筑波 さくら(つくば さくら)
目隠しの国(めかくしのくに)
第02巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
他人に触れると、時折未来が見えるかなでと、触れたものの過去が見えるあろう。念願の恋人同士になれた二人だが、もう一人の未来が見える超能力者・並木にジャマされて…!?
簡潔完結感想文
- 未来視で学校内の事件発生を未然に防ぐ かなで と、過去視で事件の動機を知る あろう。
- 人の作り上げた「過去」と真実のギャップを埋められる あろうだが、それ故に苦しむ事も。
- 並木は事件解決の協力者であり、恋愛の橋渡し役。口では文句を言っているが根は良い人。
真実を知らせることで癒すこと、そして自分が真実を知ることで傷つくこと、の 2巻。
本書に流れる空気が好きだ。
それは主人公たちが自分本位に泣いたり叫んだりしない穏やかな性格が理由だと思っていたが、
この空気の流れを作り出しているのは作者の話の構成の上手さにあるのではないか、と『2巻』を読んで思った。
何といっても話の流れが綺麗なのである。
場面転換に全く違和感がないし、新キャラの性格を表すエピソードの作り方も巧い。
登場人物たちが どうして こういう行動するのか、に しっかりと理由がある。
漫画的には派手ではないし、読者の心拍数を分かりやすく上げるような場面もないのだが、
読書後に確かに私は この世界にいたんだな、という
まるで作中の かなで が未来の世界に迷い込んだ時のような感覚が ずっと残る。
作品内の空気が好き、という感情は多分、作者への信頼感と同じであろう。
初めて読む作家さんで、何の前情報も無かったが、
作品に触れて、その人となりが流れ込んでくるような気がした。
読切短編から始まった本書だが、『2巻』では3回、そして5回の短期連載が収録されている。
これは長期連載にGOを出すほどの人気はないけれど、
また続きを描かせてみよう、という編集側の苦心の跡が滲み出ている。
そんな短期連載においても作者は ちゃんと結果を残している。
私が特に好きなのは前半の3回分の短期連載。
この後半2回は、過去視の能力のある あろうが、
過去を見ることで救うことが出来る人と、過去を見ても救うことが出来ない人の2種類の人間が登場する。
時に真実は人を傷つけるという名探偵の痛みにも似た感覚が新しかった。
そして その真実に傷つくのは暴いてしまった あろうの方であることも鮮烈だった。
この2回の能力がもたらした結果の違いだけで、あろう が どれだけ心に負荷をかけて生きているかが分かる。
作品内を流れる落ち着いた空気が、
作者の年齢によるものなのか、知性によるものなのか分からないが、
どちらにしろ この空気に触れられたことは喜びに値する。
この喜びを獲得した当時の読者たちによって この世界は守られたのだろうな、と分かる。
そんな現実の動きも含めて、本書は温かい空気に包まれている。
冒頭の3話の連載では彼らの秘密に触れる者が出てくる。
ここから ちょいちょい主に学校関係者に彼らの能力は露見していく。
最初は保健室にいる保健医(養護教諭とは違うのか?)。
少女漫画における養護教諭・保健医は いつも保健室にいなくて、
恋仲の2人が手当てをする/される というのが少女漫画の お約束。
本書でも怪我をした かなで を あろう が手当てをするのだが、
この2人は未来/過去を見る意味でスキンシップが多いからか、手当てによる接触にドキドキしたりしない。
この話で面白いのは、かなで が丸坊主の人が怪我をする未来を見るのだが、
少なくとも丸坊主の人が6人いる中で、誰が該当者か、というミステリの犯人当てみたいになっている点である。
そして やはり かなで が未来を見た時点で、未来は変わっているらしく、
かなで と同じ能力を持つ並木(なみき)が、かなでを通して見た未来では、
かなで が大怪我をする事を知り、彼は彼女を事故から遠ざけようとする。
並木は かなで の無事が確保できれば それでいいが、
誰かが怪我をする未来を知った あろう は、誰かが怪我をする未来は かなで の悲しみに繋がると考え阻止に動く。
ここは、並木よりも あろう が優しいというよりも、
どちらの男性も、アプローチこそ違うが かなで を守りたい、
この世界において彼女が一番 愛されている、という少女漫画らしい構図となる。
ラストは並木の虚偽の未来視を見破った かなで も動き、
結局、事故を回避するため3者3様の未来回避をしている場面が楽しい。
並木も結局 自発的に動いているし、そして男性2人が同性に容赦ないところまで見て取れる。
だが この騒動を通じて、かなで の不思議な発言に疑問を持った保健医は、彼らの能力に気づき始める…。
これが連続モノの引きとなっていた。
手に負った怪我の治療のため保健室に通う かなで。
その際の会話の中で、養護教諭が かなで の能力を知っている事を仄めかす。
かなで は未来を変えられるというが、自分の変えられなかった未来=過去に囚われている保健医には かなで の前向きさは眩しすぎた。
未来の改変を望まない保健医によって、
かなで は眠らされてしまい、変えるはずの未来が近づいてしまう。
ちなみに この保健医は最終盤に暗躍する「あの人」と、家族(兄妹)や過去にしがみついている点が似ている。
この保健医は、かなで の未来視の能力は疑っていたが、あろう の過去視は予想外の能力。
眠らされたかなでに触れたあろうは一瞬で真相を突き止める(謎が成立しないので名探偵にはなれませんね)。
そして あろうは、保健医の持ち物に触れることで、この犯行の動機を知る。
あろう は人の記憶の中で凝り固まってしまった「過去」と、本当にあった「過去」のギャップを指摘し、
その人の人生の真実を明らかにする。
