宇佐美 真紀(うさみ まき)
恋*音(こいおと)
第02巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
会いたくて会いたくて忘れられなかった光輝(こうき)くんと奇跡のような再会をした苺(いちご)。でも彼は苺を冷たく突き放すのだった。それでも、めげずに光輝を思いやる苺に、次第に心を許していく光輝。恋の音が聞こえる――どきどきでふわふわの切なくてあたたかい……そんな苺の恋のゆくえは!?
簡潔完結感想文
- まだ2巻なのに2人の関係は早くも終盤戦の様相。彼女は聖母で、彼はトラウマ持ち。
- 早くも交際。まず先に相手の気持ちを思い遣れるヒーローが素敵すぎて胸キュン連発。
- 初デート。背伸びせずに お互いの歩調を合わせて歩んでいこうという姿勢が最高。
宇佐美男子 最強伝説が詰まった 2巻。
やっぱり好きですね「宇佐美男子」。
そして このキャラを作り出せる作者のことも好きです。
読み流してしまう、何気ない場面にも しっかりと その人らしさが詰まっていることに感心する。
表面上の物語以上に、台詞や行動に意味があって それが胸キュンに繋がっている。
例えば交際後に初めて学校から駅まで一緒に帰った2人の場面。
2人の住まいは電車では逆方向なので そこでお別れ。
…のはずが、この時、光輝(こうき)が「オレ 定期切れてるから切符 買わなきゃ」と券売機の前に立って、
その流れで自然に苺(いちご)を送るから最寄り駅を教えて、という。
お別れを寂しく思っている苺には嬉しいサプライズ。
その前の言葉のフェイントも しっかり効いている。
そして このフェイントに作者は隙を作っている部分が見逃せない。
よくよく考えてみれば、まだ入学して日の浅い この時期に「定期が切れる」ということは まず ありえないのだ。
ここに光輝が自然に最寄り駅を聞き出すための嘘があり、彼女を喜ばすための先回りがあることが分かる。
苺は この嘘に気づかず、光輝が送ってくれる気遣いの方だけに喜んでいる。
だが光輝は、苺に喜んでもらおうと、ワザとらしくなく、負担にならない展開を考えていた。
ちゃんと相手のことを考えている、それだけで光輝が苺を大切に想っていることが伝わる。
こういう何気ない行為が光輝の優しさで、そして作者の描写の巧みさだと思う。
読んでいて、つくづくキャラも作者も好きだなぁ、と好感だけが積み重なっていく。
この巻では、券売機で切符を買ったり、苺は携帯電話を持っていなかったり、2008年という時代も感じますね。
出会った あの海で座り込んでしまった光輝。
彼のために その場を離れないことを決意した苺。
だが陽は落ち、やがて夜になる。
光輝も彼女を気遣うが、それ以上に苺は光輝のために この場にいることを望んだ。
そんな彼女の姿勢に光輝は彼女を抱きしめる…。
膠着状態を破ったのは、光輝を見つけてくれた苺の祖母の飼い犬・ゴロウさん。
ゴロウさんの導くまま歩いていくと、そこには川に落ちた猫がいた。
またまた水関連のイベントです。
もともと飼われてたのが捨てられたらしい猫は人間に懐かず逃げる一方。
光輝は自分の経験に重ねているようで、
「捨てられた時点で死んだようなもんなんだって!!」と彼にしては語気を荒く訴える。
だがそんな猫も苺は見捨てられない。
この猫の未来を、これから降り注がれる愛を信じる。
少女漫画においては、いつの間にか平凡なヒロインに母性が備わっていくことが多いですが、
苺に関しては、最初から母性がある。
それが母に関するトラウマがあるらしい光輝に共鳴したと思われる。
この場面でも、夏の海と同じく暗い過去に引き込まれそうになる光輝を、
強くしっかりした苺の言葉が、彼を現実に戻している。
これからも何度も苺は、光輝を助けるのだろう。
猫を助けるために動物病院に行き、
金銭面の不足を祖母に援助してもらったことで、光輝共々 祖母の家に招待される。
好きと自覚した途端に光輝が同じ家でご飯を食べ、おフロ上がりの姿、
そして無防備な寝顔を見せてくれる。
1話や1巻あたりの展開が濃密なのも本書の特徴だろう。
色々あった一日はまだ終わらず、眠れずにいた苺は、目を覚ました光輝を見つける。
この日で光輝は自分が変わっていくことを実感する。
人んちに泊まるのも、人んちで眠るのも光輝は初めて。
それが苺と一緒であれば変われた。変わり始めた。
さて、これによって光輝は女性宅に外泊したり眠ったりしたことがないことになるが、
それと性経験の有無は別なのかな。
変化していく光輝は、拾った猫を飼ってみたいと申し出る。
この猫がどう生きるか、自分が愛情を注げるのか、それを確かめるために。
