宇佐美 真紀(うさみ まき)
恋*音(こいおと)
第03巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
初めてのデート、初めてのキス。光輝(こうき)とつき合い始めた苺(いちご)は毎日がドキドキの連続。でも、自分のためになんでもしてくれようとする光輝に、苺は少しずつ不安を覚え始める。そして、明かされる光輝の秘密――そこには光輝の悲しい過去が…!?
簡潔完結感想文
- 苺を大切にしてくれるが一方で自分の価値を無いもののように振る舞う光輝。
- 初めての すれ違い。好きだけど彼の全てを理解し 受け入れることは出来ない。
- これからの未来を作る夏の海。そして これまでの過去を話す夏の夜。のはずが?
近づいては遠ざかる、寄せては返す波のような 3巻。
楽しい思い出ばかりだった『2巻』と比べると、
初めての すれ違いや、光輝(こうき)の闇が垣間見られたりと暗雲が見え隠れする。
本書の場合は恋愛模様の裏に、光輝の心の問題も描いているので
すれ違い後の仲直りの描写があっても安心できない。
光輝は彼氏として完璧で、誰よりも苺(いちご)を想ってくれている。
それは間違いのない事実なのだが、その一方で 自分を誰よりも軽視している。
人として不安定な部分を持つ光輝。
そんな彼に、今度は苺が自分のことのように彼のことを考え、
彼の精神状態を先回りして、安定させていくことが大事になっていくのかな。
恋愛とトラウマの二本立てで、
トラウマが最終的な問題になるため、恋愛のイベントは やや駆け足で進む。
ラストシーンもトラウマの入り口に立ったと思ったら、恋愛イベントが始まって驚いた。
そして この二本立てのお陰で読者に読みたいことが多く生まれる。
交際の続きも、光輝のトラウマも知りたくてたまらない。
光輝が月や海に魅せられるように、読者もまた作品に魅せられている。
冒頭は、苺のために自分を犠牲にする光輝の姿から。
いつも苺のためにお目付け役のイトコ・大河(たいが)の目をくぐり抜けて無茶をしようとする光輝。
そんな光輝と大河はケンカをする。
そして光輝と話したいがために夜に公衆電話まで出歩く苺を心配して、苺の父親が娘にケータイを与える。
苺の父も素敵ですね。
娘の心配をしているが頭から怒らないで、親が出来る防衛策を考え、そして娘に自制を促す。
愛情を感じます。
大河もまた光輝を心配しているからこそ口うるさいのだろう。
だが、光輝と同じ高校1年生の彼には保護者役をするだけの器や視野が広がっていない。
光輝のことを放置できるようになることが大河の子離れの第一歩だろうか。
だが そのケータイを、光輝と ちょっとした因縁のある乱暴な先輩男性に取られ、屋上の隅に投げやられてしまう。
それを取りに行く光輝。
だが苺には これが光輝のヒーロー的な行動というよりも、破滅的な行動に見えてしまう。
どうやら光輝には進んで危ないことをしようとする癖があるらしい。
彼には危険を感じる回路がないのか。
苺は彼を失う恐怖に飲み込まれていたが、光輝は平然としている。
これは2人が初めて味わう価値観の違いであろう。
光輝は、二度と苺を泣かせないと誓うのだが、そのページの上下の両端は黒い。
何か悪いことの起きる予感を残している。
『3巻』は冒頭から一気にサスペンス度が増してきましたね。
光輝の行動の原因は、自暴自棄にあるのだろうか。
自分が経験したトラウマが最大の恐怖だから、どんなことも怖くない。
生きていることに しがみつかないから、死を恐れない。
彼の空虚さを苺は埋めなくてはならない。
彼女もまた高校1年生で荷が重い役割だが、彼女は既に聖母になる兆候が見える。
母を亡くし人を失う痛みを知っている彼女だから、生の意味を光輝に諭せる可能性がある。
ここから一気にサスペンス化すると思いきや、日常の勉強回。
夏休み前の期末テストのため、光輝が世話になっている大河の家で2人で勉強する。
大河はいないことを知っていたが、大河の家族もおらず2人きり。
光輝は いかにも頭が良さそうだが、大河の方が真面目で勉強が出来るっぽい。
彼のような境遇の子は、育ててもらっている恩を返そうと熱心に勉強しそうだが、
きっと生きている実感に乏しいであろう光輝は勉強に熱を上げられないのだろう。
頭の回転は速く、地頭は良いだろうから、きっとトラウマ解消の折には、その能力が発揮されるはず。
その家で出会ったのは、あの海岸近くで拾った猫、そして大河の母親。
大河の母は光輝が家に初めて友達を連れてきたことに喜ぶ。
光輝は小さい頃に この家に引き取られてからずっと友達を呼んだことがなかったのだ。
光輝 曰く この家は「荒らされたくないテリトリー」らしい。
だが苺は、その中でも より私的な空間の光輝の部屋に招かれる。
こういう特別感は嬉しいですね。
その部屋あるのは、光輝の心そのもの。
中学生、小学生、そして その前と、光輝の過去を知っていく苺。
一番古いアルバムは、この家に来る前の光輝の家族との写真。
だが、赤ちゃんの光輝、そして父親らしき人以外の写真はアルバムからむしり取られていた。
母親の写真はない。
それが光輝の心そのもの。
段々と光輝のトラウマが見えてきた。
大河の母の独断で、夏休みは皆で あの海に行くことになった。
だが この日 苺は大河の家で、光輝が押し倒さんばかりに苺を求めてきたことを拒否してしまい、2人に距離が出来てしまった。
学校でも、帰り道でもギクシャクしてしまう2人。
そのまま夏休みに突入し、光輝はバイトのため すれ違いは大きくなる一方となる。
光輝が苺を押し倒したのは、アルバムで過去を見て、再び光輝のバランスを狂い始めたということなのだろうか。
それとも 自分の中で苺が特別になっていくことを行為として表したかったのか。
まぁ 光輝もただの思春期の男子ですもんね。
そして これが『3巻』ラストの行動に繋がるのかな?
