宇佐美 真紀(うさみ まき)
夕暮れライト(ゆうぐれライト)
第04巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
ちなみ、雄大、和音、奏多の四角関係が複雑に交錯しはじめる――。ようやく雄大はちなみへの想いを自覚。ちなみも雄大を好きながらも大切な親友・和音の雄大への想いを知って雄大への想いを断ち切ろうとするけれど―・・・!? 一方、奏多は苦しむちなみを放っておけず自分とつきあうことをちなみに提案して―・・・。大切に想う相手が多いほど幸せなことも切ないことも増えていく。加速する四角関係の動きから目が離せない第4巻です!
簡潔完結感想文
- 4人が それぞれに辛い恋に悩むことで初めて舞台は整う。たった1人の きょうだい がライバル。
- 序盤は姫ポジションだったヒロインに いつの間にか破滅フラグが成立。周囲の変化に対応できず。
- 一時の恋情で家庭を破壊した母のようにならないために、2番目に好きな人と穏やかな日々を選ぶ。
4人それぞれの恋心が明らかになって、全ては ここから始まる 4巻。
いよいよ作者の狙いが見えてきた。両親の再婚によって姉妹になる予定の ちなみ と和音(かずね)。そして実の兄弟である奏多(かなた)と雄大(ゆうだい)。この2組の「きょうだい」が それぞれライバルになっていくという流れが本書での作者の狙いだろう。
両親が、娘たちの高校受験が終わってから籍を入れるのではなく、この段階で入籍・同居を選んだのは、ちなみ が一番 苦しい時に和音と姉妹にするためなのだろう。もしかして本書で一番サディスティックなのは作者かもしれない。
そして この時になって初めて ちなみ の人生観が深く影響してくるのも素晴らしい構成だ。
これまで家族の形態が変化していくことに振り回されてきた ちなみ。実母は男を選んで家族を捨てた。家族に捨てられた父親を守るために ちなみ は今回の再婚話でも、当初は相手の欠点を見定めるように和音母子を観察すると決めていた。だが相手の母子の、特に和音と初めて同性の友情を感じられて ちなみ は再婚話に前向きに対応する。
しかし今回、雄大を巡って自分が新しい「家族」を崩壊させる要因になりかねないことを ちなみ は自覚する。だから ちなみ は男を選ぶことが出来なかった。作中では言及されていないが、彼女の選択には実母を反面教師にした可能性は高いだろう。男や恋愛で道を踏み外した時の、残された家族の気持ちを ちなみ は よく知っている。和音のためでもあるし、自分が自分のトラウマに対して同じ轍を踏まないと言う自制心でもあるだろう。
新しい家族と円満に生活するために、彼女は恋心を捨てる。そして身の潔白を証明をしようと躍起になる。例え自分が傷ついても、自分の選択によって誰かが傷ついても それが大切な人を傷つけないための方策である。その考え方は まるで奏多である。だからこそ2人は共鳴し、互いを理解するのだろう。
展開が早めだからこそ面白いのだが、早すぎて追いきれない気持ちもある。ちなみ の心境も ちゃんと彼女の気持ちを追わなければ見失ってしまうだろう。でも作者は ちゃんと彼女の思考を理解する手掛かりを作中に置いている。そういう点が読者の信頼を生む。
追いきれない気持ちで言えば奏多の早い心変わりも そう。だが これも奏多が ちなみ を見直す場面は何回も描かれている。じっくり読めば賢く先読みが出来る奏多の予想と違う行動を取ることが ちなみ への興味となるのは当然だと思える。
そして何より冒頭で書いた通り本書で重要なのは2組の きょうだい が、それぞれライバルになるという出発点なのだ。一番 身近な人をも傷つけかねない恋愛のエゴイスティックな面を突いているように見える。それに鈍感で無自覚な王子様である雄大が「ライバル」と認めるのは優秀な兄ぐらいしか存在しない。そういう意味では この世界の頂点の男性2人の決戦なのだ。
そんな決戦を巡って争われるのは ちなみ である。当初は和音が姫ポジションだったのに、いつの間にかに少女漫画らしいヒロインになっている。そうなったのは ちなみ の本質的な強さと、人と関わることを学んでいった彼女の急成長が原因だろう。対して和音は、無自覚に姫ポジションに収まり、周囲の気持ちの変化に鈍感だった。いつの間にかに おいしい所を掻っ攫うのが少女漫画の無自覚ヒロインだが、本書は そんな努力をしない女性に優しくない。
周囲の人間に 言うことを聞くと思われ、都合よく使われている和音が、彼らに反論できない内は成長は ないだろう。付和雷同するのではなく、「干からびてろ」と一喝できる自立したヒロインが現代には求められているのである。
