《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

とりあえず体を重ねないと彼の心に立ち入る資格もない。それが本書の歪んだルール。

後にも先にもキミだけ(3) (フラワーコミックス)
川上 ちひろ(かわかみ ちひろ
後にも先にもキミだけ(あとにもさきにもキミだけ)
第03巻評価:★☆(3点)
 総合評価:★★(4点)
 

カッコイイけど浮気する最悪カレシに、「俺のそばに一生いるって誓え!婚姻届けにサインしろ!」…って、言われたら、どうします?だってまだ、高校生同士ですよ??最凶の俺様男子・速人に話題沸騰!イケイケの第3巻!!

簡潔完結感想文

  • 誰の心も理解できなくなり始める3巻。三角関係も別れの危機も意味が不明すぎる…。
  • 恋愛の危機も仲直りも全てはヒーローのマッチポンプ。俺様は神様なのかもしれない。
  • 誰にでも優しいヒロイン像を保持したいからなのか、何もしないヒロインでしかない。

ーローは庭駆けまわり、ヒロインは炬燵で丸くなる 3巻。

『3巻』の表紙は秀逸である。速人が着ている服に彼のセンスや性格が透けて見える。

さて難しい学術書を読むと本当に1ミリも理解できないことに愕然として落ち込むことがあるが、本書も似たようなものである。本当に登場人物たちの思考に少しも追いつけないし、作者が この作品を通して何を描きたいのかが1ミリも分からない。
この『3巻』では少女漫画の3巻恒例の三角関係が起こったり、主人公カップルに別れの危機が訪れたりするのだが、一体 何が原因でヒロインが悩んでいるのか、なぜ別れなければならないのかが少しも理解できなかった。

1つ理解できるのは、作者がヒロインを善人に描きたいという意思が見えるところ。ヒロイン・芙美(ふみ)は彼氏の速人(はやと)が浮気しても彼に対する怒りや憎しみの心を抱かない。それどころか芙美は浮気に対して、自分が本妻であるということをアピールするために速人に優しく接するようになる。速人も そんな芙美の性格を理解して、浮気を通して芙美の特別性を実感するというクズ男である。

同じ高校に在学する浮気相手に対しても、芙美は憎しみの目を向けることなく、せいぜい本妻からの嫌味で交流するぐらい。他は徹底的に受動的な被害者であり続け、奔放な速人に振り回されることで彼女は悲劇のヒロインになる。

そうして速人が浮気に飽き、自分のところに戻ってくることで浮気騒動は終わる。それどころか速人が今回の浮気相手・栞(しおり)に対しての非道を芙美が優しく慰めることによって芙美の価値は自動的に上がる。

浮気によって速人は芙美からの愛を確かめられて満足し、芙美は芙美で自分が浮気に悩む様子を読者にアピールしつつ、誰も傷つけることのない言動が彼女の作品内の地位を向上させる。

本書の特徴ともいえる浮気は、結果的に このカップル双方が満足する結果を得るという大変 迷惑な装置なのである。


回 起こる三角関係も、結局は浮気と同じ構造である。芙美の知らないところで騒動は起こり、それに神経質になった速人が勝手に不機嫌になり、芙美と距離を置く。

そうして芙美が今回も自動的に「悲劇のヒロインポジション」を手に入れたところで速人が彼女との復縁を望み、こうして彼らの危機は去っていく。芙美が速人に 縋りつくわけでもなく、速人のタイミング一つで彼らの関係は修復していく。浮気や三角関係などドロドロした展開を見せながら、彼らはどちらとも手を汚さないままだから、あっさりとした解決となる。

今回の三角関係も浮気と同様に、芙美が速人への欠乏を覚えたところで、速人が手を差し伸べて、芙美は速人への依存度を増すという速人だけが得するシステムとなっている。2人の関係は愛というより依存であろう。

そして速人は甘やかされるのが分かっているから好き放題する。本書は最初からずっと速人のマッチポンプで、万能の彼が芙美の人生を縛っていく物語にしか見えない。

恋愛のゴタゴタによって絆が強くなるのが少女漫画だが、本書の場合は あっという間に肉体関係になっているため、その先に進むことがない。そこで出てきたのが速人が持ってくる「婚姻届」。これが進化した2人の愛の証ということなのだろうが、これもまた速人による芙美の束縛にしか見えない。最初から隷属的な関係である彼女には ほぼ拒否権がなく、それを受け入れ、芙美に冷たくした張本人の速人だけが幸福になるという、速人の速人による速人のための物語が強調される。

芙美の悲しみや悩みさえも速人を太らす餌になっているのが気持ち悪い。

左手の薬指の指輪の次は婚姻届。浮気男の行動に説得力はないが、芙美は それで満足。ここは地獄か!?

