
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第13巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
エジプト軍と戦っていたカイルは、勝利を目前にし、敵軍のラムセスに矢で討たれてしまう。遠く離れていても、カイルの身になにか起こったことを感じたユーリは…!?
簡潔完結感想文
- カイル唯一の側室として一番 間近で学んだことを単独で実践するユーリの卒業試験は無血開城。
- 「流す血は少ないほど価値がある」に加えてユーリは戦争で泣く女性や子供を最小限に止めたい。
- ナキア-ウルヒの関係性が復活して奸計も再び多重構造に。ユーリが日本に還るラストチャンス。
仏の顔も三度まで、の 13巻。
『13巻』はユーリの3回目の日本帰還のチャンス直前。ユーリには2つの緊迫の場面があって、1つは日本に還るかどうかの年に1度の選択。そして もう1つが男性たちに貞操を奪われる危機。この2つの緊迫感の利用が作品にメリハリを与えていた。
作者が本当に上手く作品をコントロールしていると思うのは今回の3回目が日本帰還のラストチャンスにしたこと。作中でユーリも感じていたように過去2回は日本に還らない選択や失敗をしながらも いつかは還れるという余裕があった。けれど その機会を最後にすることでユーリに究極の選択をさせる。そして上手いのは帰還する/しない どちらの方向にもユーリの心を揺さぶる描写があること。
帰還したい方向に心が振り切れるのはユーリが娘の行方不明を心配する母親の様子を間近で見たから。自分が日本に還らないことは母親や家族の心が永遠に休まることがないとユーリは理解し、日本に還るためにヒッタイトの地を走る。一方の帰還しない方向の描写は『13巻』ラストから次巻に続く。
『13巻』は ずっとカイルと別行動で2人は一度も会わない。それが永遠の別離のための時間なのか再会のための時間なのかは次巻で判明する。このカイルとの長期間の別離は ずっと選択権はユーリに委ねられていることを意味する。帰還する/しない はユーリの心ひとつ。カイルの意向や温もりが選択に影響しないようにしているのが上手い。そしてカイルも還らせたくない本心に打ち克ってユーリの帰還失敗を防止するために動いている。もし ここでカイルがユーリを還らせないように私欲で動いてしまえば、これからのユーリとの時間の全てで罪悪感に見舞われていただろう。カイルは状況を整え、ユーリの出す答えを待つだけ。男性に依存したり影響されたりせずユーリ自身が選んだ未来が大事なのだ。


前半は これまでユーリがカイルの近くで学んできたことの卒業発表のように思えた。特に『5巻』でカイルが実行した無血開城を今度はユーリが単独で立案・遂行することは彼女がカイルと真の意味で並び立ったことを意味する。
ここまででユーリがヒッタイト帝国に来て2年少々。ユーリはカイルに庇護されるため側室という立場を与えられたが、その中でカイルを愛し、カイルの役に立つために自信の成長を望み、研鑽してきた。今回、ユーリがカイルに宛てた私信はユーリが楔形文字を書いたのだろうか。男性を魅了した踊りについては一切 習った描写がなかったけど、知性や胆力、大局的な物の見方などカイルの下で学んだ2年間の成長が大いに発揮されていた。
今回ユーリが単独で想定以上の成果を上げたことで彼女はカイルの臣下たちから これまで以上に正妃へと熱望される。ただ臣下たちも優しい人でユーリの人柄に魅入られたからこそ彼女の意向を大事にする。2回目の帰還失敗(『7巻』)ようにイル・バーニも帰還の邪魔をしようとしない。
本当にユーリが日本に帰還したら正妃探しは難航を極めるだろう。一度も情を結んでいない側室にもかかわらずユーリは確かな存在感があった。カイルは失恋状態を引きずり、臣下たちでさえユーリと次の妃候補を無意識に比べてしまうだろう。心から望まない正妃との生活は国の雰囲気も悪くし、ナキア皇太后を排除し切れない状況が続くだろう。史実として残される皇帝カイルによるヒッタイト帝国の繁栄はユーリがいてこそ成立するものなのだろう。
カイルが別の国境で侵攻の鎮圧をするため、ユーリは3千人の兵を総指揮官となって紛争地域に赴く。
ユーリが対峙するのはエーゲ海に面した海洋国家・アルザワ。今は幼い王子が即位するまで その母親の女王が中継ぎで統治している。中継ぎの時期の侵攻はナキア皇太后が裏にいるからだと参謀役のイル・バーニは考える。
