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少女漫画と小説の感想ブログです

俺の胸が苛立つのは、脇が甘い 君の恋愛ソーシャルディスタンスのせい。

胸が鳴るのは君のせい(5) (フラワーコミックス)
紺野 りさ(こんの りさ)
胸が鳴るのは君のせい(むねがなるのはきみのせい)
第05巻評価:★★☆(5点)
  総合評価:★★★(6点)
 

きっとこの先ずっと、きみのせいであたしの胸は鳴りやまない 一度は失恋した有馬と晴れて両想いになったつかさ。幸せいっぱい!…かと思いきや、有馬からの「付き合おう」という言葉がないことにつかさは不安を感じていて…。思うようにいかない2人の恋の行方は――!?

簡潔完結感想文

  • 2人の頭を占める悩みは 現状維持が最大幸福だから 互いに相手には話せない。
  • 最終巻の有馬の胸キュン行動が、カイロとカラオケ中断じゃ ちょっと弱い。
  • 不安を盛り上げ過ぎて 仲直りのカタルシスまで帳消しに。新人作家あるある。

ジャヴに悩まされること間違いなし、の 最終5巻。

最終巻だというのに1巻まるまる曇天模様の『5巻』。
しかも最終的にマイナスを打ち消すようなプラスを打ち出せていない。

そこも大変 問題だが、私が一番気になったのは、
『4巻』収録の読切短編と内容が丸被りだという点である。

あの短編は、交際1か月のカップルが、
交際相手の周囲に かつて その人を好きだった異性が周囲をウロチョロし、
嫉妬で頭が占領されそうなところに、
彼の説明不足の言葉に彼女がショックを受け、
向き合うのが怖くなって、彼から逃げ出すが、
彼に後ろから抱きとめられて、本音を話して仲直りするという内容だった。

ハイ、これ本書の『5巻』の内容の説明にも全部流用出来ます。

そもそも『4巻』のラストの展開と、読切短編の状況が繋がっているように思えて内容を混同しそうになったが、
まさか それと同じ展開が繰り広げられるとは思わなかった。

編集側がどうして『4巻』に あの短編を配置したのか、
そして作家さんも内容が重複しないよう新展開を考えられなかったか と、
残念な被りに読者として怒りを覚えてしまう。

前半は別の作者さんの要素が そこここに感じられた作品であったが、
まさか最終盤は、自分の過去短編を そのまま流用したような話になってしまうとは至極 残念。

最終巻は胸キュン場面も弱いし、交際してからというものヒロインも個性を奪われる。
これまで本書で いいな と思っていた部分が ことごとく消滅してしまった。


書のテーマは「片想い奮闘記」らしいが、
それが締めくくられなかった最終回の展開にも疑問が残る。

最終回には有馬(ありま)からの「つき合おう」の一言が欲しかった。
この一言がないから つかさ は不安になっていたのだし、
この一言があって初めて 片想いは終わりを告げるのではないか。

何で これを入れなかったんだろう。大いに疑問です。

最終回までの展開は、
「要するに勝手に想像し合って無駄に こじれまくってただけ」なのだが、
その「こじれ」が起きた原因や解消の仕方も弱い。

ここはミステリに おける謎解きと同じで、
論理的なすれ違いが分かることで読者にカタルシスをもたらすと思うのだが、
両者が勘違いする伏線は張られているものの、膝を打つような説明はなかった。

少女漫画の宿命とはいえ、
話し合えば6ページで解決してしまうような内容を、
1巻まるまる使っていたのかと思うと徒労も感じる。
しかも上述の通り、過去作と同じ展開を読まされているのだ。

キスすりゃ大団円になって 何でも誤魔化されると思ったら大間違いですよ!


