《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

悪役に対して一度も声を荒げなければ、相対的に自分が良い人に見える作家先生のイメージ戦略。

Oh! my ダーリン (5) <完> (講談社漫画文庫)
上田 美和(うえだ みわ)
Oh!myダーリン
第05巻評価:★☆(3点)
 総合評価:★★(4点)
 

2人の赤ちゃんが壊れる! ――マスコミに追われるひかるは、シンちゃんの意を汲むため「妊娠は嘘」だと告げて、一時の別れを決意。だが、ひかるの名声をねたんだ優実(ゆみ)によって、身重のひかるは階段から突き落とされる……。友人の裏切り、切迫流産、マスコミの黒い思惑――。過酷すぎる運命を知ったひかるは、病棟を抜け出して北海道へと向かった……。弱虫な少女が、いま自らの物語をつむいでいく。運命がめぐる。

簡潔完結感想文

  • ヒロインの逃亡癖は最後まで抜けない。日本を縦断しても所持金が尽きないのが謎すぎる。
  • 妊娠や流産は全て演出の道具に過ぎないのか。生まれなかった命への言及が あまりに少ない。
  • レイプ・妊娠・流産・刺傷。より演出を派手にするための講談社の悪いインフレが止まらない。

女漫画におけるヒロインとは不可侵の領域である、の 最終5巻(文庫版)。

本書で感心するのは、ストーリーテラーとしての作者の手腕と、決してヒロインが悪く見えないようにしている点である。
そして それを可能にしているのが、ヒロインの得意技・逃亡だろう。
感想文で何度も書いている通り、本書は悪意ある者を配置することによって、ヒロインを決して責められない位置に置いている。そして最初から最後まで逃げてばかりの主人公なのに、なぜか成長したように見えるのは、彼女が同性に対して怒声を浴びせたり、懲罰を与えないからではないか。徹頭徹尾、ヒロインは被害者であり続け、それにもかかわらず、ラストには その人の悪行に対して寛大なところを見せる。そうすことでヒロインが勝手に「善」の位置に収まっていくのだ。ヒロインの ひかる は夫である晋平(しんぺい)や、自分を想う お調子者の小土居(こどい)に対しては、ワガママを言ったり泣き叫んだり けたたましいが、同性に対しては嫌がらせを受けたら反論や反撃をする前に、目の前の敵から逃げることによって女性同士の醜い争いを繰り広げないで済んでいる。直接対決をせず、相手の自滅や反省を待つことが、ヒロインの善性を保持する秘訣なのかもしれない。ヒロインにとっては逃げることが最善の手なのかもしれない。

ひかる は同性相手には泣かない。なぜなら女の涙は女には通用しないから。男の前では泣き叫ぶけど…。

品としては事件を盛り込み過ぎで、インフレを起こしているようにしか読めない。
第3部だけで、妊娠・流産、レイプ、刺傷、自殺未遂、幼児退行(記憶障害)と派手な事件が続く。他にも小説家デビュー、スキャンダル、マスコミに追われるなど、ヒロインの存在は日本中に知られる。序盤はただの高校生妻という「別冊フレンド」らしい一点突破のアイデアから始まっただけなのに、読者の期待に応えるためか、作品の箍(たが)が外れていった。
私が一番 気になるのは生まれなかった子供の扱い。もっと そうした事態を引き起こした事への反省や悔恨を描くべきなのではないか、と思った。どうやら あまりにも大きい悲しみだから作中ではヒロインから その記憶ごと消して、安易に触れられないような仕組みを用意しているが、それにしても妊娠や流産を漫画のネタとして利用しすぎている気がする。ヒロインは母になるために、自分の精神的苦痛から安易に逃げ出さないで、絶対安静の確保を最優先にしなければならなかったのに嫌な事から逃亡し続けた。それに対する反省が全くなく、ヒロインの行動は誰からも非難されない。これは ちょっとヒロイン不可侵の原則を守り過ぎではないか。
また、この流産により、ヒロインは もう子供の産めない身体になった、という話だったのに最終ページでシレっと子供を抱いているのには安堵よりも唖然とした。子供が産めない=妊娠の可能性が極端に低いという話なのかもしれないが、結局、子供=幸せの象徴とするような、安易な展開には疑問を感じた。一連の妊娠騒動がネタとして消費され、その後の物語に全く影響を与えていない点に不満を隠せない。


