くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
放課後オレンジ(ほうかごおれんじ)
第01巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★(4点)
夏美(なつみ)が入った常和中陸上部は、バスケやサッカーばかりしている変な陸上部。部長は超チビッコ!2年の翼(よく)先輩。頼りにならない翼にイライラしっぱなしの夏美だけど、実は全部、陸上に必要な練習だと知って超ビックリ!しかも初めて見る翼のハイジャンプに大感動!!いっぺんで翼に恋した夏美は!?
簡潔完結感想文
- オレンジの夕日が綺麗だった この頃。後半は色欲の色・ピンクに染まる!
- 陸上 × 青春 × 恋愛。この3つの要素と3角関係。いつからかバランスが崩壊。
- 「泣いてる女を見ると 殴りたくなる」に、共感しかねない主人公の泣き芸。
いつまでも走り続けて欲しかった 1巻。
本書は中盤までは眩しく輝いていた。
当初の作品のカラーは書名にもある通りオレンジ。
陸上部の活動に汗を流す部員たちを包み込む、夕暮れのオレンジ色でした。
それが中盤から一転、いつからか本書のカラーは色欲のピンク色になります。
登場人物たちが性欲でしか動かない(苦笑)
思春期男子の色欲は無限のパワーを生み出して、競技で好記録連発という結論でしたね。
ホント、陸上競技の関係者に土下座して回った方がいいと思う。
なんで、こうなってしまったのでしょうか。
後にファンタジー作品で人気を博す(らしい)作者が、
自分が不得手だということも自覚しないまま、
スポーツ・部活モノという不得意ジャンルに手を出した結果、
まだまだ成長途中の身体で全力疾走したために、思うようなレースが出来なかったこともあろう。
(これは主人公・夏美(なつみ)と同様の現象かもしれない)
そして やはり方向転換は小学館の編集部による作品の染め直しなのだろうか。
本書の連載開始は2007年。
これは2002年前後から始まる小学館が最も過激だった頃(例・水波風南さん『レンアイ至上主義』)と、
純愛旋風を巻き起こした(らしい)2009年連載開始の水瀬藍さん『なみだうさぎ』の間にあたる。
序盤の、中学生1年生の主人公・夏美が恋に部活に励む健全な様子は、
『なみだうさぎ』に通じる要素を持っていた。
そんな革命の予兆を感じさせながらも、
本書の後半は過激な内容を繰り返すだけになってしまった。
(といっても本書は言葉だけで直接的な描写は ほぼ無いのだが)
そこには編集部の意向があったように思われてならない。
努力・友情・勝利が「ジャンプ」の三大原則なら、
恋愛・S男子・エロが「Sho-Comi」の三大原則だろうか。
ちょいとしたエロを不必要に挿むのは、
それだけ読者の反応や売上が違うという証明なのだろう。
やはり小学館は小学館であることを再認識した。
特に掲載誌「Sho-Comi」とは私は相性が悪い。
安易なエロは個性を奪うというのに。
後半でエロを優先しないままの状態の本書を読んでみたかった。
後半の展開を知っている身からすると、再読は悲しい気持ちになる。
それは後半がエロ一色に染まっただけでなく、
作者が仕掛けようとしたことが空振りに終わったことを痛感するから。
主人公の夏美(なつみ)を中学1年生に設定したのは、彼女の初々しい恋を描くためだろう。
そしてヒーロー役の翼(よく)先輩が中学2年生なのも、
身長170センチの夏美に対して、彼が151センチと身長差を出すためだろう。
成長期がまだこないギリギリの年齢設定なのだろう。
そこまでは分かる。
だが、夏美にとって初恋かは不明だが、
本来なら初交際のトキメキを描くはずが、
いつからか物語の主題は貞操問答にすり替わっていった。
そうなると中学1年生という設定が足を引っ張る。
つい先日まで小学生だったような女の子が、性へ急速に目覚め、
