《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

少女漫画においてヒロインの「大嫌い」は、その相手との恋愛フラグといっても過言ではない。

世界でいちばん大嫌い完全版 1 (花とゆめCOMICSスペシャル)
日高 万里(ひだか ばんり)
世界でいちばん大嫌い(せかいでいちばんだいきらい)
第01巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

秋吉家6人兄弟の長女・万葉(かずは)は、高校2年生。好きな人は、弟・零(れい)の保育園の水嶋先生。大っ嫌いなのはオネェ言葉の美容師・杉本真紀!でも親友・扇子(せんこ)は真紀のことがお気に入り…!? にぎやかでトキメキがいっぱい☆万葉のステップアップ恋愛ストーリー!
大ヒット★LOVEロマンス、雑誌掲載時のカラー扉絵を全点収録した完全版!「日高万里の日常天国。」、4コマ「せかキラ迷作劇場」、雑誌掲載時の空きスペースなど描き下ろしも充実★ 2012年2月刊。

簡潔完結感想文

  • 1997年の、当時21歳の作者の作品で、25年後の世界とは価値観が違う。どのキャラも違和感あり。
  • 登場する秋吉家や作者に馴染みがあれば隅々まで楽しめるのだろうが、初読には馴染めない…。
  • 作品に対して大嫌いと思えば感想も浮かぶのだが、私の感想は大嫌いより無関心が一番 適当。

の反対は憎しみではない 無関心だ。ゆえに「大嫌い」には希望がある、の 1巻。

どうにも最後まで作品世界に入り込めなかった。
本書を「大嫌い」とは思わないが、その裏返しである「大好き」とも思えない。私には メインの2人の思考は それぞれ難があるように思え、彼らの恋を応援したい、という気持ちが最初から湧かなかった。その気持ちから始まって、連載が人気を得たからなのか、結論を先延ばしにする内容に辟易し、四方八方に話を広げるのだが、それでいて この作品内で解決しないことに苛立ちを覚えた。本書の中では、嫌いや苦手意識を持った人は、その気持ちが いつの間にかに反転して、好意を持ったり仲良くなったりするのが恒例なのだが、残念ながら私の苦手意識は反転しなかった。

初めて会う16歳のJKに いきなりキスをする23歳。20世紀って未成年に何をしても許されたの⁉

内容が稚拙すぎるとか、展開が強引すぎるなどであれば、キッパリと大嫌いと言えるのだが、本書の場合は、(主に連載当時の)10代読者が支持するのも分かる面白さなのだ。本書は10代の子が、外見が抜群に良い20代の男性に振り回されるという読者の願望が詰まっている。そして ちょっと強引な男性を夢中にしてしまうヒロインは憧れの存在だろう。愛されながらも振り回される、そんな贅沢な体験を味わえるのが本書だ。
ただ連載終了から時間が経ち、10代ではない私からすると、10代に深く共鳴する部分が全て 過剰なセンチメンタルに思えてしまった。そして20代男性の方の身勝手さばかり気になってしまった。


書は作者のデビュー作から続く「秋吉(あきよし)家シリーズ」の1つらしいが、それゆえに既に出来上がっている世界に入らなければならない転校生感が最後まで拭えなかった。「あの」秋吉家の長女の前日譚、という位置づけらしく、誰と結婚するかまで結末も分かった上で、そこまでの過程を楽しむ作品らしい。
既に作者やシリーズのファンである読者なら、シリーズにおける過去編である本書を楽しめる部分もあるのだろう。しかし初読の私には疎外感しかなかった。そういう少しの違和感も10代読者なら軽々と乗り越えてしまうのだが、私には無理だった部分である。

1997年連載開始の作品で、作者は当時21歳だという。ギャグセンスや、秋吉家サーガをやろうという壮大な構想には早熟な才能を感じる一方、自分の作品世界を「世界でいちばん大好き」なんだろうなぁ、と思う部分が多く、おまけ漫画の日常報告といい、狭い世界で生きているように感じられたし、作者と作品の近さばかりが印象に残った。若くして一国一城の主となった漫画家さんに感じる、ある種の頑固さもあるし、この世界の「姫」感があるように思えた。

