タアモ
たいようのいえ
第03巻評価:★★★☆(点)
総合評価:★★★★(8点)
いっしょに帰ろうって手をつないでくれるあなたはどう思ってるんだろう――。この止まらないドキドキとか嬉しくてたまらない想いとかみんなはどうやって抑えてるんだろう――。基(ひろ)のやさしさに同情を感じてしまった真魚(まお)。対等になりたくて、自分を変えたくて、真魚は基の家を出る決心をする。父親と向き合う、と真魚は基に話すのだけど、なんと基のほうが、真魚を徐々に意識しはじめていた……!?
簡潔完結感想文
2人きりで飲食店で対峙することで緊張したり胸がトキメいたりする 3巻。
『3巻』は、2人での飲食店でのシーンが印象的。
少しだけ緊張感、または地に足のつかない喜びをはらみながら対面する2人。
家での場面が多い漫画で、自宅とは違う場所でプライベートな会話を展開する。
そこには少しだけ勇気を出して、現状から半歩でも進もうとする彼らの決意が垣間見れる。
お互いの孤独を埋め合うように同居することになった真魚(まお)と基(ひろ)。
ただでさえ会話のなかった父親の再婚によって家に居場所がなくなってしまった真魚。
しかし本心では家に帰りたい、そんな真魚が伝えられない気持ちを父親に伝えるため2人で飲み屋に出掛ける。
『2巻』の感想で本書は片想い漫画と書きましたが、
真魚の父親への気持ちも一方通行ですね。
真魚が時代劇を好きになったキッカケも父親と観ていたから。
そんな真魚に多大な影響を与えている父親と、もう一度向き合ってもらおうと基は奮闘する。
その姿はまるで年頃で関係性が上手くいかなくなった父娘の間を取り持とうとする母のようである。
そして父親は、女子高生が父親と一緒にいたいと思ってくれていることがどれだけ幸運か分かっていないのだろう。
この場面で基は父親に「…真魚は本当は あなたと暮らしたがってますよ」と明言してるんですね。
だが、そんな直接的な言葉にも父親の反応は冷たい。
はぐらかし、逆に基の精神を揺さぶるような言葉を投げつける。
得体の知れないモンスター、もしくはサイコパスのように映る父親。
本書で一番の悪といっていい真魚の父親。
だけど再読時に彼の言動に注目すると決して真魚のことを否定はしていないことに気づく。
「真魚とは暮らしたくない」とか「嫌いだ」みたいな直接的なことは何一つ言っていない。
多分、真魚の生活費を基に渡した時に嫌味に挿んで言っていた
「真魚と会ってもなに話していいか わかんねえしな」、これが彼の本心だろう。
妻との関係が上手くいかず、離婚した時からずっと父娘の間には沈黙が続いて、
思春期になり年頃になり、自分とは違う明確な意思を持った娘、そしてそのことと対峙できない父親。
それが今の2人の姿だろう。
再婚した父が、現在の妻とその娘と上手くいっているように見えるのも、妻という架け橋があるからだろう。
クラスから学校から浮いていた真魚に ちーちゃん こと 千尋(ちひろ)が救いになったように、
父親も誰かの存在があって初めて人と繋がれるタイプなのかもしれない。
孤高の似たもの親子、だからこそ上手くいかないのだろうか。
そんな父親の態度は真魚が勇気を出して2人きりで対面して話し合いをした時も同じ。
真魚のことは決して否定していないのだが、自分の内面に踏み込ませもしない。
だから先手を打つし、一方的に話して切り上げる。
そして被害者気質。
なぜ娘が出て行ったのかを考えず、出て行った娘が悪いと妄信する。
和解の日は果てしなく遠く感じられる。
一方、真魚の恋愛面での片想いも こじれる。
基が父親との関係を改善しようと躍起になればなるほど、真魚は基との他人の関係を痛感する。
真魚は自分が問題を抱えている限り、
基の優しさは、同情や彼の母親属性に由来するものという堂々巡りの考えから離れられない。
だから遠回りでも自分の問題を解決することこそが、恋愛面でも光明になると考える。
基のお節介が父親と向き合う勇気と同時に、真魚に埋められない距離を感じさせる構図が面白いですね。
そんな真魚に「悩んで どうしようもない時は 理想の状態を考えるといい」といいとアドバイスするのは織田(おだ)くん。
それを聞いた真魚が、その次の回で見た夢が彼女の理想の状態なのだろうか。
基に「かわいい」と何回も言われる、好きだと言われる、結婚しようと言われる。
ビックリするほど単純明快な、まさに夢物語。だが、それもまた願望。
上述の通り、自己の問題の解決が理想への流れを作る一歩目だと考える真魚。
織田くんもまた父親と向き合う勇気をくれた一人である。
真魚を好きだと言ってくれた織田くん。良い奴ですよね。
彼の勘違いで真魚と ちーちゃん の仲を崩壊寸前まで追い込まれましたが。
イケメンで純情。彼がヒーロー(相手役)でも申し分ないぐらいだ。
巻末の番外編は、そんな織田くんが恋に落ちた瞬間が描かれる。
7人兄弟の真ん中で唯一の男である織田くん。
ある日、セーターに印籠のアップリケを姉に勝手に付けられたことで真魚がこれまでにない反応を見せた。
そのことが彼に初めての恋をもたらしたみたい。
こんなところにまで真魚の時代劇好きが影響してるとは(笑)
そして、もう一人、良い奴なのが、ハンドルネーム・ラジカルさん こと 杉本(すぎもと)さん。
基の会社の同僚で、基が初恋の相手という女性。
どうしても真魚に肩入れしてしまうので敵のように思ってしまうが、彼女の恋もまた本物だ。
決して悪い人に描かれてはおらず、彼女が主人公の漫画ならば応援で来たはずだ。
そして、鈍感すぎる基に怒りを覚えたりするはず。
ラジカル杉本さんも、織田くんも自分の容姿を鼻にかけないところが良いですね。
それは真魚や基にも言えますが。
容姿よりも惹かれる点がある、それが本書のもう一つの恋愛の共通点。
そこがしっかり描かれている、伝わってくるところが私が本書を大好きな部分の一つかもしれない。
さて、少しだけ話が停滞・ループしてきた今巻のラストで現れたのが基の弟の大樹(だいき)。
私は彼の登場で物語が一層面白くなってきたと思っている。
『4巻』からが本編、かもしれない。
私は本書の構成が大好きだ。
読者の想像の少しだけ先を行き、ほんの少しだけ早いテンポで物語が進む。
大きな問題(それぞれの家族の問題)はゆっくりと、
だが小さな問題(今巻なら 親友・ちーちゃんとの疎遠と友情)は小気味よく解決する。
ちーちゃん との関係は いくらでも劇的に出来たし、話を伸ばすことも出来ただろう。
だが、それをしないのが美学であり引き算だと思う。
ちーちゃん との友情が壊れることは本書の本題ではない。
真魚をこれ以上 孤独にしてしまうと彼女は今以上に物事と向き合う勇気を奪ってしまう。
読者としても辛くなるばかりである。
作者が物語に自己陶酔しないように注意深く話を進めていったことで、
全体として非常にバランスの良い物語が構築されているのだと思う。
匠の技を感じさせる構造物である。
ちなみに作中によく出てくる「ちょんまめ」。
豆の形をした頭に ちょんまげが付いているキャラクタなのだが、
これが卑猥に見えるのは私の眼が変だからだろうか。
特に首から下が、何かを連想させるのだ…。