アサダ ニッキ
王子が私をあきらめない!(おうじがわたしをあきらめない!)
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
ようやくお付き合いが始まったのも束の間、突然初雪から別れを告げられ憔悴する小梅。そんな小梅に優しく寄り添う椿に心は揺れ動いて…。一方初雪は、小梅への想いを抱いたまま学園を去ろうとしていた。とうとうあきらめかける小梅だったが、「どうしたって初雪が好き」という気持ちに気づいて…?
超ハイスペック王子×THE・平凡女子の溺愛格差ラブコメ、ジェットコースターラブな第9巻!!
簡潔完結感想文
- 王子が あきらめたら そこで試合終了。本人の意思を確認して当て馬の再出走。
- 天候の急変は、小梅の絶望ではなく「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」初雪側。
- 初雪救出劇には全員参加。彼と小梅が築いてきた学校内の絆が道を拓いていく。
夏でも冬でも屋上プールは恋愛スポット、の 9巻。
『9巻』は個人のエピソードとして、小梅(こうめ)が初雪(はつゆき)に向かい合う勇気を持つまでを描いている。書名とは反対の「庶民は王子をあきらめない!」である。
今回は小梅、そして初雪が自分の強みを取り戻す過程が良かった。特に2回の屋上のプールのエピソードで、1回目は初雪からの別れという現実を前にして悲嘆に暮れて号泣するばかりだった彼女が、2回目では冬場のプールに飛び込むことによって、まるで滝行のように煩悩や迷いを押し流し、どうしても彼を あきらめられない自分に気づくという流れが素晴らしい。特に この屋上のプールは小梅が あきらめが悪い自分を あきらめようと初めて思い、初雪への好意を認めた場所でもある(『2巻』)。そこで小梅は自分を取り戻す。
そして初雪の迷いを押し流したのは小梅のキスという、まるで白雪姫の呪いが解けるかのような、男女逆転のキスが良かった。実家の一文字(いちもんじ)家からの留学という名の思想矯正の前から初雪は恐怖や不安を握られて、いつもの彼ではなかった。その意味では留学前から一族は初雪の洗脳に成功していたと言えよう。だが彼が守ろうとした人たちが全存在をかけて自分を迎えに来てくれた。そして最愛の小梅が決して自分との交際を あきらめていないことが、彼女のキスから伝播する。そうして初雪が洗脳を終え、再覚醒するところまでを『9巻』は描く。
個人だけでなく集団のエピソードも良い。
特に良かったのは、登場人物全員がヒロイン・小梅を応援するところ、ではなく、小梅と初雪の両方に好感や尊敬を抱いているという点。ヒロインのために全キャラが応援するというヒロイン偏重ではなくて、それと同じぐらいキャラたちは初雪も大好きで、彼の救出に全力を尽くすというスタンスが本当に良かった。特に四天王は それぞれ、または2人を応援したいという気持ちに溢れているのが分かって嬉しい。
そして全キャラ総出演の初雪の救出劇は、かつてのライバルといえる存在も登場する。あかり や不知火(しらぬい)兄弟も初雪と小梅のために動いてくれたところに、学年末の総決算を見た感じがした。繰り返しになるが1学期2学期があっての この3学期なのである。
今回のターン、初読時は また当て馬・椿(つばき)が動くのかと再放送に辟易したが、最初から小梅が初雪への想いを貫いては物語的に面白くないのも分かる。聡明な彼のことだから自分が小梅の一時的な心のシェルターとしての役割に自覚的のようにも見える。もし本気で奪うのならキスをする機会はあった。だけど長期戦を覚悟しているのは、小梅の復活や初雪の裏事情を彼は どこかで信じていたのではないか。そういう人の信頼感が ちゃんと見られるところも本書の良い部分だ。
持論だけれど、賢い作家さんは交通整理が非常に上手いと思う。
今回は小梅が一縷の希望を知って復活するのではなく、一縷の希望が無くても あきらめない という順序を間違えていない点に そう思った。また初雪との雲行きが怪しいから椿に寄りかかるのではなく(一瞬 怪しかったが)、初雪との決着がつく前に椿に再度お断りを入れるという順序も正しい。この2つで小梅の「あきらめない!」気持ちが強く表れている。
初雪との家柄の格差は最初から判明していること。でも ここで問題にするのは一文字家が正式交際を察知するからだし、作品的には小梅が本当に あきらめない境地に至るまで待ったという一面があるだろう。
正式な交際以前に一文字家の制裁を出してしまうと、その格差を前にして小梅が委縮し、あきらめてしまう可能性がある。だから1学期で初雪の本気を確かめ、2学期で自分の中の抵抗を排除してきた。3学期の今だからこそ、小梅の あきらめない、あきらめられない気持ちに説得力が生まれる。