ただし完全版における描きおろしの多さからしてサービス精神が旺盛な方だと言うことは分かる。単行本を既に持っている人も完全版を買って損ない内容になっていると思う。

登場人物の多さと、恋愛要素が進まないのは白泉社の王道路線なのだが、他の お金持ち作品・上流階級作品と違って、本書は地に足がついている。お金持ち作品なら、色々と非日常のイベントを創出し、それをこなすことで日常回になる。その世界観を存分に楽しんだ後、ようやく恋愛が始まる流れが読者と作品との「お約束」となっている部分がある。ただ本書は現実的だから、恋愛を遠ざける「お約束」がないのに、いつまでも結論を出さないから隔靴掻痒のストレスばかりが溜まった。序盤の友人との三角関係はともかく、それ以後の すれ違いには無理があった。特に大人側のヒーローの大人げなさが目立ち、17歳の子と交際しようとする大人としての気概を感じられなかった。


して この時代だからなのか、作者の当時の年齢が問題なのか分からないが、初対面時 23歳のヒーロー・杉本 真紀(すぎもと まき)が、当時 高校1年生の秋吉 万葉(あきよし かずは)に何の疑問もなく恋愛感情を抱き、そして初対面の時から彼女の高校で公衆の面前で頬にキスをするという信じがたい行動を取っている。そこも2020年代の読者からすると疑問を持たざるを得なくて、この時点で真紀に魅力を感じなくなる。

本書はヒロイン・万葉(かずは)の視点で語られる。10代ならではの大小 様々な悩みが用意され、いちいち万葉は悩む。この悩める万葉に共感する読者が多いのだろう。その一方で、前述のように真紀は10代の子に対する恋愛感情に悩んでいる素振りがないし、全力で自分以上に万葉のことを考えることもしてくれない。

序盤の真紀は、万葉が背伸びをしても敵わない大人として描かれているのだが、だからこそ万葉が真紀にマインドコントロールされているように映った。万葉が好意を抱いていた保育士・水嶋(みずしま)への気持ちを簡単に憧れだったと切り捨てたり、万葉は真紀の小芝居に騙されたり、といいように操られている。こういう風に翻弄されながら、相手の存在感が増していくというのは10代の女性からすれば憧れだろう。だが、少し視点をずらすと、万葉の視野の狭さを利用して、彼女の好きという気持ちを誘導しているように思えた。

自分からの相談なのに逆ギレする万葉。キツイ言葉を(わざと)使う真紀といい、どっちも好きになれない。

私には真紀のやることが格好良いとは全く思えない。これが本書を読む上での大きなマイナスだった。誘拐犯が言葉巧みに子供を連れ回すように、知能や経験の差をずる賢く利用しているように思えてしまうのだ。その上、真紀には万葉の全てをフォローしようという気がない。彼女が何で不安になるのか、それを無くすには自分には何が出来るかなどを追及するのではなく、万葉と気まずい関係になったら すぐに及び腰になるのが大人としての責任を果たしていない。そこが真紀の株を大きく落とす。

または、作者は敢えて真紀にフォローをさせないことで、万葉を延々と悩ませるように仕向けているように思う。全体的に問題に対して解決に消極性が見える。そして問題が解決しない限り連載は続くという計算が見える。本来なら単行本で3、4冊、完全版でも2冊で終わる話ではないだろうか。それを弟妹やら友人やらを総動員して長く引き延ばしたに過ぎない。作中で番外編が始まることを、ファン以外は どう捉えればいいのだろうか…。


いでに美男美女しか世界にいることを許されないような選民思想を感じた。また、右を見ても左を見ても美容師しかいない世界に感じられ、偏りが見える。登場キャラは多いのだが、世界は狭い。しかも多かったはずの登場人物は段々と減っていく。万葉の弟妹たちの出番も物語が進むにつれ減り、終盤では多兄弟設定自体が嘘なんじゃないかと思うほどだった。そして作者や読者が人気のキャラだけが紙面をジャックする。ラストには万葉カップルと、連載中に人気が出た もう1組のカップル以外ほとんど出てこなかったような気もするぐらいだ。

