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少女漫画と小説の感想ブログです

帰る場所を みつけたくて 自分の真ん中で ささやく『「ただいま」』

たいようのいえ(8) (デザートコミックス)
タアモ
たいようのいえ
第08巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★(8点)
 

この家には私がほしかったものがたくさんある。だから、本当にここが私の居場所みたいに錯覚してしまうんだ。――社員旅行に向かった基(ひろ)とラジカルさん。基のいない家で2人きりの真魚(まお)と大樹(だいき)。それぞれ募らせてきた思いをついに告げる時が――!? そして、あとは妹・陽菜(ひな)を待つのみとなった中村(なかむら)家の再生は――!!? 年の差幼なじみの明るく切ない同居生活!

簡潔完結感想文

  • 基の期待と落胆と驚愕の忙しい一日。悲しくてやりきれない返答と嬉しいけど喜べない報告。
  • 陽菜と氷の女王。家族からも親戚のもとも飛び出して一人で生きていく。少しも寒くないわ。
  • 修学旅行回。自分の好きな人の一挙手一投足の意味は気づき、そうでない人は気づかない残酷さ。

2つの旅行、会えない時間が愛育てる 8巻。

前巻から会社の慰安旅行中の基(ひろ)。
ラジカル杉本(すぎもと)さんと基と爆睡中の同僚がいる旅館の一室で、
基に告白すると決意を持って旅行に臨んだ杉本さんが口を開いたところで幕を閉じた前巻。

そして一方、基のいない中村(なかむら)家では真魚(まお)と大樹(だいき)は
雷鳴轟く夜、飼い犬・コロッケを間に挟んで抱擁中。

という とても気になる場面で終わったが、結果的には何もなし。
この2つの場面、物言わぬ第三者(爆睡中の同僚と犬のコロッケ)がいなければ、
違う未来が待っていたのでしょうか。

そして恋愛は勇気と駆け引きとタイミング。
それを逸し続けるから、ずっと片想いなのでしょうか。


本さんに至っては、妹を訪ねるため一人帰京の時間をずらした基を駅の改札口で待って、
一緒に旅行先の仙台から帰ったにも関わらず告白する勇気が出ずに言えないまま別れた。

んー、お話を引っ張るねー、巻をまたぐという姑息なテクニックかと思ったところで新展開が待っていた。

この作者の変幻自在の指揮者としての能力の高さには恐れ入る。
何度も言いますが読者の予想より1テンポ早く、ことが起こる感じが大好きです。

ただ杉本さんの告白は、少し間が悪い。

メールではあったものの告白する勇気を持てたことは称賛に値する。
杉本さん自身も告白という大きな一歩を踏み出せた自分を認める気持ちがあるだろう。

ただし、神の目線を持つ読者からすると、
もし、あの旅館での夜に直接言葉で伝えていたら、
違う未来もあり得たのではないかと思ってしまう。

杉本さんがメールを送った夜、
その時の基は落胆と、そして真魚への想いを募らせていたのだ。

ずっと恋焦がれていれば想いが届くわけではない。
真魚のように我慢できずに一度言ってみた方が少なからず相手の心に作用するかもしれない。

動き出す、というのは本書の通底するテーマかもしれない。


が勇気を出して動き、会いに行った妹の陽菜(ひな)は、
兄たちの暮らす家には帰らないの一点張り。

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逃げずに対面することで収穫があるという基の思いは打ち砕かれる。真魚と同じ状況。

頑なな態度は以前の真魚を連想させますね。

基たち中村家の人々は、若くして幼くして両親を亡くしたからなのか、
人に頼ったり、弱い自分を見せたりするのが苦手なんでしょうか。

基はずっと一人で抱え込もうとしてるし、
大樹は涙を見せないようにしていた(バレてたけど)。
陽菜も兄にさえ悩みも苦しみもないように振舞う。
その頑なな振舞いの中には隠しきれない悩みや苦しさが滲み出ているというのに…。

妹の拒絶に基は真魚が実家で味わうような無力感や悲しみに襲われる。
真魚にとって父がそうであるように、会話の糸口すらつかめない他人のようになってしまった妹・陽菜。

そして基は真魚に思いを馳せる。
自分にとっての真魚とは何だったのか。
汚い心も含めて、もう一度真魚を見つめなおすと見えてきたのは、今の自分の正直な心。
こういう一つの事象が、もう一つの事象を照らしなおすという構成も秀逸です。

そしてそんな陽菜のの話を聞いた真魚が、陽菜に親近感を覚え、
基のために自分に出来ることはないかと動き出す。

基が感じた真魚と似たような境遇と性格、
だからこそ、そこに解決の糸口を見つけるという構図も面白いですね。

自分の願望と同時に、利他的な行動が出来る優しい人々の物語だ。
恋っていいなと思わせてくれる、それが少女漫画の効用だ。


樹もまた優しい。

妹が帰らないことを予想し、基が落ち込んでいるだろうと思いを至らすことのできる人だ。

例え恋愛のライバルで、「地獄へ堕ちろ」と願っていても、
兄を気遣い、兄の好きなお菓子を袋いっぱい買ってくる人なのだ。

エピソードによる性格の肉付けが本当に上手いです。
基にしても、大樹にしても、本当に忘れられないぐらい(性格的)イケメンだ。
顔だけのイケメンしか描けない漫画家に読ませてやりたい(今読んでいる漫画がそうなので、つい…)。

『7巻』で大樹が、基兄(ひろにぃ)が俺が真魚のことが好きだと知ったら(本心とは裏腹に)「笑って応援してくれそう」、みたいなセリフがあったが、
大樹もまた基なら、笑って応援してくれそうな気がする。

というか本書の登場人物の誰もが、たとえ自分の恋が叶わなくても
好きになった人の恋をしっかり応援してくれそうな気がする。
そんな優しい人々の、それほどに大事にしている恋なのだ。


ただ、一方で弱虫を引きずっているのが大樹。

真魚以外なら(基でも)察するような言葉を用いて好意を表しているが、相手が真魚なので今回もまた伝わらず。

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好きな子が自分ではない別の誰かをどれくらい好きか痛いほど分かってしまう、俺の痛み。

ラジカル杉本さんに続いて大樹が勇気を出す日は来るのだろうか。
そして告白の結果もまた彼女の たどった経緯と同じになってしまうのだろうか。

最初から長期戦を覚悟している大樹だが、彼もまた勇気とタイミングを逸した気がする。

毎日、同じ家で暮らしている間柄だからこそ、
お互いの旅行で会えない時間が長くなると、
その人に想いを馳せてしまうのだ。

そうこうしてる間に基は思わぬ行動に出る。
これもまた1テンポ早い展開。
そしてまさか、大樹が家に居るというのに⁉
またまた気になるところでページが尽きる。


そして真魚のように、さっさと告白したのは、親友の ちーちゃん(千尋ちひろ)も同じ。
フラれた織田くんとの距離が修学旅行を機に戻り、リセットされた。

とりま告白。それが本書の訴えたいことなのかもしれない。
残念ながら失敗例がラジカル杉本さんと大樹だろうか。