《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

主に少女漫画と小説の感想ブログです

ないものねだる 子供だから ただ、今をはやく伝えたい『「ただいま」』

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タアモ
たいようのいえ
第09巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

ここにいる限り彼と対等になれない。彼の夢も叶わない。だから帰るんだ、絶対。みんな、少しずつ前へ前へ進んでるから。――「なんで昨日あんなこと私にしたのか」突然キスしてきた基(ひろ)の気持ちが分からずモヤモヤしっぱなしの真魚(まお)。期待を抑えながら、とにかく前進をと今までで一番長く家に帰ることに。その真魚の様子に焦る大樹(だいき)は? それぞれが新しい一歩を踏み出す時が来た……!!?

簡潔完結感想文

  • 告白発 地獄行き。基に玉砕したラジカル杉本さんは大樹に失恋のシミュレーションをさせる。
  • 告白発 天国行き。告白したことで変わり始めた千尋の恋。言わなければ伝わらないことがある。
  • 告白の舞台裏。遂に真魚に告白をした大樹。この大きな波紋はどんな事態を巻き起こすのか。

虫な性格も、今の余は無視できるでござる、の9巻。

巻を重ねる毎に実感するのは、本書の完成度の高さ。

本書からは少女漫画の人気連載特有の いびつな構造を感じない。
ありがちな交際後の浮気騒動編や自分に告白する新キャラ登場編、友人の恋編など、
分かりやすいパート分けが全くない。

1つの物語として季節の移ろい、感情の移ろいを見事に描き切っている。
本当に作者の構成力には恐れ入る。

以前も書いたが、構造物の基礎がしっかりしている長編らしい長編なのだ。
人気連載でも増築に増築を重ねたため、本来の建物が押しつぶされそうな作品はやはり美しくない。


連続性を感じさせるのは『1巻』の時点でほぼ全ての登場人物が配置されているからでもある。
勿論、10人以上の主要登場人物が一気に動き出すわけではなく、ちゃんと交通整理されている。
この点もまた作者の確かな力量を感じる。

特に主人公の真魚(まお)の家族や、真魚が仮住まいする中村(なかむら)家の弟妹たちは、
真魚と、真魚が恋する基(ひろ)の関係性が深まってから登場場面が増えるように計算されている。

登場人物が増えるごとに新たな化学反応が生まれるから、物語に停滞感もない。


また、もう一つ私が本書を好きなところは、
幾つもの事象が同じ時間軸の中で並行して起こっているところである。

そして本書の場合は各事象がそれぞれ呼応することで新たな変化をもたらしている。

こちらが上手くいけば、あちらが上手くいかない、
恋と友情、恋と家族、それぞれが微妙に連関することでサラウンドな響きが聞こえてくる。


今回、大きく響き合ったのは、基(ひろ)に失恋した基の同僚のラジカル杉本(すぎもと)さんと、兄である基と恋のライバルになりそうな弟・大樹(大樹)。
そして、なかなか告白をしない大樹と、告白した経験のあるクラスメイトの千尋ちひろ)。

まずは前者の2人から。
恋は叶う人もいれば叶わない人もいるという厳然たる事実。

真魚と基の幸せは、大樹とラジカル杉本さんの不幸でもある。
そんな、広い意味では運命共同体の2人は、大樹のバイト先の居酒屋で交流する。

初めての失恋で大いに傷つくラジカル杉本さん。
酒癖が少々悪いので、大樹に大いに絡んで愚痴をぶつける。

毎日、基に会社で会ってしまうことが辛いと訴える杉本さん。

これは大樹が現時点で真魚に失恋した時の物語にも読めてしまう。
毎日、顔を合わせるのは大樹も同じこと。
しかも、その真魚の恋人は同じ家に住む兄であるかもしれない。

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好きな人と一緒に暮らす天国は、失恋確定時には地獄に様変わりする。

もし、その未来がやって来た時、大樹は家を出るだろうと答えを出す。

基と真魚が相手に誠実に向き合おうとする人なので良かった。
もし、基も真魚も基の弟妹が戻り、家族と上手くいってない真魚が実家に帰るまでは告白をしないと決めている。
2人の間には未来の約束はあるけれど、現時点での交際の事実はない。

もし2人が相手を思い遣らず、自分の恋ばかりを優先する人間だったら、
基は妹も連れて帰るという宿願を叶える前に弟を再度失っていたかもしれないのだ。

この大樹の決意と結果的に最悪の事態を回避しているという危機的状況は、
恋という温かな感情の裏に、冷たい刃を感じさせヒヤリとする。


なんとなく大樹とラジカル杉本さんは失恋者同士で傷をなめ合って、
この後、良い感じになるのかと思いきや、そうはなりませんでしたね。

というか大樹の失恋は未確定でしたね。
大樹は告白もしてないし、基の真魚への気持ちも表明されていない。


白について話し合うのが大樹と千尋

かつて同級生の織田(おだ)くんが真魚のことを好きなことを知りながらも彼に告白した千尋
その経験と、余りにも伝わらない大樹の真魚への想いに業を煮やし、千尋は大樹に真魚への告白を促す。

そうして告白に気持ちが傾いた大樹の独白でようやく気付いたが、
基の恋心が真魚と同居中は封印されるものであるならば、その解除が彼らの交際の始まりになる。

だから大樹はそれまでにこの恋に方をつけなければならない。
イムリミットのある想いであり、そしていつか砕け散る失恋へのカウントダウンと闘っている大樹。

そして基と真魚は恋心と向き合うために同居解消を目指しているのに対して、
大樹は同居生活こそパラダイスという相反した思いがあるんですね。

しっかりと明文化されないと気づけないなんて、私は真魚に負けないぐらい鈍感だ。

そして大樹が遂に…。
1巻に一度以上は大きなインパクトを残す出来事があるので目が離せませんね。


方で、恋の叶った千尋と織田くん。
本書の中での交際第一号でしょうか。
『9巻』で初かぁ。長い道のりでしたね。

この交際は、かつて千尋が勇気を出した過去と事実があるからこそ実を結んだ。
千尋が自分を好きだということが、織田くんの頭を千尋でいっぱいにした。

ちょっと効果が出るまでは時間差があって、悲しい思いもしたし、泣いたこともあっただろうけど、
言葉にして伝えたことで、彼の頭に化学反応が起き始めたのだ。

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今巻の1つ目の告白。想いが繋がる幸福を、主人公たちより一歩先にお届けします。

真魚にとっては良いこと尽くめの交際でしょうか。
露悪的に言えば、自分がフッた男と、その男を自分の親友と交際してくれることで親友から恨まれたりすることがなくなる。
罪悪感を帳消しにする交際でしょう。
ただ、真魚的には親友の千尋の自分の優先順位が下がったことを悔しがっている。
女性の恋と友情は難しいですね。

かつて失恋した千尋と織田くんに恋が到来したとなると本格的な失恋第一号はラジカル杉本さんになる。
ラジカルさんは大変辛い役割になってしまいましたね。
「時間が一番の薬」だし、時間の経過を感じるには生きていなければなりません。


あと、そういえば前巻のラストで真魚と基がキスしてましたね。
かなり重要な出来事なのに何の感想も書いてませんね。
ちょうど巻をまたいでの出来事だったんで、書くタイミングを逸しました。

決してロマンチックなものではありませんでしたが、
溢れる思いを止められなかったという切実さが伝わってきました。