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少女漫画と小説の感想ブログです

次に始まる戦争は、隣国・エジプト軍との争いではなく カイルの隣に立つための戦い

天は赤い河のほとり(16) (フラワーコミックス)
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第16巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

ユーリを正妃にというカイルの決意に、元老院御前会議は賛成と反対に割れた。ナキアはユーリが近衛長官に就任し、エジプト戦で見事な活躍をおさめれば、正妃として認めるという条件を出した。

簡潔完結感想文

  • ルサファは これまでと違って欲望を引き出されても性暴力を用いたりしない新種の当て馬。
  • 後宮内の問題をコントロールし切れないままカイルから正妃・皇妃への意向を示される。
  • 相変わらずナキア皇太后が用意してくれるハードルはギリギリ飛べる高さに設定されている。

んで、望まれて その地位を目指し始める 16巻。

『14巻』でヒッタイト帝国で生きることを決めたユーリだけど、当初はカイルの近くにいられれば それでいい、という考えだった。それは自分は側室のままで、カイルの正妃に身分や後ろ盾のある女性がなることを甘んじて受け入れようという立場。
しかし この『16巻』でユーリは もう一つの決意をする。それが自分が正妃、そして皇妃(タワナアンナ)の地位を目指すという確かな目標だ。『15巻』の感想文で この頃は(おそらく)17、8歳のユーリが将来を思い悩む進路問題の時期、というようなことを書いたけれど、今回 その目標が定まる。

ヒッタイト帝国における国事決定権は皇帝・タワナアンナ・元老院(バンクス)の3つ。この3つ、もしくは過半数以上が賛成しないと国事は進まない政治体制になっている。いよいよカイルはユーリの正妃への推挙を会議の議題にかけた。

政治体制上は この3つが重要だけれど、ユーリの健やかな精神のために重要な要素は、カイルの意向、民衆の支持、そして本人の意思の3つではないかと思った。その3つの どれかが欠ければ不完全なハッピーエンドになってしまう。しかし『16巻』で その3要素が揃い、目標が定まったことで その成就に動く場面へと物語は移行していく。

そういえば『13巻』からユーリが愛馬・アスランだけでなく鷹のシムシェックも使い始めたのは彼女の視点の高さの変化を表しているのだろうか。それ以前からユーリはシムシェックをヒナから可愛がっている様子が挿入されており、彼女自身の視点が俯瞰を始めていることが暗示されていたのか。今回のユーリの決意の場面が首都を一望できる場所になっているのも、首都の市井の暮らし、そして国の中の自分の在り方を模索する心境に思えた。

カイルの側にいる だけでなく、カイルと同じ高さにいる自分を目標に定める

大の障害であるナキア皇太后はユーリ(カイル)の自滅を願いつつも、相変わらずユーリを鍛えるスパルタ義母のようなユーリの成長に必要な存在になっている。

今回 半分だけ語られるナキアの半生は、もしかしたらユーリが放り込まれていた「if」の世界に思えた。もしカイルが側室を多く持つ人間なら、最初から正妃がいる世界だったら、自由を与えられず置かれた場所から出られないとしたら、もしかしたらユーリはナキアのように強くならざるを得ない人間になって、イシュタルや近衛長官ではなく後宮に置かれた女性として狭い世界で生きたのかもしれない。

ユーリが悩んで将来像を定めたように、ナキアもまた自分の望む自分になったと言える。作中のウルヒへのユーリの言葉じゃないけれど背景を知ると少し同情する気持ちが湧いてくる。万が一にもナキアが最終回でユーリに「合格です。よく私の試練に耐えましたね、新しいタワナアンナのユーリ」なんて言った日には感動すらするかもしれない…。


化不良なのはユーリの後宮掌握問題とヒッタイト連続殺人事件。
女性同士のマウンティングバトルは少女漫画読者が好きな展開だけど、そもそもカイルが後宮にユーリ以外 置くつもりがないのだから不必要な戦いで、ユーリが後宮を掌握した確かな場面もないまま連続殺人事件に突入してしまった。この殺人事件も犯人を推理して限定する訳でもなく、挑発したら勝手に犯人が動き出す という お粗末な展開だった。もう一つ その裏で意外な事件が用意されていたけれど、どれも中途半端なまま終わった印象を受ける。

結局、ユーリが被害者のようでユーリが一番 妃候補たちにマウンディングを取っているようにも見える。これまでは唯一無二の側室という特別感を演出していたけど、モブ妃たちを疑似的に用意することで多くの女性の中でも特別な私、という読者の承認欲求を満たす流れに思えた。しかも国が伝統的に必要としている確かな血統を持つ妃候補は7人中4人が死亡、1人が犯人、1人はカイルよりユーリが好きという計6人が候補から撤退している。誰が一番得をしたかって言うと やっぱりユーリである。怪しい…。

残念だったのは元老院側が正妃の器だと認めた残りの1人の王女とユーリの絡みがなかったこと。賢い女性と知り合ったエピソードが、後に正妃・皇妃となったユーリに一つのコネクションを作る、みたいな展開が欲しかった。イケメンの生息は認められるけれど美女は ことごとく排除されるのが少女漫画という後宮世界なのかもしれない…。


ーリを死体の第一発見者にしたのは「黒い水」で操られていたルサファだった。そもそもユーリを事件現場に運んで その上に死体を乗せるのは腕力が必要だった。ナキア皇太后が用意していた「黒い水」は2つ。1つはユーリを憎む者に、1つは愛する者に届くようになっていた(どういう理屈だ…)。
このネタばらしをするのは失脚後 初めてユーリの前に現れたウルヒ。ルサファの純情を勝手に暴露したウルヒはデリカシーが欠如している。

