川上 ちひろ(かわかみ ちひろ)
後にも先にもキミだけ(あとにもさきにもキミだけ)
第07巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★(4点)
最凶カレシも知らないあたしの秘密がついにバレちゃった…!「なんなのおまえ隠し事とか」いやいや言う機会が無かっただけで…「早く言えよ!!」ご…ごめ…「お前のことならなんでも知りてーってアホみたいに夢中になってたのは俺だけかよ」え…?「おまえに惚れすぎてて童貞に戻った気分なんだけど どーしてくれんの」…どうしよう嬉しい。速人があたしのことで一喜一憂してくれる日がくるなんて。最凶カレシは相変わらず溺愛モード!親友・奏絵&岳のその後も…?
簡潔完結感想文
- 浮気というキャラ付けが無くなったら普通の頭の悪い男で魅力を感じられない。
- 元の鞘に収まる地元カップルだが、この後の親族の阿鼻叫喚を思うと不安しかない。
- 嫌なことを嫌と言わないで彼氏に察してもらうのが幸せ? 八方美人ヒロインに辟易。
大団円に向けて気がかりなことを解決しますスペシャル、の 7巻。
ハッキリ言って過去最高に退屈である。
芙美(ふみ)と速人(はやと)のカップルは、読者の注目を集めた彼氏の非道・浮気が封印され、ただの普通のカップルに成り果てた。ヒロインの不幸の種が1つ無くなったことは喜ばしいが、それは「今」の波乱が無くなったということでもある。
そうすると残るのは高校時代に席が前後になって恋に落ちた、という薄っぺらいエピソードのみ。これが両想いまで紆余曲折のあるカップルだったり、性行為という大きなイベントが残っていたりしたら交際編も楽しいのだが、本書の場合は2話で性行為の完遂が報告され、それ以降は暇があれば身体を重ねているので作品的な伸びしろが何もない。
浮気を繰り返した速人は何の罰を受けることもなく作品内に我が物顔で君臨しており、作品は彼のワガママを許すだけの甘やかしが目に余る。
そしてヒロイン・芙美も忍耐力は凄いかもしれないが、自分の不安や不満に対して口を出さずに八方美人なヒロインを演じているのにも辟易する。『6巻』でアパートに宿泊する元カノ、今回の子供に速人のことを「パパ」と呼ばせるシンママなど、彼女が本心では嫌なことも最初に受け入れて、後でモヤモヤするという展開が彼女の意気地のなさを表している。
元カノは芙美の伝家の宝刀・嫌味で追っ払ったが、今回のシンママに関しては速人が芙美の胸中を察して、彼に その処理をしてもらっている。黙っていれば世界から嫌なことを一掃してくれるなんて速人は なんて出来た彼氏なのだろう と少しは思うが、逆を言えば、芙美は何もしないということである。
全体的な流れは女性の方が強いという話の流れに持っていきたいのが見えるが、自分の置かれた状況から一歩も動かなかったら、周囲の対応が勝手に変わっていっただけである。そういう点で芙美は陰気くさいヒロインである。最終盤にきて この展開しか描けないのが本書の限界なのかなと思う。
女性が強いように描かれていながら、結局 何もしていないのは芙美の友人で妊娠中の奏絵(かなえ)も同じ。
『7巻』の半分は奏絵と、お腹の子供である岳(がく)の話で、煎じ詰めれば奏絵が岳から嫌われるのが嫌で逃げているだけの話であった。彼女もまた何もしないまま悲劇のヒロインを演じていたら、男性側が勝手に心変わりをして、自分の理想の解決法を提示してくれる、という流れとなる。
臨月間際に この一家はハッピーエンドを迎えたみたいな描写になっているが、少しも祝う気持ちになれない。どこまでも察しの悪い岳にもイライラするが、自分が現実と折り合いをつけないから周囲の迷惑を増大させていることに無自覚な奏絵に苛立つばかり。
この作品が発表された2014年時点では未成年の男女が親になるには周囲の協力が必要で、彼らは臨月間際になって双方の親に真相を話すことになる。本書は10代の男女に都合の良い現実しか描かない。だから速人のような田舎のヤンキーが現実に直面することなくヒーローであり続ける。
奏絵と岳は これから両親に頭を下げなくてはいけない。特に岳に両親は何の覚悟もないまま息子の不始末と、間近に迫った孫の誕生に直面する。妊娠発覚時期から両家で話し合いを重ねていれば精神的に落ち着いている頃合いなのに、奏絵が現実と向き合わなかったことで、岳一家は大騒動に巻き込まれる。
しかも自分の子供を認知せざるを得ない状況で、岳の一家からすれば産まないという父親が持つ権利を勝手に放棄した状態から話が始まる。こんな不均衡をハッピーエンドとは決して思えない。
これは本書では割愛されているが、常識的に考えて起こる波乱だろう。10代女性の不安を掬い上げているつもりかもしれないが、それ以外の社会を捨てている。それが本書の浅はかさである。浮気よりも、偏った世界観、想像力の欠如した内容が私は嫌いだ。
サッカー部の合宿最終日では1年生は かくし芸を披露するのが恒例。速人は友人とダンスを披露し、急に愛されマネージャーになっている芙美はピアノを披露する。弾けるなんて伏線は1ミリもなかったが、弾けるらしい。これには幸田もも子さん『ヒロイン失格』のヒーローのバイオリン一発芸を想起した。紙の上なら楽器も弾けるようになるし、サッカーだってプロ級になっていく…。