第二次性徴がきてるかも怪しい翼先輩が、欲望を前面に押し出してくる。
私は ここが たまらなく気持ち悪い。
年齢とのギャップ、部活モノとのギャップ、
作者は本当に物語をこの流れにしたかったのか、疑問だ。
小学館の風潮に汚された物語を思うと悲しくなってくる。
また、競技をメインにして描くなら、もう1年必要だっただろう。
でも そうすると翼先輩のライバル、3年生の滉士(こうし)先輩が卒業してしまう。
だから本書は滉士先輩が部活を引退するまでの短期決戦となる。
1話で、夏美の兄・亮が翼が2年生の内に中学記録を更新すると予言したのも、
滉士引退までに けりが付くという展開の予告だったのか。
でも そんな短期決戦にせず、滉士先輩を翼と同じ年にすれば良かったのではないか。
一時期、滉士先輩が部活を抜けたのも、
本書と同じように翼が部長に選ばれたからという理由で済む。
後に明かされる、滉士先輩こそ翼がハイジャンプを始めるキッカケという事実も、
滉士先輩は小学校の頃から始めていて、それに翼が魅入られたでもいい。
確かに翼にとって滉士先輩が憧れでありライバル、という立ち位置は必要な要素だと思うが、
1年間練習に励んだという描写があれば、
夏美も全国レベルまで成長できる可能性が生まれた。
そうすれば、あの無意味な夏美のライバルキャラも救われただろうに…(『3巻』の話)。
陸上競技の結果も、恋愛も、拙速に結論を出そうとし過ぎている。
これは漫画家として早く結果を残そうとした作者の若さでもあるのかな。
きっと誰よりも本書の未熟さを痛感しているのは作者本人だろう。
主人公・夏美が所属する中学陸上部の部員の10人ほどは名前もキャラ設定もあるが、
彼らが個性を発揮する場面はありませんでした。
序盤以外は、完全にモブになります。
もっと陸上に特化していれば、彼らの連帯感や、
部活で一緒にスポーツをする楽しみや苦しさなども描けただろう。
各種目でのフォームの大切さや練習の工夫や練習の過酷さなど、
作者は運動オンチで興味のない分野も しっかりと勉強したことが見て取れる。
そんな真面目な姿勢は好感が持てるからこそ、やはり後半が残念になる。
中盤以降は作品崩壊とキャラ崩壊の連続です。
「恋愛には疎い」という硬派な設定だった、ヒーロー・翼先輩も、
恋人が出来た途端に、グイグイと迫り、性欲すら隠さなくなる。
変わらなかったのは、当て馬の滉士先輩と夏美ぐらいか。
しかし滉士先輩は、序盤の悪行が酷すぎて応援したくないタイプの当て馬だ。
粗野でありながら純情な人を描きたかったのだろうが、どうにも その加減を間違えている。
そして主人公の桜井 夏美(さくらい なつみ)。
彼女は一貫して「恋愛脳」であった。
もちろん悪い意味で。
初回から彼女は立場をわきまえずにキャンキャン騒ぎ立てるばかり。
ここは中学1年生になったばかりの彼女の幼さでもあろう。
しかし作中時間が完結までで4か月しか経過しないとはいえ、
部活動で学ぶはずの先輩後輩の礼節を最後まで学びません。
終始、自分のことしか考えられない人なので、誰にでも噛みつきます。
例えば部長である翼が提案する、
球技を使った練習法に疑問を抱き、従わない夏美。
遂に彼女は部活動のボイコット(休部)まで宣言する。
これは新入部員の夏美に何の説明もしない部長の翼も悪いが、
夏美が将来有望な選手ならともかく、
新入部員がボイコットしたところで、何の駆け引きにもならないのが悲しいところ。
このように夏美は自分を中心に世界が回っていると思っている節がある。
これは最後まで貫かれた姿勢だ。
男たちの戦いも、陸上競技も全て自分のためにあります。
一方、作中で大きく変わったのは、彼女の立ち位置。
少なくとも前半の夏美は翼たちと同じくアスリートだった。
しかし、それがいつの間にか、ただの愛されヒロインでしかなくなっていた。
これは夏美が予選を勝ち上がれず、彼女の夏が早期に終わってしまったことが原因だ。
