《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

いつかは海へ 源の海へ 海から生まれし すべては海へ『すべては海へ』

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山田 南平(やまだ なんぺい)
空色海岸(そらいろかいがん)
第03巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

陸(りく)と天人(てんと)の妹・洋子(ようこ)の事故が明らかになって以来、様々な想いを抱えて過ごす朝(とも)たちだが、遂にクラフトショー当日を迎える。ショーは大成功をおさめ、出展した作品が世間の注目を集めるように。そんな中、朝は陸に告白することを決意し…⁉ 一方、母親との失われた絆を取り戻すための努力をはじめた天人。さらに、今まで自分を支えてくれた朝に、10年越しの思いを伝えるが…⁉ 運命のビーチサイドLOVEストーリー、感動の最終巻!!

簡潔完結感想文

  • 展示イベント。倒れ込むまで全力を注いだショー。その全貌を今の自分を見てもらいたい。
  • 告白イベント。告白の瞬間まで 好きなところが幾つも見つかる。でも結果も知ってる…。
  • 再会イベント。あの日に凍結された関係が、感情が取り戻されていく。君は俺の太陽だから。

は川になり、川は海へ注がれ、海は全てを浄化する 最終3巻。

最後までベテランの域に入った作者の適切な距離間が心地よい作品でした。

読者を泣かせようとするなら もっと登場人物に言葉を連ねさせることも出来るし、
今以上に物語を重く暗くさせることも出来ただろう。

だが読者に登場人物たちの背景を考察するだけの材料は提供するが、
彼らの抱えている思いを全部口はさせないことで、
読者が暗い海の底に沈みこまないように配慮されている気がした。

本書は再生の物語だ。

人の命を奪うこともある海だが、
人は海に抱かれ、その浄化作用によって、
たとえ何年かかっても、淀みや濁りが少しずつ濾過されなければならない。

少女漫画のトラウマは、時折、苦悩と解放のバランスがおかしくなって、
救いのあるはずのラストのはずが、それまでの沈鬱な気持ちに引きずられて、
そうは思えない作品などもある。

が、本書は流石の手腕で、
作者が暗い海へ呑み込まれることなく感情がコントロールされている。

恋愛の決着も、物語の決着も とてもスッキリしたもので良かった。


こを切り取ってもイベント尽くしの3巻でしたね。

まずは『2巻』からずっと準備をしてきたクラフトショー。
高校の文化祭も青春の匂いがしていいが、こちらは一個人としてのセンスが問われる展示。

天人(てんと)にとっては高校に進学する際に、
病んだ母のいる実家を出て、海の一番近くに住んだ自分の一つの集大成。

これまで家と向き合う役割を果たした兄・陸(りく)ではなく、
自分が家と母に今を伝えようと変わり始める。

無事にショーの当日を迎えた天人は その思いを兄に伝え、そして倒れる。

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自分が変わり獲得した広い視野が、壊れてしまった母の悲しみも映し出す。

ここからの各人の風邪のエピソードが秀逸ですね。

風邪で心身ともに弱っている時に表出してくるのは意識の底にある思い出たち。
天人や朝(とも)にとってのそれは、かつての幸福だった頃の思い出でもある。
弱った心の隙を突いてくるような思い出。

高校2年生となった彼らは、その思いでとの向き合い方を徐々に理解し始める…。


風邪を引いた時の各家庭での習慣や、看病の仕方の違いも露わになる。

ここでのエピソードが最終盤のミチルの行動に繋がるのが秀逸ですね。

物語の序盤では不登校で、広い家でポツリといたミチルが、
友人の恋バナを電話で聞き、帰宅した父親の体調を心配するまでになる。

それまでの自分には常識外だった、手のひらでの検温も自然と出ている。

ミチルの父親は呆然とし、飲んでいた水を口から出しているが、
読者としても気持ちは同じだろう。

自分の身を守るために攻撃的な態度しか取れなかったミチルが、
こんなにも柔らかく、人のことにまで気が回る人になるなんて…。

私の涙腺が緩むのは、分かりやすい悲しみよりも ありふれた幸せの場面だったりします。


愛のイベントも盛りだくさん。
告白は2回行われ、その返答も2回。

これまでは海岸周辺の物語がメインでしたが、いよいよ恋愛問題に着手。

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天人的には告白だったかもしれないが、流されたのでノーカウント。正式な告白はもっと後。

告白に対して真摯な登場人物たちに一層 好感を持ちました。

気持ちを伝える勇気を持つこと、
そのために自分のやるべきことをやること。


告白のタイミングまで、朝が数年前にメノウをくれた人が天人だと気が付かないのも良いですね。

その直後に笑いを失うことになる天人が見たキラキラの笑顔。

そして、朝も天人も悲しい出来事があったが、
朝の笑顔は、たとえ「八方美人で強い子ぶりっこ」の笑い方であっても、
絶えることなく表情に浮かび続けた。

その笑顔が、高校時代から陸と暮らし始めてから、
平穏な暮らしと陸の心遣いという綺麗な真水につけられた天人の心を乾かす太陽だったのかもしれない。

あの夜、海に沈んだ家族の太陽、
それから10年後、新しい太陽が昇る。
闇に沈んだ世界が、もう一度生まれ変わるように輝く時、それが朝(あさ)なのだ。

その工程を経て海から打ち上げられた漂着物は浄化されていくのだ。


朝とミチルの微妙な関係性もしっかり描いている。
今が楽しいからこそ、今の関係性が少しでも変わるのが嫌。
それが個人的な ワガママな願いであっても、そう思ってしまう。

そしてそう思うのが、あのミチルだということが胸を打つ。
上記の通り、ミチルは変わって、父が指摘する通り、学校が楽しいのだろう。


天人たちの母親との和解は少々あっさりとし過ぎている気もするが、
前述の通り、重くなるよりかは こちらの方が良い。


また、天人の失われた感情が取り戻されるタイミングも また良い。
そうだよね、この人の前で、一番幸せな時に出るもんだよね。


そして朝が陸に惹かれたのも意味があるのが良い。
陸は、幼い自分が封印してきた気持ちを映し出す鏡だったのだろう。

陸への告白は朝が次の一歩を踏み出すための勇気。

少し時間が経過したラストシーン、天人と共に会いにいった あの人。

そこでは どんな会話が成されたのか。
朝は子供の頃に我慢してきた甘えたい気持ちを吐き出せたのか。
色々と想像が膨らみます。


余談:
私は単行本2冊分が1冊になった文庫版で読んだのですが、
文庫版は体積こそ小さく便利ですが、単行本2冊分は ちょっと話が進み過ぎる感じがしますね。

特に本書は単行本でも全6冊の物語なので、最後を一気に読むと余韻が生まれない気もした。
特に単行本5巻と6巻にあたる部分は、間をあけて別々に読んだ方が良かったかも。

本書の場合、文庫版は値段もそんなにお得じゃないし、
今後ますます電子書籍の時代になると、もう文庫版の意義は少なくなってきますね。

空色海岸 5 (花とゆめコミックス)

空色海岸 5 (花とゆめコミックス)

空色海岸 6 (花とゆめコミックス)

空色海岸 6 (花とゆめコミックス)