコンクール本選を決める。だがアキラは久々のコンクールにナーバスになっている様子。そこでタカミはアキラに夕食の差し入れをする。
食事後に早々に退去しようとするタカミをアキラは無意識に引き留める。毒親によって、アキラにとって順位だけが女性を自分の側に引き留める手段になってしまった。だからアキラは自分が次に失敗したら去ってしまうのはタカミであると思い込んでいる。支離滅裂な理論だが それだけ不安だったのだろう。
だが順位を気にする母親は この世にいない。そしてタカミは結果がどうであれ、アキラのピアノが心底 好きである。どんな結果になっても自分は彼から離れることはないことをタカミは約束する。
こうしてアキラのコンクールに対するトラウマは解消された。
そして本選の当日はタカミの方が緊張している。会場には4人の兄が集合する。それぞれにタイプの違うイケメン兄たちである。アキラ・織田・4人の兄とイケメンパラダイスが完成しつつある。
アキラはタカミに向けて演奏する。彼女との出会いがピアノとの接し方を変えた。続いてはタカミの番。緊張するタカミにアキラは彼女の頬にキスをする。もしかしたらアキラはキス魔なんかもしれない。
彼らにとって もう結果は全てじゃないが、アキラは優勝、タカミは奨励賞を獲得する。
どうしてもアキラのことばかりに注目が集まるが、ガサツなタカミにとってピアノを続ける喜びや意義は どこにあるのだろうか(半分以上はアキラがいるからなんだろうけど)。いつか そんな話も読んでみたい。