頭から、初志貫徹が出来ない ひかる に幻滅する。
マスコミの心ない声に立ち向かうため、ひかる は駆け落ちを止め、この地に1人残り小説を武器に戦うことを選んだ。ただ彼女の覚悟は半端で、書けないことを叱責する多々羅を「鬼! 冷血漢!! 鉄面皮!!!」と罵るばかり。一体、彼女は何のために晋平と離れたのか。悲劇のヒロインも いい加減にして欲しい。

ただし晋平と離れて以降、先輩小説家として ひかる をエスコートする多々羅(たたら)に軟禁され、双方に連絡手段がない(携帯電話も普及していない1993年の連載)。晋平が新しい住所と電話番号を記した手紙は、ひかる を逆恨みする沖野(おきの)の手に渡ってしまう。以前も書きましたが、本書はいつだって仮想敵が情報を握る世界なのだ。

彼女を立ち上がらせるのは、晋平から贈られた香水。その香水の名前から自分が晋平にどれだけ大切にされていたかを遅れて知り、彼女は立ち上がる。
しかし その香水の瓶を沖野に割られてしまう。沖野は自分が ひかる夫婦を引き離しても変わらぬ彼らの愛に苛立っていた。その悪意を前に、ひかる は泣いたりしない。明確な嘘や悪意の前にこそ、ひかる の背筋は伸びる。だから ひかる は沖野を責めるのではなく憐れむ。そうすることで善悪の構図がハッキリして、ひかる の神聖性が保たれるのは これまでの2部と一緒である。
だが その憐憫に沖野は恥辱を覚え、ひかる を階段から突き落とす。


院に運ばれた ひかる は流産は免れたが絶対安静。精神的な安定も必須だという。
だが ひかる の精神の安定は乱れる。運ばれた病院の前にもマスコミが群がっていることを知り、ひかるは怯える。動けない彼女を助けるのはいつも男性。これまでは小土居だったが、この第3部では多々羅となる。だが ひかる が精神的支えにする多々羅には裏があった。全ては ひかる の商品価値を高めるため。多々羅は晋平を含めた周囲の者と ひかる の繋がりを断ち切る。その一方で、多々羅は自分の結婚体験や離婚を経て、ひかる の中に理想の結婚像を夢見ている部分もある。

多々羅を心の支えにするが、ある日 ひかる は多々羅と編集者の会話によって、自分たちの悲劇が多々羅によってプロデュースされた演出だと言う事を知る。信じる者に裏切られ、ひかる は病院から逃亡し、這う這うの体で北へ向かう電車に乗る。この時点で晋平の住む新しいマンションの住所も知らないというのに。
絶対安静などの言葉は綺麗に頭から消えているだろう。やはり本書において、妊娠が悲劇の道具として使われているのが気になる。ひかる の行動は新しい命最優先ではない。自分の精神の平穏を最優先にしている。

ひかる を階段から突き落とした沖野の所業に対し、彼女に怒りをぶつけるのは小土居。沖野よりも全てを見通している彼は、沖野が乱暴されたこと、また それを表ざたにしないために晋平が暴力教師の汚名を被っていること、そして何より晋平は沖野の ひかる に対する嫌がらせをしていることを知っている、と伝える。狂ってしまった彼女の精神を調律するのは小土居の役割のようだ。恋愛的には小土居は不遇ではあるが、作品には愛されている。


海道で教師を続ける晋平だが、彼は学校や生徒たちから好奇の目で見られ、嫌がらせを受ける。そんな彼の新しいマンションには、ひかる が度々お世話になったマキさんも引っ越して住んでいた。

晋平は新しい地で、ひかる が多々羅から貰った犬に ひかる と名前を付けて飼う。でも犬を見るたび いつも別の男の影を感じて、嫌な気分になりそうだなぁ。
気になるのは北海道の往復に晋平がペットの犬を素手で持っていること。1990年代の電車事情はそうだったのだろうか(その昔、飛行機内でタバコが吸えた、みたいな)。排泄の問題は一切無視されるのが、いかにも少女漫画のマスコットと言った感じだ。


