宇佐美 真紀(うさみ まき)
夕暮れライト(ゆうぐれライト)
第05巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
雄大に告白されたちなみ。もうすぐ姉妹になる和音や、自分を想ってくれる奏多のことを考えると どうしたらいいか分からず、ちなみは家に帰れなくなってしまう。一方、和音はちなみの本当の気持ちに気づいて・・・。恋と友情と家族と―・・・。珠玉の青春ストーリー、感涙の完結巻!
簡潔完結感想文
- キャパオーバーで逃げ込んだ先は これまで会おうとしなかった実母。いよいよ緊急事態。
- ちなみ のために踏み出した一歩で和音が急成長。ちなみ とも腹を割り いよいよ姉妹に。
- 4人で作ったウェルカムボードは皆が幸せになる準備。ずっと幸せな未来が 待っている。
意地悪な義姉役だって幸せになる権利はある、の 最終5巻。
全5巻と短い作品だが、4人の主要人物たちの関係性が目まぐるしく変わり、最後まで内容が濃くて楽しめた。
好きな部分はいっぱいあるが、本書の登場人物たちは ほとんど察しが良いことが作風を清々しいものにしていたように思う。遅い成長を宿命づけられた和音(かずね)は ともかく、皆が深い観察力や洞察力、または直感で相手の気持ちを慮り、しっかりと距離感を計っていたのが印象的だった。こういう誰もが思考している感覚、同時に複数の人物を動かせる作者の容量の大きさが読者にとっては嬉しい。ヒロイン中心主義じゃないことが それだけで分かる。
また人物の配置も素晴らしかった。2組の「きょうだい」が それぞれ恋のライバルになるという流れが最高だし、最初は和音がシンデレラポジションだったのに、いつの間にか意地悪な義姉役だった主人公・ちなみ が そのポジションに収まっているアクロバティックな立場の変化も面白かった。マンションの隣人で幼なじみの3人に入れなかった ちなみ だが、結局は最愛の人と隣人になるという最高の幸せを手に入れている。
母親の浮気により家族が崩壊した ちなみ が自分が その役を担いそうになる破滅フラグを どう回避するのかというのも見どころ。自分がいなければいいと存在理由を失いかける ちなみ の復活の過程も本書ならではだろう。そこで重要な役割を果たす和音が、これまでの4巻は守られポジションだったが『5巻』で一気に覚醒し、自分を獲得していく様子も爽快だった。やはり彼女も もう一人のヒロインである。
また ちなみ と実母の関係性の変化も良かった。本書で最初に ちなみ が母親に会ったのは彼女が恋を知る前。その時は恋に生きた母の生き方を全く分からなかっただろうが、恋を知ってから母に会うと少なからず理解できる部分もあったのではないか。作品の中で最初と最後で母に会うことで ちなみ は自分の変化が感じられたと思われる。
このように本書では1回目と2回目の違いによって心境の変化が表されていることが多かったように思う。母の2回の登場の他、奏多(かなた)とのキスとキス未遂、後述する教室の机をくっつける場面など、繰り返されることによって見えてくるものがあった。
初めて自発的な母への関与は、ちなみ が究極に辛い状況となって始まる。飽くまでも一時的な逃避先として選んだだけではあるが、母の存在に感謝しただろう。そして母側は娘が本当に困難に向き合う年齢に成長したこと、そして失ったものの大きさを実感する時間となっただろう。
母に関しては、ちなみ や夫にした仕打ちの割にポジションが少し美味しい。娘に寛容な自分を演じている節もあり、イラっとする部分もあるが、娘の新しい家族への敬意や線引きをちゃんと持てる人で、基本的には理知的な人なことが窺える。それに今、彼女が孤独に生きていることが、自分が家族を捨てたことに対する罰にも思える。それは賢い母には自業自得だと分かっているだろう。