本格的に競技を始めて間もないであろう中学1年生の夏美が快進撃を続けるのは無理があった。
なにせ夏美の100メートルのタイムは19秒23。
成長期の身体の変化についていけない理由もあるが、中1の女子平均より下なのだ。
けれど全国大会・全中を目指すという大言壮語はアッパレだ。
最初は前へ走り続けていたはずの彼女が、
いつの間にか目前の恋愛しか見ていない。
終盤は、すっかりマネージャー気分で観戦しているだけ。
これは女性は能動的に動かないで男性に翻弄されてればいいという女性観を示しているようで不快だ。
思えば小学館の漫画の女性主人公は無力なことが多い。
そして小学館のヒロインは泣き過ぎだ。
泣くことで物語がドラマチックだと演出できると思っているのだろうか。
特に夏美は泣き過ぎなので、これから1話ごとに泣く泣かないをチェックしようと思う。
ちなみに1巻時点の夏美の落涙確率は、5話/5話の100%です。
滉士先輩が初登場した際も泣いていた夏美。
それを見た滉士は「泣いてる女を見ると 殴りたくなる」という最低発言をするのですが、
作中で ずーーーっと泣いている夏美を見ていると共感が湧いてきた…。
ただし、1巻の時点ではアホの子なりに努力をしているところに好感を持つ。
料理も出来ないのに翼のためにお弁当を作ろうと奮闘したり、
倒れるまで走り込んでみたり、
恋に奮闘している様子が見て取れる。
しかし走ることを止めた時、彼女の魅力は全て消え失せてしまうのだが…。
恋愛感情が、状況によって引き出されているのが気になった。
例えば1話では悪漢(滉士)から守ってくれる小さな騎士として翼先輩が登場する。
2話でも暴漢に襲われた夏美を助けるのは翼。
これは、ヒーローの登場を分かりやすくしているのだろう。
そしてオレンジの夕焼けの中、ハイジャンプを飛ぶ翼の姿に夏美は恋に落ちる。
はじめに状況ありきで、夏美が翼に惹かれていきます。
ただし夏美の恋心はまだ分かる。
分からないのは、夏美を好きになる男たちである。
なぜなら夏美に何の魅力も感じないから…。
ヒーローの翼は夏美が寝言で翼の名前を呼べば、
顔を真っ赤にして彼女のことが好きになり、翌日からは独占欲を剥き出しにする。
これもまた状況だけで感情を作っていますね。
夏美の兄・亮いわく、翼は「恋愛に疎い」らしいが全くその要素が見当たらない。
(これは自分の恋愛感情に疎かったらしく、『2巻』の段階では恋心に無自覚だった)
寝言以降、翼は夏美が気になり始める自分に戸惑うとか、
なぜ寝ている夏美は自分の名を呼ぶのかを考え始めるならともかく、
一足飛びに、翼は夏美を好きになった、という確定事実が出来てしまっている。
そして急に周囲を威嚇し始める。
これ以降も「豹変」が翼先輩の性格を表す代名詞である。
滉士の恋愛感情はもっと不明だ。
というか滉士の夏美への態度は、翼へのライバル意識でしかないように思う。
滉士は翼へのライバル意識だけで、競技種目を変更する。
彼の行動の起点(退部や復帰、種目の変更、そして恋愛)は全て翼に関わるものだ。
恋も同じ土俵に立って、翼に勝利したいという滉士の暗い感情でしかない。
何もかも同じ土俵に立たないと勝負にならないからでしょう。
滉士にとって夏美は、翼が好きになった女でしかないのではないか。
自分を守ってくれたから、自分の名前を呼ばれたから、
自分のライバルが好きな相手だから、と
恋心が行動を通してオートマティックに引き出されている感じを受けた。
もっと内面的な恋慕が私は好みだなぁ。
有名スプリンターの兄が
「暇を見つけては たびたび実家に帰って」くる理由は、裏設定でしょう。
翼が競技を行うハイジャンプといえば山田デイジーさん『初恋はじめました。』でも、
ヒーロー役の男子生徒(中学生)・真山くんが日本有数の選手でしたね。
真山くんも童顔なので、ハイジャンパー=童顔という刷り込みが生まれそうです。
そして真山くんも、本書の翼も記録を塗り替える天才ジャンパ―。
いつか対決して欲しいものだ。