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少女漫画と小説の感想ブログです

さよなら できずに 歩き出す僕と 『冬のはなし』

僕等がいた(16) (フラワーコミックス)
小畑 友紀(おばた ゆうき)
僕等がいた(ぼくらがいた)
第16巻評価:★★★☆(7点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

山本有里の母が亡くなり、有里と決別した矢野。矢野はついに、ひたすら自分を責め続けてきた、そして自分自身を縛り続けてきた過去と向き合う。一方の七美は、矢野に連絡をとろうと決意する。互いを思いながらも、長く離れていたふたりの距離が、一気に近づこうとしたそのとき。七美の身をトラブルが襲う。それを知った矢野は…。

簡潔完結感想文

  • 竹内の献身的な協力。無感情人間から一転、泣いて泣いて泣きまくるヒーロー。正しい成長。
  • 矢野と電話中に七美が階段から転落。明日は当たり前にこないかもしれない。トラウマ再び。
  • 結婚式! …友人の。思い出が途切れた場所で、そして始まりの場所で、新しい一日を生きる。

へと続く、真っ直ぐな道を見つける 最終16巻。

その道は、矢野(やの)がヒーローへ覚醒するまでの道かもしれない。
寄り道、脇道、回り道。しかしそれらも全て道。

常々思っていますが、少女漫画って、かなりの割合でヒロインよりもヒーローの成長を描いている気がしてならない。

それは長編漫画が終盤に進むに従い顕著になって、
ドンと構える女性に対して、余裕をなくしていく男性の姿がよく見られる。

最近 読んだ作品ですと、『オオカミ少女と黒王子』とか『L♥DK』とかが、
序盤はキャラ付けされた完璧な王子様たちが実は精神的に脆弱という展開を見せていたなぁ。

これは前半でヒロインたちが恋に悩んで成長したので、
後半はヒーロー側にしか成長の伸びしろがないということなのか。

ということで本書でもヒーローの矢野が最後の一皮が剥ける様子が描かれる。
まぁ、本書の場合はヒロインの七美(ななみ)も、ドンとは構えておりませんが。

中盤からどうなってしまうのかと色々と心配した本書も めでたく完結。

再読してじっくり読むとトレースできる登場人物たちの心理が多くて、
初読時よりも印象が良くなった作品です。


て、『15巻』のラストで、自分の弱さや親しい人と正しいお別れをした矢野。
そうして長らく止まっていた時間が動き出す。

矢野は山本(やまもと)と同居していた家を出て、
新たに飼い犬・ララ美と住める家に引っ越しをすることに。

その手伝いに竹内(たけうち)を呼ぶ。

にしても矢野は元同級生たちに再会してからというもの、
まだ連絡を取り合う仲ではない七美より、竹内の方が会っている頻度の方が俄然 高い。

これもまだまだ脆弱なヒーローに喝を入れる存在が必要だからなのか。
竹内は矢野にとってお酒抜きで(泥酔しなくても)本音を語れる数少ない人。

そんな竹内は引っ越しの手伝いをして泊っていった矢野の部屋にある仕掛けをする。

なんだか女性が他の女性を牽制するような仕掛けだなぁ。
(わざと長い髪を落とすとか、明らかな女性物を置き忘れるとか)
そして細かすぎて気づかれない恐れのある仕掛けだななぁ(起動するよう喚起してたけど)。


そういえば七美とララ美の再会の場面は 結局 最後までありませんでしたね。
ララ美してみれば、誰あんた?と記憶はほぼ無いでしょうし、
同じ女性としての敵対心が生まれかねない。
新たな三角関係の始まりですね。
私等の戦いはこれからだ!、僕等がいた第二部開幕みたいな(笑)


うして山本との同居も解消し、七美と矢野との間にある問題はほぼ無くなった。

だが、矢野が何度も連絡を付けようとしても、
七美の仕事で緊急の担当替えがあったりして、なかなか連絡が付かない2人。

最後の試練、そしてクライマックスへの布石です。

もしや これは矢野への軽い天罰ですかね。
かつて5年間も連絡が付かなかった七美の心境を思い知れ、という天からのお達し。

または矢野が真に成長するまでの時間稼ぎかもしれません。
この時点で気軽に会うよりも、劇的な状況で もう一度 本音を晒し合って関係を始めることが
2人にとっても、物語にとっても必要なことなのだろう。

