《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

これは単純な俺様ヒーローの話じゃないので、よろしく。グレた原因は悪女なんで、夜露死苦。

これは愛じゃないので、よろしく 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
湯木 のじん(ゆき のじん)
これは愛じゃないので、よろしく(これはあいじゃないので、よろしく)
第01巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

映画にでてくるみたいなドラマチックな恋をしたい── 映画好きの泉さら(高1)は、物語みたいなほんとの愛に憧れている。だから好きな人もできたことがないし、現実の恋には興味ない。何でも持ってるイケメン・九条翼が彼女と別れる場面に遭遇したさら。九条の思いやりに、「彼こそが真実の愛を知っている!」と感動するが、実は九条は──!? ちょっとずれててピュアなさらと、ひねくれイケメン九条のラブゲームが開幕です!

簡潔完結感想文

  • 愛を信じるヒロインが、ひねくれたヒーローを更生させる お話かと思いきや…。
  • 悪い意味での天然ヒロインの短所をヒーローがズバズバ指摘していて胸がすく。
  • ヒーローも かつては愛の信奉者だった。だが1人の悪女が彼を狂わせたと判明。

黒いのは どちらだろうか、の 1巻。

面白かった!!
『1巻』の内容は 一言で表せないほど充実していた。
男女2人の恋愛は愛の存在を証明する戦いであり、互いの復讐の物語であり、革命により主従のような関係が大逆転していった。『1巻』から男性側のトラウマが判明するのも面白かった。これだけ盛りだくさんなのにクスっと笑える力の抜け方も良い。初めて読みましたが作者のこと大好きになりました。

愛を信奉するヒロインと、愛を信じられないヒーローの二面性が よく出ていて、コロコロと立場が逆転していく様子が ずっと楽しい。この目まぐるしく変わる力関係は、大好きなアサダニッキさん『星上くんはどうかしている』を連想した。

1話の段階では本書は俺様ヒーローにヒロインが翻弄される単純な話かと思った。優等生で女性と切れ目なく付き合うようなヒーロー・翼(つばさ)と接点を持ち始めた夢見がちなヒロイン・さら が、段々と彼の本性を知り、一枚上手の彼に手玉に取られる、というのが1話時点での関係性だ。

優等生が本当は腹黒ヒーローで、ヒロインだけが その秘密を知っている、という話の先が本題。

このまま俺様ヒーロー設定でも面白い話になったのだろうが、本書の真価は その先にあった。それがヒロイン・さら の悪い意味での天然っぷりである。愛を信じ、愛のために生きると考えている さら だが、彼女の考える「愛」は薄っぺらい。愛を謳いながら彼女の男性の選び方には自分の好みが反映されているし、翼が自分に好意的な言葉を紡いだだけで すぐにヨロっと心が揺れてしまう。

さら の少女漫画ヒロイン的な心の強さや美しさを描きながら、一方で さら が非常に打算的で自己中心的な考えを持っていることも炙り出す。
私が本書で一番好きなのはヒロイン・さら の描き方かもしれない。真実の愛を信じる心美しい人のように描かれているが、その反面、彼女は自分以外の価値観を認めないところがある。友人の恋愛にも心中で毒舌を吐くような人間で、決して心が美しくない。そんな自分を棚に上げて、自分にだけ本当の恋愛が天上から舞い降りてくると考えている所が独善的で幼稚である。
そして彼女は自分の心の偏向に気づいていない。そこが彼女の性質(たち)の悪いところである。

さら は自分を やり込めた翼に対する復讐心で彼に自分を愛するように仕向けるのだが…。


んな彼女の歪みを指摘するのがヒーローの翼である。女性との恋愛を釣りに例えるような外道で、彼は愛を信じていない。愛を信じないという信義を守るため、愛の使徒のように振る舞う さら を目の敵にする。

九条君は顔はいいかもしれないが、頭の形が悪い。あと時々30代ぐらいに見える老け顔(さら の毒舌)