猫に愛情を注ぎ 共に生きることが彼のトラウマの解消への一歩で、悲しみの負の連鎖を断ち切ることになるのだろう。
そして光輝は、苺に愛を伝える。
5話目にして両想い、そしてキスである。
やや早い。
けれど読者は知っている。
光輝には また問題が残っている。
トラウマなど隠している部分を苺に見せるようになれて、本当の両想いだろう。
2人でどう向き合っていくかが今後の焦点となるだろう。
翌朝の海岸でも、光輝は少しずつ自分の話をする。
父親も幼い頃に亡くなり両親が既にいないこと、
小さい頃からイトコの大河(たいが)の家にいること。
光輝の情報をこんなに知っている人間は大河の家の人以外にいないだろう。
彼にとって苺はたった一人の女性なのだ。
散歩から帰ると苺のことを心配した苺の父親が祖母宅に来ていた。
思わぬ対面となったカップルとその父親だったが、光輝はしっかりと自分から名乗り出て、
このような経緯になったことを論理だてて話し、そして頭を下げる。
どんな時も堂々としていて礼儀正しい。
イジワルをしない光輝もまた素敵男子である。
謝罪だったはずが、いつの間にか交際の挨拶のようになっている。
2人の唯一の身内である父に挨拶し、そして認められたので、これは少女漫画的には結婚一直線でしょう。
でも苺との別れ際にイジワルをかますあたりが「宇佐美男子」である。
そうして光輝は身も心も満たされて、穏やかな顔で帰路につく。
週明け、交際後 初めての学校はドキドキの連続。
光輝が学校にいないこと、遅れて現れたこと、誤解を招く言い回し、彼の連絡先などなど、
光輝が同じ空間にいるだけで教室は輝き出す。
ただ目立つ光輝との交際は、一時的に苺の日常を落ち着かないものにした。
だが、光輝はしっかりと そんな苺の気持ちも察して、歩調を乱されないように先回りしてくれる。
雑音に惑わされないで、問題を解消するところも良いですね。
学校での変化を1話で全て収めている点も素晴らしい。
続いてはデート回。
これは少女漫画の王道展開。
無理して大人っぽいコーディネイトで落ち着かないとか、
実は雰囲気が変わった彼女に実は彼氏が惚れ直しているとか初デートならではの描写が満載。
特に履きなれない靴は初デートに必須アイテムですね。
靴のトラブルが起きて、手当てや おんぶなど彼氏の優しさに感激する展開となる。
本書の場合は背伸びしたが故に転んでヒールを折ってしまった苺に、
身の丈に合った 彼女自身を表すような赤い靴を光輝がプレゼントしてくれる。
シンデレラ的展開であり、そのままの君が好き、という光輝のメッセージにもなっている。
光輝がデートプランを即座に苺使用に変更するのも、さすが百戦錬磨という感じである。
苺は単純に喜んでいるだけだが、手数の多さや臨機応変に対応するところが彼のこれまでの経験が滲み出る。
光輝の このデートの目標は、初のデートで緊張する苺を和ませ、楽しい思い出にしてあげることだろう
肉体的な接近で胸キュンを狙うのではなく、精神的にエスコートしてあげるところがジェントルマンである。
それでも光輝は自分の目指す理想像には届かないらしい。
少女漫画の遊園地といえば観覧車が必須。
2人だけの密室空間で、お互いの本音を話し合う。
また背伸びをして本来の自分とは違う自分に無理してなろうとする苺に、
光輝は自分のダメな部分をさらけ出して、等身大の自分たちであろうとする。
不安になることなんて何もない。
光輝の高鳴る心臓の鼓動を信じる。
それは光輝でもコントロールできない恋の音だから。
光輝の姿勢が本当に素敵ですね。
自分だけが格好つけるだけじゃなくて、ちゃんと「2人」の歩調を合わせることを最優先にしている。
そのためには隠し事もしない。
未熟な自分も しっかりと彼女に見せる。
これだけ短い間に、これだけの幸福感を描ける手腕が素晴らしい。
だが、この交際に ひとつ問題があるとすれば、
光輝のイトコ、同級生でありながら兄のような大河の存在。
彼は女性にも容赦がない。
自分を慕う女性の厚意をも「迷惑」と言い切る彼。
そんな大河にしてみれば苺と一緒にいると光輝は無理をしてしまうから危ういのだろう。
その手のストレスが溜まって、光輝の心が壊れてしまうことを大河は恐れている。
大河はそんな光輝の生態を痛いほど知っているから、苺を敵視するし 苺に平気で嘘も付く。
彼にしてみれば苺は不幸をもたらす存在なのだろう。
光輝を過保護に守る大河は、彼側の親族で、結婚へと続く苺の恋の、最後の難関かもしれない。
こういうヒロインと反発する男性キャラは、
和解した時に一気に恋に落ちたりしそうだが、大河はいかに…?