《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

相手の戦闘力(ピアノ)に一度は圧倒されるが、修行の成果で相手と伍する少年漫画的展開。

ヴィーナス綺想曲 4 (花とゆめコミックス)
西形 まい(にしかた まい)
ヴィーナス綺想曲(ヴィーナスカプリチオ)
第04巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

白を男の子として意識し始めた宇海☆ デートをしたり宇海の追試事件(!?)があったり…その上、白を引き取ろうと白の伯母がフランスからやって来た!? そんな中、宇海は街でドイツ人の青年・ユリアンと出会う。ピアノを弾くという彼の正体は…!?

簡潔完結感想文

  • 遊園地も新キャラとのピアノ対決も前に見た。話の幅が狭すぎないか!?
  • 恋愛感情を意識するのは1話限り。その後は いつもの2人の関係に戻る。
  • 父の弟子は中ボスで、ラスボスは父か。強さのインフレが止まらない!?

泉社ヒーローが負けることは許されない、の 4巻。

いよいよヒーローのインフレが止まらなくなる。元々 白泉社はヒーローに(たとえ狭い世界でも)世界の頂点に君臨することを課してきたが、作品はピアノ奏者である本書のヒーロー・白(アキラ)には世界レベルの演奏能力を要求し始めた。

生徒会長や御曹司であれば日本を日本に留まることが出来るが、芸術家の場合は世界が本場で、その人たちと勝負できるレベルでなんぼ、みたいなところがあり、アキラには留学話や海外からの刺客が やってくる。まだアキラは中学3年生のままだが、急に世界を視野に入れ始めた。
きっと『2巻』でアキラが脅威に感じたピアノ講師・織田(おだ)なんて、今のアキラでは片手で倒せるレベルの強さなのだろう。言っちゃ悪いが結局ピアノ講師でしかない織田と、今回から登場する17歳で世界を股にかけて活躍する天才ピアニスト・ユリアンと実力が同じという訳にはいかないはずだ。

白泉社作品でヒーローがスポーツをしているスポーツモノを扱うことは ほとんどないと思うが、きっとスポーツ選手にした途端、世界一を目指さなくてはならない白泉社の宿命を背負うから、日常回ばかりのコメディで話を続ける白泉社の作風とはマッチしないのだろう。

本書の場合は音楽という高尚で、読者好みの設定だが、白泉社の読者が(無自覚に)望むのは その世界で一番という結果のみ。ある意味でアキラの亡くなった母親と同じ毒親みたいな価値観で読者はアキラに接してしまう。その期待に沿うために作者はアキラの能力を上げるが、そのインフレのせいで話が大きくなりすぎて、自滅しているように見える。アキラの不敗神話を継続させるために犠牲になっているのは、10代中盤の彼らが普通に恋愛をする余裕ではないか。無自覚ヒロイン・宇海(タカミ)が、アキラからの恋心を知って変化していく様子は見られることはなさそうだ。その代わりアキラがゴリゴリに強くなっていく。序盤の雰囲気は良かったが、ヒーローは負けてはいけないという思い込みで、作品が変な方向に向かっている。

その人が離日するまでが修行の期間。同じことを2回、同じ巻の中でやられましても…。

して肝心のピアノ対決や審査の描写が、毎回 ほぼ同じなのが気になる。

特に この『4巻』ではアキラが2回レベルアップする機会があるが、その どちらもが1週間後、または2週間後にアキラが難曲を自分のものにして、その能力を示せるか、という同じ内容なのである。上述の通り、本書においてはアキラのピアノの能力の高さこそ、彼がヒーローである証である。それを磨くため、アキラは期限までに研鑽を重ねるが、それがまるで『ドラゴンボール』における戦闘力を高めるための修行のようにしか見えない。

アキラは自分の世界の保守や精神の安寧のために立ち上がり、自分を脅(おびや)かす外圧や外敵を排除する。ピアノは そのための手段であり、彼は自分の望む世界を獲得するためにピアノの能力を高める。そして能力を高めるための手段が修行なのだ。この辺は、ちょっとスポ根チックというか脳筋というか…。ピアノって そういうものなの??と疑問を持たざるを得ない。

