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少女漫画と小説の感想ブログです

少女漫画に「蛙化現象」を持ち込んで、ヒロインがヒーローの好意を否定する前代未聞。

君は春に目を醒ます 7 (花とゆめコミックス)
縞 あさと(しま あさと)
君は春に目を醒ます(きみははるにめをさます)
第07巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★★(6点)
 

7年の人工冬眠から醒め、妹のように可愛がっていた絃と同級生になった千遥は、修学旅行を経て、ようやく絃のことを好きだと自覚する。来たるバレンタインに向け、自分の想いを絃に告げようと機会を伺う千遥だが…?

簡潔完結感想文

  • ヒーローのトラウマが解消され恋愛解禁。告白までのカウントダウン。
  • 告白が決定的な当日に、告白が出来なくなる展開が まさかの2回目(絶望)。
  • ヒロインの悪癖爆発。一方的な決めつけ、無配慮、そして男への依存。

んだ ダブスタ クソ女(©水星の 魔女くん)が爆誕する 7巻。

ちょっと この展開は少女漫画のマナーに反するんではないか、と思わざるを得ない。
まず第一にヒーローのトラウマ解消は恋愛解禁の合図であるという約束を守っていない。別に法制化されている訳でもないし、何なら私しか提唱していないかもしれないが、ヒーローのトラウマの解消はラストスパートの合図と言っていい。そこから恋愛の成就に向かって加速する感覚を味わいたいから、読者は その合図を見逃さないように目を凝らす。

だが本書は どうだ。修学旅行中に7年前には開かなかった扉が開き、ヒーローの役割を固定していたトラウマは解消された。その証拠に修学旅行後、ヒーロー・千遥(ちはる)は自分の中からヒロイン・絃(いと)への気持ちが溢れ出し、初めて彼女を「好き」だと自己認識している。この際、千遥が、絃が内緒で撮影した千遥の寝ている写真を見ることで彼の内と外、7年間の人工冬眠によって生じてしまったギャップが一致したように見える。本書において「寝る」ということは大事な行動で、今回は本来は見られない自分で自分の寝ている姿を見ることによって、千遥に最後のバージョンアップが行われたのではないか。

その後、数回に亘って「告白するする詐欺」が横行するのも大目に見よう。なぜなら千遥のトラウマは解消し、両想いは目前だから。それぐらいの 焦らしプレーは甘んじて受け入れられる。

…が、以前 絃が千遥に告白すると決めた日と同様に(『5巻』)、千遥が告白するであろう日に事件は発生し、そこで恋愛成就は またも先延ばしとなった。告白予定日に大事件発生は2回目だし、もうヒーローもトラウマ解消しちゃったけど どうすんの!?と思っていたら、ヒロイン・絃に異常が発生した。


密に言うと違うのかもしれないが、私は絃の感覚の中に「蛙化現象」を感じた。蛙化現象とは「ずっと好きだった男性が振り向いてくれた途端、相手のことを「気持ち悪い」と感じてしまう現象」という意味。

絃は千遥の態度の変化から、彼が自分を好きなのではないかと思い始めていた。そこにきての告白フラグが立ち、彼女の勝利(?)は決定的になった。そこにきて彼に1つの瑕疵が見つかる。それが『3巻』の文化祭における千遥の不誠実だった。

文化祭で絃はジンクスを成立させようと千遥と一緒に居たかったのだが、千遥は絃の好意を先に勘づき逃亡した。千遥からすれば予想外の好意で自分の気持ちを整理するのに必要な時間だったのだが、絃は数か月後の今になって あの日の彼の行動と自分の好意が筒抜けであったことを知る。

そのことで絃側の蛙化現象が発動したように思う。絃自身は千遥への不信感として自分の感情を処理しているように見えるが、本当は自分の恋愛が成就しかけていたことで この恋愛に満足してしまったのではないか。そして そんな時に丁度 相手を嫌いになる彼の過失を知って、そこに自分の冷めかけた気持ちも乗っかり、負の感情が増幅された。

こうして あれだけ千遥からの「同質」の愛を求めていた絃が、今度は準備の整った千遥の愛を同質ではないと否定する。

ここも少女漫画のマナーとして見たくない展開である。相手の好意を信じられないなら もう終わりだよ。憧れの お兄ちゃんへの一途な恋愛だったはずなのに悪魔の証明みたいな話になって誰が楽しいと思うのだろうか。

相手に好かれていると予感した瞬間から蛙化現象が発動し、上から目線で相手の気持ちも否定する勘違い女。

そして私は千遥の気持ちを一方的に否定する絃に幻滅した。どうして こうも簡単に人の気持ちを否定できるのだろうか。いくら蛙化現象の真っ最中であっても、ヒロインとして相手の気持ちを否定する場面は見たくない。

これが千遥の気持ちが表層的なもので、絃がヒロインの直感で 自分の気持ちと同質ではないことを見抜いた場面なら千遥の気持ちを否定する意味も分かる。絃が求めているのは千遥に本心から好きになってもらうことだけなのだから。

