宇佐美 真紀(うさみ まき)
恋*音(こいおと)
第05巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
光輝(こうき)の母親が生きている…!?その可能性を知った苺(いちご)は、事実を確かめようとする。ところがそれを、光輝に知られてしまい!?宇佐美真紀が描く大人気連載、衝撃の完結巻!!
簡潔完結感想文
- 最終巻。本編は半分にも満たない2話のみ。あっという間に終わるので ご注意を。
- 苺の探偵業。こんな形で大河と手を取るとは思わなかった。当て馬じゃないのね。
- 最後も苺が光輝の咄嗟の行動を止める。光輝を現世と正気にとどめる強い女性です。
夏の海での出会いと 冬の海での出会い、の 最終5巻。
早くも終わってしまいました。
本を閉じた時『ココロ・ボタン』に続いて佳作という言葉が浮かんだ。
やっぱり好きですね。
宇佐美作品。そして「宇佐美男子」。
宇佐美男子といえば、
本書の半分は読切短編が2編収録されているのですが、
2009年の最新読切の男性キャラは宇佐美男子としか言いようのない頭の回転の速い男子生徒だったんですが、
2002年発表の短編の男性は、かなり乱暴なキャラで宇佐美男子の特徴がない。
どうやら本書の連載が始まった2007年までに完成するらしい。
全4巻なので読書対象にしてなかった この一つ前の連載を読んでみようかなぁ。
宇佐美男子 誕生の瞬間を見たい。
佳作と思うのは、物語が過不足なく描き切れているから。
特にヒーロー側のトラウマに対して、
ヒロインに それを受け止められるだけの強さや背景があることを最初から描いていることが気に入った。
連載が長期化したからといって、
無駄に当て馬やトラウマという2種類のウマを登場させる作品が多い中、
本書は最初からヒーロー側に暗い過去が標準装備されている状態で、
ヒロインの方にも彼と呼応する部分を作っている。
出会いの場面や『5巻』での印象的な場面が起こる場所の選択も良いですね。
ここで起こらないと何も始まらないし終わらないという合理的な理由がある。
出会いの場面となった『1巻』が雑誌の8月号で、
最終回の冬の海の場面は3月号というのも季節にピッタリ読書となっていて粋である。
やっぱり私は ある程度 最初から始まりから終わりまでが考えられている物語が好きですね。
特に本書は、どこを切り取っても意味がある充実の内容。
読者をちゃんと胸キュンさせながら、2人の関係が進んでいることが明確に分かる。
絵柄は丸っこいのに、構成が実にシャープ。
こういう作品を描き続けていると、着実にファンを獲得していくのだろう。
あと海辺を舞台にした作品は、人の死やトラウマが生まれがちですね。
シーグラスなどの共通点で、山田南平さん『空色海岸』を思い出しました。
恋愛レベルMAXの状態の2人。
『4巻』の段階で肌を重ねて、苺(いちご)は光輝(こうき)の過去の女遊びもトラウマも含めて彼を受け入れる。
もう これ以上の恋愛イベントは起きにくい状況。
そこへ議題に上がるのが、光輝の母親のこと。
光輝が幼い頃、あの海で自殺したと思われていた母に生存情報が、苺のもとに舞い込む。
苺は それを光輝に伝えるべきなのか判断がつかないままで、
そのことに揺れる自分の不安を悟らせまいと光輝に元気に対応する。
これは ただ自然体で愛されるだけだった『2巻』の頃から苺が大きく変わった点だろう。
光輝に先回りしてもらって幸せになるのではなく、自分も彼との時間を幸福なものにしたいと配慮している。
ただ苺が一人で抱えきるには重すぎる荷物。
その重さを半分引き受けてくれるのが大河(たいが)となる。
彼に与えられた役目は こういうことだったんですね。
もし連載を引き延ばす要請があったりしたら、ここでの接触で大河が苺に好意を抱くのだろう。
ただし本書では そんな展開にはならない。
そこが好き。
なぜなら もう2人の交際は絶対的なものになっているから。
そういう不自然な後付け展開をしないのも本書の良いところ。
以前、苺は光輝の母のことを抱えきれずに光輝に、母親に会いたいと聞いたことがある。
今回は光輝が、逆に苺に その質問をし返す場面があるのだが、
その時の苺の表情が素晴らしいですね。
光輝とは背景が違うけれど、
純粋な母の思慕、そして彼女が見せてこなかった悲しみが、その表情に表れている。
本書の中で苺に一度も母との別れについての悲しみを表現させていないだけに、
表情の奥に潜む 苺が抱えてきたものの大きさに胸が痛くなる。
大河は 苺の得た情報の真偽を確かめるために動く。