ただ問題は、彼女に新しい恋人が出来た時である。恋人が家にいる時には絶対に娘を家に匿ったりしないだろう(笑)あまり信用しきっては いけない人だと思われる…。
また受験期を上手く使っているのも良かった。中学3年生の秋ぐらいまで恋愛モードで勉強が疎かになっているのが気になっていたが、そこから恋愛模様の停滞と本気の受験勉強の時期を合致させていた。そうして その時期を割愛し、一気に季節を進めることで、ちなみ や雄大(ゆうだい)の思慮深さに繋がっていた。簡単に動かないことが和音たちへの誠意にもなるし、雄大の寛大でブレない心の表れにもなっていた。そして たった数か月の違いであるが、中学生から高校生になったことで恋愛に説得力が増すような気がする。思春期で色々なものに反発したり、苛立っていた彼らが成長して、きちんと2人で幸せになろうとする恋愛に思えるようになった。
最後に 一つ心配なのは奏多のことである。2回続けて好きになった人には好きになってもらえず、本当に気持ちの通じ合うキスをすることも叶わなかった。しかも ちなみ と別れる際は、持ち前の先読み力を発揮して、ちなみ が苦しみながら言わなければならない言葉を全部 言ってあげて、彼女のために自分が傷ついている。
鬱憤がたまって 一度は止めた女遊びが復活しないか心配である。彼が本当の恋愛の喜びを知る日は いつになるのだろうか。ヒーローではなく当て馬役だから仕方がないが、本書を通じて奏多にトラウマを作ってしまったのではないかと危惧する。ヒントとなるのは これまでの宇佐美作品だろうか。やはり意地悪Sヒーローに似ている奏多には、従来の宇佐美作品の天然ヒロインのような人が良いのだろう。もしくは彼が敵わないと感じる雄大の女性版みたいな単純バカもいいかもしれない。奏多のトラウマを解消するためにも、今後 どこかで奏多の交際編が見られることを祈るばかりである。
今更だけど奏多と雄大の名は芸能人の名前から付けられたのだろうか。
河川敷で雄大に告白された ちなみ。予想外の言葉に、夕焼けに照らされている以上に顔は赤くなる。
だが2人の間に奏多が割って入る。ちなみ の手を引いて家に帰ろうとする奏多。だが ちなみ は奏多が雄大の気持ちを知った上で行動していたことを知り、そして和音にも会い、居た堪れなくなり全てから逃げ出す。
逃避先は実母の家。ちなみ の父親は、ちなみ の継母である恵子(けいこ)さんに行き先を伝えて安心させようとするが、ちなみ が実母の家に行くこと自体が緊急事態なのである。
かなり立派なマンションに住んでいる実母。恋にも仕事にも全力投球の人なのだろうか。
ちなみ は今の自分の新しい世界にはいられないから、他に当てがなく ここに来た。ちなみ は和音を優先すると決心したのに、雄大に告白されて嬉しかった。そんな自分が家族を壊す要因になりかねない状態では あの家には戻れない。
母は娘の訪問を歓待する。娘の好物を夕食に用意し(覚えていてくれたんだね)、高そうな服を何着も用意する。自然体に自分を受け入れてくれる母に対して ちなみ は自分が ここに居ていいのだと救われ、安堵から涙を流す。
そんな娘の事情を察した母は ちなみ と布団を並べて眠る。母には娘が ここに来たのは避難であって帰宅ではないこと も分かっている。そして新しい家族が ちなみ にとって大事な存在であることを嬉しく思ってくれる。だが娘と また関係性を構築することも心から願っている。ちなみ は そんな母の心情に触れ、離婚後 初めて母に感謝の言葉を伝えられる。
翌日も まだ ちなみ の心の整理がつかないことを察した母は、元夫に誘拐犯のように娘は預かると伝える。再婚に際して 父親がちゃんと娘の心理状態を見守ってくれたように、母親も娘のことをちゃんと見てくれている。自分が大事にされていることが ちなみ には嬉しいだろう。
