吉岡 李々子(よしおか りりこ)
彼はトモダチ(かれはトモダチ)
第07巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★(4点)
佐々本に最後の言葉を伝えられないまま、転校することになったヒヨリ。どうしてこんなことになったのか、どこで間違えてしまったのか考えても答えは出ない…。最悪の状況の中、ヒヨリは佐々本の退学の危機を知りー…!?未来につながる運命をつくる、感動の最終巻。
簡潔完結感想文
- ヒロインが すれ違い、離ればなれになる理由が出来れば それで良かった安直な発想に嫌悪感。
- 作品が「運命の一日」に重点を置き過ぎて、キャラの心理の変化に読者は全く追いつけない。
- 心身にダメージを負ったはずのヒロインの回復が早すぎるし、急ごしらえの大団円に辟易。
最終巻だから全てを許容する他、選択肢がなくなる 最終7巻。
相変わらず大事なコトを1日で済まそうとする作者。
今回も、後半はヒヨリが「運命を作りに行く」1日で占められている。
この手法は これまでも何回も使われている。
直近では、ヒロイン・ヒヨリが心身に深いダメージを負った日、江の島事件の日、
その前も佐々本(ささもと)から水野(みずの)へ乗り換えた日、文化祭の日など、
大事なコトはまとめて1日(または1両日)で済まそうとする。
すると何が起きるか。
時間の流れが全く感じられないのである。
本書には恋人たちの恋愛イベントが ほとんどない。
交際中の誕生日やクリスマス、バレンタインなどのイベントがなく、
それらを ほとんどスキップしていく代わりに、特定の1日を濃密に描くことに注力する。
こうして相手のことを想って動くような恋愛のトキメキや喜びの内的な描写がないまま、
大きく事態が動く外的な描写ばかりの連続になってしまっている。
これによって好き嫌いはともかくドラマチックな展開が生じる一方、
登場人物の心の動きも一日の内に目まぐるしく変わり、読者が追いつけなくない。
それは最終回でも同じである。
全てを丸く収めるために、ヒロインが自分を傷つけた人を駆け足で許容する展開が続く。
『6巻』で起きたこと、また それ以前の嫌がらせをヒロイン的な包容力で受け入れ続けるが、
逆に、そんな風に自身に起きた事を割り切れるヒロインがグロテスクに感じる。
本書では物語で罰を受ける人が ほとんどいない。
軽率な行動や嫌がらせも、それに対する報いがないままである。
それは主人公も同じ。
彼女はずっと被害者意識が強く、自分を責めず、誰かを糾弾し続ける。
女性にとって忘れ得ぬ出来事であるはずの『6巻』を、すっかり忘れているような感覚に違和感ばかりが残る。
最後まで薄っぺらい改心や信念ばかりで、読了してもカタルシスを感じない。
本来、結ばれるべき2人が結ばれるということを錦の御旗にして、読者からの文句を封じている節すらある。
やはり扱い切れない内容に手を出してしまったのではないか。
ちゃんと描く覚悟と能力がないのなら、この手の話に手を出すべきではない。
佐々本の退学問題があるから無理なのは分かるが、2人が会わない期間を1年ぐらい設けても良かったと思う。
何に対しても性急に答えを求める感じが、彼らの失敗の始まりだったのではないか。
ヒヨリは結局、佐々本に会えないまま引っ越すことになる。
最後に、この地にに残る姉に佐々本への手紙を託して。
その前夜、佐々本を探すヒヨリと街で会った琴音(ことね)は、ヒヨリが引っ越すことを聞いていた。
佐々本にとってヒヨリが本当に特別であることを痛感した琴音は、
翌日になってヒヨリが引っ越すことを佐々本に告げる。
それを知った佐々本は空港に急ぐが、そこでも2人は出会えない。
それでも佐々本は自分で運命は自分で作るものだから、という強い信念を持っていた…。
ヒヨリが転校したことを後で知る水野。
ヒヨリの噂も校内を駆け巡っており、
学校側がヒヨリの相手を佐々本とし、彼が退学処分になることを知る。
