《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

君から贈られる 枯れることのない一輪のビオラは、昔も今も 私を前に進ませてくれる。

君は春に目を醒ます 5 (花とゆめコミックス)
縞 あさと(しま あさと)
君は春に目を醒ます(きみははるにめをさます)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

絃の“憧れのお兄ちゃん”・千遥が同級生になってから、絃の想いは加速するばかり。クリスマスに2人きりで出かけることを千遥と約束した絃。千遥から“妹”ではなく、“女の子”として意識してもらうため、絃はクリスマスに向けて準備を始めるが……?一方の千遥も、絃のことをどう思っているのか考え始めていて……?

簡潔完結感想文

  • 後悔ばかりの別れの前だったが、自分の贈り物が彼女に届いていたと知り安堵。
  • 10歳の君にではなく、17歳の貴方に贈る一輪の花。彼は今の私を見てくれている。
  • ジンクスにも神様にも頼らないヒロインは、自分の力で想いを届けようとするが…。

7年分 溜まったアップデートが ようやく終わろうとしている 5巻。

恋愛漫画に1人は必要な恋愛音痴や鈍感。本書の場合はヒーロー・千遥(ちはる)が その役目を果たしており、そして彼の鈍感は彼の情報更新が「今」に対応していない起こるものである。2人の波長が なかなか合わないのは恋愛漫画の連載を延長させるのに必須ですが、本書では設定とリンクしていて上手いこと機能している。この約8か月、恋愛が動かないのには理由があるのだ と納得できた。

本書の中の科学技術・人工冬眠(コールドスリープ)ではなく、通常の眠りには脳が現実の情報を整理する意味がある。普通の人なら その日1日の出来事を睡眠により整理するが、人工冬眠者である千遥は7年間の人工冬眠から覚めた後、7年間2000日以上の情報を処理したのではないか。

それは さながらOSのアップデートのようなもので、こまめに更新していなかった機器を久々に動かすと そのアップデートだけで大量の時間を費やす。千遥は通常の高校生活を送りながら、同時に自分の眠っていた7年間の情報を更新する。それは非常に脳に負担のかかる作業で、彼は24時間 常に情報を処理していたと言ってもいいだろう。序盤の彼が どこか浮世離れして見えたのは繊細な顔立ちの他に、脳の半分はアップデートに使用され、今を生きる者とは言えなかったから ではないか。

ビオラの花が形を変えたのは千遥の意識の変化の象徴。最新バージョンの千遥の活躍に期待大。

これは『2巻』『4巻』で千遥が眠る度に彼がアップデートされているように見えることからも明らかである。特に直近の『4巻』では高熱を出し、脳をフル活用することで妹的存在だった絃(いと)へのアップデートも果たし、彼は ようやく全てのアップデートが完了しつつあるように見える。

目覚めから約7~8か月。これで最新のアップデートが終わり本物の千遥が目を覚ましたと言える。その証拠に迷いや余計な情報処理がないため、彼が弓道部で引く矢は 眠る前同様に的に中(あた)る。

それは自称・恋愛に疎い千遥が、絃を恋愛対象として見ていくということでもある。10歳の彼女ではなく17歳の彼女を意識する。それには『4巻』の感想でも書いた通り、彼が自分にかけた絃の「兄」になるという呪いを解く必要がある。勇気がなくて絃に病気のことを言えず、人づてに聞かされた絃を傷つけてしまったという千遥の後悔の深さは、そのまま その呪いのプロテクトの強さに変換された。ここも千遥が自分の情報処理に時間が かかったところだろう。

約8か月という時間をかけて絃と「同級生」になれた千遥。だけど それが絃の好意を受け入れるとは限らない。一方で千遥が どんな種類の感情であれ、絃を一番 大切に思っているのは確か。どんな結果が待っていても告白すると決めた絃には もう一度 告白して欲しかったのだが、その前に第三の男も覚醒してしまう…。

