《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

例え代打でも ゲスト参加でも どんな天候でも、僕たちは僕たちの音を奏で 結果を出すだけ。

覆面系ノイズ 15 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第15巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

夏の大規模野外ライブ「ロックホライズン」に今年もイノハリが参加! 本番ステージ前日、先輩バンドのライブにゲスト出演することになったニノは…!? ♭82~87を収録。

簡潔完結感想文

  • 夏フェスを前にメンバーは一致団結。4人が互いに自立し そして目を配る良好な関係。
  • 先輩バンドの胸を借りた舞台で悔しい経験をする仁乃。だが その悔しさが今は嬉しい。
  • ハルヨシの深桜への愛情、クロの杏への好意、仁乃の成長。そしてユズの挑戦へと続く。

わることを受け入れた僕たちは、秒で進化し続ける、の 15巻。

『14巻』は変わっていくこと、終わっていくことへの戸惑いが描かれていたが、この『15巻』では始まってくことが描かれているように思う。
このバンドメンバーたちはフェス参加までの短期間、いや それどころかフェスが開幕してからの2日間で劇的な進化を見せている。そして まだ お祭りは続く。彼らの進化の行き着く先を見届けなくては、と思う。

この『15巻』でメインの3人は また総片想い状態に戻った。当人たちは苦しいだろうが、私にはそれが嬉しく思えてしまった。しかも この三角関係も以前とはバージョンが違う。中でもトラウマを克服したモモの違いが鮮明である。人の話を聞くし、肯定するし、攻撃的じゃない。険の取れた彼は もはや無敵ではないか。
初期のトラウマ搭載型から、最初は仁乃(にの)に冷たくする感じ、そして溺愛し過ぎて失敗と別離、その後のトラウマ除去でのニューバージョンという経緯は やっぱり咲坂伊緒さん『アオハライド』の洸(こう)を彷彿とさせる。2作品とも話の構成がしっかりしている点、登場人物の動きを理解するためのエピソードが豊富な点など私が好きな要素が満載の作品である。

もはやモモは ただのイケメン。借金完済が別れた後なのも、トラウマ持続のためだろう。なきゃ無敵だもん。

フェスの描写は2年連続の2回目。といっても同じ描写は極力 排除する傾向のある賢い作者だから、今回は2回目の参加となる仁乃の余裕と相まって、去年より視野を広げ、フェスの会場の雰囲気や、天候の違いなどを織り込んで また違った雰囲気を醸し出している。
少女漫画だから、と思って設定に疑問を持ってなかったが、会場が とんでもなく大きいという描写がちゃんとされていると、彼らは最年少では高校1年生にして夏フェスの舞台に立っていたんだなぁ、とその事実に恐怖すら覚える。昨年は仁乃が暴走することで走り切った感があったが、今年は会場をよく見渡し、その上で場を掌握しようとしている。それでも まだ高校2年生である。

覆面バンドということもあり、本書では顔だけではなく、あまり年齢を引き合いに出されることはない。ただ冷静に考えば、聴衆が感動するほどの歌と演奏テクニックを身につけている早熟なバンドである。ハルヨシ先輩が高校卒業してもバンドは継続の予定みたいだが、若すぎる彼らには長すぎるバンド人生が待っている。これも描かれていないが彼らはプロとしての収入があり、そしてユズには印税が舞い込んでいる。若すぎる成功が、後の人生を破滅させるようなことが無ければいい、と現実なら思ってしまう境遇だということに今更 気づく。


細が決まった夏フェスは去年よりも大きい会場での参加となった。しかも より大きい会場に参加が決まっていたバンドがキャンセルになり、イノハリにお鉢が回ってくる。
どうしても全体を見て冷静にバンドの人気と実力を見据えてしまうユズの背中を押すのは他のメンバー3人。こうしてイノハリの夏フェスは始まろうとしていた。
夏フェス参加前に4人の結束をちゃんと描いているのが上手い。特に仁乃がメンバーそれぞれの特性を理解し、自分も彼らの力になろうとする変化は去年では絶対に見られなかったこと。バンドやボーカルとしてライブでの成功や覚醒だけでなく、こういう地味目な人間的な成長を しっかりと描いているから物語に説得力が増す。


ロは杏(あん)のことが気になりながらも、動こうとする自分を まだ抑えようとしていた。だが、兄嫁と兄の出会いと同じ失敗を繰り返す前に、今回は自分から動く。後悔は先に立たない、それが前の失恋で痛いほど経験し、悔やんでも悔やみきれない現実だったから。ここでは仁乃がクロの背中を押しているのが良い。前回は逆だったので、この同級生感が堪らない。

こうしてクロは杏に彼氏がいないことや、周辺事情を聞き出す。バンドではクロは その人のことを「見てることを悟られない様にしてる」というのが仁乃の評価だが、今回、クロは杏を自分が観察していることを隠さない、隠せてないから杏もドキドキする。言葉や態度が杏のことを好きだと言っているし、これは女性が期待しちゃうやつである。


して早くも夏フェスが開幕する。「イノハリ」のライバルである「黒猫」は、初日で会場を熱気の渦に巻き込んだ。

2年目の夏フェスは「フェス飯」を食べたり、会場のことにまで目が届く仁乃。そして母というトラウマから解放されたモモは素直になり、イノハリを批判しないし、仁乃とも会話を再開する。加えてユズも2人の姿に一歩引くのではなく、3人で会話をしたり変化を見せる。