以前にも増して、ちなみ への奏多の態度が気になり始める雄大。彼の心配は的中していて、この時 奏多の気持ちは ちなみ に傾いている。そんな雄大の焦燥を奏多は察知し、一層 スキンシップをする。さすが宇佐美作品の典型的意地悪ヒーロー。弟でさえ意地悪の対象なのだ(笑) 兄の奏多にとって ちなみ が「トクベツ」で、そのために女遊びを止めたことが雄大は信じられない。
『3巻』の海回で ちなみ が和音と自分のために「好き」を自制してキツい態度になったように、雄大も兄の前で ちなみ に興味がない振りをしてしまう。更に奏多の意地悪パスにより雄大が ちなみ より和音を優先するのも悪循環となる。これも以前、ちなみ が雄大より奏多を優先したことと類似している。皆が「好き」を素直に表せないから ややこしくなる。
こうして再びモヤモヤ期に突入した ちなみ は気持ちが晴れないまま、実母からの買い物の誘いの返信もしなかった。そうしている内に母が娘に似合うと着せたかった浴衣を郵送してきたことで ちなみ に母への罪悪感が生まれる。
実母からの贈り物に新しい母親となる恵子(けいこ)さんへの遠慮の気持ちが芽生えるが、恵子さんは これを着て花火大会をしようと提案してくれた。さすが あの奏多が好きになった人である。
ここで新しく家族になる4人と相馬一家が集まり、花火大会となる。ただし雄大は ちなみ と奏多の2人のイチャイチャを見たくないから不参加。どうして それが見たくないかは まだ気づかない鈍感ヒーローだけれど。
花火大会で ちなみ は和音が用意していた家族4人お揃いの貝殻のストラップをプレゼントされる。そして ちなみ の貝殻に絵を描いたのは雄大だと聞き、浴衣姿で、家にいる彼に お礼を言いに行く。そして一緒に花火がしたいこと、実母の相談をしたいことなど雄大への要望を伝える。
実母の相談とは買い物の件だったのだが、雄大は そのお礼として浴衣の写真を送信すればいいと ちなみ の写真を撮る。そして その写真撮影で雄大は ちなみ のことが「トクベツ」だと理解する。
そして雄大の願望として ちなみ と一緒に写るように顔を近づけて写真を撮る。ちなみ のスマホから雄大へのスマホに その写真を送られ、雄大は大満足。
そして雄大は兄に対して ちなみ が「トクベツ」であることを発表して宣戦布告となる。当初は意地悪な義姉役のようだった ちなみ は、しっかりと少女漫画ヒロインとなっていく。
長かった夏が終わり、奏多の高校の文化祭に参加する中学生組3人。だが雄大は奏多の策略によって、2グループに分かれることになり、先に ちなみ を取られてしまう。自分から組みたいとは言い出せない彼の弱点を意地悪な兄は熟知している。
奏多は高校でも女子生徒からの注目の的で、ちなみ は敵対視される。彼は同じ高校になったら守ってあげると騎士の誓いを立てるが、ちなみ は自衛できると自信満々。そういう強さが奏多の「トクベツ」になれた理由だろう。奏多の心からの笑顔は、この学校の生徒でもレアな光景であるようだ。
和音は雄大と写真館に入る。変身した姿を雄大に褒められ、そして写真に撮ってもらう。和音はスマホを持っていないので雄大のスマホからプリントしてもらう予定。その前に和音に撮った写真を見せるが、和音は そのスマホの中に雄大が ちなみ と撮った浴衣写真を見てしまう。
お化け屋敷の前で ちなみ組と遭遇したが、怖がりの ちなみ と雄大は拒否。だが2人を一緒に行動させたくない気持ちが和音に湧いてきて、4人での突入を提案する。これは和音が性格が悪いのではなく、恋する女性として当然の選択だろう。『3巻』の海回では ちなみ も和音に内緒で海辺の花火を雄大と楽しもうとしたし。
だが お化け屋敷では雄大は転んだ和音よりも ちなみ の悲鳴に反応し、彼女の手を取ることを選んだ。この時の和音の疎外感は『1巻』時点の ちなみ の心境に近いだろう。相馬兄弟に守られる和音だったが、いつの間にかに騎士たちは ちなみ の方に忠誠を誓っているような状態になって立場が逆転している。
ここで ようやく和音は雄大の気持ちに気づく。失恋を痛感した和音は気分が悪くなり、奏多と保健室に向かう。保健室に入ってから和音は泣き始め、勘の良い奏多は その原因を理解する。
「雄大くんのこと… ちなみちゃんに取られたくない」という和音の本音をベッド周辺のカーテンの裏にいた ちなみ は聞いてしまう。人に声をかけられたこともあり ちなみ は立ち去ることも出来ず、逆に その状況を逆手に取る。和音の言葉をちゃんと聞いたと認めた上で、自分の恋心を隠し、雄大のことが好きじゃないかのように明るく振る舞ったのだ。
和音の不安を軽減させて、ちなみ は その場を去る。保健室の外では雄大が待っていたが、ちなみ は雄大と距離を取ろうとする。彼を遠ざけることが ちなみ の覚悟なのだから。やがて和音が保健室から出て奏多の誘導で雄大と一緒に帰らせる。ちなみ が無理をしていることは奏多だけが分かっていることで、彼は心配する。
