いくえみ 綾(いくえみ りょう)
プリンシパル
第3巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★☆(9点)
両親の再婚により姉弟になった糸真と和央。ひとつ屋根の下で暮らし始めたその日、糸真の知らないところで和央と弦の間に亀裂が生じていた。不自然にお互いを避ける和央と弦。2人はどうなってしまうの…!?
簡潔完結感想文
1巻ごとに女の友情、男の友情と続いて、今度は主人公の恋心に亀裂が入る3巻目。
そうか本書は主人公の糸真(しま)ちゃんがどこまでいっても漂流する、根無し草の様子を描いているのか。
東京から逃げるようにやってきた娘を無条件に受け入れてくれた父も再婚してしまったし、一度は友情も失われ、その失意を支えてくれた王子さまも自分とは違う人を見ていて、そして今巻では恋も友情もこんがらがってしまう…。
めでたくお互いの両親が再婚したことによってひとつ屋根の下で暮らし始めた糸真と和央(わお)。
家族としてはこれ以上ないほどに良好な関係を気付いているけれど、男と女としては果てしなく遠い距離感。
更にはいつもニコイチで行動していた和央と弦(げん)の関係が大きく変わってしまって…。少女漫画で誰もが一度は夢みる好きな男の子との同居生活。
でも確かに実の父よりも好きな人と同じ洗濯機で回される自分の洗濯物ってのは考え物ですね。
糸真は実母の繰り返される再婚で多分第三者と暮らすのは慣れているし、それに今回は和央という支えがいる。
親を適切な距離で見定めることができる子ども同士だから、親の再婚という子供にとってナイーブな出来事でも心や家庭が荒れることはないだろう。
そういえば糸真は義兄姉や義弟妹は居たことないのだろうか。
実母はああ見えてそういう複雑な関係を持ち込まないようにしていたのか、それとも結婚歴すらない若い男ばかりを狙っていたのかのどちらかだろう。
子供たちが親を何て呼ぶのかという子供として最も大きな問題が最初に語られ、そして中盤で自然とそう呼んでいる構成に胸が温かくなります。
いくえみさんの、恋愛にしろ家族にしろ人間関係が決して幸せ一辺倒じゃないんだけれど、それでも互いを思い遣る優しい人間関係の描写は一級品ですね。
和央にとっては十数年ぶりの「父」。もしかしたら記憶にすらないのかもしれない(夫婦喧嘩は聞いてたらしい『4巻』)。
和央はもちろん、糸真父も息子が出来て嬉しそうなのが素敵だ。
糸真父は不器用だけれど懐は大きい。経済力もそこそこ。
幸せ家族の裏で、和央を支えるという役目を終えてしまったのは弦。
弦と同じ年数だけ和央と関わってきた、弦の姉・弓(ゆみ)ちゃんから語られるのは弦のトラウマのお話。
回想シーンで語られた弦が初めて和央に会った時、彼を女の子だと思い込み恋をしたという話は笑い話ではなかった模様。
表立ってその関係性が誇示されることはなかったが、陰になり日向になり、精神的にも経済的にも和央一家を支えてきた弦とその舘林家。
以前も書きましたが、この経済的というのが少女漫画らしからぬ設定です。
少女漫画としては2人の王子だけれど、本当に言い方悪いですけど、王子とこじきの関係でもあった。
自分の作った食事を食べず、弦の家で悪く言えば施しを受ける息子に声を上げる母の姿はリアルだ。
和央はそういう自分たちの関係も、そして寄生先を変えたと揶揄される糸真一家との関係もちゃんと熟知して、そしてその幸せをきちんと享受して生きる。
これはやっぱり最初から持って生まれた弦には少し理解しがたい問題ではないか。
ただ弦は和央を偏見から、イヤなことから守ってきた、支えてきたというのはエピソードの数々から分かる。
初恋から生まれた友情とはいえ、弦はずっと偏見を持たずに和央に接してきたのだろう。
そんな和央が糸真一家との同居で関係性を清算するような発言をしてきたため、もぬけの殻となってしまった弦。
口は悪いし態度はでかいけれど、気が小さくて繊細な弦。
ハッキリ言って女々しいです。
本当に身体の弱い和央が実は精神的にタフで「黒キャラ」で、裕福で態度がバカでかい弦が実はピュアな「白キャラ」だとは思いもよりませんでしたね。
そして弦は生まれ変わりを象徴するように長髪を切る。
まぁ見目麗しくなっちゃって。初めてイケメンだと思いましたよ。
関係性は目まぐるしく変わります。
今巻のラストでハッキリする関係性が和央の恋。
一直線の和央と、その彼をどうにか意識の外に持って現実的に生きようとする弓ちゃんは、どちらにもちょっとした狂気を感じます。
弓ちゃんの生き方も弟と同じで和央第一主義からくるものかもしれません。
和央や和央母を悪く言う者を自分たちから遠ざけるために弓ちゃんも暗躍してますもんね。
そういう意味では似た者同士かもしれませんね。「いいかげん認めろよ」という和央の迫り方は和央らしいと納得するような恐怖も感じた。
そしてそんな彼らの歴史には、恋の深さも長さも到底太刀打ちできなかった糸真。
そんな彼女に追い打ちをかける親友の告白。
気を利かせる意味もあってその場から後ずさる糸真。
でも、和央も弦も晴歌もいないこの町での明日はどっちだ…⁉
作者は徹底的に糸真に疎外感を与えていますね。
一見、ほのぼの描写ばかりだからあまり気になってませんでしたが。
なんと正ヒーローだと思われていた和央が糸真の中で本当の意味で弟になりました。
関係性は目まぐるしく変わります…。
そういえば娘には口さがない弦・弓の舘林家の母ですが、弦によく似た鋭い目つきの割には優しい性格なんですかね。
上流階級のざーます族に見えて、和央一家に対しての偏見や悪し様に言うような場面は見受けられませんね。