
アサダ ニッキ
王子が私をあきらめない!(おうじがわたしをあきらめない!)
第01巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
IQ500、王家の血筋、石油王etc.数々の称号を持つ学園の王子・一文字初雪。一方、特に取り柄なし、THE庶民・吉田小梅。まるで接点のない2人だが、突然、王子が庶民に恋をしたから事態は急変! 庶民の常識は一切通用しない、王子の猛攻に小梅はタジタジ。「僕と交際してくれ」「む、無理です!」王子の異常で過剰な愛情の行方は…? 溺愛系ハイパー格差ラブコメ!
簡潔完結感想文
- 王子との遭遇は、王子にとって未知との遭遇。庶民の言動がツボに入り拒絶さえ甘美。
- 彼が私をあきらめた と知った際の自分の気持ちを素直に認められぬ あきらめの悪さ。
- 複雑な家庭の男性キャラを お節介で救うクライマックスみたいな恋愛プロローグ。
セレブしかいない学校なら庶民という出自にはダイヤモンドの価値がある 1巻。
あー、笑った。IQ500で小学5年生のときの作文でノーベル平和賞受賞。バカバカしすぎて笑うしかない設定の連続。ここまで突き抜けていると笑うしかない。


設定については後述するとして、まず私が本書を好きなのは恋愛感情の始まりの描写。本書は間違いなく「溺愛系ハイパー格差ラブコメ」であるが、しっかり読むと「王子が私をあきらめない」のではなく、「王子を あきらめようとする私」が先にあり、そんな「私を あきらめない王子」が後から付随している。ただ溺愛されることで読者の承認欲求を満たすばかりではなく、まずヒロインの心が動いているのが良い。
ヒロインは初めから肩書ではない王子の美質を見抜いており、そこに惹かれている。その事実があって、彼が少しも自分を異性として意識していない現実や、自分に興味を持たなくなった瞬間などに傷ついている。住む世界が違いすぎる現実が根本にあるからヒロインは あきらめよう と努め、自分の感情を表に出さないようにしている。だから興味のないような態度になっているが、熟練の作者は ちゃんとヒロインの感情を様々な場面で滲ませている。
その出発点があるから王子というスーパーヒーローに愛されて幸福という単純な物語の構造を回避できているし、情に ほだされて抵抗を止めた訳じゃない。ヒロインにあるのは自分の中の あきらめようとする心や あきらめの悪い部分などの自分の中の戦いである。王子を本気で迷惑に思っている訳ではないし、白泉社ヒロインのように鈍感すぎて相手を傷つけることもない。設定こそ「ザ・白泉社」という印象を受ける本書だが、物語の引き延ばしを第一目的にするような白泉社とは まるで違う。
白泉社の話題が出たので続けると本書は一昔前の白泉社作品のような設定である。本家と違うのは、新人作家が売れる方程式を取り入れて塩梅を間違えて、無自覚に選民思想やエリート意識が丸出しの青臭い作品にならないように作家生活の長い作者によって よくコントロールされている点だろう。
作者はパロディとして白泉社のエッセンスを上手く取り込んでおり、そしてコメディとしてのスタンスを決して忘れない。例えば本書には、庶民が学校で一番 価値のある男性に好かれることで起こる副作用の、モブ女子生徒による意地悪が ない(いきなり『2巻』であったけど…)。それはコメディとして笑えるように作者が努めているからだし、本書のヒーロー・初雪(はつゆき)が圧倒的すぎるからでもある。モブ生徒の暴走を初雪の側近である四天王は許さないし、四天王の暴走を初雪は諫める。こうして作中から悪意は消滅して、嫌な展開はあったとしても嫌な気持ちにはならないように配慮されている。この匙加減は新人白泉社作家がヒロインを美化するために よく失敗している点である。
また白泉社作品を読み過ぎると気になってくるのが、努力ヒロインは絶対に天才ヒーローに勝てない、という一種の男尊女卑。これも お金持ち学校の設定と同じで作家が何も考えずに採用している構図であろう。そこが売れた前例の模倣にしか過ぎないことを証明しているようで、どんなに長編・人気作でも年々 苦手意識を覚える部分だった。
本書にも格差が格差のままある。だが最強の人類である初雪とヒロインを比べようとも思わないので気にならない、というのが本書のバカバカしい部分だと思う。そして細かく言えば2人には1学年という年齢差があるから成績が比べられることはない。ヒロインに苦悩が無い訳ではないが、努力しても絶対に勝てないという「ガラスの天井」による不愉快さは受けないのが良かった。