こうして順調だった再婚話だったが、いよいよ親が同居を考える頃、2人の「姉妹」は恋のライバルになってしまった。
ちなみ は雄大を忘れるために、世界で一番 大切だった彼との2ショットを削除する。涙を流しながら削除ボタンを選ぶ ちなみ だったが、それで気持ちに けり をつけ、和音とは普段通りに接しようと努力する。だが一緒に登校するはずが、和音は先に行ってしまっていた。
そんな空振りの勇気だったが、奏多が声をかける。相馬兄弟は ちなみ が苦しい時をしっかり見抜いてくれる。文化祭の振替休日の奏多は、ちなみ に学校を休むことを提案。ちなみ はズル休みをする。
2人が向かったのは河川敷の橋の下。『3巻』で雄大と髪の拭き合いをした場所である。奏多に写真の話をうっかり漏らした ちなみ は、削除項目に写真が残っているのでは、と奏多から聞かされ、写真が本当には消えていないことを知る。今度こそ完全削除しようとするが またも涙を流して ちなみ は雄大への想いがなかなか消えないことを痛感する。そんな ちなみ に奏多は「オレのこと好きになってよ」と後ろから抱きしめる。
その日、ちなみ が学校に来ていないことを彼女の隣席で友人のフジタに確かめる雄大。だが雄大は逆にフジタから ちなみ への恋心を確かめられ、それを認める。かつて ちなみ に好意を寄せていたフジタから うかうかしてたら ほかの奴に取られると助言された雄大は告白を視野に入れる。だが、もう「ほかの奴」は動き始めていた…。
奏多の提案に ちなみ は混乱する。和音のために雄大を忘れるなら自分と つき合えばいい、というのが奏多の言い分。混乱から ちなみ は提案を保留する。
そしてサボっていた学校に顔を出すが、かけてきた雄大の言葉は無視する。そして机に伏せ、話しかけるな と全身で訴える。どうやら雄大は早速 告白も考えていたが見送らざるを得ない。
和音は ちなみ の本心を計りかねていた。ちなみ に声をかけようとするが顔を見たら逃げ出し、ちなみ もまた いつもは一緒に食べている お昼ご飯で和音に声をかけずにいた。
それを雄大の お節介で2人は会話を始める。和音は文化祭での一件を「はないちもんめ」に例えて、ちなみ に仲間を取られちゃうという恋愛とは違うベクトルの話に落とし込むが、そんな彼女の気持ちを汲み取り ちなみ も「はないちもんめ」なら雄大ではなく和音を選ぶと、恋愛よりも友情を取ることを暗に宣言する。
そうして気まずい雰囲気を脱した2人。2人の娘たちが かりそめの平和を手に入れたことを知ってか知らずか親たちは同居を宣言する。
こうしてマンション内での引っ越しが始まる。
同居に際して、父親が お気に入りの北欧家具を手放したように、ちなみ は雄大への恋心を手放そうとしている。この時、奏多が ちなみ の重い荷物を引き受けるのも、彼女の支えになりたいという気持ち そのものに見える。どのエピソードも共鳴していて無駄がない。
そこで ちなみ は雄大が その場に居合わせているのが分かっていながら、彼に聞かせるように、奏多への返事をする。ちなみ は奏多と つき合うことにした…。
こうして一見 平和に同居生活が始まる。和音の部屋で彼女の意外な趣味を知り、また和音のことを知っていく。秘密を知るごとに仲良くなっていくから、自分が恋愛よりも家族を優先したことが正しいと思える。
もしかしたら これは実母と同じ道を歩かないようにする、ちなみ の無意識の行動なのかもしれない。実母は家族がありながら男で家庭を崩壊させたが、ちなみ は それを阻止するために家庭を崩壊しない男を選んだ。
和音の安心材料になるように ちなみ は和音に奏多との交際を報告する。ちょっと事実とは違うが、もうキスもしたと報告し、和音の不安を軽減させる。
こうして2人の交際は周知の事実となり、初デートとなる。このデートの序盤は これまでの宇佐美作品のような彼氏の意地悪を感じられる。2人の場合は学年差もあるし、賢さも違う。そのズレが男性主導を生む。しかし このデートでの ちなみ の不安は、プレイボーイだった奏多の他の女の影ではなく、自分の中に巣くう雄大の幻影である。デート中の奏多の行動の一つ一つに雄大が現れてしまう。そんな感覚は奏多にも伝わってしまう。
だから ちなみ は奏多への誠実さの証拠として、雄大との1枚きりの2ショットを奏多に削除してもらう。といっても即座に気持ちは切り替えられず、いつもの河川敷で奏多と別れ、ちなみ は夕暮れを見つめる。
好きな子と兄のデートを知り、雄大の気持ちは晴れない。いつものようにジョギングをして気を紛らわそうとすると、河川敷で ちなみ を見つける。またも精神的に一番 辛い時に現れてくれる相馬兄弟である。つとめて明るく振る舞おうとする ちなみ だが、彼女に対して雄大は…。