《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

向けられた君の笑顔で心のシャッターは自然に切られ、それが忘れられない一枚となる。

空色レモンと迷い猫 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
里中 実華(さとなか みか)
空色レモンと迷い猫(そらいろレモンとまよいねこ)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

尾道で始まる、新しい恋 広島・尾道で、初恋の人との再会を心待ちに高校生活を送る渚。ある日“監督を殴って芸能界を干された”と噂の俳優・大和が、猫のようにふらりと街に現れる。家も近所で、クラスも一緒。何かとお騒がせな彼と関わることになって…。尾道青春ラブストーリー開幕!

簡潔完結感想文

  • 相手に恋をするまで1巻を使う。男女とも自己肯定感の回復は恋のチャンス。
  • 芸能界のトップではなく 今後トップになる可能性の人に恋をするのが良い。
  • 芸能人様だと お高い所に留まる彼に「一般人」の日常や幸福を教え込む。

を冷やせと島流しにあった土地で熱い恋をする 1巻。

三角関係に特化した『雛鳥のワルツ』で好印象だった作者の その次の長編。今回は学園モノであり芸能界モノでもある一挙両得な作品で、相変わらず青春や初恋を丁寧に切り取った作品の佇まいが良かった。月2日の発売の「マーガレット」の連載で、これだけ1話1話の完成度、そして全体の構成がしっかりした話が作れて、しかも絵の崩れが見受けられないのは本当に凄い。
『1巻』はヒーロー・大和(やまと)の笑顔、そしてヒロイン・渚(なぎさ)の笑顔が それぞれ印象的で、とても魅力的に描かれていた。

前述の通り、本書は芸能人モノであり、芸能人の大和が渚の住む尾道(おのみち)に引っ越してくるところから始まる。本来 出会うはずのない2人の出会いから、いつかは この土地を離れることになる悲しい未来の予感まで、既に面白そうな予感がする。

いつもの風景に突然フェードインしてきたイケメン俳優。画面の向こうから こんにちは。

私が感心したのは大和の設定。芸能界での大和のポジションは、子役あがりの高校1年生の16歳で、大手事務所所属だが主役の経験はなく二番手や元カレ役で出るというもの。この派手すぎない設定が作者らしい慎ましさを感じる。
もし低年齢向けの漫画誌であれば日本一のアイドルだとかドラマや映画で主演を務める人と恋に落ちるだろう。なぜなら それが分かりやすいから。しかし本書はトップ オブ トップではなく二番手というポジションを大和に与えている。

実際、作中で大和は同年代の人たちの間では そこそこ知名度があるが、母親世代以上になると名前と顔を知られておらず、誰もが格好いいと思う容姿はしているが人気もスター性も今一歩。しかし逆に言えば これから番手が上がる可能性を秘めていて、有望株の青田買い状態でもある。


由はあるものの大和は自分が起こした暴力事件によって頭を冷やす時間を与えられた。もし大和が ここから飛躍するのなら、この期間は芸能界で ずっと飛ぶための体力と実力を蓄える期間だろう。そして子役あがりの16歳の大和にとって ここが普通の生活を学ぶ最後の機会となる。芸能界に染まる前に彼に青春や普通の恋愛をさせる。それが本書で描かれているような気がする。

実際、序盤の大和は芸能人である自分を一段高いところに設定して、周囲の人を「一般人」だと見下している。その壁を壊してくれるのが この土地と渚の存在で、地に足のついた幸福や日常を送ることが彼の人生経験や芸の広がりに繋がっていく。

そして自分に芸能人という垣根を作らない渚にだけ大和は自分の本心や弱音を話せる。苛立ちや不安から逃れるために壁を作っていた大和が少しずつ丸くなる様子が丁寧に描かれていく。そして大和の話を聞いた渚は決して彼を責めるようなことを言わない。高すぎる上に脆(もろ)すぎる大和のプライドを上手にコントロールして、彼の自尊心や自己肯定感を ゆっくりと回復させる。

通常の芸能界モノであれば、地味で平凡な私を見つけてくれたスターの彼 という構図がヒロインに自己肯定感を生じさせ、そこが幸福のポイントになるのに、本書の場合は特別な存在である大和の自尊心の回復の手伝いを渚が間接的にすることによって、大和は渚への特別な感情を募らせていく。『1巻』全部を使って丁寧に描かれる その逆転現象が とても楽しくて、そしてラストシーンも目が離せない。とても上手い導入部で前作『雛鳥』のヒットが偶然ではないと思わせてくれた。

作者の作品は無駄がなく本当に構成が綺麗だから自然と良い感想文しか浮かばない。あからさまな当て馬の用意も万全で、これからの展開が楽しみである。

芸能人ではなく「人間」上条大和の心を誰よりも分かるのは渚。それがヒロインの条件。

学校6年生の時の大好きだった涼(りょう)くんの東京に転校から4年、瀬戸 渚(せと なぎさ)は毎日 地元・尾道(おのみち)の風景を写真に収めていた。

そこに子役あがりの芸能人・上条 大和(かみじょう やまと)が転校してくる。大和は撮影中に監督を殴ったため反省期間として渚の住む町にやってきたのだった。渚自身は芸能人の大和に興味はないが、大和が越してきた家が渚の実家の向かいということもあり接触の機会が多くなる。ちなみに大和の家はマネージャーの祖父の持ち家らしい。

