タアモ
たいようのいえ
第06巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
「誰も傷つかない恋なんてないのかな」誰かを想うほどに、別の誰かの想いとぶつかって進めなくなる。真魚(まお)も基(ひろ)もラジカルさんも織田(おだ)くんもちーちゃんも。そんな中、密かに真魚を想う大樹(だいき)がついに帰ってくることに。基の願いは一歩前進だけど!!? 年の差幼なじみの明るく切ない同居生活ラブストーリー。
簡潔完結感想文
作中の季節は移ろい 10月に入り、折り返し地点を過ぎる 6巻。
本書は主人公の真魚(まお)の高校2年生の1年間の出来事を描いた作品。
なので下半期に突入したことは、折り返し地点を過ぎたことを意味する。
そして不帰投点(Point of No Return)を越えたり越えなかったりしている。
元の場所には戻れないことを知っていても、とある選択をした勇気ある者たち、
一方でまだまだ引き返せる位置で機会を窺う者たちがいる。
詳細は「リスタート」と題して『5巻』で書いたが、
折り返し時点の前後では、各人がそれぞれに、実家に戻る決意をしたり、告白をしたり、もう一歩距離を縮めようとしたり、勇気をもって行動を起こした。
今巻はその実践編とも言える内容かもしれない。
義母の協力と要請もあって、関係が上手くいっていない父親のいる家に短時間 帰ることを決めた真魚。
彼女にそうさせたのは義母と、そして今は一緒の家に暮らす、年上の幼なじみの基(ひろ)の存在。
基に甘えてばかりの自分ではなく、基の家を出ることで基とちゃんと向き合う自分になるべく真魚は奮闘する。
そうありたい自分の像が出来ること、そのために問題と対峙すること、
そんな湧き上がる力を通して、恋をするプラスの面が浮かび上がる。
割合としてはプラス面より格段に少ないが、
真魚が、ネット上の友人で同じく基を好きな ラジカル杉本(すぎもと)さんに対しては、
マイナスの感情も持ち合わせている点が、とてもリアル。
恋をするエゴも可愛らしく描かれている。
また、真魚の実家に帰る話は、まるで不登校児の孤独な闘いにも読める。
いじめっ子といじめられっ子、そして両者を取り持とうとする教師。
お試し登校で、少しずつ実家にいられる時間を増やしていこうとする真魚。
ただイジメとは違うのは、もしかしたら両者の奥底には愛があるかもしれないってことだ。
久しぶりの実家での夜。
基の中村(なかむら)家から出る一つの手段として一人暮らしも視野に入れる真魚。
だが未成年が故、一人暮らしにも親の許可が必要で、
真魚は父親にその際の許しを もらおうとするのだが…。
自分のことをこの家から排除したいのだと考えていた真魚にとって、父親の却下は青天の霹靂。
安穏とした基の中村家から飛び出してでも、実家に帰る方向性で不帰投点を通過した真魚の心は、
宙に浮いたまま、帰る場所を失ってしまった。
真魚にとって二重に未来が閉ざされたところが辛いですね。
一つはやはりこの父親とは関係性が気づけないのかもしれないという暗澹たる気持ち。
そして、もう一つは基と向き合う未来さえ奪われたという絶望。
折り返し地点を過ぎてもなお、放浪の続く真魚の心。
彼女が帰る家は、この世界のどこかにはあるのだろうか…。
だが、実家が真魚のために用意してくれた真魚好みのスリッパは父親の助言によるものらしい。
もしかして父親は真魚のことを実はよく理解しているのかも、と思わせる一コマだ。
そして父親の言動を注意深く読むと、そこに好きな人には不器用な態度を取ってしまう親友・ちーちゃんと同じ匂いがあることに気づく。
40代の男だってツンデレぐらいするんだからねッ!
40代男のツンデレはデレになるまでのスパンが長いのかもしれない。
真魚もまた(大樹と同じように)長期戦を覚悟して、ゆっくり攻めるしかない。
このように折り返し時点でも各所にその人物を理解するヒントが隠されており、
何度も読み返したくなるのが本書の秀逸な点。
各人の思考をトレースして注意深く読んでみると、表面上の言葉より深く思いがあることに気づかされる。
語気が強くても、口がへの字に歪んでいても嫌われているとは限らないのだ。
そんな、表面上のつれない態度とは裏腹に想いを隠し持っていたのが、
真魚と同じく実家に帰るという選択肢をした基(ひろ)の弟・大樹(だいき)。
両親の死後、育ててくれた神戸の おじの家で回想されるのは、大樹の真魚への片想いの歴史。
おばさんは良い人ですね。
夫の血縁であり、直接の血の繋がりはない大樹にも優しい。
関係性も良好で、屈託のない会話が温かい。
ここは、どうしても真魚の家庭との対比をしてしまいますね。
血縁の濃さが幸福に繋がるとは限らないのだ。
そして大樹もそんな家庭に対して相応の感謝の心を持っている。
ただでさえ好きにならざるを得ない大樹を一層好きになるエピソードだ。
シニカルに見える容貌だが実は情にも厚い大樹。やっぱり好きでござる。
そしてビックリするほど直接的な言葉を用いなければ好意にすら気づかないのは中村家の男たちの罪かもしれない。
イトコである その家の実子(女性)が自分のことを好きだなんて絶対に気づいてないだろう。
読者は登場してすぐに気づいたというのに。
そんな大樹に離れている間は忘れていた恋心を一瞬で再燃させる真魚は魔性か。
本人のキャラクタが一風変わっているから
サラッと受け入れられるが、真魚は結構モテてるんですよね。
主に中村家の男たちに受けがいいんだけど…。
大樹の初登校の様子も楽しいですね。
読者にはお馴染みの ちーちゃん や織田(おだ)くんなどとの会話が面白い。
そして大樹が男子校 → 共学への転入で、女子生徒の驚愕の実態を目の当たりにする場面は大笑いした。
他者の恋愛事情を聞く女子生徒を目の前にして学校を「お見合い会場」と認識する大樹が面白い。
『5巻』のラストと同じく頬杖ついて困る大樹の顔で終わり。
好きな子と、好きな子が好きな男(それも実兄)と同居している
この状況は、大樹にとって天国か、それとも生き地獄か。
真魚と基のお互い好きだがハッキリと言わない状態がむず痒くて好きだ。
そして、基の理性さえ飛べば一気に押し倒されてもおかしくない雰囲気の中に、
大樹が投入されることで、その状態が維持される展開もまた好き。
大樹によって、2人が勝手に不帰投点を越えないように監視されている状況だ。
なんせ物語はまだまだ折り返し地点を過ぎたばかりなのだ。
ちなみに男性陣の部屋着が、部屋着としか言えないところが好きだ。
絵面や見栄えを重視せず、機能性重視っぽく、
そして、心から家でくつろいでいるところが見てとれる。
一方で真魚は、意外にも性格とは裏腹に女の子のルームウェアという感じ。
ずっと足を出している。
男性陣は真魚には気づかれないように、それとなく視線を送っていると思われる…。