ここに至って、水野はヒヨリの相手が自分であることを初めて名乗り出る。
だが、ヒヨリの親は佐々本が相手だと訴え、佐々本自身もそれを認めているため、判断は覆らない。
なんと両親は、ヒヨリに引っ越しを承諾させる代わりに、相手のことを不問にするという約束を破ったのだ。
「それが親の務め」らしい。
でも それは自分たちの面子を保つための行動でしかない。
また どうしても佐々本側を罰したいという願いでもあるのだろう。
決してヒヨリのために動いたわけではない。
琴音のせいで電話嫌いになったヒヨリだが、これまで親と連絡する描写は一切なかった。
親が文句を言う描写もないから、彼らが電話をかけた様子もない。
その放置を棚に上げて、親の務めという正論を出すあたりが卑怯である。
ヒヨリたちも含めて、各人が浅はかな自分の正義を振りかざしていて閉口する。
卑怯な水野を初めて罵るのは琴音。
琴音は、元々 水野に対する不信と嫌悪に加え、
望んでもいない子供を作った自身の親への反発が加わり、水野を徹底的に罵倒する。
こうやって醜い自分を叱ってくれることに水野は ありがたさすら感じているようだ。
多くの少女漫画では、後発の当て馬は、
ヒーローに負けないよう、それどころか上回るぐらい魅力的な人物造形になるが、
水野に関しては、相対的に佐々本の価値を上げるために、わざと評価を落とすような人物像になっていて可哀想である。
甲乙つけがたい2人の男性という理想とは違い、本書では どんぐりの背比べなのが残念すぎる。
この時、話し合いに参加していた水野・琴音、そして当道(まさみち)は佐々本退学撤回のため動き出す。
だがヒヨリの証言が欲しいが、彼女の居場所は誰も知らない。
携帯電話も、琴音の嫌がらせによって解約してしまった。
これが琴音の罪悪感になる。
琴音は水野たちの学校の制服を借り、学校に潜入する。
そこで教師に対して色仕掛けをすることで、ヒヨリの住所を聞き出そうとする狙いらしい。
そこへ教師の1人が、琴音が過去に出会い系を通じて会ったことがあることが判明し、策を弄する。
水野はここにきて、琴音が出会い系をしていたことを知る。
とことん無知な存在として描かれていて哀れである。
作者が誰を一番ないがしろにしているかといえば、水野だろう。
後半は徹底的に無知な人間として描いている。
琴音が出会い系を使うことは、彼女の傍に い続けた佐々本の努力が水泡に帰することでもあるが、
佐々本のために動きたいという琴音の気持ちが勝つ。
2人に嫌がらせをするために まとわりついた事で、
琴音は かえって2人の愛の確かさを身をもって知ったのだ。
ヒヨリは引っ越し先での生活が始まろうとしている。
片付けを手伝いに来た姉から、佐々本への手紙は渡せていないことを知らされる。
本書において電話は通じないし、手紙も渡せない。
すれ違えば そこにドラマが生まれると思っているのだろう。
教師を通じて ヒヨリの連絡先を入手したらしい琴音が、ヒヨリに電話を掛け、佐々本の窮状を知らせる。
それを知ったヒヨリは、佐々本同様に「運命を作る」と勇ましく家を出る。
この場面、かっこいー、と揶揄したくなるなぁ…。
結局、子供である自分が犯した過去の反省なく、自分のためだけに動いているんだもん。
じゃあ、自分がダメージを受けるのも、貴方が失った全てのものも「運命」なんですか?と問い質したい。
自分の都合の良いように切り取られた運命なんて何の価値もない。
親は世間体で引っ越しさせた部分が大きいが、
少なくとも1%は娘のためを思って転校させて、様々な手続きを踏んだ その1日目に、
こんな行動された日にゃ、親の落胆や如何に、と同情の気持ちすら生まれる。
この日、取り敢えず空港まで出たヒヨリを待っていたのは当道。
18歳の彼は運転免許を持っていて、車で彼女を迎えに来た。
こういう時は、出会えるんですね、と皮肉を言いたくなる。
ヒヨリが電話を受けて即、動いて、そんな彼女が空港で当道に出会う確率は相当に低いはず(当然、携帯電話はない)。