そんなすれ違いの中、矢野は竹内が残した婚約指輪と書置きを見つけ、
七美ともう一度やり直すための心構えを熟慮していく。

何だか竹内が矢野を捨てた婚約者みたいだなぁ…(笑)

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自分の寄り道で二番目に傷つけた人が、自分の恋を一番に叱咤してくれる。

最終巻の矢野はよく泣く。

これは感情が戻ってる証拠だろう。
感情を吐き出せてる証拠だろう。
もう不安を溜め込まない。
自分のこと以上に自分を支えてくれる存在がいる。

涙は何回も頬を伝うかもしれないが、
もうパニックには ならない。
夜も穏やかに眠れる。
電車を飛び降りたりしない。

それは どこへでも行けるということ。
会いたい人の元へ、かつて過ごした小さな町へ…。


…が、同時に矢野も躊躇する年齢になった。
それは彼らに共通に流れた時間の重さかもしれない。

昔は自然に出来たこと、竹内に逆に羨ましがられてた、
理よりも情を重んじて直感で動くことが出来なくなった。

そして、この10年という歳月で理を重んじてきた竹内の
ステータスやスケールが大きくなっていることにも気づかされた。

竹内が矢野へ手を差し伸べるごとに、矢野は彼の偉大さを実感してしまう。

竹内は竹内で、自分が生傷を作りながら矢野に接しているという思いがあるだろうが、
矢野の方は、竹内の無限の優しさにコンプレックスが刺激される。

お互い高め合っているようで、傷つくことの多い関係かもしれない、
これは友情だから成立している関係だろう。

性別を抜きにすればお互い恋人や結婚相手にしたい人 No.1かもしれないが、
いざ一緒にいると、相手と釣り合わない自分を思い知らされて上手くいかない2人かもしれない。

そんな矢野が直面する問題は、
かつて竹内が矢野へ遠慮して、なかなか乗り越えられなかった、
「オレのほうが高橋を幸せにできる(『7巻』)」という問題だろう。

どうしても矢野には今の竹内の方が七美を幸せに出来ると考えてしまう。

だが、当の竹内からバトンは託されたのだ。
彼が ずっと七美を想い続けたものが結晶になったリングと共に。

それが分かった時、矢野は走る。

それはまるで、高校生の時の矢野の転校で別れたあの駅のホームを、
一心不乱に走る七美の姿に似ている。

ただ、まっすぐ、自分と相手を信じて、全速力で走るだけ。

泣くのと同じぐらい、『16巻』では矢野が七美に向かって走っているイメージが繰り返される。


方、七美は慣れない仕事と担当となった漫画家に振り回されて、
不眠記録を更新するように仕事に打ち込む。

それは矢野の電話を待って神経が昂っていた影響もあるだろう。

だが、そんな矢野との電話中に七美は階段から転落し…。

ここにきて いよいよ、いくえみ(綾)さんの『潔く柔く』っぽいですね…。


ここまで様々な人との死や別れを描いてきた作品ですから、
クライマックスもそれに見合うだけの展開を用意しなければならない。

なので、矢野が七美を失う可能性を描くのは当然だと思います。

いかにも最終回直前の大事件ではあるものの、
矢野の真なる成長、真なる声を聞くためには必要な出来事。

にしても、この場面でも一番に病院に駆けつけるのが竹内というのが、
彼の役割を象徴してますね。

北海道にいる七美の身内よりも早く駆け付ける、
東京のお兄ちゃんという役回りが竹内にはピッタリかも(同郷だが)