掲載誌の休刊 → 変更による影響もあり、同じ三角関係が2回繰り返されていて、その重複が残念な部分はあったものの総じて突き抜けた面白さを本書は提供してくれた。あとメガネ先輩=柿彦(かきひこ)みたいなキャラが作者は好きなんだろうな、と思った。キャラデザも性格もスタンスも作者の作品『青春しょんぼりクラブ』のアニ研の部長を連想させる人だった。
舞台はセレブ校で有名な私立 王冠学園(おうかんがくえん)。その生徒会長は一文字 初雪(いちもんじ はつゆき)。在校生なのに既に学校内に胸像が作られている人である。
その初雪を支えるのが生徒会執行部の通称「四天王」。彼らによって初雪は守られている。実際、初雪に告白しようとした令嬢は吹き矢で昏倒させられる場面から物語は始まる。初雪へ一歩 踏み出した者は排除される運命にある。
全てが おかしいセレブ校に通う吉田 小梅(よしだ こうめ)は祖父がレアアースを掘り当てたため、その資金を使って この学校に入学できた。この学校で珍しい庶民である。
そんな小梅は、セレブな生徒たちのセレブ会話を避けるため人気(ひとけ)のないセレブトイレを好んで使用していたのだが、ある日 その女子トイレの個室に日の丸弁当を食していた初雪と遭遇する。いるはずのない場所に いてはならない人を発見してパニックになった小梅は数々の無礼を初雪に働くのだが、パニックを重ねたことで逆に冷静になり、自分が謝る前に初雪が女子トイレにいることを叱責して逃亡する。
すぐに小梅は退学処分であなくも処刑を心配をし始める。実際、四天王は即座に動き犯人捜しを始め、早々に小梅が特定される。そして一般生徒が近寄ることを禁じられているという学園の最上階の奥にある生徒会室に呼び出される。
そこにいたのは初雪。死を覚悟した小梅は、誰だって疲れている時は1人でご飯を食べたい時があると初雪の行動に共感し、泣きながら情報の秘匿を約束する。その小梅の心理分析は的を得ていたようで初雪は自分が疲れていたことを自覚し、自分が間違って女子トイレに入ったことを頭を下げて謝罪する。その行動を小梅は意外に思い、初雪が処刑ために呼び出したのではないことに安堵し涙する。トイレでの一件も含めて、表情が豊かな小梅に初雪は関心を向ける。
初雪に手を伸ばされた小梅は その手を取ろうとするが、そこに四天王による排除=吹き矢の気配を感じ、初雪を拒絶。それがまた初雪のツボに入り、彼は一層 小梅に興味を持つ。
しかし初雪は その全行動と全発言を守られるという体で監視されていることに小梅は気付き、彼の孤独を感じ取た。それでも身分の違いが歴然としており、小梅は去ろうとするが初雪に呼び止められる。王子は庶民を逃がさない。
それから小梅の日常は一変する。
小梅は初雪のしたいことに巻き込まれる。友と一緒に食事をとる(トイレの個室)、「プリ」なるものを体験したくて人間国宝に写真撮影される などなど初雪は気の置けない友人としたかったことを小梅にしてもらう。
小梅は迷惑なのだが、初雪の乱心とも言える行動はゴシップとなって周囲に影響を与える。そして四天王は小梅の特別扱いに反感を隠さない。四天王(主に吹き矢の柿彦(かきひこ))に反論するエネルギーもないから小梅は「プリ」を返却するのだが、それは四天王の圧力よりも小梅が初雪を あきらめる ための儀式のように思えた。
でも学校中で称賛される初雪の孤独を分かってあげられる唯一の人間として、初雪と一緒に行動する柿彦にプリの返却を求める。その際の騒動で小梅に被害が出そうになるのを初雪はヒーロー行動で救出するのだが、勢い余って2人とも倒れ、そして事故チューをしてしまう。
これは小梅にとっては一大事なのだが、常識が違う初雪は完全に事故として冷静に処理する。
初雪が小梅を気に入って半月。相変わらず周囲は騒がしいが、初雪の自発的な行動だからか他の生徒は遠巻きに噂をするだけで小梅に嫌がらせをしたりしない。
小梅に直接的に不満を漏らすのは四天王、その中でも主に柿彦だけと言えよう。柿彦は小梅のためという大義名分で、彼女と初雪の接触機会を減らそうとする。そこで初雪の接近を知らせるセンサーを渡し、小梅が初雪を避けるように促す。
初雪を避け続ければ平和な日常は戻る。やがてアラームは鳴らなくなるが、小梅は心に穴が開いた感覚を覚える。初雪の心変わりを信じたくない小梅は それをセンサーの故障だと考え、四天王の一人・椿(つばき)に故障かどうか見てもらう。その接触で椿が養子で、子供の頃は社宅で育ったという小梅との共通点があることが分かる。金持ち学校の中の2人だけの庶民経験者。それが男女なら何も起きない訳がなかろう。白泉社作品なら椿のような立ち位置のキャラは途中で転入生として登場することが多いだろうが、本書の場合は最初から居る。