だが、今回の千遥の気持ちは彼が何か月も、いや冬眠から目覚めて ずっと考えて考えて、自分の情報を更新し続けた末に辿り着いた本当の気持ち。それなのに彼の言葉を即座に否定するヒロインは見ていられない。
ヒロインは決して行動を間違えてはいけない、とまでは言わないが、少女漫画とは その気持ちが本物であることを どう演出するかというジャンルでもある。なのに その「本物」をヒロインが否定する事態が起こり、もう話に収拾がつかない状態になっていやしないか。

せっかく冒頭で千遥が自分でも思いがけなく絃が好きという言葉が溢れ出る状態になった良い場面を、その同一巻内でヒロインが否定するという残念な結果になった。ここまでの6巻分で少しずつ開いてきた千遥の心の扉。繊細に積み上げてきたものを、人の心の機微を理解しない絃が壊した。その傍若無人っぷりは、小学生時代の弥太郎に匹敵するのではないか。絃まで こじれて どうすんだ!?


かに これまでも再三再四、絃は相手の感情を慮ることが出来なかった。今回も自分のことで いっぱいいっぱいになっているから、絃は自分のことしか見えなくなる。

その最初は千遥が人工冬眠する前だろう。まだ10歳だったとはいえ別れを告げに来た千遥に顔を出さずに彼にトラウマを与えた。その後、17歳になって その時の千遥が どんな心境だったかを考えられるようになり、自分の行動を反省する。

同じように自分の軽はずみな言動が弥太郎(やたろう)を傷つけていたことを知ったり、絃は自分の言動の相手への影響に気づくのは いつも かなり時間が経ってからである。しかも直前の修学旅行では大好きな千遥から弥太郎を勧められて、自分の気持ちを無視する千遥に憤っていたはずなのに、今回は千遥の気持ちを勝手に否定する。

絃はダブルスタンダード女である。

千遥がどうして文化祭で絃に嘘をついたのか、彼の気持ちを全く考えていない。何より絃の評判を下げるのは、千遥と気まずくなると弥太郎を利用する三角関係ヒロインの嫌な所が爆発する点である。なぜ千遥の気持ちを否定した翌朝に、弥太郎と2人きりで行動するのか。この時の絃の気持ちが全く分からないから、ただの思わせぶりなビッチに見えてくる。弥太郎は作者の お気に入りなのかもしれないが、活躍が長すぎる。

絃には固有名詞のついた女友達が1人もいないから、こういう時に相談したり寄りかかる相手が1人もいない。そうして千遥との関係悪化を弥太郎に愚痴るという、弥太郎告白以前のパターンが踏襲され、絃が全く成長していない、気遣えない人間だということが判明してしまう。

千遥に近づく女性(初登場の杏(あん))には彼女の振りして牽制するのに、千遥の気持ちを理解した今でも絃は弥太郎という異性に近づく。ここもまたダブスタ女である。ここまで丁寧に進めていた話なのに、絃の性格のせいで話が破綻していくような感覚を覚える。絃は千遥冬眠中の7年間に自分を磨き上げ、いわゆるカンストした状態のヒロインだったはず。だからこそ彼女は常に前向きで強かった。なのに千遥が数か月かけてバージョンアップしたら、今度は絃が7年前みたいな状態に初期化する。こうなると話を終わらせる気がないとしか思えない。


んな間違った路線変更をしないためにも、本書は さっさと終わるべきだった。事実『6巻』のラストでヒーロー・千遥のトラウマが解消されるような場面があり、恋愛の障害はなくなったと言ってもいい。このまま話を畳む方向に持っていけばいいものを、季節を一巡させる白泉社の「縛り」があるからなのか、問題を継続させる。恋愛に答えを出さないために絃がウジウジヒロインに格下げすることが必要だったのか、と勘繰ってしまうほどだ。

まだまだ経験の浅い作家さんが望外の人気から長編化連載を持つと、作者が手に負えない領域に手を伸ばして話が まとまらない印象がある。私の中で代表作は蜜野まこと さん『お迎え渋谷くん』なのだが、本書にも似た雰囲気を感じる。不必要に物語・恋愛を重いものにしてしまい、前半のファンの期待とは違う方向性に話を引っ張ってしまう。そして そんな長編の後、次の連載を抱えることもなく消息不明になっていくのも この2作家は似ている。闇や傷が深そうな蜜野さんは ともかく、本書の作者には次作を期待しているのだけれど…。


『7巻』の冒頭は完全に両想いへの助走であった。
すれ違いを自分たちの歩み寄りによって解決した2人。それは7年前に立ち止まってしまった地点から動き出すということ。それぞれの誤解も解消し、2人の間には もう障害はない。それにしても絃は この頃 男性に壁ドンを連発しているなぁ。

修学旅行の帰路の新幹線で、絃は眠っている千遥の姿をフィルムカメラに収める。千遥は現像して初めて その写真の存在を知る。自分が眠っている姿を見て、唐突に千遥は絃が好きだという気持ちが溢れ出す。現像するまで撮られたことも分からないフィルムカメラの意味が出ている。