一文字家側の制裁や妨害は2人の気持ちが「対等」になるまで待つ必要があった。そうして ようやく恋愛が成就したところで全てを刈り取る、という無慈悲で性格の悪い展開となっている(笑)
1学期は初雪の溺愛に振り回されたが、3学期は別の形で初雪に振り回されることになる小梅。初雪から一方的に別れを切り出されて、訳が分からない小梅は名刺を貰っていた弁護士・芹生(せりお)を伝手(つて)にして初雪の事情を探る。
芹生もまた小梅と接触を望んでいた。なぜなら彼は小梅のアフターフォローや後腐れのない縁切りを円滑に遂行する役目を担っていたからだ。そして間接的に初雪が一族のために小梅を切り捨てたことを匂わせ、小梅の気持ちを あきらめさせようとする。
本当に小梅は本当にカウンセリングが必要な状態になるぐらいメンタルが壊れていく。四天王も初雪の決定に従うしかなく、相談相手もいないため小梅は学園内で心の置き場所を失った。
そうしてフラフラと校舎内を彷徨う小梅は、初雪からのキスを受け入れた屋上プールに到着する(『2巻』)。しかし思い出を反芻している最中、思い出のハンカチが風に飛ばされプールに着水してしまう。それが今は それを拾ってくれる者がいないことを強調させ、小梅は涙する。そこへ偶然 柿彦が現れ、小梅の涙に戸惑いながらも不器用に彼女を慰め、小梅は人前で号泣する。いつも敵対行動の多い柿彦も小梅にとっては この学園で安心できる場所の一つなのである。そして この時の2人の出会いが小梅に勘違いをもたらすという前置きになっているのも良い。
小梅の憔悴を知りながら初雪は沈黙を貫く。そんな友人に対して怒りの壁ドンをするのは椿。『5巻』の友情危機の時とは逆パターンである。
しかし初雪は椿の言葉を聞き入れず、むしろ椿が小梅の側にいればいいと彼を促す。初雪は椿が恋のライバルだと知りながら、そう発言するのだから、初雪からのゴーサインを意味している。
だから椿は行動をし、小梅と自分の実母を会わせて彼女に少しでも元気になってもらおうとする。それにしても初雪の両親には会わないまま、椿の実母と会う。これは少女漫画的には婚約成立である。椿の母親は息子のセールスもしている。これで初雪を選んだら、小梅はビッチ認定されてしまう。そして政治家の妻って、初雪の妻よりも実務的に大変そうである。
小梅は椿母子との時間で元気を取り戻すが、それでも色々な場所に初雪との思い出が潜んでいる。それを察知した椿は自分を利用してでも小梅に立ち直って欲しいと告げ、改めて好意を口にする。
一方、初雪と芹生の会話から、初雪の行動が小梅を守るためだということが匂わされる。しかし芹生によって初雪は違う境遇になることも匂わされる。
3学期になって初めて あかり が登場し、彼女は小梅の不甲斐なさを叱咤する。それに対して小梅は この状況は あかり にとって喜ぶべきものではないかと告げ、あかり の心を傷つけてしまう。彼女から絶交宣言を受ける。小梅も余裕が無いのだろう。
それが あかり なりの激励だったことを不知火(兄)は伝える。そして この状況こそ自分の望んだものだと彼の方は憎まれ口を叩く。そして第三者から見れば価値観が同じ椿なら絶望することなく穏やかに過ごせると彼は言う。かつて敵だった者たちが不器用に小梅を立ち上がらせようとしている姿が可愛く思う。
それでも小梅の気持ちは変わらない。何度 拒絶しても あきらめなかった初雪と同じぐらい、小梅も彼のことを あきらめられないほど好きなのだ。そのことに小梅は思い当たる。
夕焼けの礼拝堂で、小梅は初雪と遭遇する。両想いになった思い出の場所に彼がいたことに一縷の望みを見る小梅は、立ち去ろうとする初雪に声を掛ける。別れるという意思や結果ではなく初雪の気持ちが聞きたい小梅は、嫌いという言葉でもいいから彼の言葉が欲しい。ずっと迷惑なぐらい押し付けられていた彼の本音が ずっと聞けていない。
でも初雪は忘れていいと、自分たちの過去を消去しようとする。
そうして絶望の淵に立たされる小清々梅。天気も彼女の心を表すように雨に見舞われる。その後、現れた椿に小梅は、初雪を忘れる努力をすると、彼に身体を支えられる。
しかし本書で天候を操るのは初雪の方である。別れられて清清しているなら雨が降る訳がない。
学園内に、初雪が留学のため学園を去るという噂が流れる。
小梅は その情報を知り図太いから大丈夫だと友人の心配に答えるが、小梅は決して図太くなく、これまでも ちゃんと傷ついてきた。それは友人も分かっているから心配しているのだ。
そんな時、小梅のハンカチが机に戻されており、小梅は あの時、泣かせてくれた柿彦の行動だと思い感謝する。これで小梅の意中の人が柿彦に移行したら、全読者から非難轟々だろうけど前代未聞の意外な展開として面白かったのではないか。何だかんだ最初から ずっと私を見ていてくれていた人という説得力がある。
