《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ヒーローのトラウマの解決は1巻以上かけるが、恋愛の結末はヒロインが秒で返答するだけ。

ヴィーナス綺想曲 5 (花とゆめコミックス)
西形 まい(にしかた まい)
ヴィーナス綺想曲(ヴィーナスカプリチオ)
第05巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

父の弟子・ユリアンの「白の熱情が聴きたい」という願いを断り、「腰抜け」と罵られた白。独りでピアノに打ち込むうちに自分の「熱情」は宇海だと再確認した白は、自分なりの「熱情」を紡ぎ出す!一方、宇海はユリアンから白の父親が日本にやってくることを聞かされて――!?

簡潔完結感想文

  • 修行で父の弟子に負けない実力になったアキラは、次の階層に進む権利を得る。
  • 父子の対面のために動くのはヒロイン。奏でる音色の本質を掴むのは特集能力か。
  • 能力のインフレを起こして両想い直後には海外出発。恋愛描写が まるでない…。

5巻なのに全18巻みたいなトラウマ描写の分量、の 最終5巻。

恋愛とトラウマの分量が おかしい。ヒロイン・宇海(タカミ)がヒーロー・白(アキラ)に恋愛感情を意識したのは、1話・17話・最終29話の3回きりじゃないだろうか。
しかも最終29話でもヒロインが恋愛感情を認識するだけ。確認のキスをするものの、彼らの交際の様子は一切なく、いきなり遠距離恋愛が始まる。それもこれもヒーローに1番しか認めない白泉社毒親のような姿勢と、恋愛感情を極力 排除しているとしか思えない作品のせいである。

それに両片想い状態というよりは、ずっと年下のアキラが2歳年上のタカミの心の整理を見守っているという状態で、甘酸っぱいというよりは、タカミが自分の都合の良いようにアキラに甘えているようにしか見えなかった。欲しいのは こういう甘さじゃない。

当て馬も登場しないし、女性ライバルも1話きり。本書が最優先したのは2人の関係と高貴な作品の雰囲気だったように見える。

しかし おかしいのはトラウマの分量と必要性。ヒーローのトラウマが両想いの最後の障害になるのは白泉社の お約束というべき展開だが、本書にはトラウマと恋愛解禁に あまり関連性がない。トラウマが解消した後に、急にタカミが恋愛問題を俎上に上げて、これまで見て見ぬふりをしてきた問題に秒で答えを出しただけ。
それがタカミのアキラへの大きな愛だということも分かるが、最終巻に駆け込んだ感じが否めなく、両想いが遠距離恋愛の発端となることに対しても淡々とし過ぎていて、10代の彼らの物分かりの良さに疑問符がつく。これは恋人との前向きな別れという選択、というよりも、大事な妹や弟を海外へ送り出すような気持ちにしか見えない。繰り返しになるかもしれないが、恋愛を綺麗に描きすぎて温度が足りない。

初めての家庭訪問で父親の顔ではなくピアニストの顔で息子を審査したのが彼の最大の失敗だろう。

より問題なのは その分量の多さだ。本書は全5巻なのに、まるで白泉社の大長編のトラウマ問題の分量である。考えてみれば『4巻』中盤のユリアン来日からトラウマ問題の幕は開けており、それが最終話まで続くのだから実に 全体の1/3はトラウマ問題に割かれていると言える。

トラウマ問題がユリアンから始まるのは偉大なる音楽家であるアキラの父親との接点を自然に持たせるためなのだろうが、やはり長すぎる。ユリアンを出すにしても前座は前座らしく終わらせて、そこから父親問題に発展させれば良い。あれだけ修行してもアキラの演奏に対する態度はタカミへの気持ちが根幹にあるということは変わらないのだから、その前の内容と被る所はダイジェストでお送りして欲しかった。

そうして1話分の余裕を生み出して、交際後の2人の様子を少しでも読者に お届け出来なかったのだろうか。恋愛描写が早送りの対象になっているのは やはり納得がいかない。読み方の違いもあるだろうが、終盤はヒーローに苦悩と才能を付与するだけの物語になっていて重苦しかった。もっと年相応の2人の姿が見たかった。

ただしタカミの進路に関しては私も納得した。これまでも彼女はピアノの音色から その人の心理状態を的確に見抜いたり表現したりしていた。彼女の才能は その耳の良さにあり、それを活かすことで2人が二人三脚で人生を歩むことに繋がる、という方向性は素敵だった。
アキラの両親は共にピアノの道を進むことが出来なかったから歪んでしまった。母は父を引き留めるためにアキラにピアノの演奏を課し、それが彼の呪いとなってしまった。だがタカミとアキラは2人で共に歩める道に到達した。これで不幸な連鎖は回避されるだろう。

