里中 実華(さとなか みか)
空色レモンと迷い猫(そらいろレモンとまよいねこ)
第05巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
“住んでる世界がちがう” それでも私…大和が好き。 芸能界復帰に向けて尾道での映画撮影に励む大和。撮影の中で、美少女俳優るるとのキスシーンがあり、それを見てしまった渚はショックを受けていた。撮影終了後、大和に「会いたい」と呼び出された渚は…!? 【同時収録】〈描きおろし〉おまけマンガ
簡潔完結感想文
- 女性ライバルにも遠距離恋愛でも相手を優先する いい子ちゃんヒロインが物足りない。
- 両片想いがピークで、両想い成就の盛り上がりに欠ける。前半の輝きが消失してないか。
- 渚と大和が「分かっている側」で、男女ライバルは分かっていない側という構図が嫌。
ライバルを戦うことなく退ける退屈な聖女のヒロイン、の 5巻。
両想いとか遠距離恋愛とか少女漫画で大事な要素が詰まっているのに盛り上がらない。なぜだろう と考えると、両想いに関しては2人が既に自分たちの両想いを確信して動いているからだろう。その前から明らかに恋人同士のような言動を繰り返していて、むしろ なんで告白しないのか分からない状態が続いていた。だから告白や両想いに今更感が出てしまい、心に刺さらない。
そして遠距離恋愛に関しても置いていかれる渚(なぎさ)が物分かりが良すぎてドラマにならない。少しは心を乱してくれないと読者に その寂しさが伝わらない。もし渚が役者だったら この演技プランは監督や演出にダメ出しを食らうところだろう。相手のイケメン芸能人・大和(やまと)の人生やキャリアのために自分が我慢するという選択肢を選ぶにしても、もっと大和のことが恋しいことを言い募ってから笑顔で背中を押すぐらいじゃないと起伏がない。


これは、以前から書いている作者はヒロインを悪く描けないという欠点に通じる所があると思う。どうしても渚は里中作品のヒロインとして正しい言動しか許されないようだ。つまり「いい子」すぎて つまらない。でも『5巻』の作中でライバル女性の るる が渚に言った通り、「こういう 普通で無害ですぅ って感じ出してるくせに害だらけなの ほんっとタチ悪い」。遠距離恋愛にワガママ一つ言わない、ライバルである るる にも敵対意識を見せず、大和のことを深く理解しています というアピールで るる を圧倒し、彼女の自主的な撤退を促す。
こうして渚は聖女のまま恋愛を進めていく。作中で彼女が失敗したことは なんじゃないだろうか。尾道(おのみち)という素敵な場所で育った純朴なヒロインというのが渚に与えられた役どころであるが、それ以上の魅力を彼女は出せていない。無味無臭の いい子で、その長所のはずの性格が作品に起伏を与えることが出来ず、結果的に短所になっている。
その割に『4巻』でマネージャーから忠告された大和との恋愛禁止令は すっかり忘れて両想いに突っ走るのが謎。本当に いい子なら大和に相談する、マネージャーに直談判するなどの手段が採れるはずだが、渚は自分の感情を優先する。るる が登場する前までは大和を自主的に遠ざけていたのに、るる が登場してからは独占欲で彼を確保しようとする。この辺が無害な振りした有害と言われる由縁なんじゃないだろうか。
こうして渚にはヒロイン補正が働き、ライバルとも戦うことなく勝利する。
一方、大和は この尾道での生活を通して成長して悟りを開いた状態になっており、こちらも無敵状態突入中。だから るる に続いて登場する男性側のライバルが幼稚に見える。思えば渚が恋をしていた涼(りょう)も卑怯な性格を用意していて、主役以外は雑魚っぽすぎる。三角関係や競り合うことが主題じゃないのだろうけど、自滅して敗退していく人たちと戦うことは主役にも得がない。もうちょっと作者は登場人物たち全員に愛を注いであげて欲しい。
私は この構図が あまり好きではない。渚と大和だけが絶対正義で、るる や新ライバルの考えが足りない。そんな浅はかなライバルが愚行を通して自滅し、絶対正義は揺るがない という周囲を下げて、カップルを賛美するような話の展開は辟易するものがある。だから大和が人間としてレベルアップしていった前半は面白いのに、カンストして誰もライバルに なり得なくなると「俺TUEEE!」状態になって、すごい浅い部分の承認欲求しか満たしてくれない。
交際編と遠距離恋愛編が同時に到来している本書は ここが難しいところなのは理解できる。もし2人が遠距離にすぐに負けてしまうようだったら、交際編の甘い期間が全部 消滅してしまうことになる。だから渚は大和が東京に戻ると聞いても涙一つ見せることが許されない。でも それが渚の想いが とても淡白に見えてしまう原因になっていて、読者も距離感や喪失感を いまいち実感できない。
ライバルにも遠距離にも負けないカップルはドラマにならない。交際を もう少し早い段階で始めて、遠距離編とエピソードを別にすれば良かったのか。どんどん前半で感じた内容の充実感や青春感が失速していき、コレジャナイ感を抱かずにはいられない。