頭の回る翼が さら を小バカにするのも、上述のような さら の性格の歪みもあって小気味よさすら感じる。それでいて翼は さら にとって紛れもなくヒーロー行動をするから目が離せない。
さら だけが知る二面性で、少しずつ距離を縮めていく様子は非常に少女漫画的で、飼い主と犬という力関係が出来上がっていく。

こうして優等生ヅラした俺様ヒーローとの恋愛模様かと思いきや、ここで革命が起きる。そこがまた面白い。

この革命は2人の関係性だけには止まらず、2人の愛についての考えにまで及ぶ。
愛の使徒という役割に陶酔していた さら が実は愛など信じておらず、愛を語る自分が好きだっただけなのが分かるだけでなく、愛を信じないスタンスの翼こそ実は愛に生きた人間であることが判明する。

そして革命が起きる回想の中で、1人の悪女が翼にトラウマを与え、それ以降 翼は こじらせてしまい、自分の世界から愛を排除してしまった。早くも『1巻』の段階で男性のトラウマが発表され、読者には その解消方法が分かる。

そして同時に読者はトラウマ解消の困難さも痛感する。なぜなら翼は自分のトラウマを人に話すことを絶対にしないプライドの高い人間であり、そしてヒロインとしてトラウマ解消の鍵となる さら は悪い意味で天然を爆発させている人。彼女が下手に動くと翼のプライドが傷つき、彼の心は閉じてしまうリスクがある。

さら は翼に自分の愛の薄っぺらさを指摘されたことで、翼が自分を通して愛を知ることを復讐の手段とし、翼は さら を自分に惚れさせることで愛を否定し、そして自分の過去の復讐の手段にする。彼らは復讐という黒い感情を持って繋がる。
そして互いの信念を曲げないためにも、仮に本当に相手に恋に落ちても それを認めることは出来ない。その意味では好きと言ったら負けの頭脳戦なのである。

この胸の中に生まれる高鳴りも、かつての必死な行動も 決して愛じゃないので、よろしく。


ブストーリーのような本物の愛だけを欲している泉(いずみ)さら。クラスメイト達の恋愛や欲望を穢れたもののように思うが、彼女は その意識の高さから恋愛経験がない。
ある日 さら は、お金も顔も そして可愛い彼女も全てを持つ九条 翼(くじょう つばさ)が、学校内で彼女に暴力を振るったと思い、彼に突っかかる。
弱者を守るヒロイン的行動だったが、実際は彼女が勝手に鼻血を出しただけという。

それを謝罪する さら は、そこで言葉を交わした翼が遠距離恋愛になる彼女のためを思って泣く泣く別れを選んだという告白に涙する。翼の一方的な語りだったが、さら は自分好みの物語に仕立て上げ感情移入したようだ。それ以降、さら の中では翼は「愛の人」となった。翼は、さら が自分の理想の恋愛の相手、そして理想の恋愛を語っても翼は友人のようには嘲笑せず、受け入れてくれる。さら の愛を嘲笑するレベルの低い友人どもとは翼は格が違う。

だが翼と話すようになって さら は嫌がらせを受ける。その犯人は鼻血を出していた翼の彼女だった人。まだ引っ越してなかった彼女は、翼と接触する さら が許せなかったようだ。逃亡する彼女を追いかけ階段で話すが、彼女は さら を突き落とす。

それを助けるのがヒーローの出番。綺麗で素敵な元カノは地に堕ち、かつて そんな彼女を助けようとした さら の評価は うなぎ上りとなる。

翼は さら に詫び、そして自分が さら のことしか考えられないと告げる。さら が死ぬかと思って怖かったと安堵する翼に、さら は手を差し伸べる。そこで翼は「オレのこと好き? 愛してる?」と さら に問う。
その雰囲気の中、さら は翼に運命を感じ「愛してます…」と告げ、読切作品であればハッピーエンドの場面である。

だが ここから翼は豹変し、さら の お花畑の脳内を批判する。ここは確かに翼の言う通りで、元カノとの意に沿わない別れの話を聞いて感動していた さら なのに、そこから数日で翼は さら のことを好きになるような男に変換されている。その前の経緯を完全に忘れて、翼との接点を自分の都合の良いように物語を書き換えたのは さら である。