ただアキラの初戦だった織田の時から作者には この描き方しか出来ないのだろう。あれから連載は重ねているが、ピアノ演奏の深淵を見せるどころか、かえって底の浅い考えが見えてしまっている。これからも作者の作品を追いたい、という気持ちは残念ながら湧いてこない。その意味では連載による長編化は選択ミスのような気がする。雰囲気モノとして雰囲気を味わうのなら読切だけで十分だっただろう。


めて2人の間に恋愛感情があることを認識したタカミはアキラからデートに誘われる。
そのデートに際し、『3巻』の喧嘩の時と同じくタカミは織田に、アキラは畔上(あぜがみ)に助言をもらいデートはスタート。アドバイザーの2人もデートを尾行する。

2人が向かったのはファンシーランドというテーマパーク。うーん、同じ場所ではないが遊園地デートなら『1巻』でやっている。意識しすぎて楽しめないのも、はしゃぎすぎて空回りした前回と同じ。
その後はアキラの予約した高級フレンチで食事。だが ここはタカミが緊張してしまい、いつも通りになれない。

そんな2人の距離感を縮めるのはアキラのピアノ演奏。いつも通りの2人が一番、というお話。こうして特別な雰囲気を いつも通りに戻すことで、恋愛に特化した お話も今回で終わり、と言われているようである。1話から『3巻』ラストの17話まで話を進展させなかったが、またしばらく進展は望めないのだろうか。はぁ…。


愛要素が濃い目なのは1話きりで、続いてはザ・日常回。タカミのテストの結果が悪く、彼女の長兄に勉強を見てもらう勉強回が始まる。

長兄はタカミの堕落をアキラのせいだと勘違いしてしまい、その汚名返上をするためにタカミは燃える。タカミの父は存命だが、長兄の審査が、タカミとアキラが交際するためのハードルになるのだろう。
しかし長兄はタカミにとってアキラがどれだけ特別な存在かを知り、またアキラと直接話すことで、彼がタカミを大切に想っていることを感じ取る。

アキラには通知なしで行われた審査だが合格したようで、タカミも無事 追試をクリアした。
多分この話、次のアキラのフランス留学の話と2つでセットになっているのではないか。タカミとアキラ、互いの成長に相手が邪魔なのではと考える親族に対し、2人は それぞれ相手が いかに自分にとって大事な存在であるかを訴え、テストの点数やピアノの音色という結果を出すことで、親族を説得している。


キラの伯母が彼をフランスへと誘う。伯母は元ピアニストで、手の故障後はピアニスト育成をしているという設定である。当初の構想にはなかったであろう親族が続々と登場するのも白泉社作品の特徴である。

アキラは中学入学前に母を事故死で亡くし、父とは同居したことがなく、それから伯母が引き取るという話を ずっと拒絶している。しかし未成年であるアキラが どうやって独居をし続けられたのかが謎だ。だれか身元引受人みたいなのが いるのだろうか。

この話は ちょっとした遠距離恋愛の危機だろう。アキラは日本にいる選択をするが、伯母に それを認めさせる演奏をしなくてはならない。
そこでアキラは演奏したことのない曲を織田の指導のもと1週間で完成させることになる。

今回の彼の場合、問題は技術ではなくメンタルにあった。タカミがアキラを優先して考えるあまり、彼のフランス行きを許容するような発言をしてしまい、アキラの心は揺れる。

だが当日になってタカミはそれが間違いだったことを気づく。何よりアキラがそれを望んでいない。アキラは演奏時間ぎりぎりまでタカミの到着を待ち、タカミが本音を話してくれた。そうしてタカミが側にいてくれることがアキラの演奏を高める。アキラのピアノの音に関しては、タカミがいると安定・向上する、というのは繰り返し描かれていたこと。新しい壁を設けるのではなく、これまでと同じことの繰り返しは飽きる。
それにタカミが察しが悪すぎるのも気になる。物語的にはアキラの心理を揺さぶる必要性があるのは分かるが、タカミが勝手に失言して、ドラマチックに挽回しているだけ。この時もアキラが自分を好きだと言う認識がタカミにはないように思われるのも気になる所。もうちょっと恋愛に対してセンシティブになれないものか、と無自覚鈍感ヒロインに溜息が出る。