ホワイダニットまで解明するのは名探偵っぽい働きだなぁ。
また並木は、自分が他の2人のように完全なる善意から動けないことに悩みつつも、
猪突猛進型の かなで より的確に見えた未来を改変していく。
並木は かなで と ほぼ同じ未来の情報量を得てから、
それをどう伝えるか、というプレゼン能力の違いによって、その人の行動を抑制している。
まぁ 脅迫に近い気がするが。
もしくは優しい死神、と言った感じである。
かなで のように事故に自分を巻き込むような防御法ではなく、
飽くまで事件を未然に防ぎ、かつ その人の意志によって未来を変化させようとするのが並木である。
かなで は未来視の他に、その人(特に男性)の大事な人に似ている、という能力もある気がする。
保健医や今回の来訪者の老人には大切な家族に見えて、
そして あろう や並木にとっては得られなくなった母性ではないか。
共通するのは、もう手の届かない存在を彼らの願望が映し出している点であろうか。
これは彼らの過去の「盲点」を、かなで という存在が補完しているのかもしれない。
上述の通り、あろうは記憶と真実のギャップを埋められるが、その逆の事が起きた時は彼は苦しむことになる。
過去になったものを受け入れられず、それを現実のように大事にする老人によって、
彼の中の希望と真実のギャップに あろう が傷ついてしまう。
更に同日に あろう が丹精込めて作り上げた畑が何者かに荒らされて、
無残に横たわった植物たちの記憶から、一瞬で犯人が分かったあろうは、冷静さを失う。
そんな荒れてしまった畑と、あろうの心を元に戻すのは、かなで という存在。
裸足になって、制服も汚しながらも、畑の復元を第一に優先してくれた かなで に彼の愛情は募るばかり。
いつもは2人の お邪魔虫として存在する並木さんだが、
本当に愛が積もっていく話だと出番が無くなるのが悲しい所。
これは「虫の知らせ」で、並木さんは身を潜めているからだろうか。
続いては5回の連載。
新キャラ生徒会長(女性)が登場。
生徒会長は非情にも あろうが丹精込めた畑の縮小を命じる。
これは本来 与えられている以上に開墾をしてしまった あろうが悪いのだが。
畑は あろう の一番大切にしているもので、
そこに生徒会長が関わることで、あろう と会長の繋がりが生まれる流れを自然に見せている。
また生徒会長の人柄を見せるエピソードを用意してから、その後に かなで は彼女がライバルになることを知る。
本格的な三角関係の前に、かなで にとって叶わない相手かも、と思わせる準備を先に整えている。
この場面、女子生徒が失くした物は、あろうの能力によって遅かれ早かれ見つかったはず。
だが無能力者でも根気があれば、彼らと同等の働きが出来るということを生徒会長は証明している。
彼女もまた善なる者だという事が伝わるエピソードである。
あろう は生徒会長を気にかけているが、かなで にはその理由が分からない。
だが かなで は あろう に触れることで、彼が生徒会長に惹かれる理由が分かってしまった…。
この2人は絶対に互いの不満や文句、そして浮気なんて出来ない関係性なんですよね。
少女漫画だからエピソードが厳選してあるが、
普通に生きていても やはり他人から情報を吸い上げられるのは気持ちのいいものじゃない。
前回の荒れた あろう が取った行動のように、個人情報を材料にすれば、脅迫も出来てしまいますからね。
捻じれかける2人の関係を修復しようと動くのは並木さん。
本当に損な役回りです。
でも2人を好きなのは本当だと思う。
そして自己の都合や欲望を優先しない自分を好きにはなれないが嫌いじゃないはず。
といっても、それをあろうへの意地悪の材料にして、せめてもの逆襲をしようとしているが…。
こうして四角関係のようになった4人。
本書においては、恋愛関係が揺るぎそうな話は珍しい(ほんのちょっとだけだが)。
見せつけるような並木と かなで の抱擁に動揺した あろう が、
かなで の見た未来の通りに、料理を焦がす、という場面に繋がるのには感心した。
また、そんな状態の あろう が作った料理に異変が起きているのだが、
並木以外は気づかず、気づかないことを異常事態だと思った並木が
再び お節介を焼くという自然な流れが生み出されている。
物語が一つの流れの上にあるスムーズさで非常に手触りが良い。
敵に塩を送るような直接的な言動をしたくない並木にとって、
触れれば相手が事情を理解してくれる あろうのシステムは便利な手法だと思われる。
一瞬で同じ過去を共有し、その上で怒ることなら並木にもできるが、
自分で一から説明することは彼のプライドが許さないだろう。
こういう情報伝達が可能だからこそ男性たちの奇妙な友情は崩れないと言える。
5回の短期連載の4回目は そんな並木さんの休日を描いたもの。
これ以降、箸休めのように置かれるのが、次の読切短編で、これから繰り返される並木と動物シリーズ。
愛されなかった並木が、愛するということを覚えていく話となっている。
損な役回りばかりの並木に対するフォローにもなるし、彼の株は上がるし、
動物は可愛いしで 良いとこ尽くめのシリーズである。
並木は作者からしっかり愛されているなぁ、と強く思う。
彼のファンは多いだろうから、メタ的に言えば、損どころか おいしい役回りといえるのだが、
そんなのは作中の彼には気休めにもならないのが悲しい所である。
5回連載の5回目は、2人の距離がすれ違いからの急接近。
作品的にも一区切りと言った感じが出ている。
一応、本書最大の特徴だから かなで の能力がノルマのように消化されるが、
2人が距離を縮めるのは、能力なしで、人と人の向き合いがあってこそである。
キスの前後には長らく表情(目)が見えない あろう だが、
読者には彼が今 どんな表情をしているのかが手に取るように「見えて」いる。