妹のことが心配で自分の恋もおろそかにしてしまう兄(同じ年だが)
妹を安心して預けられる人が見つかるまで、
彼女のことを見守るのが使命。

そしてそれを見届けたら物語から退場するのも悲しい運命(そして海外へ)。


事件のオチとしては肩透かしだが、
ここにきて七美まで生死をさまよう展開は読者から忌避されるだろう。

万難を排して、矢野が七美に一心不乱に駆けつけた、という状況が全てなのだ。
矢野に迷いはもう、ない。


終話は結婚式のシーン。

…といっても招待されていた高校時代の友達・タカちゃん(影が薄い)のもの。

七美はそれに合わせて矢野を北海道に連れて行こうとしたが、
彼の返事は曖昧で、結局一人で北海道に向かうことに。

だが、「新郎」側の招待客として矢野と竹内が現れる。

タカちゃんの同郷の結婚相手は、矢野たちの中学時代の同級生だったのだ。

これはリアリティのある縁だと思います。
まぁ、タカちゃんは かなり前から知っていてもおかしくはないと思いますが。


その式で竹内から明かされる1年間の失恋&卒業旅行、
ならぬ海外研修でのニューヨーク行き。

妄想としては、研修出発の当日に七美が矢野と竹内を最終的に選ぶのも面白かったかも。
遠距離恋愛・留学は少女漫画の最終回の定番ですからね。
空港にとどまるか、飛行機に乗るか、ラストはいかに⁉、というのも楽しそう。


閑話休題
矢野は海外研修に行く竹内に餞別代りにに現金の入った封筒を渡す。
かなりの重みのある中身は、竹内から預かった指輪の売却代金。

捨ててくれと竹内から託されたものを捨てなかった矢野。
生まれ変わった彼が選んだのは「捨てない生き方」。

この「捨てる」を巡る矢野の変化の描き方も好きですねぇ。


そんな結婚式の翌日に、あの日以来、故郷に帰ってきた矢野。
七美が矢野を迎えるのは、あの日、彼を見送ったホーム。

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あの日 見送ったホームに帰ってくる人を待つ。人生という名の列車が走る~♪

もう、文字に書いているだけで鳥肌が立ってくるぐらい、思いが深い。

この場面のために、この漫画があった。
別れは帰ってくるためにあった。

そう思える一コマです。

本書は矢野の歪んだ愛の物語。
そして最初で最後の真っ直ぐな愛の物語。


数年越しの初体験は朝チュン使用。

矢野の身体が暑いと遠ざける朝の一コマから始まり、
色気のない朝の洗面台のシーンで終わる。

まぁ、どこに幸せの最大値を設置するかといえば、
その前の湿原(?)のシーンが適当だと思うので、
ここで変に色気や幸福感を漂わせるのも違うのかなとは思います。


んな朝を迎えた2人が向かったのは、
亡くなった、矢野のかつての恋人・奈々(なな)のお墓。
ってか、これは奈々の個人のお墓なんですかね。

これは『3巻』から文香に言われていた、

「彼女の好きな花を買って 水を持って 行っといで 元晴(もとはる ←矢野のこと)」
「たまには泣くことも 必…(さえぎられる言葉)」

という助言が、ようやく成就する日となりました。

矢野はもう泣ける。矢野はもう奈々と正しく別れられる。


そこで矢野は山本(妹)がお墓の物入れに託した、
ずっと山本が保管していた、15歳の矢野の誕生日に奈々が用意していたプレゼントを受け取る。

それは高価でも特別でもない物。
しかし、奈々が ただただ矢野を喜ばせたかった物だった。

これは連載が10年の長きに亘って継続し、
10年ひと昔、の言葉通りに、その物に懐かしさが出たことが良い方向に出ていますね。

読み返すと、かつての矢野の部屋にはそれがあったりします。


このお墓参りをもって、いわば0巻の時点から矢野の心に わだかまっていた問題が解消されます。
やっぱり本書は矢野の心の旅の物語かもしれない。

まぁ欲を言えば、矢野の母との心の別れも読みたかった。
まぁこれは『15巻』で山本の母を看取った一連の流れで解消されたのかな。


残念ながら最終回はほぼ北海道が舞台ということもあり、
東京での矢野の元同級生、現・七美の同僚の千見寺(せんげんじ)は登場せず。

良いキャラでしたが、付かず離れずという一定の距離感を保っていた感じですね。


そういえば本書は友人の恋(千見寺とか)などの脇道は少ないし、
仲間内で恋人になる人たちもいなかったなぁ。

本命・千見寺=竹内、大穴・山本=竹内、ぐらいはあるかと思ったが全くなかった。
まぁ、竹内救済企画として最終盤にカップルになったから安心してね、
というのもそれはそれで読者の不評を買うから、この結末でいいと思います。

いや、しかし本当に徹頭徹尾、七美と矢野の10年間を追った作品でした。
明日があれば、今日もまた過去になる。
そんな日々を重ねた、僕等がいた