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少女漫画と小説の感想ブログです

育んできた恋心と友情が、私に ここではないどこか ではなく、ここにいたい と思わせる(朱里)

思い、思われ、ふり、ふられ 10 (マーガレットコミックスDIGITAL)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
思い、思われ、ふり、ふられ(おもい、おもわれ、ふり、ふられ)
第10巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

両親についての悩みを朱里が亮介に話したと知った和臣。嫉妬を感じながら、自分にも言って欲しいと朱里に伝えます。そして和臣は自分の思いを打ち明けたくなり――!? 一方、亮介からのアプローチも加速して!?

簡潔完結感想文

  • ほんの少しの不安要素が2人の関係を「同志」に押し込める。覚醒までは あと少しだが…。
  • ゴン攻めの亮介。お行儀の良すぎる恋愛の中で、野性を感じる彼の態度にファンが急増中?
  • 「同志」たちは同じ日に親との対話を決意する。優しい子供たちの親への具申は通るのか⁉

頭とラスト、和臣の手が誰かに伸ばされることで彼の意思を感じる 10巻。

和臣は大器晩成。
成長速度は誰よりも遅い。
だがゴールが見え始めた この『10巻』で、やっと動いてくれた。
物語は彼の成長待ちという側面があった。
ここから物語が面白くなるのは彼の覚醒によるものだが、
ここまで物語が停滞したのは彼のせいとも言える。

全体として俯瞰すれば、まるで最終巻のように全てに決着がつく『11巻』を前にした、
最後の焦らし、といったところだろう。
次の巻で、溜め込んだ感情は堰を切ったように溢れ出ていく。
しばしの辛抱。

人の心の機微を丁寧に描いているのは分かるが、もうワンテンポ、行動が早くても良いのではないか、と思った。
前作『アオハライド』でも中盤~後半、動きは少ないし、同じことの繰り返しに思える部分があったが、
本書でも そんな印象を受けざるを得ない。

特に本書では恋愛問題に それほど障害がないことが その思いを強くする。

そもそも彼らの家庭問題と恋愛問題のリンクが ちょっと弱い。
アオハライド』の場合は「交際中の彼氏」という分かりやすい動けない現状があったが、
本書の場合は、長らく両片想い状態の朱里(あかり)と和臣(かずおみ)に交際相手はいない。

どちらの恋愛も人間的成長後に両想いは成立するという本書の狙いは分かるが、
若者たちは そんなに恋心を自制する・出来るものかな、という疑問は絶えない。
理路整然としていた、ことによると頭でっかちな咲坂作品は好きだが、後半に物語のテンポが失われているのが気になる。
具体的にどこ、という指摘できない浅はかな指摘ではあるが、
もっとバッサリとカットできるエピソードがあったような気がしてならない。
全12巻分を10巻でやってくれたら 良かったのに、と思ってしまう。

若者たちが、頭に去来したアイデアをあっという間に実現するのが咲坂作品の長所だったはず。
それに加えて場面転換や時系列の移動などによって意外性とテンポを生んできたのに、
終盤は 一から十まで全てを描いて、全体として のっぺり とした印象になっている。
同じ内容を描くにしても、作者なら工夫次第で読者を夢中に出来たはず。

これ以後の作品、作者がもっと歳を重ねて、描きたいことを詰め込んだ結果、
後半のテンポが くどいほど遅くなるような事態にならないことを祈るばかりである。


そういえば朱里と和臣のシーンは夜が多いが、
これは由奈(ゆな)と理央(りお)との比較になっていたりするのだろうか。
由奈たちは序盤は夜に一緒に出歩くほど接点がなく、
交際後も健全な付き合いをしているため、夜に並んで歩くことも少ない。

陽の理央と、陰の和臣といった感じか。
ずっと日陰を歩いていた和臣が、ようやく自分で輝き始める。


臣は朱里が抱える両親の離婚という悩みを間接的に知ったことにショックを受ける。
元カレの亮介(りょうすけ)には話して、自分には話してくれなかったこと。
自分が彼女と気持ちを共有できていないことに和臣は落ち込む。

和臣は、具体的に問題に踏み込まないフリをする亮介と違って、
初めて朱里の母親への批判を口にする。
これは読者の誰もが思っていたことだろう。

不満もあるけど感謝もある。彼らが身動きが取れないのは そこに理性や優しさがあるからでもある。

確かに子供目線で見ると、朱里は母親の人生に振り回される被害者で、
彼女は母親に自分の被害を訴える権利を持っていると思う。

だが、朱里がそうしないのは、きっと未熟な自分が一度 口火を切ると、
激情に呑まれて、これまでの母親との関係を含めた 母の全人格を否定してしまう危険性を分かっているのではないか。
そういう自分の子供の領分を彼女は自覚しているのではないだろうか。