初めての交際での初めての すれ違い。
苺は対処法が分からずに、2人の問題を放置してしまった。
だが すれ違いも、2人で乗り越える。
こうして光輝は、また苺が嫌なこと、望まないことをしないようにする。
適切な距離感を2人で見つけていく描写なのだが、段々、光輝が尻に敷かれていく(笑)
こういうことしないの! これはしちゃダメ! と母親が子供に教えるようでもある。
少女漫画のヒロイン、母になりがち、は あるある ですね。
夏休みに、海に行く日がやって来た。
2家族合同で同じ場所に行くため、苺の父親も同行。
泊まる場所は別々とはいえ、大河の父が仕事のため、大河の母と苺の父の不倫旅行にも見えなくはないぞ。
だが、この日 光輝はある計画をもっていた。
それがわざと電車に乗らずに、苺と2人きりで過ごす時間を作ること。
夏休み前後のバイトも、そのための軍資金稼ぎだった。
親をも騙す光輝のテクニックには恐れ入る。
演技を演技と思わせない光輝は悪い男だ。
こういう、光輝が何かを企んでいる箇所を読み返すのが楽しいですね。
2人は穴場の海岸で、たくさんの思い出を作る。
これからの写真を撮っていく。
それは猫を拾った時と同じく、未来志向の考え方。
こういう価値観が、光輝を少しずつ変えていくと思われる。
なんと この日は、光輝と初めて会った日から1年の日。
だから光輝は苺と2人きりで楽しい思い出を作りたかったのだ。
しかも記念日をしっかり覚えていて、プレゼントまで用意してくれる満点男子です。
そんな光輝の身勝手さに大河は立腹するが、
呑気そうに見えて、大らかに光輝の変化を包む母の考え方に感化される。
光輝に あれこれ注意して制止させるガミガミオカンからの変化を試みる。
別の日には大河と3人でお祭りを回ることに。
苺に気遣いのない大河の無遠慮さを描くことで、その逆の光輝の いつもの気遣いが分かるという場面が良いですね。
作者の胸キュン場面は わざとらしすぎないのが好印象です。
しかし このお祭りで、初デートの時のように慣れない履物で足を痛めた苺。
光輝は そんな苺を気遣い、大河を先に返し、彼女の足を休ませる。
ずっと「夜」や「海」を警戒している大河は、いつも光輝に目を光らせているが、
今回は 光輝を放任しようとしてくれている。
そこで2人きりで1年前のことを話す。
入学以来無視したのは、1年前に苺が自分の危険もかえりみず海に飛び込んだから。
巻き込んでしまう前に、離れようとする光輝の先回りの配慮でもあった。
間接的に人を守るヒーロー的行為もあるのだ。
ここから いよいよ光輝がトラウマを話すターンとなるのだが、
光輝が話し出す前に、苺は身体を重ねる準備が出来たと告げてしまう。
シリアスから一転、頭がピンクに染まった光輝は、大事な話を忘れてしまう…。
もしかして、勉強回での光輝の行動は、光輝も理性を失うという布石だったのかな。
階下に家族がいようと、これから大事な話をする時でも、
とっても好きな女性が目の前にいれば、光輝であっても欲望に負けてしまうのかもしれない。
しかし苺も「夜」や「海」といった光輝に関する注意事項は ぼんやりと大河から聞き及んでいるのだから、
一層 注意深く光輝を見守らなければならないのに、その前に恋愛イベントを優先させてしまった。
どうも彼女の行動が全て軽率に見えてしまうが、これは読者目線で分かりやすくなっているからかな。
相手が自分に全てを見せてくれようとしている時に、
自分も全てを預けようとするのは自然なことですもんねー。