初読時は やや じれったく思えた展開だったが、再読して一つ一つを丹念に読み込むと登場人物たちの心理描写を繊細に表現している作品だということに気づかされる。全10巻なので この『5巻』のラストが ちょうど折り返し地点。やっぱり前半は面白い。ここから作品が段々と暗く陰鬱になるのが残念だ。

ちなみに この『5巻』からページ数が15%減。漫画は薄くなる一方だなぁ…。


遥はクリスマスを絃と過ごす約束をし、そして脱・兄宣言をして迷いが吹っ切れた。絃への どんな感情であっても自分は絃と離れたくない。それは千遥がずっと持っている気持ち。だから「同じ年」の異性として絃と向き合い、答えを出そうとしている。そして それは弥太郎とは正式なライバルになるということでもあった。

これまで そんな描写は一切なかったが、絃は7年前の人工冬眠前の千遥が別れの挨拶として置いていったビオラの髪ゴムを大切に持ち歩いているという設定らしい。今回 絃は それを学校内で落としたのを千遥に拾われ、彼に秘密を白状する。
この髪飾りは7年間の千遥の不在を千遥に代わって見守って励ましてくれた品。そして千遥が人工冬眠から覚めた時、今の絃を あの少女だった絃と同定してくれた品でもある。

人工冬眠に入る前に、絃と顔を合わせられなかったことは千遥の後悔となっている。だが、このビオラが千遥に勇気を与え、自分の身代わりを務めていたことを千遥は初めて知る。それは彼の後悔を軽くしたのではないか。

そんな安堵の表情を浮かべる千遥に、自分こそ千遥と最後の別れが出来なかったことが千遥を思い悩ませていたことを絃は気づく。だから7年以上経過してしまったが、この髪飾りのお礼を言う。遅すぎるお礼だけれど、千遥にとっては ついこの前である。これは絃の心を軽くしたのではないか。

この髪ゴムがあったからこそ絃は千遥を忘れずにいた。不在の間も支えがあったから強くなれた。

して間もなくクリスマス。
絃は学校の下級生・杏(あん)と当日の服装を選び、その途中で千遥を見かける。彼はどうやら絃へのプレゼントを選んでいる可能性が高く、絃は期待してしまう。

その直前の23日には予約したケーキを取りに行く際、弥太郎と絃が遭遇する。そこで弥太郎は絃の小さな変化に気づく。それは化粧。24日に千遥と会う前に予行練習をしたらしい。それに気づく弥太郎も目ざといが、今回は自然と化粧を褒めている。おぉぉぉぉ 成長したなぁと涙が出そうだ(笑)

そして当日。千遥も絃の化粧に気づいたようだが、彼の方は「異性」として絃を褒めるのに慣れていないから押し黙る。ここは弥太郎と いつもとは立場が違っているのが面白いところ。千遥が気軽に褒められないのは、いつもの弥太郎と同じで心から思っている言葉は重く伝わってしまいそうで躊躇したのかもしれない。

その代わり千遥は遠回しに化粧した絃の変化を指摘する。 しばらくして綺麗になった絃を過剰に心配し始めたのだ。集合場所に来るまで誰かに声をかけられなかったか、なぜ集合が別々なのか(一緒にいれば守れたのに)など、絃に対して年頃の女性への心配を見せる。絃の側は、近所の住宅街ではなく駅で集合することが幼なじみや兄妹ではなくカップルっぽくて、デート感の演出を狙ったのかもしれない。


遥と水族館に向かう。以前(『4巻』)、千遥が遊園地で体調を崩したこともあり その埋め合わせにと千遥がチケット代を おごる。遠慮する絃に、こういう大事な日に お金は使いたい、と千遥は言う。そんな言葉も この日の価値が同じようで絃は嬉しい。

外見はこれまでで一番大人びて見える絃だが、中身は少女の頃から変わらない無邪気さが見える。そのギャップも千遥は嬉しいのではないか。
2人で手を繋ぎながら過ごす一日。その中で千遥は、絃と恋愛関係になっていいのか悩んでいた。やはり自分が絃に手を出すのは犯罪的だという意識が少し働くらしい。