これは由奈に対して発した言葉だが、朱里の考え方に通じるものがあると思う言葉。
「ずっとモヤモヤはしちゃう そんな気持ちに なるのも させるのも
 だーーーれも幸せじゃないもん」
これは人間関係全てに該当する思いだろう。
亀裂は容易に入れられるが、その関係の修復は はるかに難しい。
だからこそ波風を立てたくない。

そういう気持ちを含めて和臣は彼女の現状を理解し、共有する。
「分かるよ」という和臣の言葉に、朱里の目は潤む。

これは和臣と亮介の差でもある。
亮介は口出しをしない。
彼は我を出さないことで、朱里が何でも話しやすい空気を作っている。
その代わり、どんなことがあっても彼女を否定しないし、味方でい続けるだろう。

ただ和臣は抱えるものが似ているので、深い共感を持った理解となる。
家庭の事情としては和臣にアドバンテージがある。

朱里を追いかける、という和臣にしては珍しい執着が実を結んだと言える。

ただし、人として深い理解をしているが、恋愛面では お互いに前に進めない膠着状態。

今回は和臣が渡された(彼の兄の)チョコが朱里の心に引っ掛かり、
彼女の使う「同志」という言葉で和臣は予防線を張られた形になった。

そして 似た者同士で同志の2人だからこそ、朱里は新たな悩みを抱えることとなる…。


介が朱里に近づいていることを知った理央は、再度 和臣の尻に火をつける。

が、和臣は客観的事実を述べるだけで主観的な行動を取ろうとしない。
理央には それが「言い訳」に聞こえる。
これは先日、和臣が兄から言われた言葉でもあった。

亮介の和臣への猶予期間は過ぎた。
逆に言えば、亮介が動くまでの間が、和臣の動くチャンスであった。
忠告されていたにもかかわらず動かなかったのだから、和臣に文句を言う権利はない。

亮介が、自分にはない言葉で朱里に好意を伝えるのは良いですね。
彼にしては表情に感情が乗っているし、言葉はストレート。

だが朱里は その誘いには乗らない。
そして自分の同志のような人との恋を亮介に伝える。

それを亮介は「それじゃ ただの傷のなめ合いじゃん」と一刀両断。
冷酷な言葉のようで的確な気がするから不思議。

彼らの関係を「すごく閉じた関係」と評した上で、
「別のとこから引っ張る存在」になるから「もう一度 俺に がんばらせて欲しい」と告げる。

うーん、亮介 素敵だ。
今、この漫画に足りないのは、こういう距離を詰める努力と勢いだよ と思ってしまう。


介がゴン攻めしてきたことに、朱里を除く他の3人は公園で作戦会議を開く。

ここで全ての情報は共有され、朱里が地元に戻りそうなこと、
父親側につく事は由奈のために考えていないことなど問題点が挙げられていく。
3人は何とか朱里と一緒にいられるように考えを巡らす。

この離婚騒動・引っ越し問題に関して由奈をしっかり関わらせている点が好き。
「恋愛脳」漫画になってしまうと、友情が疎かになりがちになってしまうが、
本書の原点は、似ていない2人が友達になったことから始まっている。
ここで由奈の存在感を高めることで、物語が多角的になった。

朱里の最大の共感者は和臣かもしれない。
だが朱里を好きな気持ちは、由奈も理央もしっかり持っている。
「朱里の悩みを朱里と同じように感じる事は出来な」い、だけど その悩みを受け取る事は出来る。

こういう存在が、亮介の言う「別のとこから引っ張る」ということなのだろう。

このシーンは、本来的には朱里が亮介に引っ張られるシーンであろう。
だが朱里にとって重要なのは、自分には もうそういう存在がいると実感したことかもしれない。
亮介でなくても、自分には自分と違う価値観を持った人が傍に居る。
そう思えたことが、実は朱里の恋愛の行方に実は大きな影響を与えているのではないか。
由奈の言動が、幼なじみの和臣の恋路を守ったと言える、かも。

朱里にとって由奈は最初から素直に腹を割って話せた存在。
彼女がいる場所が、朱里が ここにいたい と思う場所となる。
その執着とも言える思いが、物事に深く関わろうとしなかった彼女の成長の証でもある。