してヒロインは慈愛に満ちた聖母、速人は この世界の神に続く第3のルールは、とりあえず身体を重ねる、という少女漫画にあるまじきものである。

もしかしたら お手軽な性行為=年齢層高めの雑誌への対応という作者の考えなのかもしれないが、本書は芙美以外の女性の貞操観念は低い。例えば速人の浮気相手であった栞(しおり)も彼に体を捧げてから、芙美のライバルポジションへの一歩を進める。性行為を伴う浮気をしなければライバルにもなれないのだ。もしかしたら速人という完璧な男の性欲を刺激することが第一関門なのかもしれない。

そして『3巻』から急に展開する「友人の恋」も、身体を重ねてから恋愛が始まる。そうしないと彼のことを好きという資格もないのかもしれない。となると性行為まで2か月を要した速人が非常に我慢強い人間に見えてくる。自分たちよりも貞操観念の低い人を配置することによって、自分たちの純愛をアピールしたいのだろうか。

そして第4のルールとしては、やはり高校生の自室はラブホテル代わりで、朝帰りも平気で出来る環境ということである。一体 この高校生たちの親は なぜ家にいないのか、なぜ娘が家に帰ってこない日を平気で黙認するのか疑問が募る。

そういう世界観も含めて、高校生たちが好き放題できる環境だから この恋愛は軽く見える。21世紀の少女漫画には珍しく高校生の飲酒場面が よく出てくる本書だが、彼らもまた自分たちが辛い恋愛をしていることに酔っているように思う。一人前に悩んでいるポーズをして恋愛ごっこを楽しんでいるようにしか見えない。


人は、芙美を悪く言って彼女を蹴落とそうとした浮気相手の栞に対して冷淡になる。その上、芙美以外は5回以上の交わりが限度だそうで…、栞は その限界に迫っていた。これでも栞に対しては「努力」して浮気していたらしい。それが速人の愛。んなバカな。滅びろ、と本気で思う。

そして栞から彼女が欲した自分のピアスを没収して、彼女との関係は清算される。その一方的な別れを目撃した芙美は、栞に対して同情の心が湧く。栞も あまりの速人の態度に自分の完敗を認め、芙美に対する悪意もない様子。こうして芙美は栞と敵対することなく、彼女は自然に撤退していく。芙美が とても常識人に見えるが、間違ってはいけないのは、この騒動は速人が自分で浮気して、自分で幕引きしただけである。なぜ速人が栞に天誅を下す みたいな構造になっているのかが非常に謎だ。本書を本気で好きな読者は、そのことに疑問を持ちそうもないが。


騒動が幕を閉じてから、その騒動を見守っていた岳(がく)の出番となる。女性ライバルの次は男性の当て馬。それが少女漫画のリズムである。しかし岳は栞騒動の時に栞をフォローしていたから てっきり栞の彼氏になるのかと思ったら芙美に行くとは意外だった。何の伏線もない唐突な展開だ。

岳が芙美を狙っていると分かって、速人は芙美を大事にする。これは速人の浮気における芙美の優しさと同じ構図だろう。速人は自分の浮気か、芙美の危機かでしか素直になれない面倒くさい人間なのである。第三者の存在が2人の距離を近づけるという迷惑なカップルだ。

芙美は岳の態度から、自分への好意に勘づき、それで速人の態度が変だったことにも納得する。こうして清く正しい少女漫画的三角関係が、お決まりの『3巻』からスタートする。

岳の好意を知った芙美の親友・奏絵(かなえ)は、速人と別れることを勧める。誠実な岳と交際した方が芙美は幸せになれるからである。それはもっともなのだが、ここで芙美が眠れなくなるほど岳のことで悩むのは 良く分からない。彼女が速人以外を選ぶとは思えないし、岳を男性として見ているとは思えない。

通常の三角関係とは2人の男性がどちらも魅力的でヒロインが選べない均衡が生み出す現象だが、本書の場合、岳の魅力が全く分からない(速人もまた分からないが…)。表面上の出来事ばかりで、登場人物たちの心の中が全く追えないから、深く関心を向けることが出来ない。

それに芙美が悩んでいるのは岳のことではなく、その前の栞との浮気騒動の結末を見たことでの、自分も捨てられるのではないか という危機感だし。時間差で問題が起きているのに、岳の横恋慕と話が混同している。

