みきもと 凜(みきもと りん)
きょうのキラ君(きょうのきらくん)
第09巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
キラの心臓が止まった! 閉ざされかけた、ニノと歩む未来。キラの運命は…!? 一方ニノは、前に進むために過去のトラウマと向き合う決心をするけれど――。なにげない日常に2人が紡ぐ、天国に一番近い恋、感動の最終巻。
簡潔完結感想文
- 朝起きても一人。目覚めないキラ君、忍び寄る過去、顔を洗う気も起きない。
- 最後の日まで。生きることは死ぬことへの助走である。だから最期の日まで、
- ずっと一緒に、共に生きていく。…なんか、強引にハッピーエンドにしてない?
看板に偽りはなかったが、叙述トリックがあった 最終9巻。
「天国に一番近い恋」という本書のキャッチコピーは本当でしたね。
ヒーローの心臓は止まって、大切な存在を失うので、天国は間近にありました。
でも、私の中では最終巻が一番微妙かもしれません。
全9巻の話の配置のバランスがとても良質で、
構成的には良く出来ていると感心するところばかりなのですが、
最終的には納得のいくような、いかないような結末です。
病や死を扱う物語で、ご都合主義の甘い夢物語にしないために、
1つの「死」を物語の中で扱う必要があったのだろう。
ただ、問題はその命の選択方法である。
伏線はしっかり張ってあって、読者は割愛された事実を遅れて知ることになる。
この方式は まさに、本人には言えないことを間接的に聞き知る構成で、
作者の得意な胸キュン場面の必勝パターンである。
この場合は胸キュンならぬ、心臓に悪い胸ドキッ方式であるが…。
突然の告白には読者の心臓が止まりそうだった。
そして捧げられる一つの心臓。
私にはどうしても、あの人の代替品として彼の心臓を止めたようにしか思えなかった。
これによって物語がシビアになり、引き締まったのも事実。
そこに着地点を見出すしかないのかな、と思う気持ちも正直ある。
でも、そうするなら もっと その「死」に意味を持たせても良かったのではないか?
※以下、ネタバレ前提で書き連ねますので注意してください。
私としては、インコの先生(センセー)が喋れるぐらいの世界観ならば、
先生が自分の命とキラ君の命を引き換えるために神様的な存在と取引をした、とかでも良かったと思う。
どうしても等価交換に思えてしまうのだから、そこに先生の遺志を乗っけて欲しかった。
自己犠牲の上にキラ君の命が助かるのならば、最後の最後の あのオチも違う意味が生まれたのに。
…でも、これだと時系列的におかしなことになってしまうのか。
そしてニノンがキラ君の復活を喜ぶに喜べない状況になってしまうのだろう。
作者も色々考えて、キラ君復活→先生との別れを用意したのか。
長々と書いたことを撤回しなきゃダメかもしれない…。
それでも分からないのは、
そもそも先生が自身の不調に気が付くきっかけはなんだったか、という点。
体調がすぐれないことはあったのでしょう。
ニノンの学校についていかなくなったのも体力低下やらは自覚症状があったからで、
これはキラ君の場合と同じ現象と考えられる。
ただ、医学的な根拠のあるキラ君と違って、先生は自己診断である。
先生には意思がしっかりあるので医者に診られるのを嫌った(ニノンに知られたくなかった)。
いくら聡明な先生でも自分の病気や余命を認識できるとは思えない。
それに例え様々な理由をつけて自分の体調の変化を気取られないようにしても、
家では一緒にいるニノンと先生だから、1ミリも不信感を持たれないというのは難しいだろう。
キラ君の体調の悪化にニノンが気を取られていた、というエクスキューズはあるだろう。
しかしキラ君が海外に行って部屋に籠りがちな生活のニノンが先生の異変に全く気付かない方が無理がある。
キラ君が少しずつ出来ることが少なくなり、クラスメイトを誤魔化すことに限界が来たように、
先生にもニノンにバレてしまうような病状の変化があったはず。
その限界が、作中で起きた嘔吐という見方もできますが、
それでも隠し通せるものでは無さそうだ。
そういえば、先生は急に喋れるようになって、ニノンと知的レベルが並び、
そうして今回、言語を失っていく(ように見えた)過程は『アルジャーノンに花束を』っぽいですね。
脳の異常活動が悪影響を与えたのだろうか。
