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少女漫画と小説の感想ブログです

まだ 溶けきれずに残った 日陰の雪みたいな 『冬のはなし』

僕等がいた(1) (フラワーコミックス)
小畑 友紀(おばた ゆうき)
僕等がいた(ぼくらがいた)
第01巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

高校生活の始まり、それは女の子にとって恋の始まり。高1高橋七美(たかはしななみ)、にとってもそれは同じこと…。ナナと同じクラスの矢野元晴(やのもとはる)。女のコの3分の2は必ず恋に落ちるという彼をどちらかというとキライな彼女は!?

簡潔完結感想文

  • 再読すると紛れもなく幸福な日々。そう思うのは彼らに長い年月が降り積もっていったからである。
  • 苦手だった男子生徒に惹かれ始め、生まれる小さな恋。ただし知れば知るほど彼は果てしなく遠い。
  • 竹内くんのモブ感。彼は美化されていくが山本さんは現状維持。そりゃ こじらせちゃいますよね。

計発行部数1200万部の大ヒット漫画。

本書の評価は難しい。
作品としては「読ませる」作品だと思うが、
私が求める少女漫画像との乖離も感じる。

ドラマ性はある。
読者としてサスペンスやミステリのように何が起きたのか知りたい。
だけど、それが恋愛に対する関心かと言われると答えに窮する。


本書は恋をする喜びよりも、悲しみや苦しさの方に多くページが割かれている。

作中の言葉を借りれば、「プラスマイナス」ではマイナスの感情に引きずられる作品だ。
特に中盤以降の陰鬱とした現実圧に押しつぶれそうな展開の連続には精神的に参った。

実はマイナスに反転してからが一層 読者の心を掴んで離さないのだが、
それは純愛を貫く主人公の姿よりも、畳みかける過剰な不幸に目が離せないだけではないかという気もする。

自分自身でも好きなのかどうか判然としない漫画だ。
それはまるで『1巻』時点での主人公の、キライで好きな彼に対する複雑な気持ちのようである。


書は純愛漫画という側面も確かにあるが、私には別れの物語に思えた。

作中に散りばめらた様々な別れ。

教訓として、大切な人とはきちんとお別れしましょう、
ということが繰り返し描かれているように思う。

交際相手との別れ、親しい人との別れ、
きちんの別れを告げないと、残された側の心に問題が起きてしまう。

『1巻』で矢野が言っているように「悩みってさ 生きてる人の特権」なのである。

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七美の心に生まれた小さな恋心と、重い矢野の言葉の対比。

その別れに意味を考えたり後悔を重ねてしまうのは、脳細胞が動き続けている証拠だろう。
決して消えることのない別れの記憶、
それらにどう対峙するのかが作品を通して描かれている。

『1巻』の時点でも、その触りだけは予感させている。


書は自分でも気が付かないうちに惹かれて、抜け出せなくなる物語。
それはヒーローの矢野 元晴(やの もとはる)みたいな存在である。

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矢野と七美の初対面。君の名は?と聞かなくても分かる名前。聞いたのに嘘をつかれた名前。

「とにかく女子にも男子にも人気あって」「年上にも年下にも」
「クラスの女子の2/3が3年間で一度は好きになったことがある」という男性。

私も最初は主人公の高橋 七美(たかはし ななみ)と同じように、
彼の持つ独特のオーラには目を奪われるが、
どちらかといえばキライだと思い続けていた。

しかし彼との接触・接点が増える度に彼への好意を確実に感じる七美。
魔性、というのは男女関係なく存在するのかもしれない。

そんな七美の抗いがたい矢野への気持ちと同じように、
読者もいつの間にかに矢野という人物から目を離せなくなっている。

その理由は彼自身ではなく、彼の人生の背景にあるのかもしれないが…。


…と、いっても自分が矢野のどこを好きか明確にならない。

上記の、「クラスの女子の2/3が3年間で一度は好きになったことがある」という噂は多分真実だろう。

だけどその言葉の裏には、一度は好きになるけれど、
様々な意味で彼との釣り合わなさを感じた人も多いということではないか。

それは彼の底知れなさが原因だろう。

好きになるだけの魅力を放っているけれど、
近づいてみると決して他人が立ち入れない影も持っていることに気づく。

彼の内奥に触れるには、相当の覚悟が必要と思われる。
(特に物語の中盤以降は)彼と対峙する覚悟があるかと問われ続けているようだった。

話が重くなっていくとともに、恋愛も重さをましていく。
何気なく惹かれた人の深淵を覗いて、寄り添う運命を課せられる。
純愛なのか執着なのか、段々と分からなくなっていく物語。