問題は海外留学を果たし、ピアノの道を進んだアキラが、自分の根幹をアップデートしてしまうリスクだろう。これまでは ただタカミを想うだけで その才能が開花してきたが、それではピアノの音が画一的に なりかねない。それを これから師匠となる父親に指摘された時、アキラは自分の中の情熱を模索するだろう。そこで父と同じようにピアノに熱中するあまりタカミへの想いが霞む可能性も なくはない。10代の頃に立脚した青臭い信念が どこまで保てるかがアキラの課題であろう。もしかしたら その未来で役に立つのが恋愛感情の薄いというタカミの もう一つのスキルなのかもしれない。恋人ではなく やはり弟妹のように つかず離れずアキラと接することによって2人(もしくは この家族)の未来は破綻を回避するのかもしれない。


行によりユリアンとは違う自分なりの「熱情」を完成させたアキラ。こうしてユリアンに打ちのめされそうになったアキラは、ユリアンに負けていないことを証明する。

そこで判明するのはユリアンは師匠の息子であるアキラの音が聞きたいがために、挑戦や挑発を繰り返していただけに過ぎないということ。単なる勝負でなく、ユリアンの思いと才能があったからこそアキラのピアノに対する思いに火をつけたのかもしれない。

コンサート終了後の打ち上げにも呼んでもらって、ユリアンはタカミとアキラのための即興曲を、アキラはユリアンをイメージした曲を演奏する。最後にタカミも現在練習中の曲を披露するのは場違いとしか思えないが…。

打ち上げ終了間際、タカミは一人でいるユリアンを見つけ、彼が物思いに耽っていることを知る。ユリアンが考えていたのは師匠であるアキラの父親とアキラの関係。互いに距離を置いてしまっている2人の現状をユリアンは憂いていた。

ユリアンはアキラの父親が毎年 ある特定日に来日していることを知らせる。タカミは、それがアキラの母親の命日であると見当をつける。ユリアンによってアキラ父子のことはタカミに託される。こうしてタカミはアキラの過去に介入する権利を自然に得る。お節介ヒロインとは違う、ちょっとした任務のようにタカミを参加させるためにユリアンは必要だったのだろうか?


して今年もアキラの母親の命日がやってくる。タカミはアキラの父親との接触を考えていた。そしてアキラと一緒に行った彼の母の墓参りで、タカミはアキラの目線による一家の物語を知る。

彼ら一家はピアノだけが全員を結ぶ要素になっており、アキラにとってはピアノの演奏だけが母を喜ばせられる手段になっていた。母のためにピアノを弾いていたアキラだったが、そんな時に最初で最後の父親の家庭訪問があり、アキラの演奏は父親に失望を招いてしまう。夫から子供が見限られたと思った母は、尚更アキラをピアノに縛り付け、そして結果だけを求めた。その日々の中で母は事故に遭い、アキラは その事故を父親の責任であると転嫁する。

だがアキラは本当は一家を離散させたのは自分のピアノの才能が欠如していたからだと自分を責めていた。
そんなアキラの思い込みをタカミは修正する。だが修正したと思いきや、アキラにこんな考えに至らしめた父親を「許さねえ」と敵視する。うーん、脳筋ヒロイン。ここではアキラの父親への憎悪と愛情を求めるアンビバレントな感情を、実際に行動するタカミが引き継ぐ必要性があったのだろうが、「許さねえ」は言葉として乱暴ではないか。


うしてタカミはアキラの父親を一方的に悪者と考え、彼の滞在するホテルに向かう。ぶん殴ることも辞さないタカミだが、ホテルの一室から聞こえてきたのは鎮魂曲だった。その選曲の謎にタカミは戸惑うが、そのままアキラの父親と対面する。戸口でアキラの名前を出した途端、父親は門戸を閉じようとするが、タカミは食らいつく。

ホテルの部屋の中でタカミは亡き妻への献花らしき花を発見する。それを足掛かりに、タカミはアキラ父子の問題に踏み込む。そしてタカミは今のアキラのピアノの音を聴いて貰おうとする。しかし父親は躊躇するのを見て、ゴリラヒロインは胸倉を掴み、父親にアキラの苦しみを理解させる。

そうして翌日、タカミはアキラのピアノを聴く機会を設ける。アキラを騙して音楽教室に連れて行き、そこで父子の対面を果たさせる。それを知ったアキラは父親を殴ろうとする。それがタカミの目論見だと知ったアキラは拳を下ろし、一生のお願いというタカミの言葉を聞き入れる。ここで父親と対話するのはタカミの要望でもあるが、アキラの意志でもあった。彼は前へ進もうとしている。トラウマとなった過去を乗り越えるだけの強さが今の彼には備わっている。

父親がアキラに要求したのは、かつて自分が失望した息子の演奏で弾いていた曲だった。2重の意味で苦しい演奏になるが、アキラは そこでしっかりと自分の音を奏でる。その音色には母親のロボットではないアキラの意思がこもっていた。