そのフェスで仁乃は、最近スタジオで仲良くなったバンドのボーカル・蜜(みつ・男性)からコラボを持ちかけられる。イノハリの曲を男女ツインボーカルで披露することを提案される。これはユズの夢でもあった。
その提案に対し、仁乃はユズの作った音を拡げたいという気持ちで前向き。更には自分の欲望で突っ走るのではなく、メンバー各人の意見も尊重する。ユズはもっと反対するかと思ったが、イノハリの曲だし、飛び立とうとする仁乃を縛るばかりでは成長がないと思ったようだ。


乃は蜜から1強のライブ中に様々なことを教えられることになる。緊張の中、ライブパフォーマンスを会得していく仁乃。だが最も貴重な体験は、全然歯が立たたなかったこと、だった。コラボしたバンドはレベルが違いすぎた。

でも仁乃は悔しいことが嬉しいと感じる。空っぽの自分の中に感情が芽生えたことすら嬉しい。これを足掛かりにして這い上がれるかもしれない可能性を仁乃は見い出していた。ここで仁乃は自分の中に生まれた感情をモモに素直に話せているし、話しながら涙を見せられる。これは交際していないからでもあるし、モモ側に仁乃の話を聞く余裕が生まれたということでもあろう。背中合わせで座り、仁乃の髪(カツラ)を気づかれないように触るモモの想いが胸を打つ。

恋愛関係にない方が よほど距離が近づく2人。それぞれの成長で恋と音楽の両立が理想だが…。

んな仁乃を見て、ユズの中の音も箍が外れたように溢れ出してきた。それは仁乃が再度 モモへ走り出したのかもしれないとユズは感じる。ユズは いつだって立ち上がる彼女が好きなのだ。その感情が自分に向いていなくても。

音楽に関する話をモモに伝えるユズ。ライバルであっても切磋琢磨する仲なのが良い。
ここで2人は仁乃の背中に羽根を見た、という話をする。ユズが見たのは白い羽根で、モモは黒であった。これは白=アリスで、黒=仁乃というイメージなのだろうか。仁乃に2つの呼称があるのには絶対に意味があるだろう。2人は同じ人を見ているようで違う面を見ているのかもしれない。

その会話を基にして、ユズはアニメのタイアップの新曲を一気呵成に書きおろす。
そしてユズは予感する。もし仁乃がユズを好きになったら、自分の中から音は生まれないのかもしれないということを。仁乃がモモを遠くで想うように、ユズもまた横恋慕しているから音が溢れる。さすが当て馬大王。永遠に叶わなければ、永遠に音は尽きない。彼もまた二者択一なのだろうか。蜜の言葉が それをなんとなく示唆しているように思う。


2日目のイノハリの出番。天候は大荒れ。そのために客の入りは少ない。
豪雨の中、待ってくれているファンのために、そして新たな客の呼び水とすべく舞台でのリハーサルを行うことにしたイノハリ。

だがリハでやる曲を巡ってハルヨシが反対意見を述べる。それは彼にとって初代ボーカル・深桜(みおう)の悲しみの曲として記憶されていたからであった。このエピソードでは良い意味での深桜とイノハリの決別が描かれている。そしてハルヨシがどこまでも深桜の心情に寄り添う優しさが描かれ、彼もまた昔のイノハリとは違う、現体制のイノハリを愛する。本書には珍しい後出しエピソードの匂いがするが、このカップルにとってプチトラウマのような思い出を払拭する話となる。あとは深桜のボーカルの活躍を描きすぎると、肝心の仁乃が霞むから、ハルヨシと一組にして、深桜のエピソードにしている、と思われる。
そういえば本書では雨の日の描写って非常に少なかったように思う。季節的には主に冬が多いからか雨が降ることが少なく、場面としても仁乃が泣きじゃくる際の演出としての雨という手法も用いられなかった。ハルヨシと深桜にとって嫌な思い出だった雨が、今度こそ全てを わだかまりを浄化させていくという転換が良い。


仁乃は お客と、そしてメンバー1人1人を意識して歌う。1年前とは違う、ボーカルとしてパフォーマーとして成長した彼女の姿がこの会場にはあった。


してクロは、フェスの最前列に後輩・杏(あん)が見ていることを知る。彼はまだドラムを叩く目的を見出していなかった。だが今回のフェスでの演奏で、クロは視界が悪い状況とは裏腹に、自分の視界が広がっていくのを感じる。それはドラムと共に思い出された苦しさや切なさからの解放。そして晴れやかになっていく視線の先に、いつもは無表情な杏が、満面の笑顔を浮かべているのを見る。そこでクロは自分がドラムを叩く新しい目的を見つける。そこには杏のことが好き、そう言い切れるクロがいた。


リハから、ハルヨシ、クロ、仁乃と次々と心が晴れ上がっていくイノハリ。順番的には次はユズの番。そのユズは最後方に母の姿を見つける。これで音楽を続ける第一段階はクリア。だが問題は母の前でユズが歌えるかどうかである。
『13巻』のラスト同様に、ユズの賭けが始まろうとしている。