雪のように静かに降り積もった絃への好意。この場面は素敵なのに三角関係 強制継続で全てが台無し。

千遥が動くと予告される雪合戦回を挟んで、バレンタイン回。

絃は本命チョコを作らないことにした。弥太郎は遠慮されたくないだろうが、弥太郎が気になるからしない というのが絃の結論。誰にでも優しいヒロインという感じだが、悪く言えば八方美人だろう。2人の男に少しでも嫌われたくないという媚びにも見える(展開が許せないと絃への当たりが強くなるなぁ…)。

絃は弥太郎が見ていない という条件だけで流れ作業で千遥にチョコを渡す。だが弥太郎の前でチョコを落として、彼から催促されて押し問答が始まる。絃としては「ついでに」とか「余っているから」とかで弥太郎にチョコやお弁当を渡すことが失礼だと考えている。これは同じ失敗を繰り返さないためにも、線引きをしようとしているからだ。チョコは貰い損ねたが弥太郎は自分が真剣に考えられているだけで嬉しい。


の後、絃は杏の情報により、千遥と澪(みお)の冬眠男子がバレンタイン恒例のマフィン作りをしていたことを知り、千遥の人工冬眠前まで一緒にマフィンを作っていた絃も千遥を自宅に招き、一緒に作る。

これは『2巻』で千遥の自宅に招かれたのと逆の状態ですね。そして気持ち的にも今は千遥の方が絃のことばかりを考えているのも逆。追う者と追われる者が完全に逆転している。だが ここでも告白するする詐欺が横行し、この日も両想いにならない。

ただし千遥は自分が告白する番になって初めて、告白にどれだけの勇気がいるかを思い知った。そして『1巻』で絃の告白を真剣に受け止めなかった自分を反省する。


遥は元同級生で現担任の樋口(ひぐち)の誕生日をサプライズで祝おうと計画していた。そこにクラス内の固有名詞組が集まることになる。

千遥は その後、絃に一緒に帰ろうと約束する。これは『5巻』における絃の告白する際と似ている状況。だが『5巻』の告白の機会が弥太郎の爆弾発言で破壊されたように、今回も直前の爆弾発言が全てを灰燼に帰す。

サプライズ直前に教室に向かう絃が樋口と話をし、その話の流れで絃は、千遥が文化祭のジンクスを人工冬眠前から知っていたことを知る。それは文化祭で千遥が嘘をついたことを意味していた。それは つまりは絃の好きな人を大分前から千遥は知っていて、その上で彼は自分の前から姿を消した。

ジンクスを成立させたくないほど千遥は自分を遠ざけた。そのことにショックを受け、絃は約束していた千遥との下校も忘れ、呆然としたまま一人で学校を出ようとする。千遥は絃を追いかけ謝罪するが、絃は千遥に怒っている訳ではなかった。ただ自分の情報が全て筒抜けであったから恥ずかしい。だが千遥に嘘をつかれていたのは事実。自分の気持ちを整理するために、絃は千遥から距離を置く。

この時、弥太郎がトラウマを再発したかのように震えたり気分が悪くなったりしたのは、絃が感情を全て捨て去ったような、この世の終わりみたいな顔をしていたからだろうか。または自分も文化祭の一件に関わっていて、自分の選択が絃を傷つけたという責任感か。


に帰った絃は、全てが千遥の嘘の上に成り立っているようで虚しい。確かに序盤の千遥は どこかサイコパスじみた空虚さを感じられ、絃の困惑も よく分かる。

千遥は絃を呼び出し、自分の気持ちの変遷を絃に伝える。そして千遥は今は自分が絃を好きだと言おうとするが、絃が その言葉を制止し、その感情が本当か問い詰める。千遥は優しいから、絃の気持ちを知った後で、それに応えようと努力したのではないかと疑っていた。絃の思考の根本は千遥の嘘への不信感だろう。

そして絃は『5巻』の水族館デートで千遥から贈られたビオラのネックレスを彼に返却する。少女漫画におけるアクセサリは愛の象徴。千遥を信じられない今の絃には それを手元に置くことは出来ない。

ネックレスを返却した後も彼に口を挿ませない勢いで自分の主張を繰り広げ、絃は千遥の気持ちを否定する。


して絃は千遥を避ける。
弥太郎の時は避けるな、と説教したのに とんだダブスタ クソ女である(笑)

今は千遥には甘えることが出来ないから、絃は弥太郎に何もかもを話す。名前を与えられたような信用できる女友達が絃には いないから男しか話し相手が いないのである。
彼に自分の心情を語っている際に涙が溢れ、そんな絃の姿を見た弥太郎は彼女を抱きしめる…。冒頭では終わりを予感させた『7巻』だが、ラストは延々と物語が続きそうな予感で終わる。7歳差の男女が7年後に同じ年になった話は『7巻』で終わるように した方が良かったのではないか…。