水族館を出る前に、2人はプレゼント交換をする。絃は目覚めてから千遥がハマっているキャラクタのグッズ(もともと それは7年前の絃が気に入っていたキャラである)。
そして千遥は絃にビオラのネックレスを贈る。このネックレスは千遥の情報更新の意味もあるだろう。10歳の絃へ贈った髪ゴムのビオラではなく、今の絃を想定して選んだもの。少女漫画におけるアクセサリは愛の結晶である。ビオラの花は更新されたが、その花に込めた愛は どんな種類なのか早く知りたい。

充実した1日を過ごし、絃はつい千遥に「今日のデート」という言葉を使ってしまう。好意が滲み出た言葉にハッとする絃だったが、千遥も楽しいデートだったと満足する。その言葉の肯定や贈り物の中に千遥側の意識が変わっていくことを感じ取る絃であった…。


が明けて2人で初詣に行く。
絃は去年までは千遥の覚醒を願っていたが、今年は その千遥が横にいる。彼女の7年間の願いは成就した。白泉社特有の何もない1年という感じではあったが、本書の場合は1年前との違いや7年前 千遥が眠る前までの思い出とリンクが可能なので どのイベントもセンチメンタルな雰囲気を漂わす。

絃は神社で弥太郎と雨村(あまむら)コンビにも出会う。弥太郎は絃が買ったお守りの種類が気になっているが沈黙。それを察した雨村が絃に聞く。雨村は お節介だが弥太郎の空気を読む能力だけは一流で何だかんだで応援しているようだ。

絃が買ったのは健康御守だけ。縁むすびは神様に願うのではなく、自力で、というのが絃の強いところ。そして弥太郎は それを文化祭のジンクスに頼ろうとした絃との変化だと感じ取る。三者三様で少しずつ精神的に成長している様子が手に取れて、青春の感覚を味わえる。


がて その神社に杏と澪の2人がやってきて、杏は突然 人工冬眠経験者の澪(みお)に告白する。同じ年が3歳差になってしまったことへの違和感があった澪も覚悟を決めて交際を決める。澪もまた自分のアップデートが終わったということだろうか。
彼らは後発ながら本書初のカップルとなった。そして人工冬眠を経ても、想い続けていれば気持ちは通じるという先例になる。でも少女漫画的には、恋愛成就の役割を杏たちに任せたっていうことは、絃の成就は遠のいたってこと!?という嫌な予感がするが…。

絃は杏の気持ちが通じたことが我が事のように嬉しくて泣く。そんな彼女を見守る2人の男性(雨村は退避)。そして弥太郎は絃が泣くのは、杏の祝福の他に、自分の恋愛の不安があることを見抜く。弥太郎には お見通しだということが絃に今年の抱負を語らせる。それが千遥への再アタックだった。


は どんな結果になっても受け入れると前向きだが、後ろ向きに倒れそうになるのは弥太郎だった。いよいよ絃が誰かのものになってしまう時が近い。

学校が始まっても絃はまだ告白していない様子で、どうやらテスト明けを想定しているらしい。そして あっという間にテスト期間が終わるが、なかなか言うタイミングが掴めない。これぞ白泉社の先延ばしだ。

そんな絃の態度に千遥は気が付いて、何か言いたいことがあるのではと絃を心配する。千遥は絃の変化に気づいたその日に問題を解決してくれるのに、自分は何かと先延ばしにする理由を探っていたことに気づかされる。だから絃は明日じゃなくて今日、彼に気持ちを言うことを決意する。千遥の部活終わりまで待って、大事な話をする、と伝える。絃の気持ちを知っている千遥だから、いくら彼が鈍感であっても この話が何なのかは言わずもがな、であろう。

その会話を物陰で聞いていた弥太郎。彼は告白前に千遥を待つ絃に話し掛ける。忘れ物をして近づいたと言っているが本当だろうか。絃に会うために、彼女の記憶に残るための行動ではないか。

そして絃が千遥に告白する前に、自分が絃に秘めていた気持ちを伝える。文化祭のジンクスを頼ったのは絃ではなく弥太郎だったのかもしれない。