安は伝播する。

有馬は、つかさ の周囲に長谷部(はせべ)の存在があることが胸のシコリとなる。
そして有馬が物思いに沈む様子を見て、
今度は つかさが不安になり、一層 コミュニケーション不全となるという負の連鎖が起こる。

つかさ は周囲の女子の目を気にして、有馬と自然体で接せない。
その割に有馬の目に配慮して長谷部に近づかない、という訳ではないから独善的である。
(後に つかさ が長谷部を邪険にしない理由が出てくるが)

そんな状況の中、有馬は長谷部と対面。
つかさ と交際後に、有馬が長谷部に話すのは初めてだろうか。

不機嫌を隠さない有馬に対して、長谷部はキス事件の和解、そしてフラれた報告、
また先日の つかさ との会話は友達としてだったこと伝える。

これにより有馬は一定の留飲を下げるが、
こういうことを つかさ本人から直接 聞けないことが悪循環の始まりであることに気づかない。


2人は、つかさ のスマホの待ち受け画面を撮りたいとの願いを、母校である中学校内で成就させる。
だが、3年生の教室は有馬への告白を暴露された つかさのトラウマの現場でもあった。(『1巻』

てっきり待ち受け画面から交際が第三者にバレるのかと思ったが、そういう流れはなかった。
序盤に比べて、巧妙に伏線が張られる、ということが少なくなった気がする。
まぁ ここの場面は別の伏線ではあったが…。

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つき合っている確約が欲しい つかさ に対して、有馬は陰でこんなことを言う始末。

有馬と一進一退の交際ともいえない交際を続ける ある日、
つかさ は教室で有馬と男子生徒が話している内容を聞いてしまう。
それが「やっぱ お前ら つき合ってんじゃないの?」という問いに
「つき合ってねえよ」と有馬が答えるという衝撃的な内容。

確かに彼から付き合おうとは言われてないが、状況的に交際中のつもりでいた つかさはショックを受ける。

そのことに頭を悩ませる つかさ は心ここにあらず。
それは少し前に有馬が陥っていた症状でもある。

お互い本人に聞けないことが心配と悩みになって悪循環が生まれている。

特に つかさ は有馬のことを信じることはできるが、
自分に自信がないから、有馬が自分のことを それほど好きじゃないかもしれない、と疑ってしまう。
両想いになっても、想いの不均衡は生まれる、という現実は、
交際してみないと分からない悲しい体験であった。


一方で、つかさ に付きまとう長谷部の影を払拭したい有馬。
だから有馬は危機感が足りない、と初めて つかさ を否定する言葉を用いる。

その唐突で厳しい要請につかさは戸惑う。

これは つかさ と有馬の思考が全く違うから問題になる。

つかさ は自分が有馬に告白してフラれた時、
彼が変わらない態度を取ってくれたことに救われた。
だから自分も、自分に告白してくれた長谷部に変わらない態度でいようと決めているらしい。

確かに誰かの優しさに救われたから、自分も優しくなろうという姿勢は分かる。
だが その論理は分かるが、有馬の時と今回は状況が違う。
つかさ は今、有馬と両想いなのであり、
長谷部に望みを持たせるような態度は、有馬に対しても失礼なのである。

しかも つかさ の実体験では、自分が好意を持った相手と「友達」でい続けられたから、
その状況が今の両想いに繋がっている。
それが長谷部の身に起こらないとは限らない。

ここは有馬の心配も当然で、つかさ が八方美人を発動させているだけのように見える。
そして交際が巻き起こす事態に責任を取りたくないだけにも見える。
(女子生徒からの嫉妬を買いたくないから恋愛を秘密にするのも その一つだろう)


かし有馬にとっては
「女が男に片想いするのと 男が女に片想いするのは違う」ことらしい。
「ヤケになって力ずくでこられたら逃げら」れないから。

彼女の身の安全のためにも、有馬は一定以上の距離を確保して欲しいのだ。

ここは2人の価値観の違いが如実に表れ、だからこそドロドロの展開になっている。

作者の描きたいことも分かる。
片想いは明確な目標があって、そこに全力を傾ければいいが、その成就が分かりやすいが、
両想いは2人のことで、互いのバランスを取り続けなければならない。