相手に捨てられるかも、と思うのは速人も一緒。自分に自信がないから相手に強く当たるガキ。

の参戦で速人の余裕がない状態だったことも裏目に出て、芙美が言葉の選択を間違ったことで速人は激おこ。「もう おまえなんか要らねえ」という速人の言葉に芙美は泣き崩れる。そして泣き崩れる芙美を発見した岳は、芙美を慰め抱きしめる。

速人は結局、自分を盲目的に愛してくれる人を望んでいるんだろう。それは母親に対する甘えのようなもので、自分は一方的に愛される存在だという驕りの結果のような気もする。捨てられる前に捨てたのは速人の方なのだろう。自分の中の不安に負けたから、自分が捨てたというプライドを守る行動に出るのだ。分析すればするほど つくづく小さい男で、俺様どころか裸のお子様なことが分かる。

へそを曲げた お子様は それ以来、芙美を無視する。
だが そんな大人げない態度にも、芙美は自分が悪いと自罰的な思考になる。「浮気なんて比じゃないくらい あたしは速人を傷つけたんだもん」ですって…。彼女の悲劇のヒロイン思考についていけない。1つもミス・失言も許されないストレスの中 生きるのが恋愛なのだろうか。


美は、速人との距離が生まれても岳への態度を しっかりと明確にする。どん底の状態でも他の男に寄りかからないことが芙美のヒロインとしての強さを表現するのだろう。

そして速人への怒りのあまり ケガしてサッカーが出来なくなればいいという言う奏絵に対しても、そんなことは言わないで、と聖母っぽさを見せる。これは『1巻』で自分の母親が速人を悪くいった時の、私のことは ともかく 速人のことは悪く言わないで、という発言に似ている。誰にも速人を汚させないという信仰心に近いものを感じる。

そして それが速人の目に留まる。芙美はウジウジしているだけだが、他者に対しての悪意を絶対に持たない。そうしてヒロインとしての崇高さを保っている。


人の18歳の誕生日当日、速人は芙美の家に現れる。そこで彼が持参したのは婚姻届。1か月近く喋らなかったのに、彼は将来を約束しようとする。「これ書くまで帰んねえ …っつーか書かないなら もう二度と逢わない」という脅迫で自己満足の結果を得る。毎度 浮気しても芙美の決意が揺らいで なし崩しに速人は許されてしまう。

ただ この1か月会わなかったのは速人の誠意だという。自分が芙美に会うのを我慢することで自分を律していた(つもりになっている)。そして速人は芙美に対してには、0か100かしかない。自分は自由に生きるが、芙美は自分に忠誠を誓わせるということだろうか。歪な関係にもかかわらず、今回、速人が芙美に冷たくすることで、芙美は自分にとって速人が不可欠な存在であることを認識した。こうやって精神をコントロールされることで、芙美は速人に隷属していく。

そしてあっという間に性行為=本書での仲直り、問題の終了の合図となる。


の騒動に振り回されたのは岳と奏絵で、騒動終息後にも思わぬ余波が彼らを巻き込む。

失恋したばかりの岳は奏絵と偶然 街で会い、そこで仲直りした芙美と速人の仲睦まじい姿を見る。そこで自分の徹底的敗戦を知った岳。そんな岳の背中を奏絵が抱きしめ、キスをして、そして彼らは身体を重ねる。岳は失恋した直後、そして奏絵も芙美に岳を勧めていたのに、訳が分からない展開である。ここでは岳は奏絵を家に連れ込み、始発で帰らせている。本書において親という存在は邪魔なので排除している。

そこから私の興味のない「友人の恋」が展開されていく。

ここは奏絵に感情移入して、身体は重ねたけれど、行きずりの関係だから 今更 素直に好きと言うことも関係、を辛いと思えばいいのだろうか。自業自得というか悲劇のヒロインごっこ である。

まともに見えた岳も自分の悲しみを処理しきれずに誘われるまま奏絵の身体を利用する。そうやって切り替えられるほど岳の芙美への心は軽いものだったのだろう(そもそもが唐突だったし)。
岳もまた誘われるまま栞の提案に乗った速人と同じような精神構造で、しかも速人よりも周囲が見えていない浅はかな人間になった。その おバカさが原因で奏絵は自分の気持ちを伝えられなくなる。岳は速人のように悪いことはしないが、察しが悪いので女性を苦しめていく。

「婚姻届」という一種の到達点を迎えた主人公カップルに対して、リアルタイムで進行する恋愛を岳と奏絵に任せたのだろうけど、どちらの心理も唐突で共感できない恋愛になってしまった。