大和は自信家で他者に対する思い遣りに欠ける。大和は自分の不本意な処遇に不満を隠さないし、渚が涼のために写真を撮影していることを知ると、その涼と1年以上音信不通であることに対して「終わって」ると決めつけ、そして東京で恋をしていると言い放つ。その言葉に傷ついた渚は大和に怒りと悲しみを見せる。
けれど大和は「わがままで面倒くさい人だけど」悪い人ではないので、自分の行き過ぎた言動を反省し、翌日、大和は不器用に渚に詫びる。


初は1,2か月の予定だった大和の自粛期間だったが、彼が業界内で思った以上に干されることになり、この土地の高校に通う必要が出てきた。当然のように大和は渚のクラスに転校してきて席も隣という少女漫画的な展開が始まる。

そこでクラスの注目の的になる大和だったが、彼のメンタルは どん底で目が死んでいる。その変化に気づくのは自信家の彼を知っている渚だけ。渚が大和の芸能界復帰が困難になった事情を知らないで傷をえぐると、大和は この学校の生徒を下に見ることでプライドを保とうとする。その大和の態度にを再び渚は怒る。どうも渚が一般人の世界を、常識を教えてくれる側の人になっている。同じ年だが一人っ子と長女の違いという感じで面白い。

大和は そのまま授業にも出ず家にも帰らず渚は気になる。そこで待ちを捜してみると大和は猫のように高い所で背中を丸めて ぽつんとひとりでいた。この猫という渚の連想は大和の性格も きちんと捉えている。だから書名にもなっているのだろう。


が大和の作る壁を乗り越えてくれるから大和も素直に接することが出来る。こうして距離が縮まった2人。渚は一人暮らしの大和の食生活が心配になり、彼を家に誘う。食卓に並んだのは一般人の料理。
幼い頃から芸能界に居た大和は社会性が無い訳じゃなく、外面が良いから渚の家族(母や弟、祖父母)たちとは円滑に関係を築く。そして大和は一般的な温かい家庭に接して、自分の家には母がいないこと、父も多忙で ほとんど帰ってこないことを語り出す。

また渚と2人きりになった際には、この日の暴言を詫び、自分が その発言をした経緯を包み隠さず話す。ここで大和が監督に理不尽に暴力を振るったのではなく、監督側にも問題があり、大和は共演者を庇う形で監督に楯突き、そこで監督から自分の人格を否定するような発言をされたことで殴ってしまったと明かされる。殴るのは大和の精神的な未熟さだろうが、彼に正義感があるから起きた事件なのだ。

素直に早期の復帰を望む大和に渚は大丈夫だと元気づける。その会話の様子を母親が写真で撮っており、素の表情を見せる2人の距離感の近さが より強調される。高校生とはいえ2人とも純粋で悪く言えば子供っぽいところがあって、男女の仲というより すぐに仲良くなる子供同士の交流といった感じだ。

家庭環境や子役あがりの特殊な経歴の大和が、土地そのものの温かさを頂戴する。

和が転校してきて1週間、文化祭回が始まる。
だが大和はクラスに馴染んでいない。クラスでは演劇をやるのだが、大和は俳優だからという理由で客寄せパンダ的に担ぎ出されようとする。それに対して大和はクラスメイトを素人と呼び反感を買う。

その態度を鉄拳制裁で改めさせるのが渚。口も利かないほど渚は怒りを露わにするのだが、やがて担任教師が作ってきた脚本が ほとんど未完成なことが発覚。そこで本物の脚本に接してきた大和が助言をすることで彼はクラスの出し物に関わるようになる。そんな大和の変化を笑って眺める渚の前向きさに大和は素直になり、自分が学校行事に出たことがないことを告白する。だから文化祭の楽しさも達成感も知らない。その彼に一般的な高校生の青春を味わわせようと渚は奮起する。


かし渚と その周辺のクラスメイトと仲良くなっても、クラスメイトの大和への反感は消えない。大和も誤解されるような態度を取るため、彼の孤立は続く。大和自身は ひとりに慣れているというが、それは仕方なくであり、本音を言えないのではないかと渚は考える。彼の孤独 ≒ トラウマを理解できるのは この世界でヒロインだけなのである。

トラブルは続き、役者班の一人である南(みなみ)は上手く進まない練習に苛立ち、その苛立ちを大和にぶつける。売られた喧嘩を気の短い大和が買い、クラスは騒然となる。その猫の喧嘩に水を掛けて中断させるのが渚の役割となる。

クラスメイトは大和が喧嘩後に巻き込まれた生徒に謝罪し、制作中の舞台装置に被害が及ばないよう立ち回っていたことを知って彼への意識を改める。また大和が脚本に助言をしていたことも渚から明かされるし、今回は南が悪いことは一目瞭然。こうして文化祭を通して大和はクラスの一員になっていく。


化祭本番。大和は南以外のクラスメイトと普通に接することが出来ている。順調に進んでいた演劇だったが、途中で主役の二人が体調不良になってしまう。この時、大和はアドリブを入れる箇所を支持して劇を伸ばす。

その間に代役を立てる必要があり、渚は脚本を書いた内気な友達に代役が回らないように自分が立候補する。そして相手役は台詞覚えが早い大和となる。自分も人前に出るのが苦手な渚を、大和は手を握らせることで安心させる。そうして渚は舞台に出る前に大和が相手でよかったと笑顔を向けるのだが、その笑顔に大和は撃ち抜かれてしまう。

大和の登場に観客席はざわめくが、大和が台詞を発すると全員が集中して見守る。そして演劇に入り込んだからか、渚への想いが暴走したのか、大和は振りではなく渚にキスをする…。以下 次巻という あざとい構成だ。