これまで佐々本とは すれ違い続けてきたのに、随分と ご都合主義ではないか。
その道中、ヒヨリは当道の身の上話を聞く。
これは彼が2回も1年生を留年している理由に繋がる話だろう。
当道の彼女は、性格も外見も どこか琴音に似ている。
だから当道は人一倍、琴音のことを気にかけ、味方で い続けるのだろう。
にしても当道が16歳前後から同棲するとか、またしても現実感がなさ過ぎて ついていけない。
当道の親もまた物語から排除されていると見られる。
全体的に言えることだが、彼らが高校生である必要性を感じられない展開ばかりである。
中学生編以降は、全員を+3歳にして、大学生で1人暮らしの人が多いなどの設定の方が良かった。
少女漫画において、親を世界から追い出すような作品は、恋愛の独り善がり度が格段に上がる。
主人公が良いバランス感覚を持っていると作品世界の健全さが増す気がする。
元の学校に戻って来たヒヨリは、まず水野に再会する。
開口一番、彼は謝罪の言葉を述べ、頭を下げる。
一連の騒動に対する自分の態度を謝罪し、だが本当にスキだったことを伝える。
その水野らしい言葉を受けとめ、ヒヨリは全てを肯定する。
そして2人は手を繋いで、本丸である職員室に向かう。
うーーん、なんかさ、ヒロインを聖母化させて、全てを許容すればいいと思ってない??
佐々本だけじゃなく、対ヒヨリに対しても水野を一方的に悪者にすることで、
恋愛におけるヒヨリの曖昧な態度に対する罪を有耶無耶にしている気がしてならない。
恋愛の勝者だけが、本書における正義になってないだろうか…。
話を聞いた教師たちが出した結論は、
佐々本に退学処分を出さないこと、そして水野の退学処分だった。
これによって水野だけは その行動に対して罰が与えられた。
そして友人たちとの別れも済ませ、涙ぐみながら その場を立ち去るヒヨリに、ハンカチを差し出すのは琴音。
彼女は別れ際に佐々本が今は自宅に身を寄せていることを知らせる。
琴音は佐々本家の隣に住むから知っているのだろう。
こうして琴音にも相手を思い遣る気持ちが生まれたということか。
彼女がヒヨリを佐々本に送り出すことは、琴音が佐々本に頼らないことを意味している。
そうして彼女も強くなっていくのだろう。
琴音は嫌な奴で、特段 罰も受けないが(幼少期のトラウマが罰とも言えるが)、
本書において、唯一 成長や変化をしっかり描けているのが琴音ではないだろうか。
彼女だけは精神的な変化が分かりやすい。
ヒヨリも佐々本も「運命」という言葉を妄信しているだけにしか見えないからなぁ…。
だが再びヒヨリは すれ違う。
佐々本は自宅におらず、偶然 出会った彼の弟から居場所のヒントをもらう。
何だかRPGみたいだ。
佐々本が居るのは、2人の出会いの場所である中学校。
それを知ったヒヨリは中学に足を向けるが、またも行き違いが生じる。
でも今回、そんな2人を結び付けるのは、ヒヨリが途中で落としたアヒルのキーホルダー。
佐々本の愛の結晶であるキーホルダーを佐々本が発見することで、ヒヨリが この学校にいることを知る。
これは賛否半々かな。
それがヒヨリの気配になるのは上手い使い方だと思う一方で、
ヒヨリが大事な愛の結晶を放置する事に違和感を持つ。
こうして再会して、運命を確かめる2人。
試練の大きさの割に、まとめに入るのが早い。
うーーん、会えばすぐ復縁かぁ。
後半は2人を遠ざける、離す、会えなくさせるだけの物語だったなぁ。
時間が経過するラストも、そうすれば 2人の恋愛が「本物の愛」だったという大義名分が出来るから利用したように思える。
これまでの間違いも全て帳消しにしようという魂胆だろう。
2人には、愛を貫いた、という美しい言葉ではなく、
妄信や自分勝手を貫いたという言葉の方が適当のように思えてしまう。
私が親だったら家に帰ってきたヒヨリに対して、
懇々と説教をして、その反省の無さを反省してもらいたいところである。
そして重すぎる『6巻』の内容が、その後に全く影響していない事に虚しさすら感じる。