センサーの故障ではないことを知った小梅は初雪の接近を知りながら、彼の到着を待つ。そして初雪は なぜ小梅と会わない日々が続いていたのかを理解し、小梅に迷惑かを問う。それに対して小梅は迷惑だと言い、初雪は拒絶された初めての体験を噛みしめて背中を見せる。この時点では王子よりも小梅の方が あきらめようとして あきらめられないように見える。


だが常識の通じない初雪は へこたれず、小梅に なぜ迷惑なのかを問う。それを受けて自分が反省すべき部分を理解し、また立ち去るが、今度は留年してクラスメイトとして小梅に接触しようとする。常識がないことが小梅の悩みなのに、常識を飛び越えて初雪は行動する。初雪自身も小梅への執着の理由を理解していない。
また初雪に問われ続け、小梅は自分が一番 固執している部分を理解する。それは初雪の事故チューに対する淡白さ。小梅は事故として片づけられるのが嫌だったしかし そこで初雪は世紀の大発見をする。それが自分が彼女に恋をしているということだった。
この一件を通して、初雪を異性として見ていたのは小梅の方が先ということが分かる。初雪が、自分が彼に抱く感情と同等・同質のものを返してくれないから小梅は懊悩していた。小梅の自己分析によって、初雪もまた自分の感情に連鎖的に気づいた。
今度は初雪はクラスメイトとしてではなく男女としての仲を詰めてくる。
そんな小梅に接触するのが四天王の一人・桃太郎(ももたろう)。桃太郎は この学校でライバル女性役が出来る数少ない人間だが、彼は男性。だから嫌がらせはするがライバルではない。そして桃太郎の行動も初雪が制す。柿彦と同じで全ては初雪の制御下にあるから安全なのだ。
初雪とは価値観の違いの話になり、小梅はセレブ学校の中で唯一の電車通学であることを挙げる。もしかしたら公共交通機関を使ったことのない人に恋心を預けることは出来ない。
その日の帰路、満員電車の中で小梅は痴漢に遭う。そこにバラを散らして現れるのは初雪。恋をして初のヒーロー行動である。満員電車で身体的な距離が詰まり、初雪は送迎の車の用意を提案するが小梅は庶民としての行動を貫く。初雪も 2人の間に違いがあるなら それを埋める努力をする。そして満員電車の中から見る夕日が美しいことを知る。世界中の どこの景色が美しいかではなく、誰と見る景色が美しいかが問題なのだ。


そんな初雪の歩み寄りに、小梅は週末デートを提案する。引き続き初雪は小梅に寄り添うため、小梅の住む町での商店街デートとなる。
そのデート中、小梅が椿を見つけ、初雪から ここが彼が7歳まで育ったと言うことを知る。その後、小梅は初雪とはぐれてしまい、今度は その椿と遭遇する。
そこで彼が母親の誕生日に毎年、バラの花を一輪 届けていることを知るが、その母親とは10年 顔を合わせていないことも知る。妾の子であった母は椿を養子に送る際に、会わないという取り決めをした。だから息子には成人まで会わない。一方、椿は会えなくても母の誕生日にバラを郵便受けに置き続けている。
それを知った小梅はヒロインとしての能力に覚醒する。お節介を焼いて彼と母親との対面を実現しようとする。そんな自分の都合以上に相手のことを考えられる小梅に椿もまた興味を持ち始めている。初雪と椿は かけがえのない友人同士だが、似た者同士かもしれない。
そして小梅は不器用ながら母子の対面を演出する。10年振りでも母は子供の姿が分かる。なぜなら初雪が毎年 椿の1年間の映像を母親に渡していたからだった。天賦の才能の上に こういう気配りも出来てしまうのが初雪である。
こうして母子の対面を果たして小梅は初雪の元に戻る。だが椿の気持ちは走り出している。
学校新聞に2人の交際の様子が報じられ、初雪は認める。ちなみにトップニュースは初雪が新しい天体を肉眼で発見したというもので笑える。
初雪は婚約を視野に入れていた。なぜなら彼の認識ではキスをしてデートをして順調な交際が進んでいるから。だが小梅の認識は違う。そこに初雪は大きなショックを受ける。
そうして初雪は食事も取らなくなる。それを心配した小梅は接近を試みるが、交際報道(と その否定)と天体発見で彼は時の人となる。騒がしい周囲に初雪は珍しく怒りの感情を見せる。そして小梅に改めて恋心を込めたキスをするのだった。初雪の自発的な行動によって もう彼の好意は決定的になり、小梅は それを認めざるを得なくなっていく。