前夜、家に戻った和音は隣家の相馬家から大きな物音を聞く。家に入ると兄弟喧嘩の乱闘が起きていた。和音の一声で奏多が家を出て、喧嘩は収まる。雄大の怪我の治療をしながら ちなみ の話をすると、雄大は彼女に告白したことを伝える。これは和音にとって最悪の報せなのだが、無自覚なヒーローである雄大に悪気はない。
そして和音は ちなみ が帰ってこないことに ホッとしていた。雄大の気持ちを知った今は、ちなみ の気持ちを知るのが怖いからだ。
だが学校内で女子生徒に ちなみ が奏多と雄大に近づくために和音に近づいたと言われ、和音は これまでしたことのない反論をする。自分は利用されたりしていない、かわいそうでもない。真に自分を利用しているのは和音の迷惑を考えずに頼みごとをしたり、同情する振りして近づいてくる その女子生徒の方なのである。
そうして これまでとは違う自分を発見した和音に達成感と爽快感が生まれる。その変化が和音に ちなみ を迎えに行くという行動力と、雄大への告白を心に決めさせる。そして これまで雄大が自分を守ってくれたのは自分が頼りなかったからだということに気づく。自分の現状を見つめ直した和音は これから強くなるだろう。
和音は ちなみ の母親のマンションを訪れる。そして ちなみ に「ちゃんと家族になるために」しなきゃいけない話があると告げる。
マンションが見えてきた頃、ちなみ は自分が平和な幼なじみたちに災厄を招くだけの存在に思えてきた。そんな自分を「和音を傷つけるヤツ」だと思い込む ちなみ に和音は平手打ちを食らわせる。誰もが ちなみ を心配し帰ってくるのを待っていたのに、自分の存在を否定する ちなみ が悲しかったのだ。そこで初めて ちなみ は雄大への好意を口にする。雄大は和音の大切な人だから身動きが取れなくなった。お互いの気持ちが分かりすぎるほど分かるから2人の姉妹は抱き合い、泣き続けた。
家に帰ってきた ちなみ に恵子さんは この家の、家族のルールを確認させる。そして家族4人は同じ食卓を囲む。こうやって1つずつ決まり事を作っていって4人は家族になっていくのだろう。
その夜、夫婦2人だけの晩酌の際、恵子さんは2人が初めての喧嘩をしたこと、そして家族になったことを感じ取る。恵子さんは聡明な人だ。
和音は自分が雄大に気持ちを伝えるから、ちなみ が正直になることを望む。ちなみ は言うつもりはないと反論するが、大声に驚いた両親に話し合いは止められる。
翌朝も2人は冷戦状態。頑固な ちなみ に対して、和音は「いくじなし」と言い放つ。和音も言うようになってきた。
意気地のない自分を ちなみ は理解して、ちゃんと奏多と話し合うようにする奏多は、意地悪な先回り役として、呼び出した ちなみ が河川敷まで歩いても黙っていることを代弁する。そして ちなみ の答えも先回りし、自分から別れの儀式をする。交際期間はとても短かったと思うが、交際中にキスをしないまま2人は別れる。
一方、和音も雄大に告白する。ちなみ が雄大の告白に沈黙していたのは和音の気持ちを知ってたから。今はもう全ての阻害要因をクリアしたから次の告白は違う返事が貰えると雄大に話す。だが そういっても兄や和音の気持ちを知っていながら 即 告白に移れるほど雄大は器用ではない。
モヤモヤを晴らそうと走りに行く雄大に、奏多が ちなみ と別れたことを告げる。そして河川敷で膝を抱える ちなみ を見つけるが、雄大は黙って通り過ぎる。
その後、雄大は公園に和音を呼び出し、ちなみ に告白は出来ないこと、そして和音の気持ちに鈍感だったことを謝罪する。和音は失恋したが、これは守られてばかりの自分への決別の儀式でもあった。心の中にある言葉を表に出す、それをしてこなかった和音が同級生に雄大に言いたいことを言う。それが彼女の自立の始まりとなる。