んな誰をも魅了する矢野に、段々と惹かれ始めるのが主人公の七美。

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好きになった彼の過去の恋も知っていく七美。好きになればなるほど遠い。

矢野は確かに魅力的だ。
飄々とした中にも抜け目なさがあって、
目立とうとするようなお調子者ではないのに目立ってしまうという
彼の立ち位置がしっかりと描かれている。

だが彼女もまだ『1巻』の段階では矢野のことを好きと胸を張って言えず、言いよどむ。

対して、矢野が欲するのは ”絶対“ の好き。

なぜなら矢野は年上の彼女が、矢野の不在中に元カレとドライブをして、
その最中の事故で彼女を失ったからであった。

これが本書に登場する最初の死。

その彼女の名前は山本 奈々(やまもと なな)。
七美と奈々、2人のNANAの物語でもありますね。

少女漫画には付き物の、元カノ問題。
だが、彼女はもうこの世にはいない。

彼女が新しい恋を始めたり、七美の前に現れたりすることはない。
だからこそ矢野はずっと彼女に囚われ続ける。
この時点で七美の恋は、深海深くに潜った巨大魚を釣り上げるような、
細心の注意を払う難しい恋になってしまっている。

そういえば矢野の元カノ・奈々は、1歳年上ですよね?
私が読んだ初版第4刷では「2級上とつき合ってたんだ」となっているけど、これはどういうことか?


場人物たちについては、
矢野は前述の通り、惹かれるものもあるが、怖いような思いもする。

そして七美は少女漫画の主人公として目立たないようにしているが、
実は結構、しっかり者なのではないかという気がする。

多くは成り行きではあるが、クラスの委員を複数兼任しており、
一人で教壇に上がって、話し合いなどを仕切っている。

内気で何もできない人ではなく、
最初から自分の足で立って、そして歩いているように思う。

主要人物たちでは、竹内くんの初登場の顔は貧相である。
後にイケメンかつインテリキャラになるとは思わなんだ。整形か?

彼もまた、七美との出会いがこんなに大事になるとは思わなかっただろう。
淡い恋愛が、ずるずると続いて重くなっちゃいましたね。

山本さんは顔は変わらず。
ただ、ポーカーフェイスの彼女にしては、
矢野を嫌っていることを大袈裟に出し過ぎている。
これは演出上仕方ないかもしれないが、再読すると ちょっと不自然に思えた。


北海道が舞台だからか、
それとも私が いくえみ綾さんが大好きすぎるからか
そこかしこに いくえみ作品の気配を感じる(ような気がする)。

要領よくて、それでいて芯が強い、そんな いくえみ男子感を矢野には感じるのです。


談としては、七美はバッグで人を殴る癖がありますね。
そして言葉遣いが悪い。

これは作品全体的にそう。
矢野側の「女」とか「殺すよ」も辟易する言葉。

また、学力的には賢い矢野だが、
恋愛観などがヤンキーっぽいのが気になります。

彼の人生から生まれた(恋愛)哲学なのだろうが、
1か10か、オール オア ナッシングという極端な考えが前提にあって、
人として妥協点や柔軟性を失っている姿は痛々しく思う。

意地悪な見方をすれば、
本書は矢野という一見全てが高レベルの、
それでいて実は深い闇を抱えた男性に惹かれたが故に、
憑りつかれてしまった女性たちの苦悩を描いた作品かもしれない。

矢野はファム ファタルの男性版という感じがしなくもない。