操られたままのルサファはユーリの居場所を虚偽報告する。これによりユーリは失踪扱いとなりカイルは強権を発動させてナキアを軟禁し、ウルヒに届くように出した布令(ふれ)にナキアが人質になっている含意を含ませる。狙いは人質の交換といったところか。
この時のカイルは皇帝の地位を存分に利用しており、ナキアに対しても自分が上で、場合によってナキアを殺すことも躊躇しないと威圧している。その本気度をナキアも感じ取る。

こ、これが皇帝のプレッシャーかッ!? カイルを強気にするものは同時に弱点となる

キアは最初から血塗られた道を進んでいるため、姪が今回の連続殺人の被害者になっても、それが原因で戦争になり母国・バビロニアが消滅しても構わない。今も母国が存在するのは自分という架け橋、または犠牲があってのこと。カイルの実母を殺し、自分の夫だった先帝の命も奪った。そうすることでタワナアンナという地位を絶対的なものにした。

ナキアにとって人生を賭けた個人的な復讐で、国家間の関係や国家の在り方自体に興味がない。確かにナキアは倫理観も価値観も壊れている。カイルは その視野の狭さを危惧しているのだろう。

15歳で母国の道具になったナキアは隠れて泣くこともあった普通の感覚を持っていた。そんな時にナキアはウルヒと出会った。だが彼らが どういう関係で、なぜ同じ目的を達成するために動くのかは明かされない。


イルの臣下たちがルサファの言動の矛盾に気づき、彼もまた操られていたことを理解した頃、ウルヒは間接的に彼らにユーリの居場所を教える。

その現場にいるのは男女。ウルヒはルサファの愛情や欲望を爆発させてユーリにぶつけさせるように仕組んでいた。モテモテになることは性暴力の危機という本書のルールが適用される。ユーリに手を出せば厳しい処分が予想される中、一同が見たのは涙を流すユーリの姿だった。ルサファは欲望を誘導されてもユーリを不可侵の領域として彼女に触れることはなかった。胃に衝撃を与えられてルサファは黒い水を吐き出し、ユーリも この一件は水に流す。

そういえばザナンザもマッティワザもラムセスも そしてルサファもユーリを一時 誘拐している共通点があるのか。前者3人は それに加えて性暴力も起こしている。比べるとルサファは品行方正なんだけど誘拐の規模が小さい。物語にダイナミックな展開を生むのは身分の高い者だけ という差別なのか…??

王宮に戻ったユーリは現状を説明される。カイルがウルヒに取引を持ち掛けた神事は、民衆がイシュタルの帰還を熱望していた。その熱をイル・バーニはイベントに利用する。泉から現れたイシュタルという伝説を利用し、カイルにも一芝居打ってもらってイシュタル再臨を伝説にする。その奇跡を目撃した民衆はユーリを正妃どころかタワナアンナに熱望する。ナキアはカイルに威圧されただけでなく、タワナアンナの地位をユーリに奪われようとしている。


の神事の後、カイルはルサファが操られていたことを知り彼の処分を考える。しかしカイルは温情から彼のユーリへの想いを一切 問題にせず、ユーリにも想いを知らない振りをさせ無駄な恥や悲しみが生まれないように配慮している。

後に2つの黒い水事件と それに付随する連続殺人事件の処分が決定する。ルサファは部隊長から降格処分となり、殺人犯も生涯 軟禁となる。特に後者は重罪ながらカイルが減刑に尽力した。


イルはユーリに初めて自分がユーリを正妃に、ゆくゆくは皇妃・タワナアンナに就かせたい意思を話す。それはユーリに覚悟を持ってもらうということだった。

カイルは正式に元老院(バンクス)会議で自分の意思を宣言。しかし慣例を重んじる元老院は反対し会議は紛糾する。ユーリの皇妃擁立に賛否両論。国事決定権を持つ3つの勢力、皇帝・カイルは擁立、元老院は二分となるとタワナアンナが鍵を握る。しかし予想に反してナキアは賛成人に回る。元老院を納得させるために段階を設ける。身分の持たないユーリが皇妃になるために空席となっている近衛長官(ガル・メシェディ)を務めさせ、近々再開されるエジプト戦で その大役を果たすことで皇妃の器とする と持論を展開する。

またも計画が失敗したナキアだが、カイルがユーリを皇妃にしようとする動きが彼らを自滅させると踏んでいた。カイルがユーリを大事にし過ぎて、ユーリにも資質があるから固執してしまう現状をナキアは利用しようとしていた。

その危険性はカイルも分かり始めていた。それでもユーリだけを愛してしまうことが愛に溺れた証拠なのかもしれない。それでもカイル側は後ろ盾のないユーリを皇妃にするためには危険な橋を渡り切った実績が欲しい。


ーリの目の前に差し出された帝国軍人No.1の近衛長官の地位。ユーリは異邦人である自分が国の根幹に関わる立場になることが歴史の改編になりかねないと躊躇いを覚えていた。しかし身の回りにいるカイルの臣下たちも民族は違う。彼らは首都・ハットゥサにいることでヒッタイト人になった。それを知りユーリは自らの意思で階段を上ることを決意する。

そしてナキア・元老院に、エジプト戦の帰還が皇妃の条件であることを再確認する。