それによって女性の近影、そして直前までの職場の場所が分かった。
だが ここで、2人の密偵が光輝にバレてしまう。
母の写真を見て、光輝は いつもと違う余裕のない反応を見せ、苺を寄せ付けない雰囲気を出す。
そんな光輝の背中を見て苺が自分の選択を後悔しかけたところで、
大河が頭ポンして苦しみを減らそうとする場面が好きですね。
本当に大河も優しい子なんです。
光輝の不安定な様子に、また1人でどこかへ消えてしまうのではないかと不安になる苺。
だが、今の光輝は これまでと違い、
自分をしっかりと見守ってくれる大河や苺などの存在を感じられている。
「絶対に黙って消えたりしないから」
こう言い切れるだけの強さと安定がある。
そんな光輝を苺も信頼する。
大河はまだ過保護な部分があるけど、苺はしっかりしている。
こういう距離感の描き方も好きですね。
そして2人で その女性に会いに行くことにする。
最終話で2人は母が働いていたという食堂で、同僚の女性から話を聞く。
光輝の母のような過去を持った女性が、同僚に何でもかんでも話し過ぎるとは思うが、
全てを最終話で収めるには こういう形しかなかったのだろう。
それに本人が言うと言い訳がましく聞こえてしまうだろうから、第三者から聞く方が良い。
光輝は、母の視点からの あの海での出来事に至る経緯を知る。
それは光輝も知らなかった事実で、夫を亡くした女性の、耐えきれない苦痛の日々だった。
彼女にしてみれば追い詰められた精神状態で究極の選択をしたのだろうけれど、
光輝にとっては自分の人生と精神状態に傷を負わせた人である。
この時点の光輝は怒りと憎しみに染まっている。
そして同僚から聞いた現住所に向かう。
それは全ての出会いと別れのあった あの海のある町だった。
その海岸で光輝が母を見つけ 再会となる。
再会の場所が住居の一室ではなくて、あの海岸だというのが良いですね。
海で引き裂かれた親子関係は、海で繋がる。
母を目の前にした光輝は荒ぶる。
今度は光輝が母の襟元を掴み、そして排除しようとしている。
だが、それを制止したのは苺という存在。
自分自身や相手を消そうとする暗い感情をいつも止めてくれる優しい女性。
こうして光輝は自分感情の蓋を開け、その一番奥にあった気持ちに気づく。
そこに入っていたのは怒りや恨みではなく、会いたかったという気持ち。
涙を流した息子に、母の手は息子を苦しめるためでなく、包み込むために伸ばされる。
2人は お互いを慈しみながら抱擁し 涙を流す。
ここで光輝が母との時間をすぐ埋めるのではなく、一番 大事な女性のもとに戻るのも印象的ですね。
それに この日は1日で色々な所を回っていて、日が沈み始めている。
光輝と母が暗い夜に一緒にいるのは まだ少し時間がかかると思われる。
夕日が沈んでしまう前に、また太陽の降り注ぐ日中に会う約束をして帰るのが最良なのではないか。
この場面、別れ際に、光輝が母と写真を撮っても良かったかな。
これで分かりやすくトラウマを払拭した証拠にもなるし、
光輝が母を大切に思い、母との楽しい未来を残そうとする姿勢にもなる。
まぁ この日だと ちょっと急すぎるのかなぁ。
そして後日、改めて光輝が住む大河の家に、母は招かれる。
そこには苺もいる。
そのことが大河は不満らしいが、光輝は当然だと思っている。
そして最後まで光輝が苺の顔を赤らめさせて物語は終わる。
母との時間も、苺との人生も これから先は長い。
未来志向の終わり方で胸が温かくなった。
「番外編」…
学校の人気者である光輝と大河に反感を持つ女生徒が、彼らに魅了されるまで。
そこにあるのは恋愛感情ではなく、この子、ただの腐女子なのか?
ここでは光輝たちが悪事をしなきゃいけないんだろうけど、タバコ吸うかなぁ?という大きな疑問が残る。
「つぶらなトラップ」…
隣の席になった徳永(とくなが・男性)が小バカにしてくることが悩みの谷山(たにやま・女性)は…。
やっぱり宇佐美男子は良いですねー、と思う一編。
自分からではなくて相手に言わせているのが小悪魔的なんですよねー。
短編の中にしっかり伏線が張られているから、その行動の裏に魂胆があって二度 読まされてしまう。
「恋するまつげ」…
隣の席の陣内 巧(じんない たくみ)に、チカはサル子と呼ばれていて…。
前の読切と設定が似すぎではないか?
隣の席のイジワル男子、女子力が低くて、恋愛感情すら分からない主人公などなど。
この話では宇佐美男子の成分は低め。
ちょっと乱暴で、でも純情なところには惹かれるけど。
2002年の作品だが、もっと前の少女漫画作品の雰囲気がある。
この頃は集英社系の漫画家さんのような絵柄に思える。