また大和が殴った監督側の描写も不満。『1巻』の説明では監督の性格や言動にも問題があったという見解だったけど、再登場して以降は至って普通の監督なのが拍子抜け。監督の設定は、才能は有るけど モラルがない芸術肌であって欲しかった。この常識的な監督の様子では、芸能界や社会を舐めていた大和が勝手にキレただけに見えてしまう。大和が その時に抱いた正義感も疑わしくなる。
そもそも厳しい監督が どうして以前の大和と同じような甘えた考えを持っている るる を また選んだのか根拠がない。大和は出直してきたが、るる は前作のまま。そこが見抜けない監督じゃないだろう。なぜ るる を再起用したか一言 説明が欲しかった。
監督だけは愛あるダメ出しをし続けて、尾道以降の大和の(嫌な)無敵感を排除して、ここで大和に一皮むけて欲しかったかもしれない。やっぱりカップル双方が敵なし状態は物語をダメにする。
撮影の合間に久しぶりに大和が せっかく家に来てくれても るる とのキスシーンが頭から離れず、渚のモヤモヤが続く。しかも自分が撮影を見学しに行ったのを内緒に、この日の撮影内容を大和に聞いても彼はキスシーンに言及しない。ここでは渚に無邪気に甘える大和と、マネージャーからの忠告も含め色々考えすぎて恋を楽しめない渚が対照的。
そして るる は大事なシーンの撮影で、表面上しか演じず 監督からダメ出しを食らう。これは大和が監督に褒められたのとは対照的だ。だが るる は自分の役作りの甘さが原因なことを理解せず、監督の厳しい意見が腑に落ちない。そんな時、前回の撮影では味方になってくれた大和が監督側に立ち、その上、大和の 尾道で大切なものが出来たという発言に裏切られたと思う。るる が幼稚でチヤホヤされて芸能界を渡り歩いてきたのが伝わるが、ヒロインに比べて子供という図式を出そうという意図も見え隠れする。


孤独を感じた るる は仕事を放棄して、行方不明になる。
逃亡した るる が出会ったのは渚。るる は不機嫌を隠さず、渚に向かった「こういう 普通で無害ですぅ って感じ出してるくせに害だらけなの ほんっとタチ悪い」と八つ当たりを始める。八つ当たりに違いないが、当たってる部分もあると性格の悪い私は思ってしまった。
そして るる は大和が尾道での冷却期間を経て変化したことを残念に思うが、渚は今の大和を認める。るる は渚の物分かりの良さに苛立ち、一般人だと線引きをする。これも初期の大和が持っていた特権意識だろう。
ただ今の渚には一般人と芸能人の差を痛感しているから、そちら側にいる るる への羨望があり、悔しさを滲ませて反論する。そして大和にとって るる が大切なのも外側から見ているから分かる。なぜなら大和が好きだから。
渚もまた自分と同じ気持ちであることを知り るる は怒りが落ち着く。そして渚から この町での大和の話を聞き、彼が孤独を抱えた後で変わったことを知り、撮影に戻っていく。最後に自分が これから演じる状況を渚に聞くと、大和と同じ答えが返ってきた。そうして2人が同じ気持ちを抱えていることを知り、るる は敗北を感じたのではないか。
るる が撮影現場に戻ると、痺れを切らした監督が撮影を続行しようとするのを大和が引き延ばしてくれていた。彼は今も自分の味方であることを再確認し、るる は監督に頭を下げて現場に戻る。
撮影再会の前に大和の好きな人を再確認し、その失恋の痛みを演技に込める。劇中の台詞は るる の別れの言葉でもあった。
大和は撮影中に2年生に進級する。だが芸能界に復帰する彼にとってクラス替えは大きな問題じゃなくなりつつある。撮影を終えた大和に、渚は2年生では高校最大のイベント・修学旅行があることを伝えるが、大和は壱週間後に東京に戻るように打診されていると応える。ただ大和は尾道を拠点としても芸能活動が出来るのではないかと考えていた。東京との往復、仕事のセーブなどがあるが、それは不可能ではない。
しかし渚は その選択を許さない。大和が芸能界に戻れるのは ここでの努力があったから。撮影現場での彼を間近で見ていた渚は大和が望む場所で輝いて欲しい。だから遠距離恋愛を選ぶ。
と、その前に告白をしなくてはならないので、渚から大和に告白し、大和は渚に彼女になって欲しいと告げ、2人はキスを交わす。
そして大和は東京へ帰っていく。それから3か月間、2人はビデオ通話で会話をし続ける。渚は大和に報告するために自分の見た風景を写真に撮り続けていた。
大和は本格的に芸能界に復帰し、再びスターへの道を歩き始めていた。その大和が休業中の空席を とことん確保して人気が出たのは間 翔太(はざま しょうた)。間は大和との初対面からグイグイ距離を縮めて、大和に女性を斡旋する事を匂わせるが、大和は拒絶。間は大和の足を引っ張り、自分が のし上がることを画策していた。
間は以前の るる と同じ種類(つまりは以前の大和とも似ている)の人間で、仕事は上辺だけ こなせばいいと思っている。しかし自分の前には常に大和の影がチラつくから彼を敵視している。ドラマの撮影でも輪を乱すほどに我を出すから演出から注意を受け、反対に絶好調の大和を逆恨みする。
そして自分か大和かの どちらかが選ばれそうだったCMが大和に奪われ、一層 彼のスキャンダルを狙う…。