引き続き、椿は小梅のメンタルケア、そして初雪を忘れさせられるよう彼女に気を遣う。庶民の放課後デートのように一緒に帰り、一緒に寄り道をする。
小梅は そこに甘えていることも自覚しているから顔が接近した時、自分からキスを拒絶するような真似は出来ないから硬直する。けれど椿は そんな小梅の内心も見抜いて、急がず彼女の心が解きほぐされていくまで待つ。ここでキスしていたら、これ以降の(特に巻末の)初雪とのキスに説得力が無くなっていたところだろう。キスは、初雪との事故チューであっても(『1巻』)、そして無理矢理 キスをした不知火(兄)に手を上げたように(『6巻』)、小梅にとって かなり大事な行為なのである。
芹生方面から事情を探ろうとする不知火(弟)。彼は四天王として動けない蓮之介の意向でスパイ活動をしていた。そういえば2人が交流した場面があったけれど(『3巻』『5巻』特に『6巻』)、この2人には友情があるようだ。
初雪の行動の裏を知る前に、小梅自身は、ある事実を知って希望を見い出していた。それがプールに落としたハンカチの一件。小梅が柿彦の親切だと思っていた行動は彼ではなかった。では他に誰が、このハンカチを小梅の物だと知っているかと考えると、初雪しかいない。彼が小梅のハンカチ一枚のために冬のプールに飛び込んで、それを返却したのなら、そこに どんな想いが込められているのか小梅は考える。
もう一歩、思考を進めると、初雪は なぜ屋上プールに足を運んでいたかという疑問に当たる。きっと それは彼が小梅との思い出を巡って、記憶の中の彼女に再会したかったからではないだろうか。このプールは彼の中でも特別。だから2人は時間差で すれ違うこととなる。だから初雪は そのハンカチを発見した時、小梅が自分を想い続けていてくれていると分かって嬉しかったはずだ。その喜びがあれば、冬のプールなんて怖くない。
小梅は自分で実際にプールに入水してみて その無謀さを知る。初雪が無茶をしたかどうか、真相は分からない。けど小梅はプールに入ることで自分の本心を見つけられた。
初雪に どういう考えがあったとしても、今度は自分が追いかける番という単純な意思に従う。だから椿の気持ちに応えられない。その答えを自分で発見し、彼に報告してから、小梅は初雪の情報を得る。
不知火(兄)は初雪の留学先の情報を手に入れていた。表向きは王侯貴族の子息も通う名門校への留学。しかし そこに在籍しながら一族の参加の新薬開発ラボを任されている。だが そのラボは実質的な幽閉先。数年間、ラボの敷地内で過ごさせるために留学という体をとっている。
頭を冷やし、一族のことを優先させる道具にするための思想教育みたいなものだろう。この実現に大きな働きを見せたのが芹生。彼は確かに初雪を一番に考えていて、初雪の将来のためなら何でもする。それが初雪の意向の沿わなくても、だ。
初雪が それに従うのは小梅と その家族を脅迫材料に使われただけでなく、初雪の友人である四天王の責任を問われたから。自分に仕える四天王の家を潰すと言われ、初雪は一族の命令に従った。
こうして全てを知った小梅は初雪の出発阻止に、彼の友人である椿と共に動き出す。
初雪の出発当日の空港に集まったのは小梅、椿、そして不知火(兄)、だけでなく四天王が揃う。ここが対等なのが嬉しい処遇である。四天王は この反逆で自分の家が どうなるか分からない。でも初雪の犠牲の上に立つ平穏は望まない。
集まった仲間は一人、また一人と一文字家のSPと対決して人数を減らしていく。不知火(兄)の裏切りかと思わせられる場面に驚いたが、彼は自分の任務を遂行する。そして不知火(兄)を動かせるのは あかり だけである。
あかり もまた別方向から出発前の初雪に辿り着き、(元)婚約者の力と高貴な者のオーラを使うことで初雪を べったりカバーする芹生を5分間 引き剥がすことを成功する。こうして2人きりになるが、それは自分ではなく友人・小梅のための行動で、遅れて到着した彼女に席を譲る。
初雪と向き合った小梅は彼を強く抱きしめ、その孤独に怒りをぶつけながら労う。これは小梅の特権。家柄とか立場とかではなく初雪そのものに触れる能力が彼女にはある。
その後、思い出のハンカチを取り出して、情に訴え涙を誘う展開になるかと思ったら違った。小梅は化学薬品に訴えて初雪の意思、いや意識を奪おうとした(笑) その計画は失敗するが、拒絶されてもキスし続けることで自分が初雪をあきらめない、という意思は しっかりと示せた。それが人生で初めて大切なものを あきらめかけていた初雪を覚醒させる鍵となる。彼を支配していた不安や恐怖という洗脳が解けたということか。
しかし ここでタイムアップ。芹生が登場し、彼らは再び囲まれるのだが…。