よいよ ひかる の受賞作と手記が掲載された文芸誌が発売される日となる。

多々羅の これまでの行動はマスコミに悪者に仕立て上げられた ひかる と、小説内の ひかる のギャップを生むため。その落差で ひかる が健気に映り、読者は彼女を支持するだろう、という予測が彼にはあった。これは本書の中でも使われている手法に似ている。第1部から順に、小土居の狂言、アヤコの嘘、沖野の悪意、それらによって ひかる が勝手に「善」の立ち位置に移行するようになっているのだ。

ひかる に続いて多々羅の暗躍を、今度は上京してきた晋平が聞く。その悪意に対し晋平は激昂し彼を殴る。晋平は割と武闘派ですよね。第1部でも教え子でもある小土居に暴力を振るっていたし、第3部では暴漢の一味に手を上げ、そして多々羅も殴っている。また第3部における もう1つの悪意である沖野は、小土居が動きを封じている。直接 手を上げないで逃げる非暴力ヒロインに代わって、実行部隊は2大ナイト体制になっている。

ただし この暴力事件で晋平は警察に留置されてしまい、身動きが取れない。会えない状態は継続する…。

多々羅の狙いは ほぼ作者の狙い。ヒロインは被害者で、暴力による成敗は男性に任せると少女漫画的な男女の分業。

賞作が発表されてからは世間の動きは多々羅の予測通り。誰もが ひかる に同情的になった。
また沖野が再び同じ暴漢に襲われそうになり、それを小土居が救う。この再暴行によって、かつて恐怖が、狂う前の自分が よみがえったのか沖野は初めて、自分の罪と、逆恨みをせずにいられなかった心の動きを認めた。
小説が発表されたことで、ひかる への周囲や世間への誤解が消滅したということか。

晋平に会いに列車で北へ向かう ひかる だったが、車内で倒れ、仙台駅にて病院に運ばれる。が、その病院の前にもマスコミがいることを知って逃げ出す。心身ともに限界が近いが、晋平に会わなければ彼女の心に平穏は訪れない。
そこから ひかる は飛行機で北海道に飛び、ようやく晋平のマンションの前に到着する(ひかる の所持金は底なしなのか??)。だが そこに晋平はおらず(東京(?)にいる)、現れたのは多々羅だった。
そして彼からも逃げ出そうと無理をしたことで、ひかる の お腹は限界を迎える…。
これは、小説という ひかる の創作物が誕生した日に、お腹の命は消えてしまった、ということなのだろうか。

病院に駆けつけた晋平は胎児が女の子だったこと、そして母体へのダメージも酷く、もう妊娠は望めないかもしれないと告げられてしまう。


うやく意識が戻った ひかる だが、夢うつつで自分が妊娠できないかもしれない話を聞いていた彼女の精神は壊れ、幼児退行する。どうやら ひかる は15歳の、結婚する前に戻ってしまったらしい(結婚後から ひかる が成長したと思えないので、幼児退行というよりも、ただの記憶障害であろう)。
晋平は、早く記憶を取り戻そうと焦る。ひかる が自分の書いた小説で全てを思い出すのかと思ったら、そうはならず彼女は無意識で記憶の回復を拒絶していることが判明する。

一方、沖野は ひかる が流産したことで自分の過ちを完全に認め自殺未遂を試みる。それを止めるのは地元のナイト・小土居。また小土居は街中でレイプ犯たちを見つける。第3部では沖野も悪いが、その沖野を狂わせた原因は彼らなのである。全ての元凶を小土居は成敗しようとするが、背後からナイフで刺されてしまう…。
流産、記憶喪失、そして刺傷事件、やりすぎだ。インフレ ここに極まれり、と言った感じでしかない。何もかも盛り込み過ぎて、まとまりがなく下品ですらある。

動けるようになると ひかる は また病院内をフラフラして聞きたくない話を聞いてしまう(この巻だけで何度目だというほどワンパターン)。
それが晋平と ひかる の祖父との会話。そこで ひかる は自分が子供を産めない身体になったこと、そして晋平が別の人生をやり直そうとしていることを聞いてしまう…。
こうして、ひかる最後の大逃亡が始まる。