イツから訪日した新キャラ・ユリアンが登場。彼が困っている所に心優しいヒロイン・タカミが助けたことから彼らには縁が出来る。

当然のようにユリアンはピアノ奏者。そしてアキラに負けないくらい美麗な容姿をしている。タカミは その彼の容貌に見惚れているが、この描写ではタカミが見た目を重視する人間に見えるなぁ。ユリアンの格を早々に上げたいのだろうが、安易な手法に思える。

その後、タカミはユリアンと、アキラがクラブで弾いているピアノを聞きに行くことになる。そこでアキラを見たユリアンは目の色を変える。なんと彼はアキラの父に師事しているピアニストだったのだ。

ただユリアンはアキラを敵対視したり嫉妬したりしていない。ユリアンはアキラにピアノを弾いてほしいだけ。そこには師匠の息子のピアノを聞きたいという純粋な欲求だけが存在する。だが父親と因縁があるアキラは要求を拒絶した。

フランス留学を断っても「世界レベル」は向こうから やってくる。こんなインフレ望んでない…。

望な若手ピアニストであるユリアンが来日したのはコンサートのため。その日まで彼は滞在しており、タカミたちの通うピアノ教室にも現れる。

そこで彼はアキラがピアノを弾かないのなら、自分が弾くとピアノを披露する。彼は神童と名高い天才ピアニスト。アキラとは違う感情を表現するピアノにタカミは衝撃を受ける。

それでもアキラはピアノを弾こうとはしない。珍しく語気を荒げてまで彼は父に関する一切を断ち切ろうとする。だがユリアンは これが自分の「挑戦状」だと言う。敢えてアキラを挑発してまでユリアンは彼の演奏を望んでいた。

その挑戦と挑発に乗るのはアキラを過保護に考えるタカミ。タカミはアキラの心配をし、彼の家を訪ねる。

そこで彼の口から明かされるのは、自分と父親の物語。それは彼のトラウマでもあった。そしてアキラは自分たち母子を捨てた父親の弟子であるユリアンが、自分には出せない音を奏でたことに衝撃を受けていた。

そんなアキラをタカミが励ます。ユリアンがコンサートを終える2週間後までに自分のピアノを獲得し、聞かせることを提案するのだった…。

うーーん。物語の基本的構造が織田の時、伯母の審査と同じである。そして以前も書いたが、この期限付きのバトルは少年漫画のようである。芸術だから完全な勝敗はつかないが、アキラの不敗神話を獲得するために挑戦者が現れているだけ。ピアノを扱う作品としては底が浅い。


アノ演奏の期限までの前半は、アキラが相手に勝とうと必死になって、演奏の本質を忘れる展開も既視感ばかり。苦悩がいつも同じだ。

そこでアキラはタカミの訪問も断って、一週間 独力で演奏に磨きをかける。そして一週間後の彼は見違えるように別人になっていた。もはや『ドラゴンボール』の「精神と時の部屋」みたいなことになっている。

どうせならば、この会えない一週間でタカミの側が、勝負は関係なく、アキラに会いたいと恋心を匂わせる描写なんかあると なお良かった。物語がクライマックスに向かっているのなら、この辺でタカミ側の心境の変化を描くべきだったのではないか。

一見すると、今回は タカミのためではなく、アキラ自身がピアノの上達を望んだという点が以前とは違うように見えるが、結局は彼のピアノはタカミのためであって、彼の中の原動力や根幹は変わっていない。アキラにとってタカミはミューズなのは分かるが、もうちょっと変化が欲しい。修行を重ねれば底なしに強くなるというのも安直。雰囲気で選んだ芸術分野なのだろうが、それを主題にすると作品の粗ばかりが目立ってしまっている。