泣きはらして帰ってきた ちなみ を和音は温かく迎える。2人とも自分なりに精一杯 頑張ってみたが、上手くいかず失敗してしまった。お互いの健闘と悲しみを2人は抱き合って認める。
雄大は ちなみ に告白しないまま時が流れる。目も合わせにような状態の2人だったが、席替えで雄大の隣は ちなみ となることで事態は動き出す。
隣同士になっても2人の机は最初に出会った時と同じように離して座っていた。けれど ちなみ が教科書を忘れたことで2人は机を初めて くっつける。それでも身体は心持ち離れて座っているし、2人の間に会話はない。だが雄大の教科書の落書きが ちなみ のツボに入り、久しぶりに彼女の笑顔を見た雄大は落書きをサービスする。涙が出るほど笑う ちなみ に対し、雄大は「また 一緒にライブ行こーぜ」とノートに書き込み ちなみ にアプローチする。
その言葉に対して大粒の涙を流す ちなみ。教師に見られ、雄大は ちなみ を保健室に連れていく。その道すがら、雄大は ずっと好きだから、ずっと待っていることを彼女に伝える。だから ちなみ が つき合ってもいいと思えたらライブに行こうと未来の約束をする。この若さにして この器の大きさ。雄大は たいした男である。単純バカだからこそ、ちなみ に届く言葉を言えるのだろう。
春、同じ高校になった ちなみ と和音は一緒に登校する。一歩 踏み出した和音は何事にも積極的で、友達も出来ているようだ。雄大も同じ高校で、ちなみ は友達が出来ないことを からかわれる。だが2人は、和音と奏多に気を遣って まだ つき合っていない。
この春、ちなみ たちの両親は結婚式を挙げることになった。入籍は先に済ませていたが、和音の亡き父方の祖母が勧めたらしい。これは間接的に祖母も結婚に賛成してくれているということなのだろう。かつては ちなみ や奏多が代表格だったが、本当に この再婚に反対する者は誰もいなくなった。
その結婚式のウェルカムボードを「姉妹」で作ることになり、2人は作業をしながら腹を割って話す。だが和音が勧めても ちなみ は雄大と つき合うことに乗り気にならない。
ただ和音は お節介ババアのように2人を一緒に登校させたりと気を回す。一緒に登校することに雄大は喜びを隠さない。絶対に安全な告白になるのは分かっているが、それでも羞恥が勝り 告白する勇気が出ない。そんな ちなみ の心情を察し、雄大も関係性の答えを急がない。なぜなら ずっと好きだから。
結婚式前日、間に合わないウェルカムボード作りを相馬兄弟が手伝ってくれる。だが完成を前にして雄大は ちなみ のベッドで寝てしまい、4人は同じ部屋で一緒に寝る。色々あった4人だが、今は穏やかな気持ちでいられることを幸せに感じる ちなみ。
もしかしたら この4人は、両親の離婚や家族の崩壊のように壊れかねない関係だったかもしれない。だが それを乗り越え今、4人で笑い合える。そんな奇跡を ちなみ は感じていた。
だから眠りから覚めた雄大に、素直に「好き」と伝える。そして一緒にライブに行こうと彼を誘う。
そして 短くも幸福な夢の次は結婚式となる。
雄大は寝起きの告白に現実感がなく、ちなみ に真意を確かめる。どうやら雄大は待っている時間が長かったから、劇的なのを夢想していたようだ。彼が口を滑らした通り、抱きしめたり、チューしたりという劇的なのを叶えるべく、ちなみ はキスを許可する。喜びと動揺に震える雄大は、キスの前に、もう一度 自分の気持ちをハッキリ伝えて、そして口づけを交わす。まるで2人が本日の主役のようである。きっと10年もしない内に2人の本当の結婚式が見れるのだろう…。
ここで雄大が ちゃんと もう一度 告白するのが良いですね。ちなみ の心に一点の曇りも生じないように、自分の気持ちを改めて伝えた。季節が変わっても ずっと自分の心が変わっていないことを再確認させたのだ。