ちろん、これは会話の中の一部。晋平は ひかる という人間を愛している。

逃亡者・ひかる は体力低下のため、長くは走れない。休んだ先で、自分が小説内に登場させた女笛岬が評判になっているのを知り…。

ひかる が辿り着いた女笛岬は評判になっている割には誰もいない。ひかる に続いて晋平も到着し、ひかる は彼から逃げるために柵を越え、第1部ラストと全く同じ構図となる。
晋平から発せられる言葉も同じ「愛してる」。この言葉は今の ひかる にとっては初めてで、その言葉を聞くと、ひかる は自動的に崖から落ちるシステムらしい…。少女漫画の2大要素は逃亡と落下ですね。逃亡はヒロインの要素、そして落下は その落下からヒロインを守るヒーロー的行動のために存在すると言っていい。

第1部とは違い、晋平は今度は双方の落下を食い止め、そして落下危機の追体験で ひかる の記憶も戻る。これにてハッピーエンドである。


下防止以降はエピローグである。小土居は入院するも元気な様子。第3部になって彼は幼なじみの川崎(かわさき)または沖野と結ばれるのかと思ったが、そういう話も出ないまま終わった。当て馬に誰かをあてがうのは良いことなのか悪いことなのか。
沖野は北海道まで ひかる に謝罪をしに行き、ひかる は許すことはしないまでも、流産が沖野に階段から突き落とされる前から腹部に異常があったから、避けられなかったことを話す。ここも、これまでの悪役、小土居・アヤコと同じように、ひかる が彼らを非難しないことで寛大な人間に映る。流産の原因が階段からの落下ではないとすると、やはり ひかる が一定の場所に留まらなかったのが悪かったのか。晋平と一緒に北海道に行く、行かないを決断し、どちらを選んでも子供の命のために身体と精神に負担をかけない生活を心がけなければならなかったのか。

ひかる は学校へ戻り、もう少し学び、そして小説家として歩くことを決めたようだ。小説発表後は世間の厳しい目は全てリセットされたということか。でも ひかる が男女交際をしていた事には変わらず、学校が結婚の事実を認めて復学させるのも変な気がする。そして中途半端に放り出されたのは元理事長の祖母。下手すりゃ他界しててもおかしくないぐらい存在感が薄いまま終幕を迎えた(生きてはいるのだろうが)。

そして晋平は ひかる が卒業する年に教師を辞める。ここ3年の彼の転職歴は凄い。元いた近隣の学校から ひかる の学校へ移り1年半、そして北海道に行って1年弱で退職である。

ひかる の傍にいるために教師になったが、結婚後は その職業が足枷になっていた。だから教師を辞めることで もう「教師と生徒じゃない 胸を張って夫婦だっていえる」。だけど ひかる も生徒じゃないんだから教師と一般女性でもいいと思うんだけど。この理屈が いまいち分からない。というか以前も書いたが、教師に就いていながら生徒、しかも彼女の担任でいながら、生徒を妊娠させた時点で晋平にはヒーローの資格がない。第3部で一番 株を落としたのは晋平ではないか。

ラストは それから2年後ぐらいだろうか。ひかる は新刊を出し、その著者近影には剣道道場を開いた晋平と、教え子たち、犬の ひかる。そして ひかる の胸には赤ちゃんが抱かれている。もう妊娠は望めないという話はどうなったのか。もちろん、可能性が低いという話なんだろうけど、ご都合主義だなぁ…。読み返してみると、自分の都合で結婚して、自分で小説にして首を絞めて大騒動に発展させた迷惑な夫婦にしか思えない。


「Oh!myダーリン番外編 ボクがキミを好きな理由」…
晋平7歳、ひかる がまだ生まれる前から語られる お隣同士の 幼なじみの幼い頃の話。晋平が剣道や その他の武道に本気で打ち込むキッカケとなる話でもある。

主に3歳の ひかる と11歳ごろの晋平の話なので、年齢差もあって内容が羅川真里茂さん『赤ちゃんと僕』にしか見えない。ちょうど連載時期も同じ頃だし。
3-4歳の ひかる が木の枝を使ってカタカナでメッセージを残しているが、もしかして彼女は賢いのか? いや、賢すぎるでしょう。また この木の枝のメッセージは『2巻』の最初の北海道すれ違いでも使われた手法である。

第2部でキツイ女性に描かれていたアヤコの大学生時代は優しそうだ。本編未登場だった ひかる の母親や、晋平の姉が登場している。子供の小土居も登場している。普通の少女漫画なら子供の頃に会っていたのは恋愛フラグとなるのだが、小土居は当て馬どまりでしたね…。
Oh! my ダーリン (5) <完> (講談社漫画文庫)detail]