介のことで頭がいっぱいになっているらしい朱里は、覇気がない。

そんな彼女の様子を見て、和臣たち は2回目の作戦会議を開く。

そこで朱里が亮介から告白された情報を共有する3人。
朱里から聞いていた由奈の反応でバレる。
由奈は嘘がつけない子ですね。

ただ、朱里の悩みは、亮介の告白の影響というよりも、
亮介の、和臣との関係が袋小路に入っているという指摘に悩んでいると思われる。

しかし朱里が導き出した答えは単純明快。
同じ悩みを抱える2人がいるなら、
1人の導き出した解答は、もう1人にも適用できるというもの。
ならば自分が先駆者になると朱里は決めた。

実は これ、和臣の兄も同じ考えだったことが分かる。
「俺が優等生な自分を やめれば 弟のおまえも自由になれる」、
彼はそう考えて、自分が先駆者になろうとした。

こうして和臣の一家に突破口をあけることで、家庭の風通しを良くしようとしたのだろう。
だが、結果的に一家は一層 頑固になり、和臣も自由とは反対の姿勢をとってしまった。
兄は先駆者として、弟の くすぶりが良く見える。

和臣もまた被害者ではなく当事者として道を選ばなくてはならない。
それは かつて理央が辿ったように、自分だけが不幸だと思わない大きな視点を得るために。

朱里の決断や行動の早さは咲坂作品らしいもので好感を持つ。
一方で、和臣は頭の固さが目立つ。
物語の最終ランナーとはいえ、ここまで動かないとは。
人としては和臣 好きですけど、こうも本書の足を引っ張るとは、という残念な気持ちも芽生える。


里に由奈がいたように、和臣には理央がいる。
理央に言われた言葉、実際に先駆者として動いた兄の背中を見て、和臣はいよいよ動き出す。

わざわざ亮介とコンタクトを取り、彼にライバルに宣言して、自分の逃げ道を潰す。
文化祭の時に、意を決して理央にライバル宣言をしたように、和臣は変わることを決意した。

最初から最後まで和臣は男と対峙していますね。
女性と2人きりのシーンって朱里とだけなんじゃないか。
幼なじみの由奈とも2人で登下校するような関係じゃないし、女性からモテるわけでもないし。
ここまで作中で価値を上げる描写(女性からの告白とか黄色い歓声とか)がないヒーローも珍しいだろう。
和臣は読者人気はあったのだろうか。


せずして、朱里と和臣の2人が家族に思いを打ち明ける日は同じ。
さすが同志である。

朱里は意を決した母に話しかけるが、意外にも母の方から折れてきた。
そうして母も家族の一員、妻として、抱える気持ちがあることを知る。
母を一方的に責めたり、自分の意見だけを述べることの出来なくなった朱里は、今度こそ袋小路に入る。

こうして過去最大に「弱ってる」状態の朱里を、亮介が呼び出す…。

理央との電話で朱里が母親に上手く意思を伝えられなかったことを知った由奈は動く。
朱里の代わりに自分に出来る精一杯のことをしようとする友愛である。
ここもまた和臣や亮介といった男性陣じゃなく、由奈が動く点が素晴らしい。

由奈にしては計画を練って、朱里の家を訪ねる理由を作り、そして母親に間接的なメッセージを送った。
朱里と出会えたこと、同じマンションに住んでくれていることを述べて、
彼女が ここにいること の必要性を訴える。

そんな由奈の奮闘に、理央も動く。
この巻の最後の最後ではあるが4人がそれぞれに動いている感じが良いですね。

もちろん由奈は朱里のためだけに動いたのだろうけど、
理央からすれば、こういう由奈の心意気に接して彼女を一層 好きになる所だろう。

こういう由奈の格好いい言動に理央はまた彼女を好きになる。友情と恋情が一気に噴出している場面。

一方、和臣は初めて真正面から親と向き合う。

父が兄の話題をしているという最大の逆風の中でも彼の決意は折れなかった。
だが和臣の話の途中で父は息子に暴力を振るい、聞く耳を持たない。

そんな絶望的な状況の中でも和臣は、去りゆく父親に手を伸ばそうとする…。
簡単には折れないことを証明しないと自分の成長に繋がらない。

和臣が朱里の背中を追って手を伸ばした冒頭と、
ラストの自分の壁の象徴である父親に屈したりせず手を伸ばすシーンは意図的に用意したものだろうか。

その手に込められたのは、これまえ抑圧されていた和臣自身の意志。
かつてマラソン大会で朱里が和臣の背中を探して全力で駆けたように、
和臣も自分から遠ざかる背中を追うべき時が来た。