翼は愛の使徒である さら みたいな人間が嫌いだそうだ。こうして自分だけは本物の愛を見極められると豪語していた さら の言葉は簡単に否定された。そして さら は自分の信念を踏みにじった翼に「愛してるって言わせてやる!!」と宣戦布告をする。

翼はなぜ さら に わざわざ突っかかるのか。愛否定派の彼の心理が気になるところである。そして翼が さら の流されやすさを指摘した場面では、安易にハッピーエンドを予感していた自分も恥ずかしくなった。言われてみれば その通りで、イケメンに舞い上がっていた自分が恥ずかしい。そんな さら と同じ気持ちを読者に味わわせるなんて作者も罪作りである。

至高の愛を求めすぎて、周囲の愛を否定する さら。自分だけは特別だと思う中二思考に無自覚。

ら は翼の性格の悪さを知り、彼を批判する。だが誰も賛同してくれない。ここで皆 騙されてる!と自分だけが真実を知っている風な態度の さら が一番 騙された、というのが皮肉で笑ってしまう。

さら は翼に近づき、彼に早く心から私のことを愛してるって言え、と迫るが、翼には とぼけられ、そして周囲からはストーカー疑惑を浴びる。何もかも上手なのは翼である。

それなのに さら は自分のメルヘンな部分を彼に語ってしまう。アホかわいいヤツめ…。その一方で翼にスマホで友達の画像を見せられても、結局 顔で選ぶ部分のある さら。真実の愛を求めているが、結局はミーハーなのが さら で、彼女の欠点は そんな自分と折り合いを付けられない所だろう。

翼は友達たちが主催する「翼を なぐさめる会」に さら も誘う。だが当日、待ち合わせ場所から会場に向かうと そこはパーティーが開かれており、当日の予定に合わせて臨機応変に対応できる格好でいた さら と違い女性たちは全員 着飾っていた。
壁の花になっている さら に翼は話しかけ、予定通り男子生徒を紹介しようとするが、さら は翼の行動の裏に さら を騙して嘲笑するつもりだと勘繰ってしまう。

だが翼は純粋に さらの恋の相手を探してくれようとしていた。そして翼が さら のために選んだ男性は、趣味も合う運命の人っぽい。だが さら は そのことに喜ぶよりも、翼が本当に自分を恋愛対象外にして、さら に次の相手と恋愛をして欲しいと願っているのが寂しいと感じていた。この時点で さら が誰と恋愛したいかは明らかである。

廊下で すれ違った翼の友達は、翼は好意的に紹介していた人が、彼は翼を辛辣に批評し始めた。その彼の言動に さら は怒る。翼は好きじゃないが、自分が信頼している友達から悪く言われた翼は かわいそうに思ったからだった。自分が一瞬でも好きになった人を さら は信じる。

翼は その さらのヒロイン的な行動を見ていて、友達が さら に振るう暴力から守ってくれた。そして2人はパーティーを後にする。さら は、翼が 何でも持っているがゆえに、不必要な嫉妬にも巻き込まれる。そんな彼の人生を さら は垣間見たのであった。


トーカー疑惑が まだ消えないのに、さら は席替えで翼の隣になってしまう。翼は さら の状況を知ってか知らずか妙に慣れ慣れしい雰囲気を出して面白がる。

2人は何かと接触の機会が多くなるが、ある日 さら は彼の地雷を踏んでしまう。そこから翼は さら を無視するようになる。そのことに さら が傷ついた頃、「親切な」女生徒たちが さら と席を変わってあげると厚意を見せる。勝手に話を進める彼女たちに さら は勇気を出して自分の意思を表明し、余計なお節介だと はねつける。

翼は女性同士の争いを察知して さら のピンチを救うつもりでいた。だが そこで見たのは さら が自分の気持ちを表明する強さだった。頑張った さら だが、実は とても勇気のいることで涙ぐんでいた。それを見た翼は、さら を追ってくる女生徒たちに対し翼は、余計なことはするなと牽制する。さら は翼の態度に一喜一憂してしまう自分が泣ける。

