《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

女ヒーローが強さにこだわる序盤より、男ヒロインと自然体で過ごす中盤からが圧倒的に楽しいわ。

水玉ハニーボーイ 1 (花とゆめコミックス)
池 ジュン子(いけ じゅんこ)
水玉ハニーボーイ(みずたま )
第01巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

強さを求めてひた走り、「侍」の異名を持つ剣道部主将・仙石芽衣。女子力高く仕草や口調は女の子、女装も辞さないオネエ男子・藤司郎。真逆の2人だけど、オネエ男子が侍女子にまさかの恋。告白攻撃を侍女子が叩き斬る!? 「新しい扉、開けるわよ。」ツッコミ不在(!?)のハイテンションラブコメ!!

簡潔完結感想文

  • 一途な男ヒロイン・藤君が難攻不落の女の王子様・仙石さんを攻略する正統派の作品よ☆
  • 最強ヒロインをキャラ付けするためか『1巻』は下劣な犯罪者が頻出。やがて日常系へ。
  • 姉たちに囲まれた藤君が自然とオネエ口調になったように、読者も世界観に慣れていく。

の力が抜けてからが本当のフリーダム、の 1巻。

マツコさん と藤君は同じ「オネエ」だが性的指向は違う。オネエの世界は知らないことばかりだ…。

読切短編 → 短期連載 → 長期連載と出世魚の如く連載形態が変わっていった白泉社らしい作品。
再読してみると、序盤はヒロインも作者も肩の力が入っていることが分かる。これはヒロインも作者も自分の実力を世に示し、認められようとしているからか。作者の方は長期連載が始まり、人気も獲得してきてから良い意味で力が抜け、自然体で作品作りが出来ているように思えた。白泉社特有の鈍感ヒロインが恋愛に気づくまでの日常コメディも想像以上に面白かったし、中盤からはキャラ設定を押し出すのではなく、自然に その人がいると思えて、彼らの言動一つ一つが好ましく思えた。最終的には自分で思っている以上にキャラたちのことが大好きになっていた。

ただ中盤まではネタを詰め込み過ぎて、読むのが大変だった。コマ数が多いのか文字数が多いのか、読んでも読んでも話が進まない印象を受けた。だが それも作者が同時に2つの連載(本書と『オネエ男子、はじめます。』未読)を抱えた辺りから、1ページのコマ数や情報量が減って脳への負担が減っていった。そして この頃に話も動き始めたので、そこからは一気呵成に読めた。

読む前は「オネエ男子」は表紙の表情もワンパターンだし、設定も菅野文さん『オトメン(乙男)』の二番煎じだろうと思っていたが、良い意味であちらほど葛藤が少なく、中弛みや飽きも感じずに楽しく読めた。本編そっちのけでも楽しい このコメディの才能は赤瓦もどむ さん『兄友』に近い印象を受けた。

出オチの設定だと思っていたが、世界の広げ方が非常に好ましく、読めば読むほど作品に慣れ親しんで楽しめる作品だと思う。作者のキャラクタへの愛を感じたし、その愛の匙加減が絶妙だった(作者の愛が重すぎると主人公一派が絶対正義になって排他的になりがち)。
登場人物の数は白泉社作品らしく増えていく一方なのだが、ほとんどが主要キャラの家族で、ネタ切れ回避&連載継続のための意味のない新キャラ投入ではないので受け入れやすかった。新キャラの登場は、メインキャラたちの人生や奥行きを理解する一助となる。


して本書は画一的な男女間ではない多様性を描いていることもあって、読者も多用な楽しみ方が出来る。オネエ男子である藤 司郎(ふじ しろう)は物腰は柔らかいし体力もないのだが、心の体幹はブレないので、自分を崩すことなく人に優しくしたり、守ったりと、柔よく剛を制するところがある。彼は立派な「男ヒロイン」として、何度も学園のヒーロー的存在にアタックし続ける。好意を全開にして難攻不落な相手に果敢に挑戦するところは、恋愛におけるサムライだし、古典的なヒロインとも言える。男だからこう、という固定観念ではなく、どちらの強さも持っている二刀流のサムライなのである。

そしてヒロインの仙石 芽衣(せんごく めい)は女ヒーロー。剣道一筋で弱きを助け強きを挫く、正真正銘の士(さむらい)。この学校の高嶺の花の彼女だが、恋愛には興味がなく感覚は鈍い。そんな彼女が徐々に恋愛感覚を育てていく様が一つの読み所で、素っ気なかった仙石さんが いよいよデレる時に達成感を味わえる。また仙石さん=読者の分身が藤君に溺愛される漫画としても楽しめる。

2人は学校の人気者同士(主に女生徒)と言えるのか。反面、異性からの恋愛対象とは ほど遠い2人でもある。

藤君の姿には少女漫画ヒーローの多様性を最も感じた。世の中、Sっ気のある男性ヒーローに暴言を吐かれて喜ぶ人間ばかりではないのだ。この『1巻』では結局、藤君が仙石さんを守るような描写が多いが、守ることがヒーローの条件ではない。2人には2人だけの歩みがあって、関係性がある。序盤は仙石さんが頭でっかちなこともあり、守る/守られる、強い/弱い、という二項対立になってしまっているが、上述の通り、肩の力が抜けた中盤からは、男女や強さという概念以外の普遍的な恋愛が描かれている。

そしてオネエである藤君が周囲から否定されないのも本書が素晴らしい点だ(少なくとも学校内では)。藤君のライバル的ポジションにいる七緒(ななお)も彼の特性を否定したり揶揄したりしない。登場人物には それぞれに長所もあるが欠点もあり、それを大らかに寛容している世界観だから心から楽しめる。多少 同性愛をネタ的に扱っている雰囲気はあるが、否定している訳ではないので多様性は守られている。

序盤の七緒は俺様ヒーローっぽい。そのアンチテーゼかと思いきや、七緒の俺様は別方向に突き抜けていた。

めて1話を読むと最終話が良く出来ていることが分かった。これは再読して良かったと思ったところだ。
序盤は藤君は同性愛ネタや女装をかなり押し出しており、そして仙石さんの剣術を出すために物騒な事件が多い。前述の通り、強さ/弱さという問題に仙石さんが固執しているため内容が やや堅苦しい。完読すると序盤が特殊だったということが分かるので、少しでも面白いと感じた人は読み進めてほしい。この世界観が身体に馴染む日が きっと来る。

藤君や七緒の様子を見ていると、自分の世界を持っている人や、マイペースな人が世界最強かもしれないと思えてくる。人の強さもまた多様であることを本書は教えてくれる、ような気がする。