兵の数で勝るため攻め入れば勝利は約束されている。しかし市街地戦となれば一般人、特に女性や子供の被害が広がることを危惧したユーリは自分なりの戦争を模索。相手の隊長が女好きと聞いて自分の女としての側面を使う。お目付け役のカイルの重臣たちの反対を押し切って
以前(『5巻』)でカイルもやっていた敵地への潜入と無血の鎮圧を狙う。それはユーリがカイルの理想を誰よりも理解し、それに同調しているからだった。「流す血は少ないほど価値がある」というのは ここから3400年後の現在に伝えたい至言だ。


ユーリはイル・バーニと3姉妹を楽士に、自分を踊り子にして街に潜入。他の4人はともかく(イル・バーニの楽器演奏は以前もあった)ユーリが いつ踊りを覚えたのか謎だ。ユーリが身に着ける宝飾品が さる国の皇帝陛下と別の国の皇太子から贈られたものという真実が功を奏したのか、ユーリの価値を高める噂が広がる。
隊長に招かれる形で本丸に潜入する。体調を人質に取れば そこで終わりのはずがユーリは士官を全員 観客として集めさせる。その掌握は全軍を掌握と同義だとユーリは考えていた。
士官たちに酒を勧め判断力を弱らせ、携帯する武器を遠ざけ、全員の命を手中に収めて鎮圧を完遂する。アルザワ軍に没収された市民の財産を返却することで、ユーリは この都市のカイルへの恒久の忠誠を得る。カイルの理想を その通りに実現できるユーリはカイルの臣下から正妃、そしてタワナアンナに熱望される。
ここからユーリは都市を次々に陥落させ、アルザワの首都に迫る。
最終戦は、勝敗を付けることで今後の反乱の芽を摘む必要があり、カイルが派遣した部隊長たちが活躍する戦争となる。講和に持ち込む流れとなったが、女王側は13歳前後の第一王女・アレキサンドラを司令官閣下を男性だと思い込み貢物として差し出した。
アレキサンドラは覚悟を決めて司令官と対面するがユーリは女性。少年や男性ではないと ひと目で分かるためのユーリの「しずかちゃん」的な入浴シーンなのだろう(苦笑)
ユーリはアルザワが、ヒッタイトの新皇帝が近隣諸国の征服を狙っているから先制攻撃しかないと唆(そそのか)されていたことを知る。ユーリはカイルは そういう人間ではないこと、そして王女を好きな人に嫁ぐべきだと諭す。女性が被害者になる世界を望まない。これはユーリが描く理想だろう。アレキサンドラは安堵と共にユーリに心酔する。
アレキサンドラの心酔と感動は女王にも伝わり、アルザワは歴史上初めてヒッタイトの藩属国になると宣言。ユーリへの信頼はカイルへの忠誠となった。
ユーリが任された仕事を完遂した頃、空に暁の明星(イシュタル)が輝く。
急いで首都に戻ろうとするユーリだが、ナキア皇太后の企みにしては あっけなく、イル・バーニは警戒心を解かない。緊張感を はらませてからアレキサンドラが再登場するのには笑った。輿入れしなくても結局アレキサンドラはヒッタイト側に差し出された形になっているとも言える。
しかしアレキサンドラは女王である母親に無断で行動しており、アレキサンドラを心配した女王がユーリの駐留する地に赴く。そこで娘が行方不明になった母親の姿を間近で見ることでユーリは自分の母親や家族のことを思い出し、日本に還る決意を新たにする。
一方、ナキア皇太后の前に再登場するのはウルヒ。2人の関係はナキアがウルヒに責任を押し付けたことで悪化したかに思えたが、そうではないらしい。ウルヒは自分と同じ金色の髪のジュダ皇子の帝位を心から望んでいた。これは そういうことなのか。
ナキアは企みはカイル・ユーリの不在中にユーリの帰還に必要な泉の破壊にあることが判明する。今から首都に戻ってもタワナアンナであるナキアの命令をユーリでは覆せない。それが出来るのは皇帝カイルだけ。
これまでは1年に1度とはいえ日本に還れる保証があったが、それが根本的に崩れることでユーリは動揺する。剥き出しになったユーリの願いに3姉妹がユーリの願いを優先するため動く。カイルの家臣たちも それに協力する。
ナキアの真の狙いはカイルがユーリのために軍を二分すること。それに乗じてエジプト軍に総攻撃を仕掛けさせカイルが崩れるのを待っていた。カイルはナキアの狙いを見抜きつつもユーリのために軍を分ける。例え自分が望まなくてもユーリのために自分の弱さに打ち克つ。
しかしエジプト軍にはラムセスがいて、本気でカイルの命≒ユーリの心を狙いに来ていた。ナキアの狙いをカイルが読めたように、戦争嫌いの戦上手のカイルの狙いをラムセスは理解する。人数で勝るエジプト軍が調子に乗ってラムセスの誘いに乗ることで敗北することを予測する。しかしラムセスは その上でカイルの討つために別方向から近づきカイル個人に狙いを定める…。
