- 作者: 森見登美彦
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2010/08/05
- メディア: 文庫
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時は現代。下鴨神社糺ノ森には平安時代から続く狸の一族が暮らしていた。今は亡き父の威光消えゆくなか、下鴨四兄弟はある時は「腐れ大学生」、ある時は「虎」にと様々に化け、京都の街を縦横無尽に駆けめぐり、一族の誇りを保とうとしている。敵対する夷川家、半人間・半天狗の「弁天」、すっかり落ちぶれて出町柳に逼塞している天狗「赤玉先生」。多様なキャラクターたちも魅力の、奇想天外そして時に切ない壮大な青春ファンタジー。
森見さんはエンターテインメントに徹した大団円作家だなぁ、と再度、感心させられた作品。確かに作中で起こる事全ては神様の御都合主義。しかし終盤に、それまでの登場人物・エピソードを収斂させる大胆かつ繊細な神の采配に平伏すのも悪くない。だって『面白きことは良きことなり!』だもの。そして本書は上手くファンタジー小説に化けてはいるが、実は恥ずかしいほど純粋な家族小説である。読者は森見と狸に上手に化かされるのである。そして本書はファンタジー狸家族小説であると同時に、残された家族が父の死の真相を探るミステリ小説でもある。一粒で三度までも美味しい小説。ザッツ エンターテインメント。
偉大な父の無残な死、その死の衝撃と偉大すぎた父の影を引きずっている狸の4兄弟がいる。戦国武将でも狸でも功績を残した父は子供たちに結束を望むものらしい。戦国武将の父は3本の矢で兄弟の結束の固さを諭したが、狸の父は4本の矢を子供たちの名前に残す。しかしこの4本の矢は束ねられる事なく、簡単にポキポキ折れる(笑) まだまだ力量不足の長兄に、自ら引きこもり井の中の蛙の次男、放蕩息子の三男、恐怖に直面すると本当に尻尾を出す末弟。それぞれに長所と短所、そして誰にも言えぬ過去の後悔がある。父の死の真相を知る事は己の過去と対峙する事であるが、父不在の家族が前へ進む為に必要な痛みでもある。時折見せる彼らの弱さや痛みが苦いスパイスになって効いている。
京都の街では狸は人間に化け、美しき女性は天狗になり、老いた天狗は狸にも見向きもされていない。洛中の奇妙な三つ巴。また同時に同種族間の争いも耐えない。京都の地で繰り返されてきた捲土重来。憎むべき相手に惚れてしまったり教え子に手を噛まれたり、親戚に尻を噛まれたり。洛中では日々そんなドタバタが井戸の中から空の上まで、自由自在・変幻自在に繰り返されている。
序盤のややバタバタした騒動の数々も、全てはラストの大団円のためにあった。終幕の為の伏線があり、より深い感動のための人物(狸?)を理解する場面がある。意地を張りながらも少しずつ兄弟・師弟が絆を深め合う様子が丹念に描かれていて良かった。その丹念さがドタバタファンタジーをしっかりと家族小説にしている。また天狗の師匠・赤玉先生との先刻承知同士の会話が面白かった。元は大天狗だったとはいえ、これまでの森見作品のダメ大学生がそのまま老人になったような赤玉先生の駄々の捏ねよう、そしてその懐柔のされ方が笑いを誘う。赤玉先生は哀れさよりも可愛さが先に立つから憎めない。
「御都合主義」や「四畳半」、高利貸しの老人などなど、これまでの森見作品でのキーワード・キーパーソンもさり気なく登場。ただ本書は流石にパラレルワールドかな? 余談ですが、最後にある第二部の予告はファンには嬉しい情報だと思うのだが、本書はほんの序の口、と言われている様で読了の満足感を削がれた。