そして、ほぼ美容師の世界でありながら、作品内の髪型が魅力的に見えなかったのも残念。時代的な背景もあるのだろうが、特にパーマをかけた男性の髪型が どうなっているのかが分からないことが多かった。頭頂部が やたら平らなのも気になる。顔や身体の描き方にも個性があり、好き嫌いが分かれるところだが、この髪の描き方は 本当にどうにかして欲しかった。


葉の行動は いちいち遅い。一瞬で解決することをさせないようにするため話を出来るだけ長く引き延ばす。そこで利用されるのが万葉の弟妹(とくに長男)の話題なのだが、起こった問題は本書では解決することなく、どこか別の物語に続くだけという消化不良ばかり。「秋吉家シリーズ」を見守っている人なら納得がいくのだろうが、本書単体で読んでいる私としては、続きはHuluで、みたいな それはないよー、という構成だった。

少女漫画としては恋愛成就を遠ざける理由が用意されていないのが最も気になった。ヒロインの気持ち一つで動く話を、いつまでも動かさないだけに思えて、進まない話に苦痛を覚えた。
まだ この『1巻』は動かない理由が働いている。別の人を好きだったはずの万葉が、「世界でいちばん大嫌い」なはずの真紀に惹かれ、それは親友の扇子(せんこ)の想い人でもあり、自分だけが恋を成就することに後ろめたさを感じる。恋心か友情か、そこまでの動きは分かる。でも真紀は最初から万葉に好意を寄せており、それを扇子が知らないならまだしも、知っている彼女に遠慮するのも失礼な話なのだ。万葉はしっかりしているようで、傷つきやすく いつまでも行動を起こさない。外見と内面の悪い意味でのギャップが受け入れられなかった。将来的にはドライな大人になるっぽいので、ヒロイン思考が過ぎる万葉は大人・万葉との繋がりも感じられない。


た6人兄弟をケアしない両親にも疑問がある。10代の読者からすれば万葉は「お姉ちゃん」を頑張っているように思える点が好感になるのだろうが、私は その後ろにある この家庭の無責任さに納得がいかない。しかもヤングケアラーかと思われた万葉は、中盤以降、家に関わらなくなり、その下の小中学生の妹たちに家事の負担が増しているように思う。この辺の秋吉家の歪みも本書を好きになれない部分だ。生むだけ生んで、自分たちは(下の子たちの)子育てに参加しないという親にしか見えない。少子化が進む2020年には6人兄弟は国から称賛される存在かもしれないが、今の時代から見ると子供に不利益ばかり降りかかっているようにも見える。真紀も含め、大人側を冷静に考えると、問題ばかりが浮かんでくる。

男女6人兄弟の名前は万・千・百・十・一・零、と2人目~5人目までは数字が1/10ずつ減っていく。これ以上、兄弟が増えたらどうするつもりなのか。億とか兆とかにするのか。万や零はともかく、間の「十」とかが自分に割り振られたら、納得できないだろうなぁ…。

真紀は10代の女性の乙女心を全く理解しないまま、自分の願望を優先する。大人感ゼロで幻滅するばかり。

真紀は前述の通り、万葉が頭が回らないことをいいことに、自分の良いように彼女の気持ちを誘導しているように見えた。オネエ言葉が特徴の真紀で、普段の柔らかさと、いざとなったときの真剣さのギャップが魅力として描かれる。これは17年後の 池ジュン子さん『水玉ハニーボーイ』の藤(ふじ)くんに通ずるものがある。同じ白泉社だから、いつか対面できないだろうか、と妄想してしまう。

あと、万葉と真紀の家の距離を もっと大々的に読者に知らせないと、真紀の労力が伝わらないのが気になった。まるで近所に住んでいるようだが、彼らの生活する土地は車で1時間離れており、真紀は仕事が休みの毎週火曜日、わざわざ万葉に会いに来ている、という点が重要なのだが、そこに説明が十分されていないから、フラりと立ち寄っただけのように見えてしまう。ここは作者の脳内設定ではなく丁寧な説明が欲しかったところ。