合宿から帰宅したら性行為に溺れる。もう二度と芙美がピアノなんて弾く場面ないんだろなー(遠い目)
そして夏の お盆の時期だから芙美は速人を連れて父の墓参りに行く。速人は お墓の前で芙美と結婚する未来を宣言。人は お墓の前では嘘を言わないので、これは有言実行の未来になるだろう。
この回で、芙美の父方の祖母は同棲に反対しているという情報が出てくるが登場はしない。芙美の母親は祖母から嫌味を言われているが、娘たちの選択を優しく見守る。そして少女漫画ヒロインの父親なんて恋路の邪魔でしかないのだろう…。
芙美は地元に帰省した際に奏絵とも再会する。上京してからの5か月間 会えていなかった奏絵は すっかり お腹も大きくなり妊婦そのもの。
だが奏絵の両親は今でも速人が お腹の子の父親だと思っている。そういう認識なのに親同士の話にならないのが不思議でならない。
ここで芙美は、奏絵と岳が もう一度 付き合うことになったことを知る。ただし岳は お腹の子が自分の子供だということは知らない。芙美は その事実を知っても、そのまま本当に不義の子だということにする。ヒロインなら本当のこと話そうよ、大丈夫だよ!と言いそうなものだが、芙美は実行力ゼロなので現状維持を選択する。謎の思考だ。ついていけない
これは奏絵の心身を気遣っているようだが、ダラダラと嘘で固めた妊婦生活をする彼女の味方になれるなんて、とんだ優しさである。友情も薄っぺらい。
奏絵は自分が「愛人」として岳と身体を重ねていた時と同様、彼に真意を問いただすことが恐怖なのである。そうやって事態が悪化して、お腹の子供や周囲に与える余波があるのに、自分ばかりの悲劇のヒロインだ。
そんな時、奏絵の母親が尾行してきて勘違いから速人を面罵し始める。それに対して奏絵は反論せず、母親も言うだけ言って帰っていく。どこまでも問題を先送りにする親子だなぁ…。
事態の推移が分からない岳に対して、速人は母親に言ったことを岳に伝え、そして お腹の子は架空の「元カレの子」ではないことを岳に話す。いつだって停滞している事態を進めるのは何もしない芙美ではなく、俺流を貫く速人なのである。
それを聞いた岳は速人を殴り、立ち去る。その岳の行動に奏絵は岳が自分の前からも逃亡したように見え、ショックを受ける。速人も岳の行動にショックを受けたみたいで、自分が父親だと名乗ったことを今更 後悔する。そうだよね、格好つけたつもりが全く格好がついてなかったもんね…。
芙美が速人と久しぶりに速人の自室で過ごしていると、岳が訪問する。
なんと岳は まだ奏絵の子供が速人の子だと勘違いしていた。だから岳は自分の大事な人である奏絵に手を出した速人に、そして責任を取らない男に鉄拳制裁をしたのだ。どこまでも間抜けな子である。
ここで速人は岳にも分かるように真相を間接的に伝える。そこでようやく自分のしたことを理解した岳は、深夜にもかかわらず奏絵のもとに走る。この無駄な騒動の原因は奏絵であることを皆は気づいているのか。
奏絵も また勘違いしており、岳は お腹の子供が自分の子供だと知って、逃亡したと思っている。だから別れを告げられると思って不安だったが、悩んでいたら勝手に岳は奏絵と歩く人生を選択してくれた。こうして お腹の子は、彼にも祝福されて生まれてこられることになった。
しかし上述の通り、問題は ここから。奏絵は岳に専門学校への通学を続けて欲しいと願っているが、その学費を出しているのは彼ではなく親である。親が下半身ゆるゆるの息子を勘当するというリスクを全く考えていない奏絵は おめでたい。登場人物全員 頭が悪すぎて頭痛で頭が痛くなる。
速人は岳に、愛する人と家族になる、家族をつくるということを先を越された。
そんな家族問題と似たようなことが起こるのが、速人を「パパ」と呼ぶアパートの隣人のシンママと その息子。母親の体調が悪いことを知った芙美は、息子を預かることを提案する。シンママのことが好きではない癖に、八方美人のヒロインだから、わざわざ地獄を選ぶ。
そんな芙美の心境を理解している速人は、息子とサッカーで遊んでいる最中に、わざとボールを隣家に蹴り入れて、芙美に取ってこさせる。その間に速人は息子と2人で男同士の会話をして、彼に自分をパパと呼ばせることを止めさせる。自分と彼は友達でありライバルだからパパには なれないと諭す。
そしてシンママにも速人の言った牽制の言葉が間接的に伝わり、速人を囲い込むような彼女の態度を改めさせる。こうして芙美の悩みは また一つ解消する。速人の行動は いつも正しい。
彼は自分を狙う女性に対しても少しも揺らがなかった。これは速人の浮気性が治り、真人間になった証拠になった。現在・過去だけでなく未来の浮気相手(候補)も速人が撃退してくれたのである。
こうして諸問題が解決し、芙美は速人と生きる未来を獲得する。速人の度重なる浮気に腹を立てた本書だが、浮気がないと ちっとも面白くないことが実証された『7巻』であった。