さら が無視に堪えていることを知り、翼は自分の過去の恋愛を話す。それはイギリスから来たという女性との恋で、悲恋で終わったらしく、自分の恋愛と似たような境遇の映画見たくないほどの心の傷になっているらしい。

翼の淡白な恋愛体質も、このトラウマを負わせた恋愛が原因らしい。翼は これまで切れ目なく女性と付き合ってきたが、実は女性嫌いでもある。翼には肉食女性たちは全員 同じに見える。


一方、さら は 翼が嫌悪する映画が大好きで、自分と悲恋をする映画のヒロイン重ねて遊んでいた。夏休みに祖母宅にいる間は、映画のヒロインの「ダイアナ」を名乗っていた。

ある夏、「ダイアナちゃん」は そこで出会った じょー君こと「九条君」と交流した。その話を聞いた九条 翼くんは、「ダイアナ」の祖母宅の名字を当てる。そう、さら こそ翼を恋愛不信にした罪深き女だったのである。

翼は さら の身体にある2つの傷の原因を知っていた。これはトラウマ犯の特徴と一致するのであった。

そこで翼は自分と「ダイアナ」の接点を隠しながら、さら の「ごっこ遊び」について追及する。だが さら は夏休みに会った1人の少年のことを全く話す気配はない。自分にとって大切な思い出なのに、相手は覚えていないことが翼を不機嫌にさせた。

翼は「ダイアナ」の全てを記憶していたのに、さら は翼のことを何も知らない。あの夏休みの価値は2人の中で全く違うらしい。


く回想の小学生の夏休みでは、今とは立場が逆転しているのが面白い。さら は自分を映画の悲劇のヒロインに重ねて「ごっこ遊び」をしていただけだが、翼は さら こと「ダイアナちゃん」の言うことを全て妄信している。

そして翼の さら への過剰な愛が さら を暴走させたと言える。映画のヒロインのように さら に死んで欲しくないという切なる願いが、さら の心にスイッチを押す。そこから「ダイアナ」の病弱設定が生まれて、さら は演技に没入する。

それを真に受ける翼。近くの神社で お守りを買い漁り、持っていくと、さら は実家に帰ったという。そして病気は全てが誤解で元気に帰っていった。それが翼には騙された記憶となって植え付けられていた。

さら は祖母宅での暇つぶしとしてキャラを演じていたのに、純真だった翼は それを鵜呑みにし、真剣に対応していた。さら が覚えてないのは、自分とは違うキャラでの夢のような話だからかもしれない。もし翼がダイアナの本当の名前を知っていて、さら に語り掛けていれば彼女の記憶にも残っただろう。


の夏休みの出来事で、どちらかというと翼の純真さが間抜けだと指摘する翼の友人・犬飼(いぬかい)はもっともな反応。だが翼は犬飼との縁を切ると申し出るほど、自分が被害者だと疑わない。自分のプライドを守るために都合の悪い周囲を切り捨てるのが翼のスタイルなのだろう。

しかし運悪く、犬飼の前で さら が昔のことを持ち出す。それは「じょー君」にプロポーズされ、指輪まで貰った過去であった。そう、翼が回想でも秘匿したかったトラウマの本質は ここにあった。
翼は消えゆく命のダイアナのため、彼女の愛を永遠にするため、おば に頭を下げて100万円の融資を嘆願していたのである。そして花束と指輪を用意し、ダイアナに一世一代のプロポーズした。
だが指輪を忘れてダイアナは実家に帰っていった。翼に残されたのは苦い恋愛の記憶と、事あるごとに翼の過去をほじくり返す おば に笑い話にされる屈辱であった。

更に再会したダイアナ本人である さら は翼の顔すら覚えていなかった。だから彼は復讐を誓う。さら に「オレのこと好きになって オレのこと一日中 考えて オレがいなきゃだめな人間になって」もらい、その後に捨てることを企てる。それもまた彼のプライドの守り方なのだろう。

そして この時の翼の台詞こそ、あの夏の翼の気持ちだったのだろう。それぐらい真剣な気持ちだった。だけど裏切られたから彼は愛にまつわる全てを信じなくなった。

意外に間抜けなのが翼という人間の可愛らしさではないかと思う。