最終巻では最下層の記憶が掘り起こされる。
キラ君と病気との歴史、またニノンと先生との出会い、
ニノンが小学校の時に負った額の原因の傷などである。
これまでも何となく語られて、ふんわりと認知していることであるが、
最初から時系列順に語るのではなく、
その問題に直面することで初めて語られる構成となっている。
今回は三途の川を渡りそうなキラ君が、走馬灯として自身の人生の闇と、
その中の光に出会うまでの経緯を振り返る。
先生を失う絶望の中で、ニノンは先生との思い出をキラ君に語る。
同級生からイジメられていた頃に、ニノンは、
飼い主から虐待を受けた先生と出会ったのですね。
これは『1巻』で違う意味合いではあるが、
教室の中で独りだったニノンとキラ君が出会ったのと境遇が似ている。
他人への不信感を持った彼らは互いに弱い者を守ることで支え合い、歩き出せた。
話し相手がいなかったニノンのために、先生は人間に歩み寄る。
先生もまた自分に傷を負わせた者に対しての恐怖心を克服していたのだろう。
拾ってくれた恩義に報いるために言葉まで習得する先生は努力家である。
そしてニノンもまた努力家になる努力をする。
今回、トラウマを克服することによって、ニノンは再び歩き出す。
恐怖心で足がすくむニノンの手助けしたのはキラ君のリモート支援。
海外に渡航してから作ったニノンとの思い出のアルバムが彼女に勇気を与える。
これは『3巻』における、ニノンの手作り絵本と対応しているのかな。
あの時、ニノンは自分がどれだけキラという存在に助けられたのかを本にして伝えていた。
今回はその逆。
それによって相手は自信と自身を取り戻して、その光によって自分の進むべき道を知った。
過去も、現在進行形の悲しみも克服しようとあがく ニノンだったが、
最終回で、また孤独になる。
それが夢へ向かっての孤独な努力。
3年生に進級し、受験生としての毎日が始まった。
けれど自分だけの道を進むための五里霧中の不安が彼女を襲う。
まず、これまでは一緒に歩いてくれたキラ君が留年したことが大きい。
元気にスポーツまでこなす彼だが、高校における2年生と3年生の差は緊迫感が違う。
そして親しい友人たちが進学をしないことも孤立の一因である。
矢部やレイは芸術・芸能方面と勉学とは違うことに力を入れている。
ただでさえ孤独を感じやすい受験生の夏に、
一緒に進む者が誰もいなくなってしまうと不安は増大するだろう。
先生を失い悲嘆にくれるニノンに、キラ君はある事実を告げる。
キラ君が父親の仕事について遠くに行ってしまうのである。
ここは2作連続で遠キョリ恋愛エンド、なんですよね。
ちなみにラストも2作続けて結婚エンド(婚約)である。
これは高校生にして運命の人に出会ってしまった彼らだから納得は出来るかな。
次作がどうなっているのか気になるところ。
歴史はまた繰り返すのだろうか。
この孤独を、聡明な先生は予知済み。
だからこそ、先生の遺言に意味があるのだろう。
ただ、孤独になることも、遠キョリになることも『8巻』で全て一通り経験済みなんですよね。
今回は先生の死という強烈な出来事があるのだが、既視感は否めない。
最終回で3年生に進級して、
そこから受験生の悩みから、恋愛の進展、そして将来のことまで
50ページ弱の中に詰め込み過ぎて、どれも駆け足で通り過ぎるだけになっているのが残念だ。
心情は納得できるのだが、
急にプロポーズして、急に時間が飛んで、あのオチである。
ちょっと理解が追い付かない。
大団円には違いないし、文句もないのだが、
ちょっと全体を綺麗にまとめ過ぎた感じはある。
時間経過なしに、高校生のままラストでも良かったのではないか。
『近キョリ恋愛』の最終回前後のお話が、本書の中で特別編として収録されたように、
『きょうのキラ君』の最終回前後を補完する話が いつか読めますように。
そういえば、最終回には絶対「虹」が出てくると思ってましたが、出て来ませんでしたね。
あと『1巻』の「あらすじ」にあった「人生で最も輝く365日」の
365日目は、どの段階だったのだろう。
ニノンが帰国して先生が喋らなくなった日か、
それともキラ君が帰国した日だろうか。
1年生の9月に出会った時点からスタートと考えると、後者の方が近いのかな。
1年後に病を克服し、そのまた1年後にはスポーツをしている。
一体、何の病気だったのだろうか…。