好きという気持ちも、不平や不満も一方的になってしまっては関係が終焉してしまう。
だから気を遣い続けて、衝突を避け続けるのが最良で穏当な方策だと思ってしまうのだ。


んな不穏な状態のまま最終話。
つかさ たちのクラスは、大晦日に年越しイベントを開催する(深夜カラオケなどは法律違反だと思うが)

有馬も参加するが、上手く話しかけられない。
近づこうとしても拒絶されたことを悟った つかさ は、問題から目を背け逃亡する…。

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最終話なのに こんな展開。下げて上げるが胸キュンの法則だが、下げ過ぎてキュンが なかった…。

しかし、彼女が不安に負けて逃げ出すのも『4巻』の読切短編で先に読んじゃった展開である。
そこからの仲直りの展開も ほぼ同じで、感動よりも落胆が先に立つ。

つかさ は片想い歴の違いが、想いの深さの違いだと思い込んでいたから
有馬を信じられなかった。

これまでの有馬の「つき合ってない」発言などは、全て つかさに気を遣ったものだったことが判明。
有馬視点では、中学校でのこともあり、つかさ は男子生徒に恋愛事情を知られたくないスタンスだと思っていた。
これらの伏線は張られていたけど、それが納得できるかと言うと別ですね。
そして有馬の言う「暴走」が何を指しているのか分からない。

有馬が自分に対して「嫉妬」をしているのは、
つかさ にとっては嬉しい発見ではあるが、
それ以上に悲しみや苦しみが大きくて、そして作品内の雰囲気が最悪になった。
この少しのプラス要素では、これまでのマイナスは払拭できない。

つかさが あれだけ弱くなったのも、
話し合いがこじれて仲が険悪になるよりも、
現状維持で幸せな振りをした方が、日々平穏に過ごせるからであった。
両想いが彼女を弱くしたという理論は納得は出来るが、
物語を停滞させるだけで、動きを奪ってしまった。

前半のスッキリとした速い展開に比べて、
問題から逃げ回るだけで1巻消費するのは残念すぎる内容である。


れにしても両想いになってからの有馬は、つかさ をイジメている。
彼女のリアクションが面白くてイジメてしまうのだろう。

実は有馬は好きな子ほどイジメてしまうという小学生メンタルなのだろう。
(そう思っていたら、ラストの4コマ漫画も そんなネタで笑った)

最終話にして有馬の姉が出てきたり、つかさの友人に名前が付いたりするが特に意味はない。
有馬の姉は、番外編の伏線のつもりなのだろうか。

ビックリするのが、元カノ・麻友(まゆ)が『2巻』以降、一度も出なかったこと。
つかさ と言い争いをした場面が彼女のクランクアップだとは思わなかった。
せめて もう一度 有馬と対面して、その恋に決着を付けさせてあげたかった。


果的に、最終回前までの雰囲気を必要以上に暗くしてしまい、仲直りしたことよりも、
2人の未来に不安が拭えなくなってしまった。

これは南塔子さん『360°マテリアル』に似ている。
どちらも作者にとって初長編で、手探りで長編を構成したことが見て取れる。
当て馬が途中から覚醒して、ヒーローを不安のどん底に突き落とすのも似ている。

最終回を読んでも 幸福感に満たされるどころか、カップルの先行きが不安になるのも同じである。
波乱やマイナス要素に見合うだけの、幸福を用意できなかったのが原因だろう。


そして今更だけど登場人物紹介の有馬の欄の「文武両道なモテ男」とは一体…。
サボったり居眠りしている割に成績が良い描写はあったが、
彼がスポーツをする描写は一切なかったように思う。
(『5巻』でハードル走は しているが)
本編でなく文字情報でヒーローの価値を上げようとするのは止めて頂きたい。