タカミが自分のために動いたのを知って、アキラは父親と対峙する勇気を持つ。やはりヒロインはミューズ。

親からの評価は沈黙。ただ背を向ける前に、翌日、アキラと自宅である約束をして帰った。

そんな彼を追いかけるのはタカミ。アキラがトラウマを乗り越えて演奏した後は、父親の説明責任を果たす番だと凄む。そうしてタカミも明日の同席を許される。

翌日、学校から帰る2人を、父は先に家でピアノを弾いて待っていた。曲は命日の時と同じ鎮魂曲
そこから父は この一家の成り立ちを説明する。父と母は出会いからすぐ惹かれ合い、身体を重ねた。だが父のピアノへの情熱は愛情を霞ませた。そこへアキラの誕生を知らせる手紙が届き、父親は母子のために家を買い、送金を続けた。この時点で父にとっては家族はピアノより回存在で、そうした非情の決断をした自分が父を母子から遠ざけてしまう。妻(かどうかも定かではないが)の死去に際しても、母子に合わす顔がないため葬儀に参列できなかった。

そこに父の悔恨があった。
アキラが自分の演奏を父に届けたように、父は自分の率直な言葉をアキラに届けた。アキラはその言葉で すぐに父親を許せるわけではないし、父を父だと思える実感もない。ただ彼も過去に向き合ってくれたことに感謝をする。

別れ際、父親は昨日のピアノの感想を初めて口にする。技術的、機械的だったアキラが変わっていたことに驚き、彼を自分と同じピアニストとして認めた。
タカミは この日も歩き出す父親に向かって声を掛ける。そこでタカミは父からアキラへの ある伝言を託される。

今のアキラにはピアノの道を追求しようという激しい欲求が理解できる。それはピアニストの宿命なのだろう。父は母親への気持ちを霞ませたが、そもそもアキラのピアノ演奏にはタカミへの想いが根幹にあるので ぶれないのだろう。だが上述の通り、成長と共に複雑な考えを抱いた時、それだけではダメだと言う壁にも ぶつかりそうである。

そして結局、アキラの両親の関係はダイジェスト過ぎて よく分からなかった。彼らはどれだけの交際を重ねたのだろうか。そもそも夫婦になったのだろうか。ただ一夜にして燃え上がって、その後も女性側は何かと連絡して男性側に縋(すが)っているようにも見える。子供(アキラ)は愛する人との接点として利用している。アキラに自由な選択を与えず、父と同じ道を歩ませようとするのも気を引きたい一心に見える。自分が そうすることでしか その人を追いかけられないことが、母親を悩ませ、それが心の病に変化していったのだろうか。タカミが自分の道を進むのは アキラが どれだけ社会的に成功しても自分のすべきこと/したいことがあるという同じ轍を踏まないためなのだろう。


終話。アキラは日本一となった。
まだ中学生の部ではあるものの、トップ オブ トップしかヒーローになれない白泉社世界で1番を手にした。本当、アキラの亡き母と同じ考え方で嫌になる。

アキラは それを足掛かりに、留学を視野に入れ始める。そんな彼にタカミは彼の父親から託された、海外に進出するなら自分のもとに来ないか、という伝言を伝える。父親はアキラの才能を自分で育てたいという。条件は、父が指定するドイツの音楽学校に受験し合格すること。

アキラは父親からの勧誘というよりも世界的ピアニストである人に見込まれたことが光栄で嬉しい。

だが一つ心残りがあるとすれば、それはタカミとの別れである。
それを察したタカミは、自分が自分の道を進むことを発表する。彼女の夢は調律師。専門的に学び、そして いつか世界中で演奏するアキラのピアノを調律したいと告げる。2人の道は違っても、いつかは交わる。

そしてタカミは、アキラにずっと言わなかった一言を言う。それが「大好きだ」という自分の気持ち。気持ちが重なった確証があれば、アキラは思う存分、世界に羽ばたけるだろう。


うして数か月後、アキラは留学し、そして2年後にタカミは調律師としての一歩を踏み出していた。アキラはこの頃、国際コンクールで優勝するほどになっていた。だがまだまだ小さなコンクール。タカミはアキラに世界一を望んでいる。それはタカミがアキラの才能を純粋に信じているからなのだろうが、やはり見ようによっては窮屈な考え方に思える。

ある日、馴染みのクラブに単独で調律に向かうタカミは、その中から聞き覚えのある音色を耳にする。そこにいたのはアキラ。そしてサプライズで登場する顔見知りの面々。これはアキラが一時帰国した際にセッティングしてくれたようだ。

この2年でアキラは大きくなったらしいが、再会はわずか8ページで終わる。
本当に機械的に遠距離になって、機械的に戻ってきただけ。最後まで本書からは感情を あまり感じられなかったなぁ…。色々と少年漫画風の演出になって、インフレと共に大味になってしまった。